第621話 人の消えた祭りの夜に
完全に地続きではありますが、今日から新章に突入です。
長くなってしまった2部2章。3章は、少しずつ一話の密度を上げていきたいところです!
ひとり、ふたりと、ぽつぽつとプレイヤーたちがログアウトして行き、最後の一人が消えるとこの場には完全な静寂が訪れた。
日も落ちて宵闇の支配するようになったこの空間は、人が消えればなおさら寂しい。
そんな、祭りの後の寂寥感すら感じる、もはや誰も訪れる事のなくなった世界。そのはずの、この認知外空間に“ログアウトしたはずのハルが姿を現した”。
「……うまく、いったにゃー」
「成功だね、ありがとうメタちゃん」
「ねこさん、すごいですー!」
「……にゃー♪」
手を繋いで、じっと息を潜めていたハルとアイリ、そしてメタは互いの手を離し、作戦の成功を祝い合う。
「ユキ? あなたもそろそろ離れなさい?」
「おおう……、終わったかー、慣れないことしたから、体が固まってしまった」
「無駄に縮こまっていたわね? やっぱり、じっとしているのは苦手かしら?」
「いや、隙を見せるとルナちーにいやらしくお触りされそうだったし」
「しないわよ……、今からしてやろうかしら……」
「冗談だってー」
こちらも二人でくっついていたルナとユキが、じゃれ合いながら姿を現す。
彼女らはログアウトする際に、ユキがルナに甘えるように抱き着いた状態で消えていった。その時の姿勢をずっと引きずっていたらしい。
体の接触を恥ずかしがるユキには、悪いことをしてしまっただろうか。こうして見る分には、最近はそれなりに慣れたようである。
さて、種明かしをすると、ハルたちはそもそもログアウトしていない。この場でずっと、身を潜めて静かに潜伏していたのだ。
姿も気配すらも他者から認識されなくなるスキル、メタたちの持つ<隠密>によって姿を消したハルたち。そしてその消える瞬間、同じくずっと<隠密>状態で待機していた白銀と空木がログアウトし、ハルとアイリ、ユキとルナ用のログアウトエフェクトを発生させたのだ。
「《とんだ貧乏くじです。メタちゃんには、あとでおやつを奢ってもらわないとです》」
「《おねーちゃん、<隠密>が役に立ったのですから、ここは喜ばないといけませんよ。これがなければ姿を隠したまま、何の見せ場もなく終わるところでした》」
「《空木は真面目すぎるです!》」
「……役得、にゃ!」
「ケンカしないの。君たち二人は、僕とリンクしてるからそっちで参加できるでしょ」
ハルの<支配者>スキルの覚醒により奇跡的な勝利を飾り、大盛り上がりの中終了したこのレイド戦。それは非常に綺麗な終わり方ではあったが、ハルたちの用事は何も終了していない。
ようやく、真に状況は整ったと言える。
言い方は悪いが邪魔者は消え、思う存分この世界を探索できる運びとなった。
「しかしハル? これで構わなかったの? 誰かは知らないけれど、ここに私たちを連れてきた者の思惑には反するのでなくって?」
「確かにそだねー。ルナちーの言うように、その誰かさんの企みには、大人数が必要だったわけだ。だから、あの互いの全兵力が揃ったタイミングで転移させてきた」
「……その思惑、必ずしも乗って差し上げる必要はありません。ですよねハルさん」
「そうだねアイリ。神々には神々の、僕らには僕らの目的がある」
確かに、ここに連れてきた何者かの思惑に沿うように動いた方が、その分彼らが何を求めているかもはっきりしやすいだろう。
しかし、その結果、目的が完全に成就してしまっては困る可能性だってある。ミントのような危険な思想を持っている者が相手だったら目も当てられない。
「まあ、危ない橋は渡らずに済むなら、それに越したことはないってことさ。結局、何が狙いだったのか迷宮入りになったのは残念ではあるけど」
「あの太陽を倒す! ……のは別に本題ではないんだよねぇ?」
「ですねユキさん! もしそれが目的であれば、別にあの人数は要りません。わたくし達だけ、いえ極論、ハルさん一人を招き入れれば済む話です」
「……皆の力で勝利した直後に言う事ではないけれどね、事実よね?」
「いやあ、出来れば一人きりではアレ相手にしたくないなあ」
「『面倒くさいから』、ですね!」
その通りである。嫁の理解が深い。
可能か不可能かだけで言えば勝利は可能であろうが、あの眩しくて激しい攻撃の前に、ちまちまと持久戦を繰り広げるのは出来るだけ勘弁願いたいところ。
それに、あまり一人で戦ってばかりだとハルが本質的に独りよがりだと突き付けられているようで、そうした意味でも気が滅入る。
出来れば今後は、仲間と共に戦いたいところ。
さて、そのようにして表向きの演出は終わり、ここからはハルたちの裏の顔。
このゲームを運営する神々が何を考えているかを解き明かす、内部調査の始まりだった。
*
「とは言うものの、何をどうして調査しようか」
「ハル君だっさーい。ここは、『僕に名案がある』、って言って、わけわからん手段で華麗に解決するとこでしょ?」
「わけわからんって……」
「実際、ハルさんのやることは理解が大変なのです!」
「まあ、アイリはそうかもね。アイリの世界とは、使ってる技術が違い過ぎるから」
