第609話 語られなかった秘密作戦
プレイヤー同士の戦いの趨勢は決した。ここからどう戦おうと、もはや勝敗が入れ替わることは無いだろう。
ならば、何故ハルたちのクランが城門前まで押し返されているのかといえば、ひとえにNPCの兵士たちの介入のせいとなる。
これもまた、攻撃を躊躇いさえしなければ特に問題にはならない。
敵は正規兵とはいえ、ハルのクランメンバーの敵ではない。数は多いが、それ故に寄せ集め。城の近衛兵ではなく、あくまで敵の黒幕貴族の集めた私兵のようなものだ。
兵隊同士の力量においても、最近はハルの下で訓練に勤しんでいるクリスタの住人の方が力は上だ。
だが、そんな彼らもあくまでハルの意思に沿うように、敵兵に攻撃を仕掛けることはしない。
プレイヤーは万一にも攻撃に巻き込むことの無いように、せっかく押し上げた前線を門前まで後退し、街のNPC戦力もハルの言いつけを遵守し、門と城壁の警護から動くことはない。
「つまりは、この状況はといえば僕のせいなのだから、ここは僕がなんとかしなければね」
そんな、ハルの招いた街とクランの苦境を自ら解決すべく、屋敷にて座して動かなかったハルがようやく、重い腰を上げて出陣したのだった。
「ご領主様!」
「道を開けよ! ご領主様、ご出陣!」
「いや、その必要は無い。隊列を維持するように」
「はっ!」
そのハルの姿を認めると、迫る敵軍に緊張しきっていたクリスタの兵たちの目に力が戻る。いや、戦意が宿り過ぎて少し怖い。
相変わらず彼らの信仰心とも捉えられる忠誠は本物で、もはや敵のことなど目に入っていないようだ。それはそれで、少し困るのだが。
ハルのために道を開けようとする彼らを制し、ハルは騎乗した小型のドラゴンのような召喚獣に乗ったままその頭上を飛び越える。
これはエメがハルのために拠点に残しておいた、見た目だけとても神聖そうないつかの飛行型だ。ハルの命を聞くように設定されており、簡単な指示なら従ってくれる。
「この仕様を利用して、悪だくみもまた出来そうだけど……」
「後になさいな……、今は目の前に集中なさい?」
「壮観なのです! これだけの兵を急遽集められるとは、侮れない相手のようですね!」
「そこはゲームだからねーアイリちゃん。もろもろの細かい事情はカットされてるかもよ? 金を払えば、集まる」
「単純でいいですね!」
同時に召喚獣の背に乗ってきた、ルナ、アイリ、ユキの三人が飛び降りる。
ハルも背の上で立ち上がり、ドレスをはためかせると目立つようにポーズを決めた。少し気分がいい。
ユキが白い飛竜の正面に槍を構え、ルナがその右後ろに立ち刀を抜く。
少し下がって、アイリがドラゴンのすぐ脇で楽器を携えると、ハルたちパーティの布陣は完成だ。
「ようやく直々に出会えたなぁ、生ローズちゃん! あいたかったぜぇ……?」
「ナマ、って……、ゲームの中で生と言われてもね」
「いいや生だね! 俺らにとっちゃ、この姿こそが真! この身こそ本体! リアル? 現実? なんのことですかぁ? ってな!」
「なるほど。野暮だったよ」
これは少し失礼なことを言ったかも知れない。例えるなら、運営が操作してイベントを盛り上げている『中身あり』のNPCに向かって、中の人に対して呼びかけるようなものか。
もちろん中の人はただの社員なのだが、その瞬間はその世界の一員として成りきっている。そこを、あまり突っ込むものではない。
「では、そんな憧れの僕とのようやくの対面だ。感涙し首を垂れるがいい」
「ははぁーっ! ってなんでだよ! ついやっちまうから止めろそういうノリ!」
「ノリよすぎだろ、何でついやってしまうんだ、それを……」
ノリだけで生きているにも程がある。そんなミナミとの『生の』対面、ハルにとってもようやくのことだ。
あまりこの世界に主軸をおいた発言は、またミントを刺激してしまうかと一瞬ひやりとしたハルではあるが、ハルと今もリンクしたミントは特にこれに反応を示すことはなかった。
彼の発言はあくまで職業意識のようなものであり、どちらかと言えばファンに向けたもの。
本心からこの世界に永住したいと思っている訳ではないことが、ミントには分かっているのだと思われる。
幸か不幸か、彼女の客人としては対象外のようだった。
「俺がアンタに会いたかったのは、別にファンだからじゃない」
「ツンデレってやつ?」
「べ、べつにアンタのファンなんかじゃないんだからね! って違ーうっ!」
「これが職業病か……」
「ノセるな! アンタに会いたかったのは、直接叩くためだ! 屋敷でふんぞり返ってるアンタを、直接叩いてやろうとどれだけ苦労したことか!」
「ああ、やっぱり計画はしてたんだ」
正面で堂々と兵力をぶつかり合わせながらも、敵将を直接討ち取ることは当然企んでいるとハルも思っていた。そのためユキを常に傍から離さなかったのだ。
いかに強大なステータスを持つハルとて、あの大規模な乱戦をあまねく遠隔でサポートするのは非常に処理を食う。
その隙を突かれれば、対処できない可能性もある。
だが、結局それは杞憂に終わり、切り札のユキの力が発揮されることはついぞ無かった。出番がなくユキも暇そうだ。
