第626話 低確率は除外するべきか否か
ログアウトしガザニアの空間から天空城のお屋敷に戻ってきたハルたちは、身体を休めつつ先ほど得た情報について語り合う。
今回は皆、少し長くログインしていた。普通のユーザーならばとっくに警告が出ている時間だろう、あまり根を詰めずに、のんびりと過ごさせてあげるべきだろう。
ハルも、ずっと変わっていた『ローズ』の体が消え、元の男としての肉体に意識が統一された。
なんとなくその感覚をチェックするために、ぺたぺたと自らの身を確かめる。
「なにを二人して自分のおっぱいを揉んでいるのかしら? 気になるなら、互いに触り合った方が良いのではなくて?」
「ふえっ!? もももも揉んでないしルナちー。私もあっちとは体の大きさ変わったから、チェックしてるだけだもん……」
「……なるほど!」
「アイリはアイリで何を思いついたの? 嫌な予感はするけど、一応聞かせて?」
「はい! わたくしも、お胸のおおきなキャラクターにすれば自分で大きなお胸の感覚を確かめられたのだな、と思いまして!」
「実際居るわよ、そういった遊びかたをする人も」
ルナが言うといやらしく聞こえるが、それもまた『理想の自分』を目指した変身だ。それこそ先のゲーム内にも、そうした体格の変更を行っている者も居るだろう。
「ただ、アイリちゃんが大人の体になると、『ローズお姉さま』との絡みがしにくくなるかも知れないわね?」
「確かに! わたくしのこの子供っぽい性格も、ずっとこの小さな体で暮らしてきたが故のものですもの。おおきな体でやったら、あざとすぎますね!」
実年齢においては、実はそれなりのアイリだ。
成長しない身体、王女としての抑圧、それらが入り交じり、今の無邪気なアイリを形成している。
これが、大人の見た目で同じように甘えてきたら、視聴者からは『やりすぎ』に映るかもしれないというのは確かにそうかも知れない。
「でもさ、でもさ、アイリちゃんは、王女様としておとなしくも出来るでしょ。そっちでやれば良いんじゃないかな? 私と違って、自分で切り替えられるんだし」
「それは、確かにユキさんの言う通りなのですが、あれは疲れるのです!」
「あはは、さよかー」
「左様なのです!」
いわゆる余所行きの顔という奴だ。それは確かに疲れるだろうし、そもそもアイリは王女としての冷静で大人びた自分をあまり好んでいない。
周囲からは『氷の王女』として恐れられていた振る舞いだ、無理もない。
「それに、アイリちゃんがしっかりしていたら、振る舞いが雑な『ローズお姉さま』が微妙に見えるわ?」
「言ってくれるなよルナ。僕だって、もっとお嬢様然として振舞おうかとは考えたんだよ?」
「それは無理ね」
「無理だよねールナちゃん。私たちが」
「ええ、そんなハルを見続けていたら、数分に一回は吹き出してしまうわ?」
「わたくしは、そんなハルさんも見てみたいです!」
酷い言われようだ。だが事実だ。
お嬢様のローズとして振舞おうとも、中身はハル。あまり演技が過ぎると、ずっと行動を共にする仲間たちへの違和感がひどくなる。そもそもハルは演技が苦手だ。
であればやはり、今くらいの感覚で構わないのだろう。
「しかしですよー? あまり“ハルさんらしさ”を出しすぎると、正体に感づく者も出てくるんじゃあないですかー?」
「そっすねえ。わたしの観測範囲では、今のとこ言い当てた人とかは出てませんが、ハル様はまあそれなりに有名人っすよね。名前自体は何度か出てきます。ただ、知る人ぞ知る感じって言うのか、あのミナミさんみたいな人の方が段違で頻度が高いですが」
「ハル君、競技でしかほぼ目立たないもんね。私もそうだけど、普段からゲームプレイを売りにしてる人と比べると無名に近いよ?」
一足先にこちらに戻っていた、カナリーとエメも合流する。
ユキの言う通り、世間的に言う有名人と比べればハルの名は売れていないと言っていい。もちろん、ある程度以上のゲーマーであればかなり名は売れているが、世の中ゲーマーばかりではない。
自分でゲームをプレイしない人にも認知されて初めて、本当の有名人と言えるのだろう。
「そういう意味では、僕の人気はローズに負けてるね」
