第62話 料理以外は充実した神界施設です
「そのアルベルトさんには会いに行くの?」
「会いに行くというか、もう会ってるというか」
「どなたが本物なのでしょうか……」
難しい問題だ。改めて話しかけるとして、誰に話しかければいいのだろう。全員本物とも言えるし、全員本物でないとも言える。
本体のような存在が居れば分かりやすいのだが。
「まあ、他の場所も見回ってみようか」
「あ、ハル君がまた問題を先送りした!」
「準備期間が必要なのですね!」
「そうとも言う」
最優先で片付けなければいけない問題でもない上に、確証が無いのだ。仕方ないと思って欲しい。
今日はアイリには、夜中に無理して付き合ってもらっているという事もある。時間に余裕のある時へ回してしまいたい、という思いもあった。
本人に聞けば、無理はしていない、むしろ楽しい、という答えが返ってくるのであろうけど。
そうしてハル達は、いつも通りの微妙な味のショップ料理を平らげて、また商店街の道へと戻った。
*
「そういえばさ、ここまで全くプレイヤーと会ってないよね。いや、時間がそうなのは分かるけど、それでも居ない訳じゃないのに」
ユキが周囲を観察しながら不思議そうな顔をする。どんなに人が減る時間帯であっても、ゼロになる事は無い。
店の中ですれ違いもしない、というのは不自然な話だった。
「そういうタイミングを選んでるからね。この一帯はもう神域の魔力を流し込んである。カナリーの目を使って、人の動きの監視が可能になってるんだ」
「おお、ゴッドアイ。私はてっきり、ハル君の意味不明な技術で、人の意識の隙間に入り込んでるのかと思った」
「僕一人ならともかく、華やかな女の子二人を連れてそれは厳しいかな……」
「わたくし、華やかに決めてきました!」
特にアイリのドレスは目を引く。いくら意識の間隙を突こうと、無意識に目で追ってしまうだろう。
アイリはその場で優雅にくるりと一回転して、華やかさのアピールをした。ふわりと広がるスカートが目を楽しませる。
そんなアイリの頭を撫で、散った髪を整えながらハルは続ける。
「このカッコで溶け込むには、テーマパークのパレード中とかかね?」
「確かにカモフラ率上がる。あ、むしろアイリちゃん主役になりそう」
「カモフラ率か。それはここじゃあ低そうだねえ」
地味とまでは言わないが、実用的な町だ。平凡な服装の方が溶け込みやすかった。
「ハル君がゴッドアイで監視してるなら、チンピラに絡まれるイベントは期待できないかー」
「それをハルさんが一蹴して、わたくし達を守ってくださるのですね?」
「そうそう。『この子達に手は出させないよ』、とか言っちゃう」
「あこがれます! 素敵なシチュエーションです!」
「実際は、相手の口上が終わる前にユキが殴り飛ばしてKOするだろうね」
「あはは……、やっちゃいそう……」
守られるお姫様のガラではないのだ。今宵もドレスは真っ赤に染まる。
アイリの方も口ではそう言っているが、いざそういった状況になったら王女としての毅然とした顔が出てきて、チンピラ程度ならそれに威圧されてしまいそうだ。
「そうだ、チンピラと言えばね、そういう雰囲気のチンケな服をオーダーメイドした人が居たよ」
「えー、酔狂すぎるでしょ! わざわざロールプレイするんだ」
「どういうことなのでしょう?」
「お芝居だね。そういう物語の悪役をやりたいんだって」
「やられてしまうのでは? それでもやるのでしょうか?」
「やられるために、するんだよ」
趣味は人それぞれだ、中にはそういう人も居る。だがこのゲームでは少し肩身が狭いだろう。
三下風に絡んでいったら、迷惑行為として報告されてしまいかねない。洒落の分かる人だけをターゲットにしなければならない。
実は今、そのチンケさんはこの町に居て、洒落の分かる人を捜し求めているのだが、ハルの方で避けていたので出会う事は無い。
さりげなく目に留まるようにセッティングすれば、アイリたちの望む状況が出来上がるのかも知れないが、ハルとしては平穏を優先させて貰った。
そうしてハル達と彼は出会うこと無く、次のエリアへと進んでゆく。
*
ショップ通りを抜けると、一段高い丘になっており、その上へと繋がる階段が続いている。
神社やお寺、あるいは神殿にあるような幅の広いもの。生身で上っていくのは少し骨が折れそうだった。
ハルはアイリを抱きかかえて<飛行>でスルーする事にする。
「ふわあ……」
「アイリちゃん良かったね。チンピラ遭遇イベントとどっちが良い?」
「甲乙つけがたいですね!」
「ハル君、私は抱えてくれないの?」
「ユキはアイリが居なかったら『ダッシュで競争』って言い出すでしょ。必要ないよ」
