第608話 道化の戦略
受けるはずのない反撃を受けたミナミはたまらずアベルから飛び退る。
もはや後退の無い、一方通行の進撃のはずであった。ここで引いてしまった時点で、勝負の雲行きがだいぶ怪しくなったのは彼も感じているだろう。
今は冷静に自分もアイテムで回復してはいるが、彼の使う通常アイテムではその速度は目に見えて遅い。こちらは、目に見えない速度で全回復が可能なのだ。
「《……いや、いやいや。作戦に何も変更はねぇな? 武器の威力まで元に戻った訳じゃないってことを忘れてないかローズちゃんよ?》」
「君こそ、完全回復薬の存在を忘れていたくせに」
「《忘れてねぇって! ただ、その? さすがにアレは全部自分で使うのかなーって思ってただけっだから!》」
「どうだか」
確かに完全回復薬は、変な話ではあるが生産において最も有効に効果を発揮する。
どれだけコストを支払って死にそうになっても、猶予時間内に使用すれば全てを踏み倒せる便利すぎるアイテムだ。
それによりハルの生産スキルの幅はかなりの広がりを見せてきている。
しかしこのアイテム、その本質が戦闘用として作られていることは疑う余地がない。
致命傷からも一瞬で回復し、ピンチから復帰し再び強敵に立ち向かうためのアイテム。
さすがのハルもクラン戦争があるとあっては、これの備蓄は欠かさなかった。今使った物の他にも、複数本のストックがアイテム欄にはまだ存在する。
「《こっちの条件はクリアされたままだ。チェックメイトを宣言するなら、今度はアベル君が無理攻めすべきだったな。ぼっと見てる間にこっちも回復終わんぞ》」
「別にぼっと見てる訳じゃない。だろアベル」
「《はい。準備は整いました》」
ハルがトドメを宣言したというのに、悠長に敵の回復を許していたのにはもちろん理由がある。
アベルもまた、ミナミと同様に条件が整うのを待っていた。そのためのスキルを、敵が一歩引いたこの時間を使って発動していたのだ。
アベルの剣から、敵の弱体スキルによって下がってしまった攻撃力を補うかのように青白い光が溢れ出す。
それはあたかも敵の黒いオーラと対を成すように、神聖な輝きを増していった。
「<騎士>のスキル、<誉れの騎士>。これは味方陣営のキャラクターから支援を受けた量によって使用可能になる。応援が力になるってやつさ」
「《なんだそりゃカッコいいなおい! ヒーローかよ! 『アベルちゃんがんばえー!』、ってかぁ!? 羨ましすぎるんだが!》」
「羨ましいならそのダークヒーローポジション止めたら?」
「《断る! 俺から煽りと悪だくみを取ったら、もう何も残らん!》」
「そりゃ難儀なことで……」
これは、ユニークスキルなのか否かはまだ判然としないが、今のところアベル唯一のレアスキルだ。
ファンクラブの女の子たちから、一心に支援を受けていたことから発現したようで、その戦闘においての支援された数が増えると発動可能となり、多ければ多いほど強力になる。
長期戦、大規模戦であるほど輝くスキルであり、今回のような戦闘においてはうってつけだ。
まるで、美味しい所を最後に持っていく主人公のためのスキル。騎士というファンタジーの花形職であることもあって、アベルの立ち位置は非常に正統派に輝ける位置といえよう。
そんな、今まさにゲーム中の注目を集めているであろうアベルから、あくまで冷静に訂正の声が掛かった。
「《主様、盛り上がっているところ申し訳ありませんが、今発動したのは<誉れの騎士>ではありません》」
「えっ、なに? 新スキルなの? 確かにオーラの輝きが違うような……」
「《はい。スキル、<栄光の聖騎士>。自らの仕える主から最大限の支援を受けた時にのみ発動できる、上位スキルのようです。今覚えました》」
「いよいよ主人公か! 土壇場で新スキルに目覚めるとか!」
「《……あの、主様も人のことは言えないような》」
確かに、主人であるハルからの強化は試していなかった。忠義に報いる、というやうだ。
それによって騎士は更に奮い立ち、より一層の忠誠を誓う。これも正統派の美談ではある。
しかし、ハルにとって微妙に問題点があるスキルである。そう思えてならない。
「……まずいな。これでは僕が添え物だ。アベルが物語の主人公で、僕はそれを強化する為の端役に成り下がってしまう」
「《やーい、お前の立ち位置オプションパーツー》」
「黙れ! なら君は序盤でやられる噛ませ犬だ!」
「《あの、使える時にだけ使えばいいのでは……》」
まあ、実際その通りだ。アベルの性能を最大限に発揮してはやりたいが、常にハルが支援してやっては他の部分の出力が落ちてしまう。
ご主人様からのご褒美は、気まぐれなものだと理解してもらおう。
特に今回のご褒美は強力すぎた。貴重な完全回復薬を含む数多くの支援の数々。それを受けた騎士の栄誉は溢れんばかりに膨れあがり、剣先から輝きほとばしる。
まるでかつての、異世界におけるアベル本人が手にしていた聖剣のように、剣はその光の刀身を伸ばしていった。
「《ふんっ、いいだろう! 今回は負けを認めてやる。だが覚えておくがいい! 俺を倒したところで、第二第三の俺が貴様らの前に立ちはだかるであろう……》」
