第616話 太陽を消火しろ
ヘリオスの身から次々とレーザーが発射される。それを、ハルは六角形に近い輝く盾の群れで迎撃する。
ハルの渾身の<神聖魔法>の壁でも防ぎきれなかった高出力の光線を、飛翔するその薄い盾は容易く防ぎ切った。
「今度は、この盾の方にステータスが設定されてない」
「つまり、どんな攻撃を受けようと無敵ということね?」
「そうだねルナ。立場が、まるきり逆転したと言える」
「反則には、反則で対抗なのです!」
「でも気を付けてよーハルちゃん。チートなのは、その盾だけだ。もし体で直撃なんか貰っちゃった日には」
「一撃でお陀仏だろうね」
見れば、敵に設定されたレベルはゆうに四桁、1000を超えている。圧倒的な速度でレベル100の大台を超え、他の追随を許さぬハルですら見上げるしかないそのハイレベル。
ハル以外など特に厳しい。この場に集ったのはゲーム全体でも精鋭揃いだが、それでもようやく100を上回る者がちらほら出始めたか、という程度だった。
「レベルが全てのゲームじゃないけど、さすがにここまで来るとね」
「かすったら、即死なのです!」
「ハルが守るしかないということね?」
「そゆこと。んじゃ、任せたよーハルちゃん!」
そんな殺人光線の雨に向かって、恐れも竦みもなくユキが飛び出す。
小さなその身長以上もある槍を器用にくるくると回し、長い髪をたなびかせながら華麗に走る様はとても画になった。
そのユキの前面に、ハルは浮遊する盾を先行させる。
格下を雑に焼き払うはずの強力すぎる光線は、しかしその盾に一かけらの衝撃も与えることなく押し返されていった。
その盾の背を、迷うことなくユキは追いかける。
「……相変わらず凄いわねユキは。普通、盾で防がれているとはいえ目の前に即死レーザーが迫っていたら、あんな突進は出来ないわ?」
「少しも減速すらしないのです! すごいですー……、わたくしなら、恐ろしさに足が震えてしまいます!」
「別に恐怖心が無い訳じゃないさユキも。ユキの中では、『当たらないものは無いものと同じ』、と切り分けられているだけだね」
《それを恐怖心が無いと言うのでは……》
《臆病者ではエースになれない》
《まあ、ゲームやってるとなくはないよな》
《あ、これ死なないんだ、ってね》
《それまで何度も死んで憶えたこと前提だけど》
《初見は無理》
《確かに真横通って行く即死レーザー慣れるわ》
《真顔で避けるよね》
ゲームをやっていると、特にパターンの決まったものを攻略していると、当たったら終わりの攻撃であっても、慣れれば鼻歌交じりに避けられるようになる。人間の慣れというのは本当に恐ろしい機能だ。
だが、ゲームが変わればそれも難しい。再び臆病で慎重な自分が戻ってくるのが常だ。
ユキは、そこを『ゲーム全体に慣れているから』という自信でもって乗り切っている。圧倒的なプレイ時間と天性の才能によるものだ。
「しかし、誰もがユキのようにとはいかないよね」
「当然ね?」
「わたくしずっと、ハルお姉さまの後ろに隠れているのですー……」
「んー、よし、アルベルト!」
ハルは自身の補佐としてクラン全体のまとめ役を務める、SP風スーツのアルベルトに声を掛ける。
普段なら、ゲームの外なら呼べばどこであれ瞬時に<転移>して現れる彼女だが、こちらでは一瞬、反応に遅れがあった
「《……っ! は、はっ! お傍に参じられぬ我が身の不徳、どうかご容赦を!》」
「ははは、ログアウトしたらこの場には戻って来れないもんね。初めてじゃないか? 呼んでアルベルトが隣に来なかったの」
「アルベルトも、仕様には勝てなかったのですね!」
「なんだか新鮮だ。これは、完璧超人のアルベルトに一泡吹かせたということかな?」
「《お戯れはおやめください、お嬢様がた……》」
《え、呼べばすぐ来るって、リアルでも?》
《そういうことだろう》
《なにそれ尊い》
《24時間護衛してるってこと?》
《息が詰まるくない?》
《そこに対応できなきゃお嬢様はやれないのか》
《待って。じゃあサクラちゃんもお姉さまと常に一緒ってこと?》
《気付いてしまったか……》
ちなみに一緒である。視聴者は冗談で言っているのだろうが、真実は時に想像を越える。
そんなアルベルトは今、一キロ先の観測ポイントから必死にこの中心点に戻ってきている最中だ。
「《して、私の役目はいかなる物でしょうか?》」
「うん。現在集結中のプレイヤーたちを指揮し数グループに分けろ。盾の枚数は多いが、さすがに一人一枚は付けられない」
「《承りました。クラン外の者は、いかがいたしますか》」
「希望者だけでいい。とはいえ、現実的な話、僕のサポート無しで戦うのは得策とは言えないので乗って欲しいところだけど」
自分だけで、または元から組んでいた仲間だけで対処したいと思うのもまた人情だろう。プライドが高すぎるとは言いはしない。
だがここまで理不尽な相手となると、現実問題、どうしても無理なものは無理という部分が出てくるもの。
だが、この場に集った者たちは幸いにも全員、ハルの言う通りに指揮下に入ってくれるようだ。アルベルトの采配に従い、数人ごとの塊となっていく。
まあ、考えてみれば仲良く円陣を作っていた者達だ。その流れで協力してくれるのも自然だった。
そんな彼らもヘリオスの射程内へと集結してゆき、そちらの方にもレーザーが放たれる。流石は太陽。全方位が攻撃範囲だ。
