第612話 戦後処理はきちんと
この空間に飛ばされたプレイヤーは、思い思いの判断で徐々にログアウトしていった。特に、ミナミの雇った傭兵たちにその割合が大きく見える。
主催者である彼が、解散を宣言しいち早くログアウトしたことも大きい。彼らの戦争イベントも、最後に波乱はあったがここで終了となるようだ。
一方で、この空間にひとまず残ることを選択したものもそれなりに多い。
戦いが、最後の仕上げをハルに全てひっくり返され、ぶつかり合いも無く消化不良で終わってしまったので暇になった者、それらのプレイヤーの無聊を慰めるには丁度いい催しだろう。
「《はい、というわけでぇ、今回のクラン戦争はぁ……、あーぶっちゃけウチの負けだなぁどう考えても。つか何なん!? あのスキル! 知らないんですけどぉ、そんなん一個もぉ! まぁ俺も? 作戦は秘密にしてたから人のコト言えねーけど》」
「ログアウトしたと思ったら、もう締めの放送やってる。そういうところ、しっかりしてるね」
真っ先にこの地を後にした南観の放送ページを開いてみれば、間髪入れずにもう自分のファンに向けての終わりの挨拶を行っている。
自身のコンテンツとして、突然の消化不良のまま終われない、そういった視聴者の為の配慮だろう。ハルも、こういう部分は見習わなければならないと思う。
ハルの前では『引き分け』だと強く主張していた彼だが、その総括では自分の負けであると潔く認めているようだ。
だが誰も勝てないだろうと思われていたハルをあと一歩まで追い込んだその手腕は、結果敗北したとはいえ視聴者たちから高く評価を受けていた。
《実際危なかったローズ様?》
《危ないわけない。余裕》
《余裕に決まってる》
《あんまし神格視しすぎは良くないぞ》
《でも実際全てローズ様の手の上じゃね?》
《完全勝利だね》
《じゃあやっぱり何も危なくなかった?》
「危ないは危なかったよ? 不確定要素も多かったしね」
負ける気はもちろん微塵もないが、今回とった戦法は確定で楽勝と言えるほど穏やかな道ではなかったのは確かだ。
まず<精霊魔法>の初実践ということもあって、そこがどう転ぶかが不安要素として大きかった。
今回はたまたま説得が(異常と言えるほど)上手くいったが、そこに難航した場合、どう転ぶか分からなかった。
しかし、ミナミの策はそれを加味しても“先”が無さすぎる。
戦争開始前に得られているハルの情報を上回ることだけに意識が向きすぎて、予想外の展開が起きた時に対応する準備ができていない。
それは全て、自分の作戦が完璧に噛み合った時にしか成功しない戦略構成だ。
独りよがり、とまで言いはしないが、あまり失敗したことのない人間の戦い方だとハルは思う。なんだかんだ言って、幸運な成功者であるのだろう。
カードゲームで例えるなら、山札の中に投入するカード全てを、自分の思い描く戦術のための手札で完結させた構成、といったところだろうか。一度でも妨害を許してしまうと、途端に弱い。
ただ、それをハルが口に出すことはない。健闘した相手をけなすことに通じる発言をする場面ではないだろう。
それに、そこまで攻めに特化したからこそ、ハルに肉薄することが適ったとも言えるのだ。
「《まーそんな訳で! 俺の作戦は残念ながらここで終わってしまった! 勝者であるローズちゃんは、勝利に浮かれることなく謎の世界の調査に挑むようだ。偉いねぇ、タフだねぇ》」
そして改めて、ミナミは自らの勢力に現地解散を告げる。
いささか無責任ではあるものの、残りたい者も居るしそのくらいが良いのだろう。
「《俺にはクライアントへの言い訳と、次の作戦を考える時間が居るな! つーわけで帰りは徒歩だ。飛空艇は少しの間ここに停泊する》」
「はぁ!?」
「ふざけんなミナミぃ!」
「片道切符とか聞いてないんだが!」
「おうちに帰るまでが戦争だろ!?」
「俺んち国外なんだが……」
「ドンマイ。港町、近いよ?」
そんなミナミの宣言に、少し距離を隔てた先にいる彼の協力者から悲鳴が上がる。