「あはは、確かにそっすねえ。今や一躍時の人っすもんねローズお嬢様は。他で一切情報が無いってことで、調べてる人も多いですけど、真相に到達した人はまだ居ないっす。どっすかハル様? 今後、ローズ様を軸として新たにキャラクター事業を展開するのは」
「えー、嫌だよ僕は。あくまで彼女はあのゲームのためだけのキャラ。用事が済んだ後は、ローズを続ける気はないよ」
「もったいないっすねえ」
露骨にエメが残念そうな顔をする。あらゆるユーザーの放送と、そこから伸びる人気度の集中線について正確に把握しているエメだ、ローズの人気もハル以上に理解していることだろう。
商売的に見れば、それを活用しない手は存在しない。
ただ、ハルは別に自身の経済における影響度を大きくしようとは考えてはいなかった。
「いいのかしらハル、そんなことを言って? お母さまだって、続けさせたいと思っているかも知れないわよ?」
「……いや、奥様こそそんな水物の人気になんか興味はないよ。むしろ、続けさせたいのはルナだろう? 僕に、女装をさ」
「あら、バレたわ?」
事あるごとにハルを女装させようとするルナだ。それはバレる。
さて、もう終わったように語ってしまっているが、そんな『ローズ』の出番は今後もまだまだ続く。今回の件が片付くまで、活躍してもらわねばならない。
ハルたちはまずは皆で食事を済ませてひと息つくと、その今後についての話を再開するのだった。
*
皆で食事をとってお風呂に入り、今度は寝巻でパジャマパーティー。
綺麗なテーブルにお菓子を飾っての優雅なお茶会も素敵だが、アイリなどはこちらも結構楽しみにしている。
アイリの部屋の大きなベッドにお行儀悪く全員で集まり、普段と違うお菓子を囲んでの秘密の夜のお茶会だ。
「この日のために、わたくしお使いを頑張ったのです!」
「おお、日本のお菓子いっぱいだ。私が普段買ってこないやつだね。頑張ったねアイリちゃん」
「はい! 大衆店を、たくさん調査しました!」
「たくさん買い食いもしたわね?」
「楽しかったですねー」
「あはは、お嬢様が形無しだ」
むしろ、このお屋敷に持ち込まれる高級な日本のお菓子はほぼユキの購入したものだ。
あの常識知らずの大量購入の事件以降、お屋敷のおやつ担当は自然とユキになっていた。
今回はそんな彼女の行きつけの店とは違う、何処にでも売っている箱詰め袋詰めの既製品。
アイリが吟味に吟味を重ねた、選りすぐりのジャンクフードだ。
それらをベッドの上に、これまたお行儀悪く並べてみんなで囲む。
「おやつの準備も万端です! それでは、会議を始めるのです!」
「おー、ぱちぱちぱち」
会議にはおやつは欠かせないのだ。誰がなんと言おうと必須なのだ。
そんな、会議という名のパジャマパーティーに、居心地悪そうに体を縮めてベッドの端っこに座る者が一人。
ハルではない。ハルはもう深夜の女子会に巻き込まれるのもさすがに慣れた。では誰かといえば、普段は夜の部には参加しない、エメであった。
「……あのう。わたし、本当に参加するので? 勢いで付いてきちゃったっすけど、場違い甚だしくないすかね? だって、あれでしょう? このままお菓子が無くなったら良い雰囲気になって、みんなで口に出せないようなことを始めるんでしょう!?」
「引っ込み思案のくせにやかましいなエメ。そして妄想が甚だしい」
「そうね。別に口に出せないことはしないわ? えっちなことをするだけ。具体的には、」
「いや、ルナちゃん。口に出せるから良いって問題じゃないよ? やめよ?」
まあ、エメの居づらさも分からなくはないが、今回のパーティーの目的はアイリの宣言通りに『会議』である。
今後のゲーム展開についての話し合いであり、そこには参加者であるエメにも居てもらわなければならなかった。
「……仕方ない。もう一人誰か呼ぶか。そうだね、セレステでも」
「お傍に」
「うわ、びっくりした。どこぞのSPじゃないんだ、名前を呼ばれただけで家庭内転移は控えるように」
「ははは、すまないねハル。あれ、見ていると一度やってみたくなるのだよ」
「気持ちは分かる」
どこぞのアルベルトのように、その名を口にした瞬間、影のように傍らにセレステが控えていた。内心、少々心臓が跳ねる思いだったハルである。不意打ちだった。
そんなハルの様子に満足したのか、にやにやとご機嫌な顔でセレステがベッド脇へと待機した。
