第631話 孤独と退屈に鈍感な彼ら
セフィの部屋にて(部屋といっても何も無いが)、巨大に拡張されたスクリーンにでかでかと表示されるハル演じるローズの姿。
その様子をセフィは、なんだかいつもより、気持ち楽しそうな表情でにこにこと鑑賞している。
そんな顔を見せられては止めろと言う訳にもいかず(止めても裏で鑑賞は続けるだろうし)、仕方なくハルも黙って自らの姿の視聴を続けるのだった。
「……なんだか頭痛がしてきた」
《思考を多重に走らせすぎじゃいかな? さっきから何か二重思考で考えを広げてないかな?》
少し的外れなセフィである(何故バレたのだろうか)、頭痛というのは比喩表現だ、実際に頭が痛い訳ではない(また思考領域に侵入されてはいないといいのだが)。
「あー、まあ、それはそれとして。妙な気分だね。自分を客観視するのは、慣れていたつもりだったんだけど……」
《器用だよねハルは。今も、僕とこうして喋りながらも、画面の向こうではこうして全く別のプレイをしているんでしょ?》
「プレイ言うなと」
いや、ゲームプレイのことだとは分かっているが、何だか特殊なプレイをしているように言われている気分になってしまうハルだった。
これも、ルナが女装女装言うのが悪い。全て悪い。
「器用とは言うけどね、セフィだって出来るでしょ、同じ事は」
《どうかな。僕には出来ない気がする。少なくとも、ハルほど上手くは絶対に》
同じ管理者であるセフィならば、苦もなくやってのけると当たり前のように思っていたハルだが、その問いには意外にも否定の答えが返ってきた。
謙遜かとも思ったが、見る限りどうやらその様子もない。本気で、自分には無理だとセフィは思っているようだった。
「……そんなことはないと思うけど。今だって、こんなにも大量のデータを並列処理しているのに?」
《得意不得意が出るんだろうね。これが出来ても、そっちは出来ない。逆に僕にとってはこれは、息をするように自然な作業さ。慣れもあるだろうけどね?》
「ふむ……?」
ハルからしてみれば、この部屋に渦巻く膨大な量の魔力データを常時仕分けする作業こそ、自分には出来る気がしないでいる。
確かに処理能力的には慣れればいけそうではあるが、これを二十四時間、三百六十五日となると、始める前から気が滅入る思いだ。それこそ実際に頭痛がしそうである。二日目くらいで。
「おかしな話だ。元は、同等のスペックだったというのに」
《ハルは特別だったんじゃないのかな? 同期として鼻が高いよ》
「なんだ急に持ち上げてきて、気持ち悪い。……肉体的な個体差はあれど、処理能力は均一に調整されてた。これはデータ上でも明らかだよ」
《またまた、謙遜しちゃって》
ハルの方も別に謙遜はしていない。これは研究所のデータの上でも明らかなことである。
ただ、自分が特別であるということそのものは、少し否定しずらいハルだった。
なにせ、今の時代まで生き残った管理ユニットはハル一人。その特別性を否定しては、消えていった仲間たちに悪いように思えたのだ。
「……思えば、僕らは互いの優劣なんて気にしたことは無かったね」
《無いね。僕ら管理者は、常に同等のスペックを発揮することが求められていた。そこに優劣を付けたがる感情を抱くことなど、あってはならない》
「『僕はセフィよりも多く犯罪者を検挙するんだ!』、ってね」
《その結果、ルールを拡大解釈して自身の権限を逸脱したりだね。それは問題になりそうだ》
ひどい話だ。仮にも人間に対する扱いではない。
ただ、その理屈はよく理解できるハルである。求められるのは冷徹で機械的な処理。そこに感情の差し挟まる余地があっては、社会を回すことなど出来はしない。
そのように、現在であっても自身の処遇にすんなりと納得できてしまうあたり、ハルもやはり根は研究所の人間ということか。
《……さて、結論を言ってしまえば、僕にはもう体が無いからだろうね。ハル、君とはもはや同じ種族であるとは言い難い》
「……そうだね。肉体というハードの有無から来る仕様の差は、もう同一の素体とは言えないだろう」
《要は、僕は『脳無し』ってことさ。文字通りね》
「自虐やめろ……」
《あはは》
ハルの思考分割は、特殊な構造となった脳内の機能によるところが大きい。
それ故に肉体の無いセフィは、元がハルと同じとはいえ既に同一の機能を有していないというのは、彼の言う通りだろう。
だが、だとすればセフィは、何を肉体の代わりとしてその機能を維持しているのだろうか?
