第620話 祭りの後に日は落ちて
幕引きはあっけなく、ハルに燃料たる魔力を吸い尽くされた太陽は己の輝きの強さに耐えかねるように、内側から爆ぜて消え去った。
きらきらとした撃破エフェクトは光射す者の居なくなったこの世界を美しく飾り立て、それすら去ると、急速に夜の帳がこの空間を静寂に染め上げるのだった。
あんなに、まさに『太陽が落ちてきたように』明るく照らし出されていたこの場は一転。月光の代わりに空に輝く紋章が淡く照らし出す闇夜の訪れだ。
「少し、しんみりしちゃったね。倒し方をもう少し考えればよかったか」
「最後は静かで切なかったねぇ。でも! 強者の余裕っぽくてカッコよかったよ!」
ユキが明るく断言すると、それを皮切りに、しん、と静まり返っていた周囲もにわかにざわめきだし、次第に勝利の実感を確認しあうとあちこちで歓声が上がりはじめた。
「あのレーザーで倒せれば、きっと大盛り上がりだったのですが!」
「まあ仕方ない。試してみたくなっちゃったんだ」
「勘弁してほしいですよ。なんだか、重ねるものがあって複雑な気分です」
「ああ、そういえばアベルは、以前“ああいう風に”倒されたことがあるんだっけ?」
「……その、あー、はい」
ハルの名を出すことを<誓約>で禁じられているアベルは、口ごもるように恨みがましい目で肯定する。
忠騎士ロールプレイ中の彼に、これ以上主君を睨みつけさせるのも良くない。という理由で、ハルは逃げるように話題を変えた。
そういえば、かつてアベルもハルにMPを吸い殺されたのだった。いや、死んではいないが。
そうしてアベルがファンクラブの女の子たちに、勝利宣言をするファンサービスに戻っていくと、それを待っていたようにルナがその話題を再開する。
ただ、ここもハルの名前を出すわけにはいかないので、慎重に言葉を選びつつ。
「……そう考えると、って訳じゃないけど。あなたにそのスキルが身に付いたのも、何か因果なものを感じるわね?」
「確かに! 何で支配者の力が、<MP吸収>になるのでしょうね!」
「さーねー? 他人の力を我が物にする、ってのがコンセプトなのかなぁ?」
なんとなく、異世界のハルの力をモデルにしているのではないかと疑ってしまうスキルだ。
これはハルが得たからこんなスキルになったのか。それとも、初めからそう決まっていたスキルをたまたまハルが得ただけなのか。
アベル王子のスキルの例もある。そこは、前者の可能性が高かった。
「さて、何かしんみりしちゃったね。きっとこの暗さのせいだ」
「確かに! 祭りのあと! といった雰囲気なのです!」
「それも悪くないけど、今は明るくしようねアイリ」
「はい!」
言うまでもなく明るく元気たっぷりに、アイリは思考に沈みそうだった四人の空気を吹き飛ばす。
考えるのはまた後で、今は、ハルたち以外にも他のプレイヤーたちもこの場に居るのだ。
「さて、君たち注目。勝利の余韻に浸っているところすまないね」
ハルは魔法の光球を、力の限り巨大に練り上げてライトの代わりとする。
そんな新たな太陽の周囲に、自然に人が集まってきた。皆の表情は一様に明るく、偉業の達成に高揚しているのが分かる。
とはいえ、その中にも疲労の色は隠せず、皆ステータスに表れぬ部分で満身創痍だ。
「疲れただろう。手短にしようか」
「そんなことないですよクランマスター! このまま後夜祭だっていけちゃいまっす!」
「元気だねぇアンター。私はもうむーりー」
「そうですね。ログイン時間もかなり嵩んできました。ここは、一度解散とした方が良いかと。祝勝会がしたい人は、一旦休憩を取ってから再度集まりましょう」
「了解リーダー! クランハウス使っていいですか!」
「そこも戻ってから。まずはマスターのお話を聞きましょう」
「はーい」
まだまだ元気な者、さすがにこれ以上は無理な者、この後の予定が押している者、既に体調に関する警告ウィンドウが出てしまった者。プレイヤーにより、様々である。
ただ、さすがに警告ウィンドウは見過ごせない。勝利で気が抜けて一気に疲労が来たか。
彼ら彼女らのためにも、手早く解散を宣言した方が良いだろう。
「みんなのおかげで、謎の強敵にもなんとか勝利できた。本当にありがとう」
