第618話 この身に全ての献身を
ハルをこの場の仲間たちが強化する。それは、『立場が逆ではないか』、と無意識に多くの者から口をついて言葉が出た。
一見、強い者をより強くして戦ってもらうというのは合理的に見えるが、ゲームによっては話が変わる。
下のステータスの者が強化を掛けても、その効果量は上位の者にとってはさほど大きくならず、むしろ攻撃の手数が減ってしまう事からくる損失の方が大きくなるのだった。
「うーん、気持ちは分かるけど、今は俺らが強化を受けてる身だろ?」
「だよね。私たちの支援スキルなんか、役に立つのかな……」
「……いや、良いかも知れない」
「そうだな。今は状況が特殊だ」
「私たちが攻撃しても役に立ってないってこと?」
「いや、<精霊魔法>の効果中だってことか!」
確かに、今は<精霊魔法>によって、ハルはこの場の全ユーザーと『接続』されている。ハルが己に強化を掛けるが如く、他者にその効果を乗せることが出来たように、その逆も可能かも知れない。
つまり、他者の自己強化をまるで自分の物のように多数受け取ることが出来る訳だ。
「しかしアイリ、それには問題があるよ?」
「……そうね? 良い考えだとは思うけれど、やはり下位のステータスからの強化は割合が心許ないわ?」
「それでも、たくさん集まればきっと強くなるのです! とーっても強い、ハルお姉さまが出来るのです!」
両手を、ぐっ、と胸の前に握りしめる力強いポーズによって、目を輝かせて力説するアイリ。
その期待にハルも応えてあげたいが、そこにも更に問題点が潜んでいた。
無尽蔵に強化を重ね続けるだけの簡単攻略に対する抑止として、『同じ種類の強化スキルは、一種類しか効果を発揮しない』、というルール上の縛りが設けられているのである。
「だから、例え十人で同じ強化を行っても、僕に適用されるのは一人分だ。九人分『浮き』が出来てしまう。きっと、それによる効果量よりも、攻撃の手の減る損失の方が、」
「ハルちゃん! お話の途中邪魔するけど、ヘリオスの様子が変化したよ!」
「全隊、後退しなさい! ハル様のシールドの後ろへと退避するのです」
アルベルトの号令に機敏に従い、前衛にてヘリオスに近接攻撃を仕掛けていた部隊が距離を取る。
見れば太陽はレーザー砲の連射を止め、その身に炎を滾らせている。
表面に吹き荒れる紅炎は、この先確実に周囲に群がる有象無象を焼き尽くすことを示唆していた。
ユキは大胆に至近距離に残ったまま、その身を縮めてイージスの内側にすっぽりと入る。アベルは自らの部下と同様に下がり、自身も盾を取り出して構えたようだ。
そうして皆の防御姿勢が整った数拍の後、ヘリオスはその身に纏った紅炎を解き放った。
荒れ狂うその爆炎の攻撃範囲は射程こそレーザーより短いものの、着弾面積は何倍にも膨れあがっていた。
その範囲は、盾一枚でカバーしきれる広さをゆうに超えている。
《うおすげぇ迫力》
《プロヴィデンスフレアと名付けよう》
《それじゃ『天帝』な》
《何か違ったか?》
《まあ、カッコいいからいいけど》
《太陽の方からマンネリ打破してきた》
《こりゃゲームセットもやむなしか》
《グッドゲーム。次は倒そう》
《ローズ様は負けねぇ!》
《お、耐久放送か?》
《確かにローズ様お一人なら、何時間でも……》
《ご家族の方もだよ!》
《お嬢様連合って皆寝ない食べない余裕なんだっけ》
《サイバーポッドの力だ!》
視聴者たちも、これで護衛部隊(ハル一行以外のプレイヤーをそう呼んでいるようである)の脱落は確実だという空気感になってきた。
それに当てられたか、前衛部隊の中にも剣を下すプレイヤーがちらほら出てきた。
この業火の中、再び接近して戦う気力が折れてしまったようだ。
「いかにローズ様といえど、あの炎の渦を的確にガードするのは……」