視聴者へのアフターケアは丁寧だが、協力者へは必ずしもそうではないらしい。
まあ、それもそのはず。彼はこのまま首都へと帰ったら、作戦の大失敗の責任を問われるだろう。
大義名分は全てハルに丁寧に証拠を渡されて潰れ、用意された兵力は全てハルに買収され、あげくクリスタの街には一切のダメージを与えられていない。
いや、事実だけ羅列すれば散々だ。
「ねぇクラマスちゃん様。大丈夫かなぁ? あの船ってリスポなんでしょ、ずっとあそこに居られると、マズくなーい?」
「正直めんどくさくはあるね」
そのミナミの宣言を聞いて、クランの女性幹部が不安を露わに近寄ってきて、ひそひそと相談してくる。
そう思うのも無理はない。街にやや近い平原に降り立った空飛ぶ船、それは今、傭兵たちの家とも呼べるポイントになっている。
そこから隙を見てまた彼らが攻めて来はしないだろうか。そんな風に考えてしまうのは尤もだ。
「事後処理もまだですしね。俺らも、半分くらい戻った方がいいでしょうか?」
「いや、平気だよ。もちろん戻りたい人は構わないけど、みんなこっちに興味あるでしょ」
勝利で終わった形のハル側のプレイヤーは、このサプライズイベントへの熱量も十分。祝勝会代わりに皆で探索したいという態度を感じる。
そこに、地味な戦後処理を押し付けてハルだけ残っては、不満を生もうというもの。
「でもあの人らはいーの? あ、傭兵じゃなくて正規兵のみなさま。突然わたしたちが消えて、あの場に残されちゃったんしょ?」
「そうですね……、指揮官不在では、また衝突したりして……」
「《それも平気っす! 今まさに、わたしが到着しましたからね!》」
そんな戦後処理の懸念に対し、唐突に通信から声が掛かった。
「《わたしたちがー、ですよー?》」
「《あいたっ! ごめんなさいカナリー! ぶっちゃ駄目っす! んっ、ともかく、こっちの処理はわたしたちにお任せですハル様。これでも伯爵家の者ですから、見事この下々の者達を制御してみせましょう!》」
「下々言うな。まあ、任せたよエメ、カナリー」
街の門前に、突然、兵卒だけで取り残されたNPCたちへの懸念が上がったころ、ちょうどカナリーたちから連絡が入った。
今回、街の反対側を警戒してもらっていた彼女らは、この大規模転移にもそれ故に巻き込まれなかった。
「《はいー。お任せですよー。今回、後ろの警備で活躍できなかったですからねー》」
「《事後処理も活躍じゃない気がしますけど、それは良いでしょう! ぶっちゃけ、特に何事もなさそうです。敵兵も、今はなんかもう普通に味方アイコン付いちゃってますし。これアレですね、既に判定は、ここの住人って扱いなんですよね?》」
「そのようだね。彼らももう、僕の民だ」
「《おうちはどうしましょうかねー?》」
《イチゴちゃん、立派じゃん》
《まるで指揮官みたいだ》
《いや、イチゴちゃんは元から出来る子だろ?》
《そうだけど、事務タイプっていうか》
《後輩タイプっていうか》
《確かに前に立つイメージ無いね》
《意外なカリスマ?》
《召喚獣が怖くてビビってるのでは?》
《あっ……》
現地の様子を見るに、彼らは問題なくエメの指示に従っている。
エメの引き連れた召喚獣たちは、ハルに貸し出された神聖そうなドラゴン同様に巨体で数も多い。指揮を取るのに、良い権威付けになっていることだろう。
「あまり<召喚魔法>で脅すなよエメ。住居は、ひとまず新しく建てた訓練場が使えるかな」
「《無駄に広いですからねー。生活設備もありますしー。まあ、こいつらに人間的な設備が必要なのか、知りませんけどー?》」
「《脅してないっす! 彼ら最初から従順でした! あっ! つまり脅したのハル様じゃないっすか!? あ、冗談です……、ほんの軽いジョーク。たぶん、アレっすね。この街の人らと同じで、ハル様の威光を脳に直接叩きこまれちゃったからじゃないっすか?》」
「だから洗脳みたいに言うなと……」
宗教的恍惚状態とでもいうのか、<精霊魔法>を通じて『神の声』を聞いてしまった兵たちは、既にハルに対して異常な忠誠心を見せている。
