第604話 過去の失態を直視せよ
次々と押し寄せる敵プレイヤー達に、戦闘は一気に激しくなっていった。
敵味方入り交じった戦場は混沌とし、次第にこちらの統率も失われてゆく。
敵の方には統率など、はなから無い。いかに自分が敵を倒し、活躍するかだ。
ではそんな烏合の衆に対しハルたちの軍が有利なのかというと、そこはそうとも言い切れなかった。一見そこには統率は無いように見えて、時には示し合わせたように連携を取る。
それがどんな時か。もちろん、弱った敵を叩く時だ。
「《じゃじゃーん! 今度はローレンスくんの弱点を大公開! 過去の恥辱に大後悔! お前は自分の力に慢心してモンスターの群れに突っ込みぃ? 力及ばずフルボッコにされました!》」
「《やめろてめぇ!》」
「《自身の攻撃力を正しく把握できない罪により、物理攻撃ダウンの刑でぇす!》」
「《まだ何も知らない全員が駆け出し冒険者の頃だろうがー!》」
「《確かに、尊い犠牲による良いデータだ。だが事実の前には関係なしっ……》」
「《事実じゃなくてもう捏造だろ、ぐぅ……!》」
そんな戦況を作り出し、自在に操っているのは当然、敵の大将であるミナミ。
彼は依然として戦場の真ん中に巨大モニターを展開し続けており、そこには彼のスキルで『編集』されたこちらの陣営のプレイヤーの過去の放送が再生されていた。
その内容というものがまた酷いものだ。クランメンバーたちの過去の失敗集とでもいうもので、彼ら彼女らのゲームオーバーとなった状況が分かりやすく表示されていた。
それだけで、大画面に自分の失態を映し出されるだけで精神的にはダメージであるが、彼の攻撃はもちろんそれだけに留まらない。きちんとゲーム的な効果がある。
その、言わば変えられぬ事実を突き付けられた対象は、その内容に沿った弱体効果をその身に受けてしまうのだ。
《ひ、ひでぇ……》
《なんてことしやがる……》
《こんなことが許されていいのか、運営ぃぃ》
《はやく削除してあげて!》
「《シャラップ! 何を甘いことを言っている! 配信を世に残すということは……、こういうことっ……!》」
そのミナミの行動を批判する視聴者たちに、ミナミは苛烈に反論する。
なんとなく、この一連の彼との関りが始まって一番熱の入った演説のように思えた。
「《今まで俺がどれだけ同じことをされ続けたか、『爆笑死亡シーン集』を世に出され続けたか! その気持ちをお前らにも味あわせてやるぞぉー!! はっはっぁー!!》」
《最低だー!!》
《お前はプロだろうがー!》
《勝手な職業意識を押し付けるなー!》
《誰だこいつにこんなスキル与えたの!》
「《プロもアマもない、ってかさぁ、このゲーム配信で稼げるんだから全員プロじゃね?》」
「まあ、言い分はわからないでもないね」
「なに納得しちゃってるのハルちゃん。どーにかしなきゃ」
確かに、今は戦争中だ。ただでさえ勢い付いている敵の意見にハルが賛同している場合ではない。
ユキに言われたからという訳ではないが、ハルもまたそのスキルに対抗するように忙しく使い魔を動かす。
弱体を掛けられた仲間のカバーに入り、集中攻撃で受けたダメージを回復してやる。
ハルにとって幸いなことに、<神性魔法>の一種である『呪い解除』のスキルが彼のこの弱体には有効なようで、それも駆使して次々と万全の状態に復帰させる。
それでも孤立した者が対象になるとカバーしきれず倒されてしまうことはあるが、ミナミの思惑として想定していただろう筋書きよりは、大幅に被害を抑えられていた。
「しかし驚いた、NPC相手専用のスキルかと思えば、プレイヤー用の効果まであったんだ」
「《驚いた? 便利だぜぇこれは、アンタみたいに<二重魔法>なんて覚えるまでもなく、同時使用数に制限もない。対象に宣言してやらないと、イマイチ効果は薄いがね》」
そう、そこが、今苦戦させれれているところだった。彼のスキルの対象は一度に一人とは限らない。
戦場の空中に浮かぶモニターの数は三つ四つと数を増やしていき、マルチウィンドウで動画を表示させる。
中央の巨大モニターほどの効果は出ないが、そうやって多人数に弱体が掛かり、ハルも対処が遅れていた。魔法での回復は、基本一度に一人。
ただ、自分が画面に映っていることを対象に認識させなければ効果は薄いようで、見ないようにすれば乗り切れる部分もあるのは救いだろう。
まあ、その弱点をケアするためのメニュー巨大化なのだろうが。
ただの自分を巨大化させて目立ちたいだけのスキルではなかったのだ。
