第632話 昨日の敵は
多方面から自分自身で視聴していることを、なるべく意識はしないようにしつつ、ハルは『ローズ』としての演技を続ける。
一日明けた今日になってもクリスタの街のプレイヤーの活気は高く、話題はまだ昨日のレイドバトルの件で持ちきりだった。
「新たな展望が見えた、という感じね? “これ”について今後どうするかの盛り上がりは、しばらく続くのではなくて?」
ルナが言う『これ』とは、交流所でも少し話題に上がっていたレイド報酬のことだ。
経験値が入らなかったことと、本来は正規のモンスターではなかたことから、特に報酬などは無いのかも知れないと思っていたハルだが、しれっと参加者に配られていたらしい。
その名は『傲慢の残り火』。これは、様々なアイテムや特殊効果の発生と引き換えに出来るチケットのようなアイテムで、かなりレアなアイテムとも交換が適うようだ。
よくあるシステムで例えると、イベント参加ポイントのようなもの。イベント専用ショップでのみ使える通貨という感じで、他の生産スキルの素材にしたりは出来ないようだ。
良い落としどころだろう。これを使った専用クラフト品など出来てしまったら、素材の再回収が不可能な一点ものが誕生してしまう。
《ローズ様ー、『これ』ってなんですかー?》
《おせーて、おせーてー》
《言える訳ないだろバカタレ》
《情報の独占は戦略上必須》
《でも見ててつまらないよー》
《最近はどこも隠し事多いよなー》
《仕方ないだろ、勝つためには》
《知られることが弱点にもなるからな》
「悪いね君たち。これについては、僕の影響が悪い方へ作用したところもある」
「ハル様の、というよりわたしの、ですよねえ。わたしが全ての放送をチェックしてるって、無駄に話題になってしまって、そこで自分の情報を隠す流れが加速したっすね。それが無ければ、もうしばらくはダダ漏れの平和な世界が続いてたかも知んないすけど」
「それは平和かエメ? はたしてさ」
悪人、というか悪役ロールのプレイヤーが暗躍しやすい世界でもあるので、一概に平和とは言い切れない。
今回についても、参加者はみな熟練者ということもあって、情報の取扱知識が高かった。
報酬が入ったことが分かっても、それを喜びのままに放送に乗せることはしない意識の高さが生んだこの状況だ。
「ただ、これだけは僕から言っておこうかな。今回クランマスターとしての判断を求められたけど、報酬の扱いについては個人個人の判断に一任している」
「隠し通すも、公開して利益を得るも、自由ということですね!」
「そうだねアイリ。公開のタイミングによっては大きな利益を得ることも出来るだろう」
「そだねー。そういった駆け引き、苦手な人もいそーだけど」
「ユキの言う通りよ? 私はそこは、ハルがリーダーとして、一括して利益の享受と煩雑な処理を引き受けるべきだと思うのだけど」
「ルナの言うことも分かる。でも、そういう情報戦が得意な人も恩恵を得て欲しいな、と僕は思う訳さ」
今回、戦闘面ではあまりにハルが目立ち過ぎた。
それこそ参加者から<支配者>によって力を奪い、彼らの分まで活躍してしまったという捉え方も出来る。
ここで報酬の情報でも一儲けしてしまっては、いらぬ不興を買いかねない。
そういった身代わり要因という側面もあったりする。
「まあ、クランのみんななら上手くやるさ」
そういった面倒な処理が得意なシルフィードなども加入していることだ。上手く利益を出してくれるだろう。
最初はアベルの提案で、クランメンバーの『傲慢の残り火』を全てハルに献上するような意見も優勢だったらしい。
ハルならば全体のために上手く使ってくれるという信頼の表れであるのだろうが、さすがに貢ぎすぎである。
ただ、そうした交換アイテムの譲渡も出来るというのが個人ポイントでない今回の報酬の面白い所だろう。