「それって、リスポーンした二人目三人目の君本人ってこと?」
「《そのとーりっ!》」
そんなお決まりのギャグをハルと掛け合いながら、ミナミは覚悟を決め再びアベルに突進を果たした。
しかし今度は先ほどのようにはいかず、押されるのは彼の方。
吸収のオーラは聖なるオーラにかき消され、触れればダメージを受けるのは自分になる。
「《終わりだっ! 消し飛べ道化!》」
そして、かつての聖剣のように薙ぎ払う剣光の輝きによって、ミナミのHPはあえなくゼロとなるのであった。
◇
司令塔であり、強大な弱体スキルの持ち主であるミナミが撃破されたことによって、戦局は大きくハルたちに傾いた。
もともと連携の取れた上位プレイヤーの集まるクラン、<栄光の聖騎士>を発動し足止めから解き放たれたアベル、そして彼らを適切にサポートするハルの使い魔の存在。
それらは兵数の差など大きく覆し、敵の傭兵連合を各個撃破で次々と削っていった。
もちろん、一度倒したからといってプレイヤーはそこで終わりではない。
拠点として設定されている飛空艇から再び復活してくるが、それも、自軍が著しく不利となれば話は違う。
復活できる回数は無限ではない。いや、数自体は無制限だ。しかし一度ゲームオーバーになるごとに、仲間や視聴者から自身に付与してもらった、『支援ポイント』が減算されていく。
考えなしに何度も突っ込めばその身はどんどん弱くなり、そんな者が復活してきたとて、もう騎士団にとっては敵ではない。雑魚モンスターが群れているに等しい。
そのため、この状況に持ち込んだ時点で大勢は決し、ハルのクランの勝利である、はずなのだが。
「まずいね。思ったより時間をかけ過ぎた。ミナミがいやにあっさりと死に戻ったのもこのためか」
見れば、いや、耳をそばだてれば、ミナミの陣取っていた丘の上へと向けて、ざっざっ、という規則正しい足音が響いてくる。
その丘の上に姿を現したのは、一糸乱れぬ隊列を維持したまま、街へと向けて行進を続けていたNPCの正規部隊。
そのハルたちにとっての『死の壁』が、ここまで到達する時間を稼がれてしまった。
「《そのとーりっ!! 元より一落ちは想定済みだ。俺が、完全回復薬のこと忘れてるわけないだろ? あそこで勝たせて油断させ、一気に絶望させる計画よぉ!》」
「……本当に?」
「《ほ、ホントウだよ。忘れてないよ……?》」
まあ、その真偽はともかく、一度の死亡は想定内であったのは確かだろう。
戦場に再び、ミナミの声が響き渡り、彼の姿を映し出した巨大モニターが復活する。今度は、NPCの隊列の後ろへどっしりと控えるように、指揮官として余裕の構えだ。
自身が負けることまで含めて、作戦を組み立てられる。これは、ハルには取れない戦略だ。素直に賞賛に値する。
ひたすら派手に立ち回り、自分に意識を集中させ惑わせる。そして、その脅威が去ったことを演出し油断を誘う。
そこに、トドメの一撃とばかりに決めの一打をお見舞いするのだ。それが、今回のミナミの計画の最終段階。
「《ローズ騎士団諸君! 戦争ご苦労! そしてありがとう! 君らの奮闘によって、我々の戦力は再びこうして集結した》」
「集結って、死んでリスポーンしただけじゃないか。物は言いようだね」
「《シャラップ! そのリスポーン地点が、この飛空艇だとうことに意味がある!》」
なんとか、NPC兵たちが到着するより前に、プレイヤー傭兵部隊を殲滅し終わったハルのクラン。
しかし、それもまた予定通りであったようだ。死んですぐ戻ってくる蛮勇の者が少ないと思っていた。
彼らは一度やられたら、多くの者は復活した飛空艇内にそのまま待機し、この時を待つ。
そしてNPC兵の行進が前線へと到着したら、そこに再び合流することでハルたちに絶望を与える計算だったのだ。
普通に戦えば部隊が皆一度死んで一回り弱くなったはずの所、威圧感をもって再登場できる。なかなか良い計画である。
そんな、こちらにとっての絶望は、悠々と空を飛翔し、飛空艇ごと現れた。
陣を組んで待機するNPCの上空へと付けると、そこから地上の騎士たちを睥睨してくる。
「《俺は最初からこうしていれば良かったのか? ノン、ノンノン。それでは殻にこもって、別の策を練られてしまう。まずは安心して一当たりし、戦力を疲弊させておかなければ》」
最初から、街ごと籠城されては厄介だ。『NPCの盾』の強みも半減してしまう。
なのでまずは戦力全てを野戦に引きずりだして、逃げる隙を奪ってきた。
「さて、してやられた、というところだけど」
「こちらも、計算通りではあるのですね! 軍師としての格の違いを、見せてやりましょう、お姉さま!」
「軍師ではないけどね」
だが、アイリの言う通り、この状況はハルの望んでいたものでもある。
今度は、向こうが勝利を確信し余裕を見せてしまっている時だ。そこを突く。
いよいよ、ハル自身が動く時がやってきたようだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/22)