その忠誠はハル不在でも変わらず、エメとカナリーの指示に従い、少し前まで敵同士だった街の住人とも協力して、迅速に街の内部へと行進していった。
その光景は、常識的な視点で見ればやはり、少しばかり異様だ。
「……まあ、これでまた、僕の領地の人口は増え、生産力は増えた訳だ」
「良かったねクラマスちゃん! おっと、クラマス様! その割に、なんだかビミョーなお顔だけど」
「確かに、生産都市というよりは、宗教都市じみてきましたものね」
これではミナミの言った、『住人を洗脳し王を気取っている』、というのもあながち冗談では済まないかも知れない。
また反乱計画など疑われる前に、何か手を打つ必要はあるか。
とはいえそれは今後の話。今はまず、この目の前の世界について調査を進めなければならなかった。
*
「さて、僕らはこのままこの地を探索する訳だけど……」
「みんなで探検なのです! ……しかし、これは」
「……そうね?」
「だねー。どこ探検すりゃいいのかね?」
ハルと女の子たちで、周囲を見渡して途方に暮れる。
周囲はそれこそ、360°同じ光景。見渡す限りの青い空と、地面にはそれを映す鏡のような水面。
いや、水面、というのもゲーム的な感覚か。現実で考えれば、水面を歩ける訳がない。ならばこれは水面ではなく、ただの鏡か。
「いや、鏡に波紋は浮かばない」
「あはは。ハルちゃんがまたどーでもいいこと考えてる」
「わたくし、知ってます! 波紋の浮かぶ鏡は、そこから鏡の世界に通じているのです!」
「メルヘンチックね? ならこの足元のこれも、どこかに通じているのかしら?」
「ふおっ! 確かにそうです! どぶん、と落ちてしまいます! こわいですー……」
「ははっ、確かに、普通にこの上歩いてるけど、そう聞くと急にホラー空間だね」
ハルたちの会話を遠巻きに聞いていたクランの仲間が一斉に、びくり、と身を震わす。
ゲームではこうしてまるで水面のように見える地面を歩けるフィールドというのはありがちなので、皆なんの違和感もなく周囲を歩き回っていたが、冷静に考えるとそんな保証は無い。
特にここは謎の世界だ。通常の安全なフィールドとは限らない。
「まあ、いっそ誰が沈むのかを競って、皆で歩き回るってのも……」
「そうだな、オレらが飲まれる分には」
「クラマスたちのための尖兵って奴だな」
「調査隊って言え」
「人海戦術で周囲を歩き回るってこと?」
「海だけにな」
「…………」
「…………」
「あ、すいません……、海じゃないかも、ですね……」
とはいえ湖というには広すぎる。なにせ果てが見えない。
この非現実的な風景を、なんと呼べばいいのだろうか。ゲームにはありがちな空間だが、そちらを基準としてしまうと今度は、『何も設定されていない』ことを認めることになる。
床と、空以外は全て未設定。故にどれだけ探そうと、何も見つからない。
仲間たちも半分くらいは、そうした未設定スペースを思い描き、調査は徒労に終わると思っているようだ。
だが、果たしてそんな無駄な場所にこんな大規模な転移イベントを起こすのか、という疑問点からなんとか意欲を保っている状態だ。
「これが見るからに初期状態の白い部屋なら、まだ諦めも付くんだけどね」
「そだね。未設定と言うには、空も地面も無駄にリアルだ。特に空なんか」
そんな中を慎重に、多様なゲームに慣れ親しんできた戦友であるユキと二人で慎重に観察する。
空の表現というのは、単純なようで実は難しい。ただ青くすればいいと思いがちだが、それだけでは実際の空を見慣れた者には、『なにか違う』、のだ。
その点、ここの空はシンプルでありながら、なかなか凝った造りになっていた。
空に浮かんだ謎の紋章は、空気遠近で霞んで見える。そこにはしっかりと、距離感が描き出されていた。
「ん? 空気遠近……?」
「どしたん?」
ここでハルは、その事実に気付く。
この空間には、空気が存在したのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/1/13)




