第606話 高尚すぎて劣悪
ミナミの身に纏う黒いオーラのようなスキル、<暗黒武技>。存在だけは知りつつも、ハルたちはついぞ覚える機会がなかったスキルだ。
習得方法は大きく分けて二種類。
ゲームを新しく始め、初期スキルを覚える前にハルのような<信仰>使いからの『祝福』を受けるか。
それとも、既に<神聖魔法>や<暗黒武技>を修めているNPCに教えを乞うて習得するか。
「情報によれば、君がそんなスキルを使えるなんて話はなかったんだけどね」
「《そのためにわざわざ配信外で取ったんだよなぁ。『別の収録があるから今日はやりません』、つってなぁ!》」
「なるほど、そして忙しい合間の時間を縫って必死に技を練習してた訳だ。いじらしいね」
「《そういう偏向報道やめろよなぁ! 営業妨害だろぉ!?》」
どの口がそんなことを言っているのか。偏向報道はスキルにもなっている彼の得意分野であろうに。
そんな彼は、いったいどのように<暗黒武技>を習得したのか、ハルとしても興味をおぼえるところだ。
ハルが習得した時のように神国へと渡ったのか。それとも神が闇属性を司っているカゲツの国か。はたまたハルも知らぬ第三のルートという線もある。
このゲーム、個人個人によってイベント展開が大きく異なる。弱体スキルを得意とする彼に特有のイベントなどもあっただろう。
「《っしゃあ! 行くぞおらっ! <暗黒武技>、吸命掌!》」
画面に向けて派手にオーラを見せつけるのもそこそこに、ミナミはアベルを待たず自分から彼へと突進していった。
鋭い掌底の突きの一撃は素早く、的確にアベルの顔面へと襲い掛かる。
その速度と正確さは非の打ちようがなく、後ろに尾を引くオーラの軌跡も美しい。
このスピード自体は、彼が人気者として多数得た強化ポイントによるものであろうが、それだけに頼った力ではなく技術も本物。
きっと、多数のゲームを渡り歩いて蓄積した経験の賜物だろう。
「やるね彼。なかなか理にかなった攻撃だよ。殴りっぱなしじゃなくて、攻撃が防がれた躱された時の対処もしっかり出来てる」
そのミナミの格闘を、自分も格闘を大の得意とするユキが解説してくれる。
冷静で真剣な語り口からはある種の貫禄が感じられ、今は幼い見た目であれどその佇まいは達人のそれを感じさせた。
《ユリちゃん!?》
《ユリちゃんって格闘技に詳しいの?》
《意外だ》
《ただのお転婆娘じゃなかったのか!?》
《いや、あのナギナタ捌き見てるだろいつも》
《すまん、あんま見てない》
《道場で培った本場の技だぞ》
《ミナミの技もどっかの流派なのユリちゃん?》
「んっ? いや違うよ? あれは格ゲーの技だねー。劣悪で鍛えたと見た! 流行らなかったけど、基本を押さえるには良いゲームだから皆もやろう!」
「ユキ、無辜の民を苦行に巻き込むのはおやめ」
略称レッツアック、更に縮めて劣悪などと呼ばれるそのアクションゲームは、その呼び名の通りゲーム性が壊滅した、なかなかに酷いゲームであった。
高名な武芸者が開発に携わったは良いが、そのせいでアクション部分だけは良いが他の操作性が壊滅的、更に敵も最初から強すぎてとてもじゃないがマトモにプレイできる代物ではない。
しかしゲームとしては『クソゲー』と断じることに一切の異議の出ないそのゲームも、アクション部分だけは本物なのでひそかな愛好者も多い。
難易度に対応さえ出来れば、ぎりぎり、『やりごたえのある高難度ゲー』、と言えなくもないこともあって、ミナミもそれに挑戦することをコンテンツとした事があったのだろう。
当然、ハルとユキも当時はそこそこプレイしていた。ハルに至っては開発時の協力者だ。
どれだけ説得しようと、硬派すぎる難度設定を曲げなかったのは、古流剣術の復興を目指す悪名高い老人たちだ。
余談であった。ミナミのようにアクションスキルの練習に役立てる者が居たのなら、あのゲームにも意味があったのかも知れない。
《ここで劣悪の名前が出てくるとは……》
《良く出来たゲームではある、んだがなぁ……》
《アレ知ってるとかユリちゃん何者?》
《お嬢様が知ってていいゲームじゃないぞ》
《いや知ってたっていいだろ(笑)》
《有名な格闘家が作ったんでしょ?》
《道場の関係者だったりして》
《まさか、そこから繋がる、のか?》
《マナー違反だよお前ら》
ちなみに全然繋がらない。ユキは知っての通りただのユキだ。単にゲーマーなだけだ。
まあ、その辺は自由に妄想させておこう。確定事項のように語られている『道場』というのも、実は一切ハルたちの口から出たことは無い話である。
偏向報道というのはこうして生まれるのだろうか?
