第605話 弱体特化
形勢はハルたちの側に徐々に傾き、マップに表示された趨勢を示す光点も街からじわじわと遠ざかり、敵の進軍を押し返す勢いが見て取れる。
ただ、その先にはきっちりと整列したNPCの大軍が、戦略マップ上の光点もまたずらりと整列し壁のようになって表示され、少しずつこちらへと迫ってきているのであった。
「アベル、倒していい相手と悪い相手の区別はついてる?」
「分かって、いえ、理解しております。統一性の無い民兵のような者達が殺してもよく、揃いの鎧の正規兵のような者達は殺してはならない、ですね」
「……そう聞くと、なかなか奇妙に感じるね」
「俺もです」
その中でも、エース級の活躍を見せるのが今回ハルの陣営に加わっているアベル王子、彼の演じる『騎士アベル』だ。
ハルの<錬金>したレア金属を、ルナが<鍛冶>によって打ち出した輝く最高級の鎧に身を包み、一人で敵陣のただ中に飛び込みそのまま相手を薙ぎ倒す、獅子奮迅の活躍をみせていた。
その後方に控える彼のファンクラブの女の子たちも、思い思いの方法でアベルを支援する。
強化スキル、回復魔法、彼の周囲を露払いする攻撃魔法。それらの連携は非常に手堅く統率され、ハルたちクランマスター組の支援が不要である程だ。
「《ヴァルキュリア部隊の削除申請は、エリナとカリンに監視を一任します。他の者はスクリーンに目をやることなく、アベル様の支援に集中するように》」
「《了解っ!》」
「《了解です、リーダー》」
「《……狙うは、あのミナミとかいう男の首です。必ず切り開いて、高みの見物をする彼を戦場に引きずりだしましょう》」
「《いええええぇい! 燃えてきた!》」
「《やっつけろー!》」
「《ころせー!》」
「《ゆるすなー》」
「《ぶっとばせー!》」
「《アベル様やっつけてー!》」
そんな『ヴァルキュリア部隊』と名付けられたファンクラブの面々を率いて実質の統率をとるのは、向こうでギルドマスターであったシルフィードだ。
こちらではクランマスターであるハルの、部下であるアベルに更に仕える部隊という位置づけだが、その実情はファンクラブの時とほぼ変わらぬ指揮系統を構成していた。
その方が彼女ら本来の力を発揮できると判断したハルが、そのように許可している。
そのため、ここは独立した一部隊という位置づけであり、そして中心であるはずのアベル本人もそのシルフィードの指揮に従う一兵士のような不思議な立ち位置になっていた。
「駒に甘んじているとも言える位置だけど、君はそれでいいのかなアベル?」
「《構いません、むしろやりやすいくらいです。俺は指揮官ではなく、戦場を征く一振りの刃で良い。欲を言えば、貴方直々の命があればなお良いですがね》」
「……まあ、機会があれば。あと、彼女ら今はちょっと冷静さを欠いているようだけど、それはいいの?」
「《……士気高揚に水を差す必要はないでしょう。最初のうちは、失敗も多かったですから》」
先ほどまでは、このゲームを始めた当初の数々の失敗談を赤裸々に大公開されてしまっていた彼女たちだ。
アイドル的な対象であったアベル本人とプレイできる感動からの浮足立ったミス、そしてリーダーが彼本人に移ったことにより、本来のシルフィードによる指揮系統が停止した混乱が大きい。
皆が無秩序に思い思いに動いた結果、強化ポイントは全てがアベルへと集まり、ファンクラブの面々の強化がまるで進まず、何度もアベルの足を引っ張ったようだ。
その乙女の恥辱は温厚で常に陽気な女の子たちの逆鱗に触れ、今は少々、皆気が立っている。次々とお上品に暴言も飛び交う始末。
進行経路は、一路元凶であるミナミへと固定され、一団の刃の先端であるアベルがその進路を文字通り次々と切り開いていた。
「まあ、敵指揮官の首に迫るのは必要なことだ。任せたよ。さっき言った、ターゲットの選定にだけは気を付けて」
「《承知しています》」
静かな怒りの形相を見せる淑女たちに、部隊のトップであるアベルも、その感情を一心に浴びるミナミも、後方から見守るハルもまた少し引き気味だ。
女性の集団を怒らせて、その団結した怒りをぶつけられる様というのは、男にとって戦場で殺気を浴びるのとはまた異なる危機感を覚えるものだ。冷や汗が出る気分である。
ただ、今はハルもまた女性の身、そんな動揺などおくびにも出さない対応が求められる。
内心はよそにあくまで優雅に、その殺気の向かう先にいるミナミへと問いかけるのだった。