「何をおっしゃいます。ハル様に出来ないはずはありません」
「おお!」
「ただし、貴方がたに炎の合間を縫って攻撃する気概があるかはまた別の話ですが」
「お、おぉ……」
「アルベルト、鼓舞したいのか脅したいのかどっちなんだ……」
一同は揃って、その激流となった炎の中、渦の切れ目が訪れた一瞬を狙って今も槍とそして剣を叩きこんでいる二人に視線を送る。
ユキとアベル王子。当たり前のように最前線に復帰した二人は、先ほどと何も変わっていないかのように攻撃を続行していた。
「はっはーっ! こゆとき、このちいさい身体は便利だね! 盾一枚に収まるもん」
「ようやく、主様の加護がこの身に漲ってきたぜ。うらぁっ! 吹き消してやるぞ!」
ハルからの支援を受けたことによって、スキル『栄光の聖騎士』が発動したアベル。その輝く剣閃を解き放ち、紅炎ごとヘリオスを切り裂いていた。
その姿に、ファンクラブを中心にクランメンバーの活気が戻る。
「お前ら、下がったんならさっさと、さっき言ってた計画を実行するんだな」
「で、でも、あまり効果がないってローズ様も……」
「良く考えろ! そしてオレのこのスキルを見ろ! これは主様からの加護により生まれたスキル。オレに出来て、主様に出来ない道理など何も無い!」
「な、なるほど!」
「いやその理屈はおかしい」
条件が揃っていなければ、出来ないものは出来ない。ゲームに根性論は無意味だ。アベルのハルに対するこの謎の信頼は何なのだろうか?
確かに、かつての彼との決闘では、ハルが土壇場で新たなスキルに開眼して勝利を収めた。
しかしそれがどの世界でも適用される訳ではない。とはいえ。
「まあ、ここまでお膳立てしてもらったんだ、試してみようかね」
「はい! わたくしも、精一杯がんばるのです!」
まるで、敵の太陽にすら意を汲んで場を整えてもらったようなこの状況。
それにこのゲームならば、このまま何かが起こるような気が、ハルもまたしてくるのであった。
*
「君たちの身は僕がイージスで必ず守る。だから安心して発動に集中するように」
「了解マスター! じゃあ早速いきます! 『力溜め』!」
「私も! えーと、被らない方がいいから、『戦術指揮』!」
「馬鹿、<指揮>系はユリさんが最上位だろ? えっと、『防御姿勢』!」
「もう被りとか気にせずにさ、端から全部使っちゃおうよ! あたしも『力溜め』!」
「スキル使用中は行動不能になる類の物は避けるか最後にしなければなりませんね。それらの所持者は、使う前に私と情報共有を」
「分かったよリーダー。……『電磁加速』だぁ!」
「分かっていないでしょう! レアスキル持ちも慎重にしなさい!」
アベルの言葉を受けて、にわかにやる気の上昇したファンクラブの女の子たちからまず強化が飛んでくる。
彼女たちが指定するのは、『自分の中の、ハルのステータス』。まるで自分を強化するように接続されたハルにも問題なく強化スキルが逆流してきた。
その効果量そのものは微々たるものではあったが、本来『自分しか対象に出来ない』スキルであってもハルへと提供できるという点だけで画期的なものだ。
「『魔力の渦』をチャージします。ローズ様、その……」
「いいよ、コストの回復も変わらず僕が受け持とう。任せるように」
「感謝……」
「おっ、じゃあ俺も俺も、『魔法倍化』使っちゃうよーん」
「いや、それは『自分のコスト消費と威力を上げる』スキルだろ? ローズ様に使っても無意味だろ……」
「しまった!」
「はは、構わないよ。こうなったらもう気分はスキル効果コレクターだ。何でも掛けて」
「な、なんでも……」
「反応するな馬鹿。デスペナするぞ、冗談じゃなく」
「ちっ、違う! 断じて違うんですローズさんのクランの人! いや、何でもってつまり、デバフも良いいのかなー、って……」