「さて、これで良いだろうエメ、観念したまえよ。それとも隣の家から、マリーゴールドも呼んでくるかね?」
「そういう問題じゃないっすけどお、もういいっす……」
ハルの護衛という形でエメと同様にこのお屋敷に住んでいるセレステだ。ゲームには参加していないが、その関係でエメとも交流は多い。
口ではこう言っているが、エメもそんなセレステの参加で少し気が紛れたようだった。
「セレステちゃんは、パジャマ着ないの?」
「それは遠慮しておこう、ユキ嬢。寝間着姿では、騎士としての勤めが果たせないからね」
「徹底してるんだね」
「そうとも。まあ、我が主がどうしても私の寝間着姿を見たいと所望するならば、用命に従うのもやぶさかではないが」
「さっさと着替えろこの常時ロールプレイヤー」
軽快に笑いながら装備を転換するセレステ。楽しんでいる。そもそも、この場のメンバーを誰が害せるというのか。
それに、神にとって鎧姿であろうとパジャマ姿であろうと、本質的な戦闘力になんら変わりはない。どうせ着替えたこのパジャマも、『戦闘用パジャマ』であろう。
そんな、ここのところ愉快さが加速気味な彼女も加わって、お菓子品評会、もとい対策会議はスタートした。
「セレステは、ゲームに参加しないんですかー? 今はハルさんが騎士団を持ってますよー」
「そうね? 騎士のイメージプレイもやりやすいのではなくて?」
「イメージプレイ……、いや、参加はするつもりは無いよ? ロールプレイに興じるまでもなく、私はもうれっきとしたハルの騎士だからね」
「言うほどれっきとしてるかな……」
まあ、セレステの思う所もなんとなく察しが付くハルだ。恐らく直接のゲームへの参加は、同じゲーム運営として控えているのだろう。
自身が参加することによる、ハルのメリットもさほど大きくない。ゲーム内では神であろうと一プレイヤーとして制限され、本来の力が発揮できない。
それならば、こちら側で出来ることを全うしようと考えているものだと推察できる。
「私の出番は、もっと後だろうさ。ゲームとしての枠を越え、直接戦闘となった時こそ、この剣としての身が振るわれる」
「……そうだね。その状況が、起こらないといいとは思うけど」
ただ、可能性としては決して無視できない事象だろう。
既に、勢力としてはこの星において所持魔力量、第二位の集団となっているのは間違いない。
その魔力をもって武力蜂起でも起これば、大きな脅威となるのは確実だ。
「だが、きな臭い話は出ているのだろう? ハルは、その新作AIとやらについてどう考えているのかな?」
ここで、セレステからこの会議の主題となるであろう今回明らかになった新事実が提示される。
そう、あの指輪の扱いを今後どうするか、慎重に決めて行かねばならないのだった。
「……そうだね。まず絶対に考えなければならないのは、アレが神となっているか、否か、そこだろう」
「わたしは、正直そこは否定的っす。わたしの作った空木ちゃんだって、奇跡の中の奇跡みたいな存在ですよ。例え六人集まったからって、そうポンポン新作の神を生み出せるとは考えづらいっす。あ、これ希望的観測とかじゃないですよ」
「まあ、それは確かだろうさ。私も、自身の補助用に自分で新たなAIを組んだ神の例も何件か知っている。だがそいつらのAIが、突然自我を持ったなどという話は多聞に無いね」
セレステの言うのは、この国の集まりの外に暮らす神様たちの事だろう。
ちなみに、ハルたちに馴染みの深い、猫のメタだってその一人だ。メタの所有する工場、各地に放った多数の猫ロボット、当たり前だが、機械的なAIが内部で作動している。
まあ、それはかなりの例外としても、そうした多数の神造AIが意思を持った例が無い以上、確率的に今回もその可能性は低いとセレステやエメは当然のように考えていた。
「空木の例があるから仕方ないけれど、ハルも一つの例外に気を取られすぎるのは良くないよ? たまたまの成功体験は、よく人を狂わせる。低確率は、低確率さ」
「まあ、分かってはいるけどね」
それもそうだが、まずそのAIとやらの目的、ここでは仕様が気になるハルだ。
いったい、何故ハルに憑りついたのか、何を目指して行動しているのか。それが分からない事には、意思だのなんだのという話、それ以前の問題なのだった。