「……少し、やりすぎたみたいだね。敵を作り過ぎた年貢の納め時ってやつだねミナミ。そろそろ高みの見物の時間は終わりかな?」
「《……はっ、ははっ、おーこわ。……んんっ! なーに寝言いってんですかねぇ!? 作り過ぎもなにも、もとから全部敵! そして余裕の見物席から引きずり降ろされるのはアンタの方だ!》」
「へえ、この段階でも強がるんだ。計画はまだ折れてないのかな?」
「《当然よ! 『画面端』は確実に進行中だ、ゲームオーバーは近い! あ、それと、俺はきちんと税金は納めているんで年貢を払う必要はないから! そこはよろしく!》」
なにか重要なことのようだった。たぶん戦闘とは何の関係もない。『年貢』という単語に反応し、何も考えないノリで出た返答なのだろうが、すぐに税金と結びつけられる知識は素が優秀であるのだろう。
それとも、税金に何か嫌な記憶でもあるのだろうか。確かに特殊な仕事をしていると、そのあたり厄介そうだ。
そんな敵の大将首へと向けて、こちらの将であるアベルが次々と歩を進めて行く。
先ほどまでは弱体を受け集中攻撃の対象となったファンクラブの子たちを守るためにその身を盾にし、なかなかその攻撃力を振るえなかったが、彼の剣技はこの世界に来ても健在だ。
そして、なんとなく後ろの鬼気迫る圧から逃げるような後ろめたさも見せつつ、アベルは止まることなく進軍し続けるのだった。
◇
「《いやー、お見事お見事、辿り着かれちったかぁ》」
そうしてついに、アベルは敵本陣を切り破り、ミナミの元へとたどり着く。
対峙し、睨み合う二人、そしてそれを取り囲みアベルに武器を向ける面々も、その意識は微妙にその後方のヴァルキュリア部隊へと流れていた。
倒すべき宿敵を前にして、その普段は可愛らしい相貌は般若の如く怒りの形相に歪んでいる。
……失礼、実際はそこまではかないが、主観ではそう感じてしまう一行である様子。皆少し腰が引けている。
「《おーこわっ、怖い怖い。また女性ファンが減っちまったかな、こりゃあ》」
「アイドルなんでしょ? よくそれでやっていけるね」
「《微妙に違うぜローズちゃん。こう見えて、野郎のファンのが多いんだ俺。悲しいことにねぇ。なーんでだろーなー》」
「なるほど、こうした配慮の無い行いのせいってことか」
「《だが止めらんねぇ! 自分に正直なもんで!》」
実際は、同性である彼を純粋に応援する勢力が強いということだろう。彼もそうしたデータは重々承知であろうが、あえて道化を演じる。
そしてハルも、戦場で敵を賞賛してやる義理はない。
「《さってと、ここまで辿り着かれちまったんじゃ仕方ねぇ。サクッと処理して、戦線をリスポーン地点にまで押し下げますか》」
そう宣言すると、ミナミは演説のために陣取っていた小高い丘から、アベルの方へ向かってゆっくりと下りてくる。
敵側の傭兵たちはその二人の間の道を開け、ミナミの盾になる気は無いようだ。
これは、彼の人望が無いといった話ではなく、元からそういう取り決めであったという雰囲気である。
手出し無用、その言葉が似あうだろうか。自然と場の空気は、互いに多くのファンを持つ二人の男性、アベルとミナミの一騎打ちの様相を呈する。
「《良いのか、お前、敵将だろ?》」
「《あぁ? いーんだよ。アンタだって将みたいなモンだろ? というか、イメージよかずっと野暮ったいのなアンタ》」
「《丁寧に接するのは主様だけだ。なんでお前に礼節を取る必要がある》」
「《いや、無いね! 確かに! 嫌いじゃないぜぇ?》」
そうして男二人は不敵に笑い合う。戦場で戦う男の、奇妙な友情とやらが発揮された場面であろうか。
「それは良いんだけど、ミナミ、君って戦えるの? 悪だくみと嫌がらせに全エネルギーを割いてるんじゃない?」
「《ひっど! 今ハードボイルド的に良い感じだったのにっ!》」
「そんな自己満足とかいいから」
「《ひっどひっどっ! 女の子ひっど、厳しすぎ! ……まぁ? こう見えても? 人気配信者ですから!》」
そう宣言すると共に、その『人気』が確かな形となって彼の身から吹き出す。
それは漆黒のオーラとなって、ミナミの周囲を怪しく彩った。
「《<暗黒武技>! 触れた相手にデバフを掛けつつ、その力を吸収する攻防一体の技! アンタの、<神聖魔法>と対を成すレアスキルだっ!》」
「ふむ。君が覚えてたんだ、それ。というか、やっぱり嫌がらせ特化じゃん」
「《俺の評価ぁ!?》」
敵の弱体に振り切ったミナミの能力、それは、直接戦闘にも存分に生かされているようであった。




