第624話 静かに語られる新事実
「悪いね、身内で盛り上がっちゃって」
初対面のガザニアを置いてきぼりにして、ハルたちのみで通じる話を進めてしまった。ハル自身の精神安定のためにも、身内ノリはこのくらいにしよう。
そんなある種失礼な接し方をしてしまったが、彼女は気にした風でもなく穏やかな調子のまま。
別に試した訳でもないが、何となくその性質の一端が知れたように感じさせられたハルだ。
「構わないですよ。みなさん仲がよろしくて何よりです。それよりも、私は『身内』には数えていただけないのですか?」
「こりゃ手厳しい」
確かに、同郷の誼という意味で語るのならば、ガザニアだって当然のように身内の一人だ。真の意味で、これが初対面という訳でもない。
ただ、現状どうしてもこのゲームの神様たちを手放しで仲間扱いできるハルの立場ではないのであった。
「《そうそう、『身内』になるには、相応の段階をふんで仲良くならないといけないんだぜぃ》」
「《ガザニア大人だもんねー。やっぱし、大人は信用できないんだって! あたしら大勝利!》」
「いや、アイリスとミントも現状は僕からの扱いは同じだからね?」
「《そんな! お兄ちゃんひどくね!?》」
「《なんでぇー!! あたしあいつらみたいに隠し事してないのにぃー!!》」
当然である。特にミント、正直に言えば良いという問題ではない。むしろ逆に質が悪い。
そんな、再び繰り広げられるコントのようなこちらの会話に、ガザニアは再び上品に微笑むのだった。確かに、この二人と比べると大人の余裕のようなものを感じる。
一応、彼女らは全員が同年代のはずだが、この性質の違いはどこから来ているのであろうか。
「もうすっかり仲良しなのですね。素晴らしいことです。確かに、胸に秘めた物の多い私です。この状況で、仲間として信用しろと言うのは烏滸がましいのでしょうね」
「《あー! またおっぱいの話してるー! 胸強調ポーズはんたーい!》」
「《でかい胸に秘めてる事だもんなー。さぞかし、でかい秘密を抱えてるんだろーなー》」
「《やっぱ大人はー! ハル様、ほら小さい方が良いんだって》」
「……君たち、蒸し返すな。あと貧乳連合を組んだところで別に関係値は何も上昇しないから」
外見と本人の資質は一致しない。とはいえ、彼女らは自分で外見を自由に決められる者達だ。大人を選んだ者、子供を選んだ者、そこの違いも少し頭の隅にでも置いておいた方が良いのかも知れない。
そんな心苦しそうにその大きな胸に手を当てるガザニアを前に、更に主題から外れた騒ぎは大きくなる。
対抗するようにルナも自分の胸を強調してきたり、ユキも自分の胸をぺたぺたと触って肉体との差異を確認したりしている。
まさか、こうして裏で結託し、えっちな話題で有耶無耶にするという深遠な計画なのか? などと馬鹿な考えが頭をよぎったところで、ガザニア本人がそれを否定した。
「では、信頼を得るための一歩として、今回の顛末についてご説明しましょう。全てを話すことは出来ないのが、心苦しいのですが」
「……へえ、自分のことについて、語ってくれるんだ」
「それで、『身内』に迎えてくれるのであれば。それに元々、そのためにこの席を用意させていただいたのですから……」
そう言って彼女は、ハルたちに室内に入ることを身振りで促す。
まあ、ハルとてそこまで警戒や敵対視をしている訳ではない。可能ならハルだって、彼女らとも仲良くしたい。
「《気を付けろよぉ、お兄ちゃんー。そうやって当たり障りのない情報を出して、油断させる気だぜぃ》」
「《その手には乗らないもんねー!》」
「君ら対立してんの?」
なんだか子供組で手を組んで、ガザニアには当たりの強いアイリスたちだ。年少と年長で目的が分かれているとでもいうのだろうか?