「ハル君、正解。分かってるー」
しかも全力を出すだろう。魔法まで使って。この程度の階段など一瞬で終わってしまう。
ちなみにこの神界、一度行った場所は転移ですぐに再訪問できるようだ。次回も期待している様子のアイリには悪いが、次からは転移しようと思う。
「今度は噴水がありますね!」
「うん、まさに中央広場って感じ」
階段の上には、最初にあったような円形の広場へと繋がっていた。
今度はプレイヤーが買える土地は無い。中心には豪華な噴水が鎮座して、外周にはベンチが等間隔に配置されている。
ハル達が到着すると、ちょうど天候が夜へと移り変わった。やはり時間の連動は関係なく、空はスクリーンであるようだ。
噴水の水は、煌く水中の妖光に照らされてまばゆく輝き、この一体はむしろ夕方よりも明るくなる。
キラキラと水しぶきが七色に反射し、再び水面へと吸い込まれていく様子は見ていて飽きなかった。
「きれいですー……」
「ハル君、ここでアレを言うんだ!」
「えっ、言わなきゃ駄目? ……『アイリの方がずっと綺麗だよ』」
「ふおおおぉ……!」
「マジで言ったよこの人」
「ひどくない?」
ここは憩いの広場、待ち合わせ場所になるのだろう。放射状に伸びる道は、それぞれレジャー施設へと繋がっている。
「闘技場、カジノ、プール、公園。……プールって何で?」
「まあ、あって困る物じゃないし。海の神様が居るみたいだから、その人が担当なんじゃないの?」
「そうなんだ。あ、カジノの担当はカナちゃんかな?」
「大丈夫なのでしょうか? カナリー様が相手では、誰も勝てないのでは……」
「カナリーちゃんが直接ディーラーやる訳じゃないだろうから……」
そこは上手く調整してくれていると信じたい。
「闘技場はセレちんだよね。残りは、まだ工事中みたいだねぇ」
「各国の七柱それぞれが、自分の施設を持ってるって事かな?」
確か、セレステ以外の神々にも契約のチャンスが行くようにするという名目も、この神界にはあった。その担当の施設を訪問すれば、彼女ら、神々に会う事が出来るのだろうか。
となれば、開始に間に合わなかった三柱がしのばれる。
「ぷーるとは、何かを貯めるのでしょうか?」
「水だよ。大量の水を溜めて、水遊びをする場所」
「素敵ですね! わたくしの国にはそういった施設はありませんので」
「水着に着替えるんだよアイリちゃん。ハル君に見せ付けてやろう!」
非常に水着映えしそうなスタイルのユキが言う。
もしや水着も知らないだろうか。ハル達がアイリに説明すると、わくわく顔だった彼女の表情が複雑になってしまった。
「……わたくし、ハルさん以外の殿方の前で肌を晒すのは、憚られますかと」
「徹底してる! これが姫力か……!」
「胡乱な単語を作り出さないの」
プールは非常に大掛かりで楽しそうだが、無理を押してまで行く事はないだろう。
「そうだ、ギルドホームにプール作ればいいんだよ。ハル君、そうしよう」
「セレステの所から水源持ってきておけば良かったね」
「セレちん、集られすぎ」
「出来るのですか!?」
「そんなに大掛かりな物は無理だけどね」
「わたくし、水着になりますね!」
非常に切り替えの早い彼女だった。
ギルドホームに作るべきものが、だんだん増えていっている。このままではレジャー施設になってしまいそうだ。
「そういえばハル君」
「なにかな」
「プールをハル君の魔力で埋めれば、ゴッドアイで水着の女の子、覗き放題だね?」
「残念ながらね。この先は、すでに魔力が埋まってるんで無理なんだ」
「あらら、覗き対策されたか。残念だね」
「それぞれ神様が施設を担当してるとしたら、最初からじゃないかな?」
広場の先には、更に丘の上へと続く道が伸びており、下から見上げる事が出来た神殿へと続いているのだろう。
ひとまずは、そこがこの神界の終点だろうか。
*
そのままハル達は神殿へ、は向かわずに、闘技場へと来ていた。ユキの希望だ。
そこにはセレステの魔力が満ちて、はおらずに、カナリーの支配する魔力で満たされていた。セレステへの支配はここまで及んでいるようだ。
「ゲーム的に一番人気が出そうなのはここだろうね」
「んー、カジノかもよ。私はここだけどさ」
「プレイヤーの方々も沢山居ますね!」
「こんな時間なのにねー」
公開開始から半日ほど経つが、ここはまだかなりの熱気を保っていた。戦闘好きのプレイヤーがずっと詰めているのだろう。
掲示板でもおなじみのナイトハルトが、軽く手を挙げて挨拶してくる。ハルもそれに答える。互いの交差はそれだけだった。
他のプレイヤーも、ハル達の姿を認めると、一瞬もの珍しそうにするが、すぐに視線は観戦モニターへと戻っていく。