「《そう! あの苦行に打ち勝った俺は、もはや近接戦で誰にも負けはしない! 暗夜炎舞っ!》」
ハルたちが懐かしいゲームの話をしている間にも、ミナミの猛攻は続いていた。
研ぎ澄まされ、人間工学に基づき理にかなった格闘技。それに乗せて、<暗黒武技>の弱体効果がアベルに突き刺さる。
接触した相手の体力を奪う『吸命掌』を基本とし、様々なステータス異常を引き起こす。
今のは個人の視界に暗い靄のようなエフェクトを掛ける技。その他にも、当たった部位の動きをにぶくする技や、毒のような継続ダメージを与える技など、どれも攻撃自体をガードしても弱体を受けてしまう厄介なスキルであった。
「《アンタもやるじゃねぇか! 実戦剣術ってやつかぁ!? 未だにひとつも急所に決定打を入れられてないのは、ちと自信なくすぜ!》」
「《良い動きだな。だがお手本通りすぎだ。そんな温室育ちの拳じゃあ、戦場では通用しないなっ!》」
「《はっ! 根性論で戦に勝とうなど古い古い! 現代戦は、最適解を最後まで貫き通した奴が勝つって答えが出てんだよ!》」
いや、確かに戦いに関する多くの研究結果は出ているが、拳で戦っていて『現代戦』というのもどうなのだろうか。それ自体が古くなかろうか。
「……とはいえ、確かにアベルは不利かもね。アベルの世界は武術の歴史が浅いと言わざるを得ないし」
「《主様ぁっ!? おま、貴方どっちの味方ですかぁ!》」
「《くはっ! 言われちまったなぁ? だが嘆くことはないぞ、俺はこうみえて『劣悪』では負けなし、界隈でも文句なしのトッププレイヤー!》」
「《しるかっ! 要は模擬戦の戦績を誇ってるような物だろうがっ!》」
「いや、実際凄いね。アレの上位とか」
「《だろぉ? やっぱ分かっちゃうんだよなぁ、分かる人にはなぁ……!》」
「《主様! 戦場で敵を賞賛しすぎては、士気に関ります!》」
アベルが割と真剣な顔でハルを咎めてくる。少し戯れが過ぎたようだ。
ハルも別に本気で敵のミナミを褒めたたえている訳ではない。実際になかなかの努力だとは思うが、賞賛は後ですればいいこと。
これはもちろん、続くセリフのための布石であった。
「うん。……ということは、“ミナミ君はランキングトップなのかな”?」
「あー、意地が悪いねこれは、“ハル君”さ」
「《……いや、それはその、トップでは、ねぇけど?》」
分かっていて聞いている。トップは当然ハルだ。ちなみに二位はユキだ。
「《だがそれがどうした! 不動のランキングトップ、あの『人外のハル』さんがこの場に居る訳じゃねぇ! 俺が何位だろうが、コイツが俺に勝てるようになる訳じゃあねぇんだぜ?》」
「《あぁ、なるほど。ははっ、流石は主様、意地が悪くていらっしゃる》」
それを聞いて、アベルも、そして彼のファンクラブの者達もハルの発言の趣旨を理解したようだ。苦境に歪んでいた表情が余裕を取り戻す。
アベルもまた過去に、ハルと直接対決して敗北している。そしてファンクラブの子たちにもハルはまた支援者として馴染みの存在だ。
だからといってアベルが強くなる訳ではないのはミナミが言った通りだが、圧倒的な強者として振る舞っていた彼の理屈を揺るがすには十分だった。
特に、アベルはこの『ローズ』がハルであると知っている。そんな二人に共通の上位者として、上から目線でハルは宣言する。
「僕が保証しよう。アベルは彼より強いよ」
「《はい》」
それになんと言っても、これは全くの別ゲームだ。見た目の派手さに惑わされず、それに沿った戦い方をせねばならない。
格闘技能が無駄とは言わないが、現実と同様の有用性を発揮しはしない。
その部分を、ハルがサポートするとしよう。
◇
「アベル、無理に急所をガードしようとする必要はない。回避できない場合は、目を狙われた場合のみ対処しろ」
「《了解》」
「《んな言われたからってすぐに体が……、ってもう対応してるぅ!? これが戦場育ちって奴かぁ!?》」
このゲーム、攻撃を受けた部位による詳細な弱点指定などはあまり存在しない。胴体に直撃しようが、髪の毛の先にかすろうが、ダメージは等しくダメージだ。
そのため急所をかばう為に腕でガードしたりすれば、それが逆にダメージを増してしまう結果になることもある。
ミナミの場合は特にそれが顕著だ。<暗黒武技>のスキル効果の中には、当たった部位の動きを鈍らせるものがある。
それを腕で受けてしまったりすると、かえって逆効果になったりもした。
「わざとガード出来る余裕を出してたもんね。まあ、それはそれで、凄いことなんだけど」
「ついでに言えば、取り巻きの観戦者もこっそり、アベルに追加でデバフを掛けてたしね」
そのハルの言葉に、ファンクラブの視線が一斉に、ぎろり、と向く。
あまりの圧に全体が一気に一歩後ずさったほどの形相だった。
彼らは手出し無用で敵味方共に一対一の観戦をしているように見せかけ、目立たぬようにこっそりとミナミを強化しアベルの邪魔をしていたのだ。せこい。
ただそれも戦略。自信満々な口上も相まって、決して届かぬ強者のごとき幻影をミナミはその身に演出していたのである。
しかし、それも種が割れればそこまで。周囲の観戦者は、そのまま一気に乱戦になだれ込んだ。
そうなればもう策を弄する余裕はなくなる。一気に混戦状態に陥った戦場では、場慣れしたアベルが今度は一歩有利。
「さて、僕も真面目に支援に回ろうか」
男二人を戦わせて高みの見物をする女帝を気取ってばかりもいられない。
ハルもまた、使い魔を介してサポートに徹するのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/1/13)




