第633話 貴族社会の問題点とは
ハルの選択した策、それはミナミの部隊を来た時と同様の状態で返すことであった。
部隊をハルに壊滅させられたが故に合わせる顔がないのであれば、元の状態で帰れば万事解決だ。
ただし、今は全ての指揮権はハルが持っているのだが。
「いやぁ! 流石はローズ伯爵閣下っす! 憧れちゃうなぁ! いや、貴女様は上に行く人材だと信じてましたよ!」
「うわあ、白々しい。僕を蹴落としにここに来たんだろ、君さ」
ハルが計画を説明すると、非常にわざとらしい演技でミナミはハルを褒め称える。
強者に靡くが世渡り上手ではあるのはまちがいないが、こうも堂々とした態度で手のひらを返せるのはもはや才能だ。
「まあいい。ついでに僕の所の騎士団と、元、君の傭兵も連れて行くよ」
「閣下の人望はとどまるところを知りませんなぁ! ……てか、俺これ大丈夫? もしかして周り敵だらけ?」
「別に、敵でも味方でもないだろ? まあ、寝首を搔かれたら自業自得、普段の行いが悪かったってことで」
「そこはきちんと止めてくだせぇよローズ閣下殿下陛下ぁ!」
「どんな立場だよ……」
ミナミが集めた彼の傭兵も、今はほとんどがハルのもとに下っている。自由なクランであり命令を聞く義務はないとはいえ、明確にハル陣営だ。
一部、ただ普通に首都へと帰りたいだけの人員も居るが少数派。大半は完全に陣営を鞍替えしている。つまりミナミの味方ではない。
「俺の指揮する船なのになぁ。乗員はほとんどローズちゃんの手勢になっちゃって」
「元々、君の仲間という訳でもなかっただろう? あの戦い一度きりの契約のはずだ。何もおかしくない」
更に言うならば、その手勢を揃えるのだってハルの提供した資金あってのことである。
つまりは収まるべき所に収まった、と言えなくもない。
裏で打ち合わせをしていた際に、ミナミにそのことについて『最初からそれを狙って資金提供したのか?』、と驚かれたが、さすがにハルもそこまで未来予知じみた策は打てない。たまたまいい結果に転がっただけだ。
ただ、今回のミナミの仕掛けてくる戦いが、巡り巡ってハルの側に利が大きいと考えて支援したのはもちろんだが。
「……と、ところで社長、指揮系統については本当に大丈夫ですかね! ここで反乱が起きたら、シャレにならんのですけど!」
「こんどは社長か」
そんな感じで裏では計画に賛同済みのミナミではあるが、やはりもう自分の指揮下にない兵士たちがこれだけ揃うと不安があるらしく、こっそりとハルに耳打ちしてきた。
こっそり、とはいってもその言葉は力強く、放送にもちゃんと音声が乗っている。
こうした小物感を演出することも、彼のキャラクター造形にひと役買っているのだろう。
「忠誠心については問題ない。いや……、これは僕も自分で不安になるところなんだけど……」
「流石のカリスマですねぇ教祖さま!」
「それは真面目にやめろ。ただ、その<精霊魔法>で個別面接もしたが、実際彼らは僕に心酔してしまっている。神秘体験を経てね」
「そうやって気軽にテレパシーとかやっちゃうから、よけい崇められるんじゃないですかねぇ? 自業自得では?」
「確かに。だがいきなり言うじゃないかミナミ。この状況で僕の沸点のチキンレースがお望みかな?」
「いやー! 流石はローズ伯爵! 部下の忠誠心アップに余念がない! 尊敬しちゃうなぁ! ……いやマジ勘弁です、ここで死んだら俺、無限リスキル待ったなしなんで」
現在、ミナミの復活ポイントはこの船である。彼にとっては今、自分の本拠地に敵の主戦力をまるごと招き入れている状態だ。
もしハルが気まぐれに彼の討伐を決めれば、ミナミはそのまま死亡と復活の無限ループを繰り返すことになるだろう。