「ちなみにまじで謎だった」
「なんでいきなり太陽?」
「あれローズ様が見つけなければ更に謎のまま終わってた」
「空から私たちを監視してたのだ」
「何のために?」
「……監視、したかった?」
「変態か」
「お仕事なんだよきっと」
「ははは、なら、二十四時間不休の監視業務も辛かろう。休ませてあげることが出来て、良かったのかもね」
そんな軽口に笑いが巻き起こる。皆で一丸となって事を成した後の、非常にいい空気感だ。文字通り、皆の力を一つにしての勝利。
まあ、今の監視業務うんぬんは、ハル自身の身の上を揶揄した自虐ネタなのだが、それに気付く者はアイリたちしか存在しない。
「さて、時間のない者も居るしこの辺で。二次会は自由だが、きちんと休憩するように。あとで、僕も正式に勝利記念のお祝いを出そう」
その言葉に、『おおっ』、と喜びのどよめきが広がる。
苦戦の末レイドボスを撃破したといっても、元々が仕様外の存在、明確な実入りがあったかは定かではない。
個別に報酬が設定されていようと無かろうと、ハルから相応のお礼と、派手な祝勝会を企画しよう。放送的にもそこでまた盛り上がるはずだ。
「あ、あのー……、そのお祝いには、ボクたちも参加しても……?」
「当然構わないよ。共に戦った仲間じゃあないか」
「あ、ありがとうございます!」
「むしろクラン入っちゃいなよ傭兵の諸君さぁ。これからも仲間としてやってこう」
「そうそう、下僕は多い方がローズ様の力になるし」
「下僕言うな!」
「まあ、クラン加入は任せるよ。ただクリスタの街は自由に使っていい。僕もログアウトするから、その話もまた後日ね」
元々は敵同士だったミナミの集めた傭兵部隊とも、この戦いを通じて互いに仲間意識が芽生えていた。
誰かの言ったように、今後は<支配者>のスキルのために仲間は多ければ多いほど良い。クラン加入はハルも歓迎である。
「でも意外、ローズ様ログアウトしちゃうんだ」
「確かにー、私もローズ様と後夜祭ご一緒したかったなー」
「あ、そうじゃなくて……、ローズ様なら、この後すぐ、『よし、この空間の調査を再開しよう!』、って言いそうかな、って……」
「確かに! ローズ様の行動力は無限だもんね!」
そこで、クランメンバーから鋭い指摘がある。ハルの行動パターンを良く分かっていた。
「まあね、実際その気持ちはある。けど、僕がここで残ると、他にも無理して残っちゃう人が絶対出るでしょ?」
「あー、出る出る」
「むしろあたし残る」
「だから、僕から率先して上がる訳だ」
「おー、支配者も大変だ」
「リーダーの苦労を見た」
「……ということで、本日は解散! みんな、本当にお疲れ様」
歓声と共に閉幕は祝福され、それぞれが各々自分のグループへと戻っていく。
警告が出ていた者を筆頭に、足早にログアウトしていく者や、この後の打ち上げの予定を立てる者など様々だが、この場に留まる選択をした者は居なかった。
なんとなく、良い落ちどころに持っていけたのではないか。そんな風にハルは思う。
説明もなく全員が謎の空間に送り込まれるなどという自体に陥ったが、『悪い敵を倒してめでたしめでたし』、と締めくくれたのは気持ち的に分かりやすい。
これは、指輪に感謝した方が良いだろうか。撃破不能の敵を改変し、この状況へと繋がる道をお膳立てしてくれたのはこの指輪だ。
ハルは、既に盾から指輪の形へといつの間にか戻っていたその右手の人差し指に目を落とす。
「いや、元はと言えばこいつが原因だったんだった。酷いマッチポンプだ」
「……ハル?」
「ああいや、僕らの方も締めようか」
ぼやいてばかりもいられない、今もハルは変わらず放送中だ。その視聴者に向けても、締めくくりの挨拶をきちんとしなければならないだろう。
ミナミに倣う訳ではないが、そこはきっちりと対応せねば。
そうして、軽く放送終了にあたっての挨拶をして彼ら視聴者にも礼を言い、ハルは長くなったこの放送を閉じる。
そうして、まだ残っているメンバーに先駆けて、ハルは姿を消し、後にはログアウトを示すエフェクトだけが残るのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/22)