そのあたりも、ガザニアの話とやらを聞いてみないと判断できない。ハルたちは靴を脱いで、和風の室内へと上がって行くのだった。
*
「どうぞ、おくつろぎくださいね」
音もなく用意された座布団に座って、ハル一行はこの場の主であるガザニアのもてなしを受ける。
手元にはお茶と和菓子が用意され、雰囲気は客を出迎える女主人だ。
「おお、何かに似てると思ったら。そうだよルナちー。ルナちーのお母さんに雰囲気が似てるんだ!」
「お母さまと? まあ、確かにお母さまも、立場は良家の女主人だけれど……」
「だからキャラ被りは私じゃない!」
「割と気にしてたのね?」
「《ルナさんのお母さんも、お菓子くれますしねー》」
確かに、こうして和菓子でもてなしてくれることが常となっているイメージの奥様だ。雰囲気が似ているといえば似ている。
そんなお菓子を、お嬢様のルナが慣れた手つきで勧められるままに口に運んで、珍しくその動きが不自然に硬直した。
「どしたんルナちー?」
「……ユキも、食べてみるといいわ?」
「ん? うん」
そうしてユキも同じように、こちらは大胆にぱくりとお菓子を頂く。ユキの方は、目立った表情の変化は起こらなかった。
ここから察せられるのは、その味だろう。ハルもアイリと共に、出されたお菓子を頂くことにする。その味の方は、概ね予想通り。
「……油断したわ? そういえば、ゲームの食べ物はこんな味だったわね?」
「うん。いつものジャンクだ。あそっか、だからルナちーしぶしぶの顔してたんだ」
「しぶしぶではないわ?」
「なるほど! 高級お菓子の体で、まるで異なる味だったので脳が“ばぐ”ってしまったのですね!」
和菓子にまだあまり馴染みのなく、ゲームの食事はこんなものという認識のアイリ。そもそもゲーム食に慣れ過ぎているユキ。二人の方は、特に気にせずぱくぱくと頂いている。
このゲームは神様製の物とはいえ、舞台は異世界ベースではなく完全な電脳世界だ。故にその中における食事も、また再現に難がある現状を踏襲してしまっているのだった。
「これは恥ずかしい。細かいところに気が回らず、申し訳ないばかりです」
「別に構わないよ。むしろ安心したところまである」
「そうね? これで、繊細な味の再現までしていたら、それだけでゲーム一本分以上の技術革新が起こっていたわ?」
カナリーたちのゲームが一部で強力な評価を獲得している理由として、『食事が美味しい』というものがある。
それは味覚の再現が現代でも視聴覚に比べ遅れていることにあり、美味しい食事が出来るゲームが唯一無二であるためだ。
ハルも、今回のガザニアたちのゲーム運営立ち上げが無ければ、ルナの会社での次の事業はそちらの味覚再現系のゲームを開発することを予定していた。
これはゲームとしてスタートはするが、多方面の業種に対し武器になることを見込める事業だ。ルナの母も高く評価してくれるだろう。
まさに技術革新となり、やり方によってはこのゲームに負けず劣らずの経済効果を発揮することが可能なはずだ。
とはいえ今は余談である。知れたことは、ガザニアの現実環境の仮想空間への再現は、味を完全に再現するまでには至っていないということくらいか。
そんなガザニアが居住まいを正し、表情も真剣に改める。
「さて、お菓子にご不満はありましょうが、ご容赦のほど。よろしければ、今回の顛末についてご説明させていただきます」
「そうだね。今日は別に、美味しい和菓子を食べる会じゃない。僕としても、そちらを優先してくれると助かるよ」
突然、巨大クラン二つの単位の大人数が神域へと転移させられるという今回の騒動。そして、その後の太陽とのレイド戦。
頭の上に疑問符を浮かべる者も多かれど、なんとかイベント成功という形で幕引きを迎えることが出来た。
しかし、一歩間違えばかなり大きな問題に発展していたのも事実。
実のない謎のイベントはゲームそのものに不信感を生み、最悪の場合は、あの空間からゲームの裏事情まで暴かれていた未来も無いと言い切れない。
何を理由にそんなイベント、いやイベント未満の事故が発生したのか。教えてくれるというのならハルにとっては重畳である。
「まず初めに、今回の転移は私が引き起こしたことではございません」
「……まあ、そうだとは思ってた」
「ご理解いただけて幸い」
「《えー、簡単に信じちゃうのーハル様? あたしと対応がちがくなーい? やっぱ大人だからー?》」
「《まー、ぶっちゃけ不自然だもんなぁ。ミントはだってさぁ、おめーは自然に、怪しすぎるぜ?》」
「《ひっどぉー!》」
そう、アイリスの言うように不自然すぎる。ガザニアのキャラクター性を加味せずともあの場に大勢のプレイヤーを自ら呼び込む意味が見出せない。
「それが真だとして、だとすると誰が貴女の庭に私たちを招き寄せたと言うのかしら? そこを明確にしてもらわないと、悪いけれど私は信用できないわよ?」
「お答えいたします。それももちろん」
言ってガザニアは目を細めつつ、ハルの手元を手ぶりで指し示した。これは、半ば予想通りと言うべきか。
ハルはそれに合わせるように、自らの右手を皆によく見えるように掲げてみせる。
その人差し指に輝く指輪、今回の戦いでは無敵の盾として活躍した謎のアイテムをガザニアは違わず見据えている。
「やっぱり、犯人はこいつか」
「はい。今回の件、そのアイテムの、正確にはアイテムではありませんが、その指輪による私の陣営に対する攻撃となります」
「攻撃、ね」
これも、ハルの予想にあった範囲の話だ。そもそもこの指輪は出会った時から、アイリスと対立した状態でスタートしている。
あの時はまだ、アイリスの庭に踏み込んで彼女と事を構えていたハルの味方をしただけ、と言うことも可能だが、今回はもう言い訳不能だ。完全なるこちらからの侵略。
「あの、ガザニア様? つまりこの指輪さんは、他の神がハルさんを通じて力を振るうための触媒、ということなのでしょうか?」
ハルの考えていた内容を、先にアイリが聞いてくれた。ここは、そう考えるのが自然ではある。
カナリーやセレステたちのように、このゲームでも神様は互いに自分の目的のために他の神々とリソースを奪い合っている。そしてその為の足がかりとして、指輪を通じてハルを利用しているということだ。
そう考えると、自然と納得できて辻褄が合う。というよりも、他に候補があまり無い。
しかしそのアイリの問いを、ガザニアははっきりと否定した。
「いいえ、それは違いますよ、異星の子」
「なんと! それでは、いったいどなたがハルさんに憑りついて……」
「アイリ? 憑りついてるって表現はどうかと思うよ?」
「それも、あながち間違ってはいませんね」
そうしてガザニアからハルたちに、予想の一歩先を行く真実が語られる。それはハルにとっても、なかなか衝撃的な事実であった。
「その指輪を操っているのは、このゲームのシステムそのもの。ある種、私たちの上位に位置する、ゲームマスターとも言えるAIです」
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/23)




