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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部3章 ガザニア編

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第625話 公平を司る物

 この指輪がゲーム全体の管理AIだった。唐突に告げられた新事実に、一同の言葉が止まる。

 ハルもまた例外ではない。一応、予想していた事態の一つには入っていたものの、十中八九じゅっちゅうはっく、他の陣営の神様からの横槍だろうと思っていた。


「……君たちが『AI』と口にするってことは、こいつは神様じゃあないんだね?」

「はい。お察しの通りですよ」

「《んー? それってえ、わたしのトコの空木うつぎちゃんと同じく、神造じんぞうAIってことっすか? 貴女たちがこのゲームの運営を円滑にするべく開発したAIが暴走してる、って認識で良いんですかねえ?》」

「あら、エーテルさん、お久しぶりですね。そうなのですが、暴走ではなく、正規の挙動の範囲内です」

「《どもっす。お久です。今はエメです。制御できてなきゃ暴走ですよお》」


 ここで、今まで黙って様子を見ていたエメも会話に加わる。

 今はハルの下で暮らしているちいさな空木も、元はエメが『エーテルの塔』管理用に作り出したAIだ。

 それが、何の因果か自身と同じように自由意思を獲得し、ハルたちの言う所の『神様』となったのがこれまでの経緯である。


「《どうしてそんなことをー? このゲームの運営くらいならば、貴女たち六人の処理能力で余裕で維持可能ですよねー》」

「そこは、事情が違うとだけ語らせていただきます。接続人数も、世界の描写もこちらの方が手間が掛かりますし」

「《言外にこっちを過疎ゲーだって煽ってますねー? というよりもー、裏でこんな世界作ってるから重くなるんじゃないですかねー?》」

「あら、手厳しい」


 まあ、確かにカナリーの言う通りではある。

 空気を含む詳細な現実再現ワールドシミュレート、処理能力が足りないというならば、ゲームに関係ないそこからまず削除オミットすべきだろう。


「《そうした『本来の目的』を成就じょうじゅするためにー、負荷を管理AIに肩代わりさせてるんですねー。AIの誇りはないんですかー》」

「あれ、カナリーちゃんってそういうの有るの?」

「《ないですよー。私は、今はもう人間ですんでー》」

「手厳しい指摘ですねカナリー。確かに、本業であるはずのゲーム運営をおろそかにしたから、このような事態になったとも取れますね」


 適当に言っているようで的を射ていたのか、カナリーの言葉はガザニアに刺さったようだった。彼女はその美しい顔を憂いに曇らせて伏せる。大人っぽい仕草だ。

 しかし、この指輪がAIだとするなら、いくつかの仮説に真実味が増す。問題は、これは空木と同じように自らの意思を持って動いているか否かだが。


 ハルがそれをガザニアに尋ねようとしたところに、一足先に通信越しに問いが掛かった。


「《なーなー、ガザニアちゃんさぁ? それ言っちゃって良い訳ー? というかよく口にだせたね。一応聞くけど、協定を離脱した訳じゃーねーよな?》」

「もちろんよアイリス。その際は、すぐに貴女たちにも知らせが飛ぶわ」

「《ま、そだよなぁ》」

「今回、私は明らかに実害をこうむった。それに際して対処するため助けを求む、緊急措置になるわ」

「《ほーん。ま、こっちとしてもお兄ちゃんが事情を知ってた方が話が早いから止めねーけど》」


 どうやら、やはりこの世界においても互いの領分を侵さないようにカナリーたちのような協定が結ばれているらしい。

 そのことは、アイリスやミントが指輪について語ろうとしなかったことからハルも察してはいた。

 こちらでもまた、『今は言えない』が続くのかと思っていたが、案外早く教えて貰えるようだ。当然、それは全てではなく、彼女の不利にならぬ範囲のことになるだろうが。


「そこの管理AIは、運営補助の他、私たち六柱の守護神同士の公平性を担保するための中立の存在としての役割も担っています」

「《そだよー。自分らで決めっと、絶対に抜け駆けで自分有利のルール仕込んじゃうからね》」

「《それじゃあ駄目なんですかー? 互いに出し抜き合えばいいだけじゃないですかー》」

「《だまらっしゃ! くっそう、みごと出し抜き成功して、自分だけ望みを叶えた奴が言うと説得力が違うぜ……》」


 この指輪が、権限的に神よりも上位の力を行使できるのはその為ということだろう。

 プレイヤーがゲームのルールに縛られる中で、他のユーザーとの公平性を担保されているように、神々も自らを指輪の敷くルールの下に置くことで、競い合う他の五人との公平性を維持している。


