第634話 行き先は本陣に直通で
「じゃあ子爵は?」
「シッシャーク!」
「サメみたいだね。伯爵は?」
「フゥアァックシャック!」
「なんでそんなテンション上がった。侯爵」
「コシャーク……」
「小癪だね。最後、公爵」
「クォオーッシャク!」
「待て。同じコウシャクで何でそう差が出る」
「だって元が分かりにくいだろ! 元々侯爵と公爵で面倒なのに、ここでは更に上位と下位があるとか、もう今すぐにでも改善すべきだぜぇ?」
「確かに」
もっともな意見ではある。何を指しているか分かりにくい状態は、ふとした拍子に些細な勘違いから事故を呼びそうだ。
まあ、ミナミの案を採用するかはまた別の問題として。
そんな、馬鹿な話をしている間に、飛空艇はアイリスの首都の領空内へと入っていた。
大型艦三隻編成の編隊はそれなりに目を引き、地上のプレイヤーや住人NPCが珍しそうに見上げているのが望遠で見て取れる。
人気者のローズ<伯爵>としては手でも振りたいところだが、残念ながらあちらからは見えはすまい。
「うっし、道中何事もなく、到着したなぁ。まっ、大変なのはここからなんだけどなぁ……」
「城には直接乗り込まないのかい? ルートが微妙に外れているようだけれど」
「あぁ? 出来る訳ないっしょそんなんさぁ。軍隊連れて王城に乗り付けとか、国防上許されるはずねーっての」
言われてみればその通りだ。もし反逆を企てている者が船を操舵していたら、いきなり本拠地へ主戦力を乗り込ませてしまうことになる。
そして、実際にこの船の持ち主は反逆を企てている。侵入禁止は妥当な措置だ。
「入港しようと近づいたら撃ち落とされるのかい?」
「いいや? それ以前の問題だ。見ろよローズちゃんこれさぁ。そもそも、目的地に設定できねぇ」
言ってミナミは艦隊の指揮メニューのモニターパネルを出現させ、ハルの手元へと渡してくる。
部下が全て消えた状態で、どのように艦隊の指揮を取っているのかと思えば、なんと全自動であった。無駄にハイテクだ。
「それで地図上の座標をポイントすりゃ、手間いらずでそこまで連れてってくれるワケ。だが、現実は見りゃ分かるとおり……」
「真っ赤だね。自由度はほぼない」
「世知辛いよなぁ? 航路まで細かく指定してくるんだぜオートで。あークソ、どさくさでこの船くすねて、世界中の空を飛び回ろうという俺様の壮大な計画がぁ!」
飛空艇指揮メニューの、行き先指定の地図表示を見せてもらったハルだが、その内容はかなり自由度の制限されたものだった。
移動先として許可されているのは国内に限定され、しかも国内ならどこでも自由という訳ではない。
王城への乗り付け禁止は勿論のこと、国内でも大半の土地が『着陸禁止』の警告色、赤色で塗りつぶされている。
数少ない許可の青ポイントは、今回の侵攻先であるハルの領地『クリスタの街』、そしてその他いくつかの街の空挺港、要は飛行場だった。
「全ての街に降りられる訳でもないんだ? この青い許可ポイントの街の基準は?」
「さーてな? 奴のお仲間の領地か、もしくは逆に、ってことかもな!」
「ああ、『ここなら攻め込んで良い』って街か。僕のとこと同じで」
補給ポイントとしての自陣営の街か、はたまた黒幕にとって邪魔な政敵の領地であるのか。
どちらにせよ、この青く塗られた着陸許可のリストは憶えておく価値がありそうだった。
「しかしまあ、世界を自由に飛び回れる飛空艇を想定してたら、確かにこれはガッカリだよね」
「だろだろ? つっても、自分の都合で定期便が飛ばせると考えりゃ大幅なプラスではあるんだが」
個人所有の船で、世界を自由に飛び回り冒険したいというのは、RPGをプレイしていると自然と沸いてくる欲求だ。
しかし、このゲームのような多人数接続のタイプでは、色々と面倒が起きることを回避するためには制限は仕方ないのかも知れない。
それこそ、剣と魔法のファンタジーがいきなり航空戦の時代に突入してしまっても事だ。
「このゲームは<転移>も無いし、移動に関してはなかなか制限が強いね……、と、おや……?」