「……申し訳ないけれど、私もそれなりに理解には苦しんでいるわ?」
「ありゃ」
どうやらハルの取る手段は理解に苦しむことが多いようだ。
常識人寄りなつもりで、所詮中身は神様たちと同類ということか。仕方ないのだ、生まれが同じなのだ。
「まあ、今回は理解に苦しむことはしないと思うよ。というより、しようがない」
「ゲームの中だもんねぇ。うちらだって、レベル1の移動力1のユニットを与えられたら、前に一歩進む以外にやれることがない」
ユキが、うんうん、と納得顔で深く頷く。
基本的に今のゲームは、そうした『プレイヤースキルの高低』というものにあまり左右されすぎない作りを主軸としている。
没入型になって操作が複雑化し、ゲームの上手い下手はより顕著に結果に表れることとなった。
特に、ハルやユキのような電脳世界に適合した才能を持つ者は自由にさせておくと、そうした存在の独り勝ちになる。そのため、キャラクターの方にがちがちの制限をかけるのだった。
そうした制限がせっかくのこの世界で自由に体を動かせないストレスとなり、才能のある者ほど遊ぶゲームが限られるという状態になっていた。
ハルとユキが、あのカナリーの用意した異世界に辿り着いたのも、そうした経緯からのいわば必然だった、のかも知れない。
「えと、つまり、歩いて探すということですね!」
「アイリちゃんせいかーい。ゲームの基本だね!」
「……まあ、それしか取れる手段が無いものね? あっちでは、ハルはこういう時やりたい放題だったけれど」
「魔力を飛ばして探査してね。いや、改めてあれはチートが過ぎた」
このゲームは体の動きに不自然な制限がある訳ではないが、スキルに無い行動は取れなくなっている。
まあ、当たり前だ。魔法の知識さえあれば何でも出来た“あちら”がおかしいのであって、これが普通。
故に、RPGの基本中の基本である、『足で探す』行為をのんびりとハルたちは楽しむことにする。
別に四方を見渡しても見どころのある世界ではないが、ぼんやりと月光代わりの紋章が薄く照らすこの空間は雰囲気もいい。
自然と再び手を繋いできたアイリと歩調を合わせ、気分はお散歩デートである。
「目的地はどこでしょうか、ハルさん!」
「んー、どこに行こうかね。ひとまず当てもなくぶらぶらと……」
「駄目よハル? デートならきちんとプランを立てて、あなたがリードしてあげないと」
「いや、ルナちー、そもそもデートコースがこんな場所の時点で、彼氏の人間性を疑った方がいいと思う」
いったいどうプランを立てればいいというのか? 指標も道しるべも無い一面の平面が続くだけの世界。
無限に続くかも知れないそれを、徒労だと知りつつ探すか立ち止まるかで、その人の性質の一端が知れそうでもある。
だが、どの世界においても、目に見える物だけが全ての情報とは限らない。
特に現代はそれが常識となった時代だ。目に見えないエーテルネットが世界中の空気を満たし、一方では目に見えない魔力が同じく空に満ちている。
そんな二つの世界を股にかけるこのゲームも、当然のように空間には不可視の情報が満ちていた。
そんな空間の構成データを読み取り、何も無いこの場の道しるべとなる存在がハルたちの傍らに一人
「……あっち、なにかある、にゃー」
「メタちゃん。何か見つけた?」
「……にゃ!」
この世界ではハルに代わって、そうした不可視情報を読み取るのに長けるのが、この同じ神様でもあるメタ。そして今はログアウトしてしまったが、白銀と空木も含めたちびっ子三人衆であった。
「おお、お手柄だねメタ助! 偉いぞー、うりうり!」
「……にゃーん。ごほうび、にゃー」
「《あー! やっぱり良いとこ取りだったです! ここ、本来なら白銀が活躍して褒められる場面だったです!》」
「《確かに、これはメタちゃんにしてやられましたね。おねーちゃんの言う通りです》」
「だからそんなことで争うなと……」
この場で手柄を上げられなかった二人が通信越しに、ぎゃいぎゃい、と不満を主張する。
後で、何か埋め合わせに遊んでやった方が良いのだろうか。とりあえず、現地に居るハルの本体の身を起こして二人を同じように撫でまわしてやると途端に機嫌が良くなるのだった。
何とも微笑ましいお子様がたである。
「そういえば、メタちゃんたちはこのゲームでもチートじみた行為が可能なのだったわね。ハル、あなたはまだ出来るようにならなくって?」
「お恥ずかしながらね。人間で言うなら、達人の技を映像で見て、仕組みは理解しているんだけど、自力での実現には程遠い感じというか」
「その例だと、あなたは見ただけで実現してしまうでしょう? 今回もそうなさい」
「ルナは今日も厳しいねえ」
しかしながら、気合でなんとかなるといった問題でもなく、実践するために必要な要素がハルには欠けているのが実情だろう。
見えない三本目の腕を、動かすための神経が届いていない。
とりあえず、今は達人の技の見学に徹するとして、ハルたち一行はメタの見つけた違和感のあるというポイントへと、ゆっくりと足を運ぶのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/23)