仲間の誰かと協力して更に高レートのアイテムを手に入れたり、今回レイド戦に参加しなかった第三者に売却して資金を得るというやり方もある。
「おっ、そんなこと言ってたら、シルフィーちゃんが報酬内容公開する放送するみたいだよハルちゃん」
「うん、良いんじゃないかな。早さは正義だ。最初の一人であることが最も評価を得られやすい」
ハルだけでなく、クランの参加者もまた人気になってくれるに越したことはない。
組織としての、戦力の底上げも必須事項だ。特にこれからは、<支配者>のためにハル以外の能力上昇も重要度が増している。
「じゃあこっちも今後の準備をしつつ、シルフィーの放送でも一緒に見ようか」
彼女が概要を発表してくれることで、視聴者や他のプレイヤーも一応の納得はするだろう。
それにより、“ハルにのみ与えられた”報酬に皆の目が向くことはなくなる。
そう、ハルがアイテム欄を確認してみると、そこにはしれっと新たに『神核石・ガザニア』という謎のアイテムが追加されているのであった。
これはいったい、どうしたものであろう。
*
「《ということで、このイベポのような報酬アイテム、その交換品一覧がこのようになっています。ここから選択して必要個数を投入し、目当ての物を取得する訳ですね》」
ハルたちが見守るモニターの先では、美しい銀の鎧に身を包んだ可憐な女騎士団長、シルフィードが報酬についての説明を行っていた。
分かりやすい表にまとめてプレゼンテーションを行っている。優等生だ。
その表に記された、最前線プレイヤー垂涎のアイテム群に、放送のコメント欄は大盛り上がりになっている。
既に売って欲しいという声が多数であり、ここから報酬アイテムをどう扱うかが、彼女らの腕の見せ所になるだろう。
「ね、ね、ハルちゃんはどーすん? クランで何かすん?」
「いいや? 僕は僕で、<錬金>や<調合>に必要なアイテムを交換しようかな。現状入手不可素材もいくつかあるからね」
「はいはい! わたくしのも、使ってください!」
「それが丸いかも知れないわね? ハルのアイテム生産力が、私たちの戦力に直結している訳だし」
「ですねー。どうせ自分でアイテム交換しても、その加工はハルさんに頼むわけですしー。いらないですねー」
「脳死はだめっすよカナリー! 交換リストには、スキルの取得もあるんですから! 我々戦闘組は、こうした機会にスキルアップしていかないと今後お荷物になる可能性大っすよ? ただでさえ、レイドバトルには参加させてもらえなかったんすから!」
「えー? いいじゃないですかー。今後はどうせ、ハルさんが<支配者>で私たちのエキスをちゅーちゅー吸ってー、こっちの分まで活躍してくれますってー」
「や、やる気ないっすね……」
《ルピナスちゃんのダラダラ感すき》
《良い感じに力抜けてる》
《エキスって、なんかえっちだ(笑)》
《ローズ様が、吸いつくってこと!?》
《ごくり……》
《ローズじゃなくてリリィになっちゃう》
《でもルピナスちゃんやる時はやるよね》
《ルピナスちゃん、雰囲気がコスモス様に似てる》
「むー! その評価はいただけませんー。あのねぼすけと同一視されるのは駄目ですねー。ここはもっと、やる気だして行かねばなりませんかー!」
「……また妙な行動原理ね? カナリーは」
「ルナさんも立ち位置が半端で怪しいですよー? さあ、スキル交換して独自性を出していきましょー」
「……やめてくれるかしらカナリー? 少し、気にしているのだから」
ルナのパーティでの役割は、主に<体力>ステータスを使うスキルとなっている。
ただ、ユキのように前衛を張っての戦闘に特化している訳でもなく、<鍛冶>による生産にそのリソースを割いているところが大きい。
そんな、戦闘職でも生産職でもない半端さを、本人は気にしていたようだ。
ハルとしても、新たなスキルも気になりはする。