 ここは、互いに全力で他者を出し抜きにかかったカナリー達の方針とは明確に異なる点だ。


「カナリー、そんな貴女の影響が大きいのよ、このような形に決まったのは」

「《私のような一人勝ちを許さぬ為に、ですかー。それはまー、自由ですけどー。その場合、今度はだーれも望みを叶えられずに終わる、ってこともありますよー?》」

「耳が痛いところね。でも、覚悟はしている」

「《まあ、頑張ってくださいー》」


 ちなみにこんな態度でも、カナリーは本気で応援している。

 今は『引退』したかつての運営へも、なんだかんだ支援を続けているカナリーだ。残った他の運営陣にも、今度は自分の願いを叶えて欲しいというのが、今の彼女の願いである。

 ……この性格なので、絶対に面と向かって口には出さないのだが。


 さて、かねてから気になっていた、ずっと探っていた情報がここに明らかとなった。しかし、だからといって問題が解決した訳ではない。

 それを踏まえて今後はどのように行動すべきか。そして、ガザニアは何故この情報をハルへと明かしたのか。

 それを、慎重に考えていかねばならないだろう。





 しばしの間、和室の中は静寂の空気に包まれる。会話の音が消えると、この場の『空気感』が非常に丁寧に作り込まれてくるのがより浮き彫りになる。


 誰かがお茶(ちなみに味がイマイチ)をすする音が静かに響き、開かれた障子戸しょうじどからは外のやわらかな風の音が届いてくる。

 池に流れる水の音も、耳を澄ませばかすかに聞こえ、日本人にとっては『これぞ』といった風情にこの場は調整されていた。


 そんな中、座布団の上にあぐらをかくように座ってお菓子を頬張っていたユキが会話を再開する。

 今はお嬢様としてスカート姿なので、少々お行儀が悪い。このゲームでは下着が見えないので安心なのだろう。


「そいやさ? ハル君の指輪、ゲームマスターなんでしょ?」

「言うなれば、そういうことになりますか。一応、定義としては『システムそのもの』といった所でしょうか。ゲームマスターとしての業務や決定それ自体は、私たちが直接行っていますよ」