「弱体かぁ……」
どうなのだろうか。別に構わないと思う一方、せっかく皆がハルのために掛けてくれた強化を、微量とはいえ下げて無碍にするのも忍びないと思う気持ちもある。
少しでも皆と共に飾る勝利を目指すならば、1ポイントの強化も無駄にせず少しでも『ローズ』を強くするべきだ。
その一方で、折角の機会なのだから、このステータス欄の『スキル効果量』エリアに、詰め込めるだけスキル効果を詰め込みたいという遊び心も沸いてきている。
「……それならば、良い方法がありますよ、伯爵さま?」
「お前、良いのか?」
「うん。ボクも、ここで隠したまま乙ったらきっと後悔するし」
そんな中、意を決したように提案を飛ばしてきたのは、先ほどのクラン戦では敵であった傭兵チームの者だ。
ミナミの密命を受け、ひそかにアベル等へと弱体スキルを掛けていた呪術師系プレイヤーである。
この場では対ヘリオスで協力しているが、まだまだ潜在的な敵同士、そしてほぼ全員が放送もしている。手の内を晒すに抵抗がありつつも、勝利のために協力してくれるらしい。
「いいのかい? 僕は別に、何も文句は言いはしないよ?」
「はい、決めました。僕のスキルには『呪界反転』という物があります。受けた弱体スキルを、己の力とできるものです」
《まじか!》
《すげー!》
《聞いたことねぇ!》
《本当ならマジモンの切り札じゃん》
《ミナミとの相性良すぎじゃない?》
《それを見込んで引き入れたってことか》
《結局使わなかったんだな》
《つまり、ミナミとの決別?》
《ようこそローズクランへ》
《それは分からん。この場の覚悟の表れかも》
《嫌いじゃないぜ、そういうの……》
ハルですら聞いたことがないレアスキルだ。ハルが知らないということは、すなわちエメのセンサーにも引っかかっていないということ。一切放送には乗せていない切り札だ。
そんな自身の生命線を披露してくれることの嬉しさと、スキルの特殊さへの興味でハルもまた高揚してくる己の感情を自覚してくる。
「その、ただ注意しなきゃいけないことがあって……」
「構わない。使いたまえ。迅速に」
「はっ、はいぃ! 『呪界反転』、発動です! その、このスキルは受けた呪いのパワーを力に変えるんですが、弱体効果それ自体は残っちゃうんです!」
「先に言いたまえ!」
「すすすすいませーん!」
「……いや、冗談だよ? 構わないさ、その程度」
「よかった……」
お約束のやり取りだ、ついやってみたくなってしまったハルである。隣でルナがじっとりと睨んできた。いや、睨むだけに留まらず頬をひっぱってきた。いつもよりお冠である。
「……まったく。それで、どの程度の反動なの? まあ、どんなに重かろうとお仕置きとして突っ込むけれど」
「ふん。ふぃとちゅひとちゅは……、一つ一つは、大した反動にならないみたいだ。ただ、毒みたいなダメージ系は完全に素通りらしい」
「<体力>弱化みたいなステータス系は逆に力になるようですが、反動でこれもダメージを生むようです!」
「なるほど? 諸刃の剣ということね?」
「だが構わない。スリップダメージなど僕にとって大したことない」
《即死しなければ安い》
《即死しても安い》
《そう、完全回復薬ならね》
《流石は生還者様だぜぇ……》
その通りである。MP極大マイナスによる反動ダメージに比べれば、その辺の持続ダメージなどそよ風に等しい。
そう豪語するハルに向けて、遠慮なく多種多様の弱体スキルまでもが飛んできた。
それにより、ハルのステータス欄はにはおびただしい数のスキル効果が並び立ち、その全てがハルを更なる高みへと押し上げる。そして。
《ハル様。<統制者>から派生し新たなスキル、<支配者>が誕生しました》
なんとなく懐かしさを感じる、黒曜によるお馴染みのアナウンスがハルの脳内に響きわたった。