デスペナルティによって、瞬く間に付与されたステータスポイントがゼロになる。
そんな彼にとっては崖っぷち一歩手前の危険な状況。気が気ではないだろう。
ただハルにとっては一転、何の憂慮も不要な道行きである。不安そうに発艦を告げるミナミを横目に、ハルはしばし空の旅を楽しむことにするのだった。
*
「えー、ご乗船中の皆様ぁ。本日は当飛空艇をお選びいただき、まぁことにありがとうございまぁす。当艦はこれよりぃ、ここアイリスの首都に向け、全速前進、で航行させていただきまぁす。どうぞごゆるりと、空の旅をお楽しみくださぁい」
「全速出してこんなもんか。確かにゆるりとしてるね」
「文句の程は当社上層部にお願いしまぁす! ……仕方ねぇんじゃないのー? 輸送艦っぽいしさ」
ハルたちを乗せた船は、ミナミの号令と共にゆっくりとした速度で上昇し、そのままアイリスの国を縦断し首都へと向かう。
その速度は、以前ハルたちが神国へ行く際に乗った飛空艇と比べると、非常にのんびりとした速度だった。
空の移動はゲーム用に簡略化してスキップしているのかと思ったが、どうやらあの船が特別であったようだ。
「神職御用達の船と比べてんの? あーだめだめ、あいつらエリート中のエリートよ? 資金力が違います。あれきっと最新型の高速艦でぇす」
「へえ、そうなんだ。ずいぶんと貴族社会に詳しくなっちゃって」
「まぁねぇ。……いや、聞いてもいないのベラベラと喋んのよ、うちの上司が。よっぽど目の上のたんこぶなんだろな、そいつらのこと」
「ふむ? つまり君の裏に居る黒幕は、実はそこまでお金が無いと」
「少なくとも既得権益の頂点じゃねぇだろ? その立場に居る奴は、暗躍する必要なんかないもんねー」
確かにそれは言えている。既に既得権益の甘い汁を吸い尽くしている立場であれば、堂々と表から命を下せばいいだけだ。
裏でこそこそと動き回るということは、自らは体制に組み込まれていないことを意味しているというのは納得の説明だ。
上を目指したいから、他を引きずり下ろしたいのだ。
「ただ、別に貧乏って訳じゃないから、あんま舐めて掛からない方がいいと思うぜぇ?」
「そこはもちろん。溜め込んでいるだろうしね」
「ケチだしな! ははっ!」
仮にも自らの上役に言いたい放題のミナミであった。資金供与を求められたことも多いのだろう。
そして、既に黒幕とは決別するものとして、今後の身の振り方は決まっているのだろう。
「その君の上司とやら、もうご退場いただくのは決定事項だけど、ミナミは今後はどう立ち回るのさ?」
「あーん? どうしますかねぇ。いけ好かない奴ではあるけれど、奴の計画が潰れると少々やりにくくなるのは確かなんだよなぁ……」
ミナミが語るその『計画』とは、黒幕による現状の国家体制の転覆だ。
転覆、とはいっても別に国王を弑するといった大それたことではないらしい。狙いはあくまで、現在の貴族体制を牛耳る『真の貴族』達らしかった。
このアイリスの国の貴族制度は少々複雑だ。
階級それ自体は、日本で馴染みの深い男爵、子爵、伯爵とおなじみの流れだが、それ以前に貴族の種類それ自体に差が存在する。
それが、神に認められた者であるか否か。
元々この国の成り立ちとして、最初の王とそれを補佐する者を含めた支配階級は、神アイリスによって見出された存在であるらしい。
現代においてもその伝統は健在で、神の啓示を受ければその者は、無条件で貴族に成れる。
「たーだ、ここで問題がひとつ。いや二っつ。神から啓示を受けた有能が出ても、そいつがその時点では国政に役立つとは限らないこと」