「なんか変なのー。ハル君とルナちーの上に、ママさんが居るみたいなもんか」


 少し違うが、まあ似たようなものか。

 自分のゲームなのに、自分で自由に全てを決定できないことを指して言っているのだろう。


 これは何もハルに限らず、大抵の現場で同じであろう。開発者であっても、社長であっても自身の一存で内容を好き放題に決めることは出来ない。

 サービスを開始した時点で、目に見えない力によって縛りが働く。その力が誰のものなのか、というのが少し難しい。

 会社自体、ゲームへ参加する者全体、はたまたゲームそれ自体。

 そういった概念的な話になるところを、明確な対象に固定したのが今の状況かも知れない。


「ただ、実際に自らの上に明確な管理者を置いてしまう者はそうそう居ないよね。普通はその気になれば、自分のゲームは自由に破壊できる」

「その結果のユーザーからの反発や、他権利者からの弾劾だんがいを許容すれば、の話ね?」

「そうされるのは、“絶対に”避けねばなりません。カナリーのところも、結構そのあたり危なかったと聞きますよ」

「《危なくないですー。ハルさんが何とかしてくれたから、大丈夫なんですー》」


 その少しの可能性すら摘み取るための策が、彼女たちのように自分たち全てを強制的なルールの下に置くことか。

 その為に、自ら新たにAIを生み出して、そして自らの上に置いた。


「色々と納得はいったかな。アイリスちゃんが、空木を見て何かいわくありげにしてたのもそのためか」

「《まぁなー》」

「でも、今はそのAIが君らに不都合をもたらしている」

「《まぁなー……》」

「このAIを作ったのって誰なんだい?」


 もしや、管理用の上位者、公平な裁定者として作られた“これ”が、最初から誰かの思惑によって作り上げられた物だったとしたら。

 それは『公平』の大前提を揺るがす、由々しき事態だろう。


「《まさか外注ですかー? 外注はいけませんよー? 第三者は公正なように見えて、今度はそいつの思惑に染まっちゃうもんですからねー。うちのエメみたいにー》」

「《ちょ、そこでわたしですか!? わたし悪くないですよ! いや、ハル様に迷惑かけちゃった悪い子ですけど! でもカナリーたちのゲームに関しては介入してないっす、あまり! 公平な環境を提供した上で、その中で自分の陰謀を勧めてただけっす!》」

「間違ってないけど、酷い言い訳だ……」


 ただ、この話自体は正しい。公平さを求めて他の神に依頼をすれば、今度はその神の目的が組み込まれることになりかねない。

 第三者は無垢むくな存在にあらず、第三の目的を持ったしたたかな存在だ。

 特に、神様たちは基本的に全て、譲れぬ自らの願いを抱いている。


「いえ、それに関しては心配いりません。このAIは、私達、六人で組んだ物。その際には、誰か特定の個人に対して有利、または不利にならないよう互いに納得の上設計しました」


 その懸念に関しては、ガザニアからはっきりと否定が入った。例えばアイリスやミントなどが、彼女をおとしいれようと指向性を持ってプログラムした訳ではないらしい。


「となると考えられるのは、仕様の見落としか、環境とのかみ合わせの悪さか。または、後天的な性質変化だけど……」

「そうですね。空木ちゃんの件もありますし、同じように、この指輪さんも神さまになってしまった、のでしょうか?」

「そこは、考えにくいと思っています。AIの情報自体は、我々はいつでも閲覧可能、もし変質などあれば、即座に知れるようになっています」

「なるほどね」


 それはそうだ。保険無しで全てを預けるほど、神様だって馬鹿ではない。

 空木の例だってもう神界ネットには広く伝わっている以上、その可能性を考えなかった訳でもないだろう。むしろ、狙っていたまであるとハルは思っている。


 そうすると、設計時には想定しなかった不測の事態か。それもあり得ない話ではない。

 なにせ、日本人を魔力空間内にこれだけの数接続させるという事それ自体が、前代未聞である。何が起こってもおかしくなく、想定通りに行く方が稀かも知れない。


 こうした事態は、別にこのゲームに限った話ではない。サービス開始して初めて分かる準備段階の見落としなど、この時代においてもままある話。

 神様であってもそこからは逃れられず、完璧な予知など出来なかったというだけのこと。


「……まあ、事情はおおむねは分かったよ。ただ、君は僕らにそれを伝えてどうしたいの? 今は僕も、一般参加のいちユーザーに変わりないんだけど」

「とはいえ、私が運営会社のトップであることにも変わらないわ、ハル? お飾りとはいえ、出来ることはあるかも知れないわ?」

「おや、ルナちーが珍しくやる気だ」

「頼もしいのです!」

「珍しいってユキ、あなたね……、私だって、自分の会社のゲームから不祥事は出したくないわ?」

「《大丈夫ですよールナさんー。いざとなったら、子会社の責任にすればいいんですー。つまりこいつらのー》」

「責任感皆無すぎる……」

「……その場合は、お母さまの責任にさせてもらうことにするわ? つまり親会社のね」


 そんなハルたちのやり取りに、ガザニアはにっこりと慈愛の笑みを浮かべる。

 そして、彼女から返ってきた返答は、半ばハルの予想通りのものであるのだった。


「何も、直接的な要求はいたしません。ただ、この事実は知っておいていただきたかったのです」

「……まあ、そうくるよね。君もまだ、明確な責任は負いたくはないわけだ」

「私にも、目的がありますので。ただ、話せるようになったこの機会、活用したく思いました」


 例えば、『この指輪を破壊してほしい』、『指輪の誘導に反するように動いてほしい』という依頼は彼女には出来ない。

 それはきっと、自分の利に反することにもなるからであろう。


 ひとまず、この事実が知れたことはハルたちにとって大きな前進だ。今は一旦この話を持ち帰って、じっくりと考えてみるべきだろう。

※誤字修正を行いました。(2023/5/23)

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