それらを飛翔盾で防ぎつつ、ハルたちはじりじりと太陽の包囲網を縮めて行くのであった。
*
「魔法、効いてる!?」
「焼け石に水! でも撃ちまくるしかない!」
「焼け石ってか、『焼け』そのもの」
「太陽に水掛けるとどうなるのかな?」
「爆発する」
「太陽って水素が燃料だろ? 元気になるんじゃね?」
「くだらねーこと言ってないで集中しろぉ!」
一瞬も休む間もなく、レーザー弾幕が乱れ飛ぶ。少し離れたところからそれを放送するのは非常に見ごたえがあるのだが、それに直に曝されているプレイヤーはたまったものではない。
一本一本が殺意の塊。触れれば蒸発し、生ける物の接近を決して許さぬその嵐のようなレーザー爆撃の雨は、しかし無敵の盾による防御でその背後は凪を許されていた。
改めてこの場に呼び出した使い魔の群れにより、全周囲からの視点を得たハルは的確に彼らを盾で防御していく。
その数百枚以上。あまりに人間離れしたその並列作業は、しかしそのあまりの自然さに誰にも偉業による畏怖を感じさせない。
どうみても盾が自動でレーザーを防御しているようにしか見えず、その安心感は後ろで雑談する余裕を早くも与えていた。
ただし、それは魔法職に限った話だ。
「この中をあの太陽にまで突っ込んでいって剣を当てろっていうのか!?」
「無理無理、無理無理!!」
「無理じゃない……! ユリちゃんと王子くんが実際にやってるし……!」
「達人と実戦経験者を基準にしないでくれ!」
「恥ずかしくないのか! ちっちゃなお嬢様に遅れを取って!」
「恥ずかしくない! 俺は道場通いなんかしてないし!」
「僕、むかし空手の道場に通ってたんだけど……」
「あっ……」
「それは、空手だから。薙刀じゃないから」
ちなみに、ユキも薙刀の道場になんて通っていない。
ユキの達人的な槍術を見て、どこからともなく沸いて出た噂は情報源なしのまま完全に定着してしまった。
このあたりの人間の思考の動きもまた面白いものなのだが、それはまあ、今はいいとしよう。
今はそんなことより、いわゆる近接職、前衛を張って武器でダメージを与え、また敵の攻撃を集中して受ける役目の彼らが立ちすくんでしまっているのだった。
有り体に言うと、ビビってしまっているのである。
「安心して欲しい。絶え間ないように見えるヘリオスの攻撃にも必ず予兆がある。僕のイージスはそれを確実に捉え防御するから、今の位置もヘリオスの目の前も同じ安全度さ」
「そうは言いますけど、ローズ様ぁ……」
「そうですよぉ、そもそも、行ったところでダメージ与えられます?」
「情けない声出すなよ……」
「ユリちゃんは、ダメージ与えたれてるのー!?」
「んー!? ぜんぜんっぽ! ほとんど効いてな! でもちょっとでも入ってればいつかは倒せるよ! 自己回復したり、武器が溶けたりしないだけマシかな!」
「ポジティブだなぁ……」
勇敢に太陽の巨大に熱く燃えるその身へと槍を通し続けるユキ。そしてもう一人、単身太陽に挑むのがアベル。
この、突出して高レベルの前衛二人であっても、ヘリオスへと有効打を与えることは出来ていなかった。互いのステータスに差がありすぎる。
そんな二人でも駄目なのだ。では、それよりずっとレベルもステータスも低い自分たちが出て行って、いったい何の役に立つのか? そう考え、輝く暴風の中に心が折れてしまっても仕方ない。
「実際、明確な『削り』を見せているのは、あなたの<神聖魔法>による攻撃だけよ? せめて、カナリーとエメがこの場に居れば良かったのだけれど……」
「お二人の<攻撃魔法>と<召喚魔法>があれば、更に火力を上げられたのですけど……」
「居ないのだから仕方ない。というかルナの爆弾剣だって謎にダメージ出してるじゃない」
「私のは、数に限りがあるわ? 特に今のレベルとなると、すぐに素材の在庫が切れるもの」
ヘリオスから放たれるレーザーの雨を縫うようにして、ハルの<神聖魔法>の光弾が飛んでいく。
あの巨体だ、自動追尾機能の有無にかかわらず、撃てば当たる最高の的だった。
ルナも得意の<鍛冶>により、『切ると爆発する剣』、という装備としては使い物にならない失敗作を投げつけてヘリオスに攻撃している。
武器の内包する魔力を一気に解き放って破壊されるためか、この場の誰よりも高火力を誇る攻撃となっているようだ。
……関係ないが、あれを装備して振ったら使用者も死ぬのではないだろうか?
「前衛ー、嘆くな嘆くなー。あたしたちの魔法も効いてなーい」
「そうそう、己の弱さを実感してるとこ」
「これ、もしクラン戦でローズ様とぶつかったてたら……」
「ああ、俺らあの<神聖魔法>で消し炭にされてたんでねぇ?」
「もしかして、私たち足手まといなのかなぁ?」
「うん。そう、かも……」
魔法部隊も、自分たちの放つ弾幕がヘリオスにまるで効いていないことに自信を喪失しはじめる。
おまけに、そんな自分たちがハルの『イージス』の防御を割かせてしまっていることに引け目を感じてしまったようだ。
もしハルとその仲間たちだけなら、もっと有効な攻略法が取れるのではないか、そう思っているのだろう。
「あのっ! 私たちログアウト、」
「ならば、有効打が出るように君らを強化するとしよう」
そこから先は言わせないように、ハルから機先を制して提案する。
せっかくお祭りとしていい雰囲気が出ているのだ、皆で勝って終わりたい。
ハルは己の新スキル、<精霊魔法>を再び起動するのであった。