「ちなみにどんな計画してたの?」
「聞けば言うと思っているのかぁ? ……まずは空中からの侵入だな」
「言うんだ……」
「イチゴちゃんの監視網に引っかからないように侵入作戦は全部配信外なんだよ! 失敗のまま終わると誰の目にも触れないで終わるんだよ!」
それはご愁傷様である。そちらも、なかなか力を入れて計画したのであろう。このまま日の目を見ずにお蔵入りというのは、企画者として寂しいのだろう。
本当はそちらも放送しつつ行いたかったのだろうが、イチゴが常時全ての放送をチェックしているため、そうするとターゲットのハルに筒抜けになってしまうのだ。
「大本命は採掘用の穴掘りスキルを使っての、地下からの侵入だな。笑いあり涙ありの一大プロジェクトよ!」
「それって、ガザニアの国で使われている鉱山用スキル?」
「ザッツライト! わざわざ特別に呼び寄せたんだぜぇ? だけどよぉ、地下が合金で固められてるとか聞いてねぇよぉ……」
「言ってないからね。拠点強化するにあたって、上空、地下からの襲撃はまず警戒して当然のとこだ」
「いやそれどこの世界の当然?」
現実世界である。時に現実はゲームよりシビア。
地下は今言ったように<錬金>の副産物として余った素材を利用しての強化を建築依頼し、下からの侵入は阻止していた。
逆に空からというのは、きっと小型艇のことだろう。巨大な飛空艇がこの地に着陸する前に、高空にて切り離されるように発艦した一隻の小型艇があった。
飛空艇の巨体に目が行っている隙に、それで街の内部へと侵入する手はずだったのだろうが、クリスタの街の防空網は伊達ではない。あえなく撃墜。
飛空艇で攻めてくるという事前情報があるのに、そこを強化しないはずはなかった。
「最後の望みとして賭けた<盗賊>部隊の侵入も、透明化してるはずなのに透明なまま突然死んじまうしよぉ、散々だぜ……」
「<隠密>においては、こちらに一日の長があるからね」
完璧に気配を消すスキルである<隠密>。それは単に見た目を透明にするだけのものとはレベルが違う。
本来は透明になれるだけでもかなりの戦略的優位であるのだが、そこにおいてはあの三人は明らかに格上だ。
「ちなみに今も、君の後ろに忍者部隊が控えている」
「はぁっ!? お、おどかすな……、その手には乗らねぇ……、えっ、マジなん? マジの話なん?」
ちなみにマジである。白銀、空木、メタのちびっ子たちは、万一の時にミナミを暗殺できるよう今も待機中だ。
攻撃に移ればその<隠密>も解けてしまうので、彼女らの安全のために本当に最後の最後にはなるが、確実に一度はミナミをデスペナルティに追い込める。
「だ、だが! そんなアンタの数々の備えも、これにてご破算になったなぁ? この『死の壁』が到達してしまった以上、もう最大戦力のアンタが出るしか手は残されていなぁいっ!」
「してやられたね。流石の戦略だ」
「余裕ぶっちゃってまぁ! だが、いかにアンタとて攻撃できなきゃ何ができる? 一人ひとり丁寧に気絶させていくには、ちと数が多すぎないかなぁ?」
確かに、いかにハルが魔法の威力を抑えてNPCを無力化する技術を持っているとはいえ、この平原を埋めつくす軍隊を相手には荷が重い。
そうしているうちに、同時進行してきたプレイヤー部隊に袋叩きにあうだろう。
彼らも今は突進する気配はない。NPCの後ろについて、彼らを盾にする構えだ。そこから魔法でも放つのだと思われる。
「さぁて、ボツ案多すぎ涙目すぎなこの計画も、無事に最終段階よ! あー実はここだけの話、『壁』が来る前にほぼ全滅してちょっと肝が冷えました。そっちの戦力甘く見過ぎてました。ここ反省点」
反省点はありつつも、最後の最後で計画は実った。ミナミはそんな感慨に浸っているようだ。
それは、少し早すぎるだろう。ハルがここに出てきたのもまた、自身の計画の最終段階の準備が整ったからなのだから。
「ではぁ? 全軍、突撃ぃ!!」
そんなミナミから、最後の交戦の開始を告げる号令が発せられるのだった。
*
「いぃぃぃ!! って、おい? あれ? おーい、突撃だぞー? 現場指揮官命令だぞー?」
満を持しての突撃命令に応える者は居ない。いや、プレイヤー達は勢い勇んで応えようとしたのだが、その前方に控えるNPCが動かない。
彼らは彫像のように固まったまま、待機姿勢で隊列を維持していた。
「えっ、なに、バグ? ここにきてフリーズ?」
「そうかもね。一か所にNPCを集めすぎて、処理落ちしたかな?」
「……んなわけあるか。首都には、もっと大量にNPCが動いてんだ」
そう、そんな訳はない。このゲームは神様の自信作、魔法で動く特別製。通常の処理落ちや停止とは、無縁であった。
ではこの現象は何かといえば、当然ハルによるものである。
「そのまま立ってるのも疲れただろう。許す、精霊の王の前に跪け」
この場に姿を見せたのは、このスキルを掛けるため。秘密裏に習得した、ハルの<精霊魔法>の初お目見えだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/22)