「どしたぁ? そろそろ着くぜ。お客様は近くの柱にでも掴まって衝撃に備えときな、ってなぁ!」
「艦の指揮権を奪い取れたんだけど」
「なぁんだとぉ!!?」
着陸の衝撃など比べられぬほど、ミナミは目を見開いて飛び上がり驚愕する。
ハルが適当に艦隊メニューを弄っていると、いつの間にかその指揮権そのものがハルの方へと移っていたのだった。
*
「えっ、返して? やめてやめて、返して返して?」
「まあそう焦るな。はいメニュー」
「おぉ良かった、って操作できなーーいっ! しかもなんだこれ! 地図が真っ青なんですけどぉ!」
「だね。なんか、どこでも自由に行けるみたいだ」
「意味わからーん!」
ハルに指揮権が移譲されて以降、行き先メニューの地図の色が一変した。
赤い部分は見当たらず、何処であれ自由に飛び回れる。それこそ、王城へ直接乗り込むことも可能であった。
航路さえも自由自在なようである。
「ふむ。首都の上空をぐるりと一周する遊覧飛行でもやってみるか」
「や、め、てっ! こっから妙な動きしないで! 無駄に警戒されちゃうっ!」
「冗談だよ」
既に三隻の船は着陸態勢に入り、ここから変な動きをすれば確実に黒幕の目に留まる。
無用な警戒を与えることとなり、これからの計画に支障をきたすだろう。
せっかく手に入れた玩具ではあるが、遊ぶ時間はなさそうだ。
ハルが笑いミナミがあたふたと慌てているうちに、飛空艇は黒幕の屋敷なのであろう豪華な家の広い庭へと着地を果たした。
「まあ、今すぐに降りる必要もあるまい。少し調べてみようか」
「そーしてくれぃ。このままだと、何言われるかわからん……」
「まず、何で僕に指揮が移ったかだね。これって、<支配者>の効果かな?」
「やってることヤバいって。それじゃ<支配者>というより<略奪者>じゃねーの?」
「まあ、世の支配者なんてそんなものだよね」
「言ってることもヤバいって!」
特にハルがスキルの発動をした訳ではない。発動の意思を見せたこともない。
もしこれが自動発動だとすれば、それはそれで中々面倒なスキルである。
例えば他のクランと交流し談笑していただけで、そのメンバーがいつの間にかハルのクランに入っていたら笑えない。
「……多分だが、スキルじゃーなくこりゃ<役割>の効果だな。俺は<子爵>、ローズちゃんは<伯爵>、しかも真の」
「ああ、明確に指揮系統の上位だから」
「そーよ。そんな伯爵閣下が舵を『貸したまえ』なんて言えば、そりゃその瞬間から艦隊は閣下の物よ」
「嫌だなぁ階級社会」
だが理屈は分かる。特にこれらの船は軍艦として機能している。戦地において、上官の指示は絶対だろう。
現場知らずのエリート司令官が無茶な命令を出し、元々の部隊の隊長が渋い顔をするアレである。
「じゃあこの、航路の許可リストがオールグリーンになったのも」
「そうだなぁ、理屈は同じだとおもうぜ? アンタは上官、しかもこの場合、誰の上官かっつーとこの船の持ち主の上官だ」
「黒幕さんが設定した許可リストに、僕が従う必要が無いってことかい?」
「奴が、ってより、国が、だろーな。つまりアンタは、国から王城に軍隊連れて乗り込む許可が与えられている超超々VIPってことだ」
「わお」
「他人事だなぁおい! くっ……、今からまた『ローズ伯爵討滅計画』を実行したくなってきた……」
「悪いね、権力があって」
なにせハルに許可を出しているのは神である。その行動は、人の法に縛られるものではないという事だろう。
……これは、確かに黒幕氏が『真の貴族』の保有する特権に憂慮し、その座から引きずり降ろそうと画策する訳だ。
気まぐれに飛空艇三隻を接収されては堪ったものではない。
「……ただ、状況としてはこの状況は非常に歓迎できる。多くの人命を預かっている以上、いざという時にこの船を僕が自由に動かせるというのはありがたい」
「あー、確かに。これを降りたら、この船の権利は奴に戻るんだろうしな。それだと退路を断たれるってこったな。大ピンチ!」
「ピンチではないけどね。ただ面倒だ」
仮にも黒幕の本丸だ。何が待っているか分からない。