今回ハルがこの場へと訪れた目的、それもこの核心に至るためのことであった。
「……じゃあ君は、今は何を『肉体』としているの? そこが、いまいち良く分からないんだけど。僕と君の、明確な違いを形作っているものって何だろう」
《ん? どうしたんだいハル。そんなことを気にして。あ、分かった、僕と同じでないことが寂しいんだ。悪いね、僕には同種の仲間がいっぱい居て》
「いや、そこはむしろ、セフィの方が孤独を感じているんじゃないかと心配しているんだけど……」
《あっ、ごめん。しんみりした雰囲気にしたかった訳じゃないんだ。うーん……、別に僕は、そんなこと考えたこともないかなぁ》
ハルも、周囲が思っているほど気にしたことはない。ただ、自分以外が対象となるとまた話は別だ。
ミントもまたそうなのだろう。ハルとセフィのことを、同種の存在しない孤独な単一種として不憫に思い、“まったくの善意によって”同質の存在を増やそうとしてくれている。
ただ、そんなミントのお節介もむなしく、セフィ本人はまるでその必要性を感じていないようだ。
《さっきも言ったように、僕は自分を変質したAI達と同様の存在だと思っていてね。事実、在り方はほぼ同じはずさ》
「一人だけ特別な位置に居るのは?」
《それは、成り行きで彼らが僕を持ち上げたためが一つ。そして、僕自身が交流を嫌ったのが一つさ!》
「堂々と対人障害を誇るな! 人のことは言えないけど!」
《ははっ、ハルも百年ずっと、病室で人目を避けて暮らしてたらしいね。僕ららしいよね、そういうとこ》
本当に、お恥ずかしい限りである、この管理者とかいう存在。揃いも揃って。
ハルは幸いにも、ルナとその母との出会いによって今のような自我を確立することが適った。
セフィもまた、壁を作ってはいるがこの世界の神様たちとの交流によって、この今ハルが見ているような人格へと成長したのであろう。
《ただ、僕は本質的には、ハルよりも元々の気質がよく残っているのだと思う》
「……というと?」
《いや、君がこうして僕を気遣って訪ねてきてくれるけれど、僕の方はそこまで孤独や退屈を感じることはないんだ》
本当に何でもないことのように、セフィは語る。これは、ハルも少し前の自分を思い出せば分かりやすいことではある。
ただ、日々の日課を淡々とこなすだけの日々。そこに退屈も孤独も、ましてや未来への展望すらもない。
くる日もくる日も、自分のコンディションを適正に保つだけの日々。それを異常と思う情緒すら、ハルたちには備わっていなかった。
《あっ、君を邪険にしている訳ではもちろんないよ。こうして遊びに来てくれることは、もちろん嬉しい》
「僕も、セフィと話すのは楽しいよ」
だったら神様たちも遮断せずに招いてやればいいのにとハルは思うのだが、それこそ余計なお世話なのかも知れない。
今は、こうしてハルと交流してくれるようになったことを喜ぶべきだろう。
そんな話をしているうちに、なんだか彼の在り方について詳しく聞くような気分にはなれなくなってしまう。
セフィのことなので、また知らず知らずのうちにそういう方向へと話を誘導されたのではないかという危惧は多少あれど、結局ハルはそのまま、そのことに関しては口を噤んだのであった。
◇
「……で、これ、そろそろ閉じない?」
《なんで? 楽しいじゃないか》
「くそっ、これだから人の心が推し量れない冷血な管理ユニットって奴は……」
《あはは、自虐かいハル。よくないよ》
……むしろ分かっていてやっていそうだ、この無邪気な少年のふりをしたいたずら小僧は。
《冗談はおいておいて、もし本気で嫌ならば閉じるけどね?》
「……いやべつに、僕も本気でそこまで拒否しているわけじゃあない。あれも僕だしね。ただ、セレステも同じの見てるんだよなあ、僕の体の前で」
この場に居るのは、もちろんハルの本体ではない。神界用に調整された、ゲームキャラをベースにした分身だ。
ではその意識を飛ばしている元となる肉体はというと、当然今もお屋敷に存在している。