「んー、やっぱこの雰囲気だよね。可憐な花より戦の華」
「ユキさん、楽しそうです」
「まぁね、ホームグラウンドに来た感じだ」
「ユキも花だろうに」
「真っ赤に咲かせるよー」
ただし咲くのは相手だ。今宵も血桜が咲き乱れる。
すぐにでもエントリーしたそうなユキに引かれるように、フロントの方へと近づいていくと、こちらに声をかける影があった。
「こんにちは! ハルさんですよね!」
「うん。ソフィーさんこんにちは」
掲示板のアイドル、ソフィーだった。掲示板を出ても、深夜でも、非常に元気が良いのは変わらないようだ。
アイリやルナほど小さくなく、だがユキほど背は高くない。そんな体に大きな胸が主張している。元気の良さを主張するホットパンツは、ルナの店で買ったものだろうか。野暮ったくならない上品さを保っていた。
「王女さんですか? はじめまして、ソフィーです!」
「初めまして。わたくしアイリと申します。いつもハルさんがお世話になっています」
「おっとアイリちゃん、すかさずここで彼女アピール」
ハルは外堀が埋められて行く音を、聞いた気がした。
余所行きの王女らしさの裏に、茶目っ気のある表情を潜ませてアイリは笑う。ソフィーの元気さに押された訳ではないようだが、子供らしさは鳴りを潜めているようだ。
「闘技場は楽しい?」
「はい! この刀で何でもスパスパですよ。本当にありがとうございます!」
「気に入ってくれたみたいで良かったよ」
「バトルポイントは全部この子の強化に費やしました!」
「BP! 分かりやすいね、そうじゃなくちゃ。ウズウズしてくるね」
闘技場の戦績によってポイントを貰う事が出来て、そのポイントを消費して好きな商品と交換できるようだ。
その中には装備のエンチャント強化や、品質強化などのサービスも含まれる。
戦って戦って、その戦果で次の戦いへ備える。ここは戦闘狂の聖地だった。
「一番上に不穏な物が見える。……セレステ、まだやる気なんだね」
「神への挑戦権ですね。信者の人達は盛り上がってるみたいですよ」
「ここでセレステ神に挑めるのですか?」
「はい! 頑張って勝ち進んで専用のお金みたいのを貯めれば!」
「すごいですー……」
「確かに大盤振る舞いなのかな」
神は滅多に下界に姿を現さないようだ。ハルたちの神を見ていると忘れそうになるが。
その神と直接、手合わせを出来る権利というのは、現地の民から見ればありえない高待遇かも知れない。
「まあ僕はそれより<衣服作成>ってスキルが気になるけど」
「セレちん袖にされちゃったね」
「セレステ神は、ハルさんに挑んで欲しかったでしょうね」
そんな気はする。だがどうしても戦いたいというなら、ハルとしては人知れずカナリーの神域で済ませてしまいたい思いがある。
どうせ彼女はちょくちょくお屋敷にお茶を飲みに来るのだ。
「そのスキルは<防具作成>の下位互換らしいですよ! 装備は出来ないけど、服の形だけ作って着られるみたいです」
「ありがとうソフィーさん」
「いえいえ!」
服を作りたいけど<防具作成>がレアすぎて手が出ない、という問題に対する緩和なのだろう。
恐らく他に、これで作った服を<防具化>するスキルもあると思われる。『防具化専門店』みたいなサービスも、もしかしたら出てくるのではないだろうか。
「ねーねーハル君、私ここで遊びたいなー」
「いいよ、遊んでおいで」
「ハル君は? あっ、アイリちゃんが居るか」
「悪いね、アイリ一人になっちゃう」
ユキは闘技場で遊びたいようだ。それはそうだろう、ただでさえハルに合わせて半日待たせてしまったのだ。
本当は真っ先に来たかっただろうに、わざわざ睡眠とリアルの用事をその間に済ませて待っていてくれた。ここからは存分に楽しんで欲しい。
ユキはここに残して、アイリと二人で神殿の方まで行けばいいだろう。
分身すれば、ユキとも一緒に遊ぶ事は出来そうなのだが、流石に人の目の多いこの場では難しそうだ。
「それならユキさん、お手合わせ願えませんか!?」
「おー、良いよー、やろうやろう」
早速ユキとソフィーが決闘するようだ。その試合くらいはハル達も見ていっても良いだろうか。アイリの健康のため、あまり長時間は居られないが。
「アイリ、ユキの試合見ていく?」
「はい! そうしましょう!」
「あ、それならハル君さ」
そうして観客席へ移動しようとしたハルとアイリへ、ユキから声が掛かる。
「時間あるなら、ハル君がソフィーちゃんとやってあげれば?」
ユキからの、闘技場デビューへのお誘いであった。
※誤字修正を行いました。報告、ありがとうございました。(2022/1/27
)