仮にまた紫水晶によるモンスターの出現などあれば、連れてきた兵を守りながら戦うのはハルも骨が折れる。
その際に、このまま飛空艇に乗せて逃がせればそれに越したことはなかった。
そしてもう一つ。これから対面する人物よりも、ハルの方が国における立場が上であると明確に証明されたことが大きい。
相手が権力を振りかざして来ても、ひるまず何食わぬ顔で対応できる。
場合によっては、同じようにハルの方で権利を上書きしてやれば良いかも知れない。
そんな、切り札を新たに一枚手にした気分で、悠々とハルは下船の準備を始めるのであった。
*
「さて、まずは兵士を先に降ろしての整列だね。この辺が、権力者の面倒なとこだね」
「げっ、そんな事せんきゃならんの? 俺なんか普通に、自分が真っ先に乗って後から適当に兵士詰め込んでたわ」
「別に構わないと思うよ。ゲーム的には大して影響ないことだろうし」
「ありありよ!? 俺、田舎貴族まる出しじゃん!」
《ローズ様慣れてるよね、こういう行事》
《お嬢様だからな》
《いやそれおかしくね(笑)》
《いくらお嬢様でも慣れてないだろ(笑)》
《現代で何処に軍事行動に慣れたお嬢様が居るのか》
《でもミナミは庶民》
《それはそう》
《明確に田舎者》
まあ、ハルが何処で慣れたかといえば、異世界で王族の伴侶などやっているからである。
ファンタジー的な軍事行動も、あちらで学んだ。同一ではないだろうが、そう違いはないはずだ。
そうして兵を降ろして整列させ、ハルが降りて進むための道が作られる。
その後はアベル王子の率いる騎士団が先導し、最後にハルが続くという流れだ。
アベルは当然として、まとめ役のシルフィードもハルと同様に“向こう”でアベルの手伝いでそれなりに慣れたものである。
「さて、行くよミナミ。トリが僕らだ」
「あー、その、それなんだけどさぁ。可能ならここ、俺がアンタを捕まえて来た、ってことに出来ねぇ? そーすりゃ、相手側も油断すんだろうし」
「あわよくば君の評価も上がる、と?」
「最後に貰えるもんは貰えるだけ貰っときたいじゃんん!?」
まあ、そのやり方も無いではない。
今回の計画はハルが主導ではなく、ミナミが完全勝利を決めて凱旋してきたという体にするのだ。
用意した兵も船も傷一つなく返還され、敵の領主を無力化し引っ立てて来る。およそ考えられる中で最高の形の勝利を演出できるとミナミは語る。
「まあ、悪くはないんだろうね。君の評価は正直どうでもいいけど、油断を引き出せるのは確かだろう」
「さっすが、分かってんねぇ! じゃあ早速……、」
「だがそれを踏まえても却下だ。演技であれ敗北し拘束されるなど、僕のプライドが許さない」
「うえぇ、まじすかぁ? んなもん犬に食わせちまいましょうよぉ。俺なら喜んで縛り上げられて、地面に這いつくばりますよぉ!?」
実際にミナミならやるだろう。むしろ、もうやっている。
どこからか取り出した縄をぐるぐると自分に巻き付け、地面に這いつくばる無様なポーズを取ってみせる。
このあたりは流石の道化っぷりというか、手段の為なら目的は選ばず、プライドなどかなぐり捨てる、彼の配信者魂が現れていた。
「そもそも、考えてみるといい。今の君のその姿を、君が僕に強要した場合いったいどうなるか」
「……大炎上待ったなしっす! ナマ言ってすいませんでしたぁ許してくださぁい!」
勝ち気で男勝りなところはあれど、可憐なお嬢様として売っている『ローズ』だ。
そんな姿は見たくはないだろう。まずハルが見たくない。なんだか『そんなローズ様も見てみたいかも』、などというコメントがちらほら見受けられる気もするが、無いものとする。
よって、ハルは掴まったふり等はすることなく、堂々と主役として、敵の本陣の真っ只中へと降り立って行くのであった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/23)
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/24)