スキルはステータス以上に、このゲームの根幹を成すものだ。強スキル、便利スキルの有無で、攻略の速度は大幅に変わるだろう。
そのためある程度進んでいても、初めからキャラクターを作り直す者もいるくらいだ。
「まあ、その辺もみんなの好きに決めればいいさ。悩むのも楽しいからね」
「はい! むむむ、本当に、これはどうするか悩むのです……」
「ゆっくり決めていいからねアイリ」
「わかりました! ……ハルお姉さまは、いつ交換するのですか?」
「ん? 僕はもう交換して既に生産キューに放り込んだ」
「早いのです!」
《流石のローズ様だ》
《時は金なり》
《兵は神速なり》
《光陰は矢なり》
《ロズサクは尊いなり》
《違いない》
《むーむー言うサクラちゃんかわ》
《いちばん楽しい時間まである》
《あーあ、ローズ様に新素材与えちゃった》
そう、オリジナルの新素材によって一つ完成品が作れれば、それを<錬金>で逆に要素として分解することで、場合によってはその新アイテムの量産が可能となる。
今回は実際にハルもそれを目的としていた。代替品の量産ラインが整えば、一歩上の生産体制に移行でき、停滞していた『蘇生薬』の開発にも再び着手できるかも知れなかった。
「まあ、その作業はそれなりに時間が掛かる。裏でやっておくよ」
「確か今日の目的はー、<侯爵>を目指すために動き出すんでしたねー?」
「そうだね。その準備のための連絡もついた。これから出掛けようか」
「おー、いきましょー」
のんびりとしたカナリーの掛け声に先導されるように、女の子たちが腰を上げる。
そのハルの連絡相手は、先日のクラン戦の敵であったミナミ。
今回は協力者として、彼の乗ってきた飛空艇にお邪魔することにしたハルなのだった。
*
クリスタの街での準備を整え、伯爵家の馬車にて飛空艇の停泊する平原へと向かう。
流通の邪魔になっている関係上、この船にもさっさとご退席願わなければならない。
その、船を退かすための策とハルが首都へと乗り込むための策、それを同時にこなすことを可能にするのが、今回のハルの立てた計画だった。
「やあ、先日ぶりだねミナミ。お邪魔するよ」
「うわぁ、邪魔するなら帰ってくれませんかねぇ? ただでさえこっちは、アンタに奪い取られた兵力を思っての悲しみに、枕を濡らす仕事で忙しいんですけどぉ!?」
「なにその悲しい仕事。給料出るの?」
「おお、割と。こう見えて人気者なんで! 俺の泣き顔なんて、そりゃもう稼げちゃうわけよ!」
「うわあ……」
悲しみの欠片もない清々しい顔で最低の宣言をするミナミであった。
その辺は彼の放送では恒例のやり取りであるようで、視聴者も慣れた対応で流している。これで本当に泣き顔に価値は出るのだろうか?
「んで、そんな傷心に暮れるこの可哀そうなボクちんに、なーんのご用ですかねぇ勝者のご領主さまは。ご丁寧に元、うちの兵隊たちを引き連れて」
そう、今回ハルは、元々彼が兵力として黒幕から借り受けた兵士たちを馬車の後ろに引き連れてここまで来ている。
その様子は、今の彼らの真の主が誰であるか表明するように、ミナミへの当てつけじみた物になっていた。
ただ、ハルを邪険にしてはいるが、これも彼は事前に了承済みだ。
例の丁寧な対応で、快く承諾してくれた。
「ほら、君だって困っていただろう? 黒幕から借りた大事な兵士を僕に奪われて。だから怒られるのが怖くて、一晩たってもここから帰宅できない」
「ちーがーいますー! 怖がってたんじゃないんですー、作戦なんですー。わざとここに居るんですー!」
「小学生か貴様……、まあともかく、そんな状況を打開する案を、僕が授けてあげようじゃないか」
このまま空身で帰れば、ミナミは失敗の責任を取らされるのは必至。
ならばお互いの利益が共通する部分で利用し合い、互いの目的を果たすことに決めたハルとミナミの二人なのだった。