「《スキルとして成立しているってことは、ルールのうちだ。つまりは運営に認められているってことになる! 悔しかったら、削除依頼でも出すんだなぁ? ははっ、対処がいつになるか分からないがな!》」
確かに、ハラスメント行為であり迷惑していると訴え出れば、彼の編集した映像も使えなくなる可能性は高い。ゲームルールより法が優先なのは以前にあったとおりだ。
しかし、ミナミの言うようにその対応がいつになるか分からないのも事実。そして、彼としてはこのクラン戦の間だけこの内容が使用できれば十分なのだ。
「ふむ? 確かに、権利者削除が丸いかね」
「《おいおいおいおい? 状況読めてますかぁ? アンタに削除できんのは、アンタに関わる内容だけだぜぇ》」
「まあ、原則そうだよね」
明らかに犯罪性のあるものなどは、報告者が誰であろうと問題はないという例外はある。
「《そして、俺はアンタに掛けるためのデバフ動画を持ってない。んー……、ここ、ひじょーに残念。失敗しないんだもんなぁ》」
「おかげさまでね」
「《別に俺アンタに協力なんかしてないんですがぁ!? 敵なんですがぁ!?》」
あまり動揺しないでいただきたい。そういう意味の『おかげさま』ではない。
そんな、あまり熟考しないでノリで会話しているであろうミナミは置いておいて、動画を削除してスキルを使えなくするというのは良い解決策だ。
問題となるのは、効果対象はハルではなく、全て今まさに戦闘中であるクランメンバーであるということ。
そんな周囲のどこを見回しても乱戦が繰り広げられる中、悠長にメニューを開いて『お問い合わせ』を送る余裕などあるはずもない。
だがハルには、それを可能とする手段に心当たりがあった。
「という訳で、頼んだよ運営のひと」
◇
「《はーいっ! 呼んだのかなぁ?》」
「呼んだ。事情は分かりきってるだろうから省くけど、削除依頼は通る?」
「《通るよんっ。ただ、今ちょうど言ってたようにねぇ、本人からの申請が必要になるけど》」
「だってさ。君たち、削除申請するかい?」
「《します! 今すぐ、あの忌まわしい映像を消してください!》」
「《ほーいっ》」
「《私のも消してぇー! ……って、今の誰?》」
「《えっ、運営?》」
《マジで誰だ今の!》
《ローズ様が呼んだの?》
《運営のひとを?》
《確かに、公式放送で聞いたことのあるような……》
《いつの間に!?》
《えっ、つまりコスモス様?》
《あんなに眠そうじゃなかった》
《声が起きてたね》
起きてる、起きていない、で判断されるのも面白い基準ではあるが、今のところ大々的にユーザーの前に姿を現したのはコスモスだけであるので仕方がない。
他は、公式放送のナレーションなどで聞く音声のみが頼りであった。
しかし、そんな声の聞き分けに非常に強い自信を持っているものも中には多いようで、すぐに運営の誰かだろうと話題になっていった。
そんなミントの声の出演に興奮する視聴者はさておき、戦場でもそれに匹敵する興奮の渦が巻き起こっていた。
言えば、消える。空中にでかでかと表示された自らの過去の失敗が、『消してくれ』と一声叫ぶだけでその場で削除される。
その様はある種ミナミの側の滑稽さを演出することとなり、クランの仲間たちは今は逆に自分の映像をミナミが出して来るのを待ち、それを速攻で削除申請する遊びに心血を燃やしていた。
その申請の宣言は戦場に飛び交うハルの使い魔たちに向けて放たれ、<存在同調>したハルへと届けられる。
その声は更にハルと同期したミントによって受理されて、ミナミの『違反動画』は即時削除の憂き目にあっているのであった。
「……あまりよくないわね? いつ自分の動画が出てくるか、気になって仕方ないという様子だわ皆? 浮足立っているというか」
「早押しですね! クイズに、素早く答えるのです!」
「《確かにそんな感じですねー。せいかいはー?》」
「『削除申請!』」
「嫌すぎるクイズだ……、ただ、士気が上がるのは良いことだよ。さっきまでの精神的に重苦しい戦場よりずっといい」
待機する仲間たちが指摘するように、今は戦場に出ている皆が“動画を消す遊び”に夢中になっているともいえた。
そちらに意識が向かうあまり、集中は散漫となり、目の前の敵への対処がおろそかになってしまう。
ただ、ハルが今言ったように気分が上向きになったことによる行動力の上昇効果は捨てがたい。
ちらちらと空中を見る浮足立った散漫さも、直接の弱体効果を受けるよりはずっとマシだ。
そんな攻防が二転三転する戦場は、少しずつハルたちの優位に傾いてゆくのであった。