普段ならログインする時はルナたちと同様にポッドに入ったりもするのだが、ハルは起きたままでもログインが出来る。
特に今回は、セフィの所へも行くとあって、体を起こしたままでセレステと共に過ごすことにしたのだが、それがいけなかった。
「あいつ、普段はポッドの前で澄ました顔して護衛だとか言ってるくせに、僕が起きてると急にだらけ出すんだよな……」
《いいじゃないか。愛されてるね》
「……なら、暇な主婦が時間を潰すように、『やること無いからハルの放送でも見ようか』、なんて言い出さないで欲しい」
《のろけかな? どう見ても君をからかって遊んでいるんだろうに》
「遊ぶな。主人で」
それがセレステの護衛の形なのだろうか。謎は深まるばかりである。
そんな感じで、今ハルは二種類の場所で同時に自分の出演する生放送を鑑賞させられているところだった。
実に得難い経験だ。文句の一つも言いたくなる。
《しかし安心したよ。ハルも楽しそうで。僕こそ、君の在り方の行く末を案じていたところだったんだ》
「まあ、おかげ様で。といっても君にはずいぶん振り回されたけど。今は、色々なことが落ち着いて平和な時期かな」
異世界を舞台としたゲームを取り巻く様々な事件と、セフィの依頼を発端としたエメの問題。
それらが解決した今、新たな騒動はあるにせよハルの周囲では平和な日々が続いていた。異世界の世情も、現在は落ち着いている。
《いや、それもそうなんだけど、そのことじゃなくてね》
「なんだろ」
《ハル自身の在り方のことさ。肉体があるぶん、単一種としての孤独を感じる時があるのでは、って心配していたんだ》
「まあ、おかげ様でね。孤独を感じる暇なんて、一切ないよ」
ハルの周囲には、常にハルを慕う彼女たちが居てくれる。これで『種としての孤独を感じる』などと言ったら、罰があたるだろう。
退屈についても、もしハルたちのような特殊な存在でなくともそれを感じる暇などないだろう。
穏やかでありながら、刺激的な日々。恵まれた生活を送らせてもらっているとハルは思う。
《うんうん。それで、子供はいつ生まれるのかな?》
「……お前、いきなり何言ってんの?」
そんな風に自らの境遇に想いを馳せていたハルに、唐突にセフィが爆弾発言をぶち込んできた。
いきなり何を言い出すのだろうか、この男は。もしやこの質問でハルをやり込める為に、今までの流れを全て仕組んでいたというのだろうか?
《何って、種としての孤独が解消されたということは、子供が出来る算段が付いたということじゃないのかい?》
まさかの天然であった。余計に質が悪い。
《たくさん奥さんを作って、昼夜問わず子孫繁栄に励んでいるんでしょ?》
「やめろ! 昼夜問わずとか言うな! 子孫繁栄とか言うな! 余計なまなましい!」
《あはは、おかしいねハル。そんな声を荒げるキャラだっけ》
「セフィこそそんなキャラだったか!?」
やはりこれがハルの弱点と知って、わざとこの話題を出しているのではなかろうか? そう思わずにはいられないハルである。
……ただ、本気か冗談か知れぬ彼の発言はともかく、実際にこの問題は無視できない。
ハルが、ではない。むしろ神様たちが、という話となる。
神は子供を作れない。いかに人を真似ようと、その機能が無い。
そのことを気にする神様たちは少ないようだが、それを種として見たときは問題が出てくる。
生物としての存在意義として真っ先に挙がるのが、『子孫を残す』ということだ。
その種としての不完全さに問題点を見出し、自らの手で同族を創生しようと志す神が出てくるのではないか。
これも、現在ハルがあのゲームの運営陣に抱いている疑念の一つである。
その方向からも、また調査を進めていかなければならない。
ハルはその意思を固めると、画面の向こうで演技を続けるもう一人の自分の気合を入れなおすのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/23)