「まあね。下町の花屋が翌日からいきなり税の会計を出来るかといえばそれは無理だ」
「だなぁ。教育期間が必要だ。んで二つ目、世襲は絶対に無くならないっつーこと」
「どこの世界でもね」
神の啓示を受けた者が貴族となるが、その子供は違う。
もちろん偉大な親の意思を受け継いで育てば、二代続けて啓示を賜ることもあろうが、全ての家がそうはならない。
しかしながら、親にとっては子には自分の地位を引き継がせたいもの。
それによって、家格だけ維持した実権の無い貴族家が代を重ねてしまうという訳である。
「マジモンの王権神授はこれが厄介だな。本来なら最初の一人以外は神から選ばれる人間なんか出るはずがないってのに」
「そうだね。普通なら言ったもん勝ちだ」
初代の王に箔をつけるため、神により選ばれたとか、神の子孫だとか出自を付け加えるのはどの世界でもありがちな話だ。人類はみな神話が大好きである。
だが、当然後追いは許されない。神に選ばれたのは自分たちだけで十分。
しかしこの世界は、そんなことをお構いなく神は次々に有能な人材を発掘する。
既得権益は崩れ、代々続く名家は、ぽっと出の一般市民の下に配置されるのである。不満が無いわけがない。
聞けば、例え最上位の<公爵>であろうと、啓示を受けた『真なる<男爵>』の命令を聞かなくてはいけない事になっているのだとか。
そんな貴族事情を、ミナミは実例を交えながら語ってくれた。一部黒幕の愚痴なのであろう。
「まーそんな訳で、二重構造のいびつな<貴族>社会に嫌気がさして、『真なる貴族撲滅委員会』を発足するに至ってしまった訳なのさぁ」
「なるほどなるほど。説明ありがとうミナミ。大丈夫? 消されない?」
「やめろって! バレたらマジで消されんだから!」
ハルの信頼を得るため、ぺらぺらと黒幕の目的を全て話してしまったミナミだ。このことが耳に入ればただでは済むまい。
しかし、黒幕の気持ちが分からぬ内容でもない。
ミナミの話にも出たとおり、神により見出されても、その者がすぐさま使い物になる訳ではない。必ず教育期間が必要だ。教育機関も。
それを誰が担うかといえば、その下位に置かれている世襲貴族だろう。歴史の重みというのはそれだけ優秀だ。
ただまあ、今回のような企みを世に出してしまうと、『やっぱ世襲制って駄目だな』、となってしまう訳で、そこは自ら問題点があることを証明していることになる。
神国行きの船から始まった一連の紫水晶事件。あれも恐らくはその関連だろう。
神国に関われる貴族、すなわち『真なる貴族』を亡き者にするための船への仕込み。
「さーてその辺り、啓示を受けた真の貴族であり、リアル上流階級でもあられるローズ伯爵閣下は、どのようにお考えで!」
「ん? いや僕は別に。あまり興味ないかな。ただ一つ言えるのは」
「さぁ来た! 貴重な意見だぞ、諸君、静粛にご清聴!」
「……妙なハードルの上げ方するなよ。別に大層な話じゃない、単純なことさ。呼び方が同じだと面倒が多いから、変えた方が良いんじゃない?」
「あー……、そりゃ、確かに……」
例えばハルは今<伯爵>だが、実際は神命の無い<公爵>よりも上位の権限を持っている。
しかし代々続く<公爵>家にとっては、階級が下の<伯爵>ごときに命令されるのは我慢がならない。
ハルたちプレイヤーにとっては、もっと面倒だ。<貴族>も徐々に増えてきたが、その者がどんな立場なのか、<役割>の見た目からは読み取りづらい。
「んじゃ、上級貴族は男爵じゃなくて、『ドゥアンシャーク』で」
「嫌だよそれは……」
どういう発想だろうか。ただ訛っただけである。きっと何も深い考えはない。
そんな話をしながら、船は首都上空へと差し掛かるのであった。




