第602話 電脳時代の宣戦布告
そして約束の当日、敵側の計画の通り、クリスタの街の近郊へは、三隻の巨大な飛空艇が襲来した。
船は街にほど近い平原の上空で静止すると、そのまま直下に兵力を吐き出し始める。
彼らはそのまま街へと続く街道を封鎖しつつ、平原に広く陣を構えるのであった。
「なるほど、商隊の行き来がキャンセルされた。あの兵たちを恐れてか、この街と外部の流通網がストップしたね」
「なるほどー、気にせず敵陣の中や戦場のただなかを突っ切って来る勇猛なNPCじゃないんですねー。やっぱり、良く出来てますねー」
「街の雰囲気も、普段よりずっとピリピリしたムードが出ているわ? 確かに良く出来ている。臨機応変ね?」
「ゲームによっては定時の運行は、飛び交う銃弾よりも優先されますものね!」
日常生活を日常のとおりに行うことは命より重い。
仮に通りを挟んで銃撃戦が行われていても、専用の設定が行われていなければ街の人間はまるで気にせずそこを横切ったりする。
彼らにとっては、そんな争いなど無いも同じだ。それより商品の運搬が優先される。給料は命よりも重い。
とはいえ、最近はそんなシュールなゲームはあまり無く、戦闘が起こればきちんと対応するAIの方が多くはある。
しかし、今回のようにユーザーの企画したイベントにまで柔軟に対応するあたりは、このゲームのNPCの優秀さを物語っていた。
「しかし、そこはそんなに柔軟に対応しなくても構わないのに。おかげで貿易コマンドは全てストップだ。これはやられた」
「おお、じゃあ現状を維持するだけで」
「うん。この領地は大半の収入源を失うことになる」
ユキの言うようにこのままあそこから街に睨みをきかせているだけで、この街には継続的にダメージを与え続けられることになる。
もしそれを狙っているならしてやられた、というところだが、それは恐らくないだろう。
このゲームのAIが優秀であるがゆえ、NPCがリアルであるがゆえ、そんな天才軍師の策もまた成立はしない。
「でも、彼らも疲れちゃうからね」
「おお、確かにあんな何もない場所にずっと整列してるのは、拷問だ。小学生なんて、十分も持たない」
「……さすがに小学生よりは忍耐力はあるだろうけど、そうだね。NPCが人間的であるからこそ、あんな封鎖も長続きはしない」
「補給、兵の体力、なによりストレス。長期戦となるとそこは実際にかなり気を遣う部分ですね」
「なるほどアベル。実戦の経験者の言葉は重い」
整列する兵士たちの様子をモニターで映し出す司令室には、実際に戦闘を指揮した経験のあるアベル王子の姿もある。今回も、隊を率いるリーダーとして活躍してくれる予定だ。
その他にも、クランの現場指揮官が数名。今回の実働部隊として参戦を申し出てくれている。
クラン戦争とはいえ、ハルのクランは自由が売りなので参加は強制ではないのだが、ほとんどのメンバーはこの戦いへと参戦してくれている。
帰属意識と、そしてやはり彼らも大きなイベントが楽しみなのだろう。
アベルの発言を皮切りに、その中の一人も声を上げハルの意思を仰いできた。他のメンバーも、続々とそれに続く。
「しかしローズ様、俺ら、あいつらと戦っちゃっていいんすか?」
「ああ、それ。僕たち、<みねうち>とか<てかげん>みたいなコマンド持ってないですよ。戦ったら殺しちゃいます」
「いや仮に、非殺傷スキル持ってたとしても、あの大人数相手にそんな悠長なことしてたら……」
「こっちが普通に死ぬね」
「うちは、一応束縛系の魔法とか持ってるけど、範囲で十人くらいが限界かもぉ」
「へえ、便利そうだね」
「微妙ですよぉ? 効きが悪い上に、燃費も悪いで。使いどころあんま無い死にスキルです」
「敵を生け捕りにするシーンが存在しないもんねー」
「いや、ローズ様の魔力で使えば、もしかしたらあの大軍団も一気に束縛できるかも!」
「なるほど? 面白そうだけど、さすがに今からでは習得が遠そうだ」
この場のメンバーも様々なスキル派生を鍛え上げており、全く同じ者は一人としていない。
そのため当然、ハルの覚えていないスキルを所持している者も大勢いる。
その中には大軍向きの広範囲スキルを使える者も存在したが、残念ながらそれを殺傷せず無力化するような都合の良い能力の持ち主は存在しなかった。
当然だ。そんな力があれば今ごろきっと、それを使って一大勢力を築いているだろう。
「結論から言うと、君たちはNPCの相手を考えなくても構わない。あれは僕が対処しよう」
「言い切った!」
「さっすがローズ様。クラマスに秘策あり」
「うん。それで何するかというと、」
「ミナミの相手だな!」
「馬鹿ッ! ローズ様のお声を遮るな!」
「いや構わない、その通り。正確には、彼の集めた反ローズのプレイヤー連合との決戦だね。そこは君たちに任せたい」
「まっかせて、ローズ様っ」
本格的にクラン戦じみてきたことから、彼ら彼女らが沸き立つ。やはり大規模戦はゲームの華、日々の鍛錬を証明する機会だ。
ハルのもとにこうしてプレイヤーたちが集ったように、敵のミナミの側にもまた人員が招集された。クランとして組んでいる訳ではないようだが、その数はむしろハルのクラン人数よりもずっと多い。
純粋にミナミのファンである者達はもちろん、ゲームスタートからこのかた、躍進を続け話題を独占するハルを面白く思っていない者も多いようだ。
ここでハルを倒し、代わりに自分が成り上がろうという野心を燃やす者。それが、今回のミナミの計画と利害が一致した。
この作戦がもし成功したなら、きっと次はお互い敵に回るのだろう。
「ちょうど、そんなご当人のお出ましのようだね」
司令室のモニターに映し出される敵陣の光景では、今まさに話題の渦中の人物とその協力者が悠々と飛空艇から降りてくる様子が映し出されていた。
プレイヤーの傭兵たちも、思い思いに周囲に展開していく。
そうしてここに役者は揃い、いよいよ大規模な戦闘が幕開けようとしていた。
◇
敵軍の塊の中から、数名の人員が近づいてくる。
戦闘準備が整ったとはいえ、前触れもなくいきなり戦端が開くようなことはない。これは一応、蛮族の襲来ではなく国からの正式な使節ということになっている。
「《聞けぃ! 私はミナミ<子爵>! この度、この地の領主、ローズ<伯爵>に反逆の疑いがかけられている!》」
そんな先ぶれの使者として突出してきたのは、当然のように今回の主催者のミナミだった。
彼は展開した陣地から一歩踏み出し、少数の護衛だけを引き連れて今回の行軍の理由を述べてゆく。
実戦においては真っ先に撃ち抜かれるかも知れない命がけの危険な役目だが、この場においてはただ目立てるだけの美味しい役だ。
それは、別に攻撃されない確信があるとか、ゲームだから死んでもいいという意識であるとか、そういった話ではない。
単に、さほど近づいていないのだ。
「《自らの領地においてまるで王のように振る舞い、あまつさえ無許可で都市を要塞化、神殿さえも勝手に建立する始末! これは反逆の準備ありと見られてもおかしくはなぁいっ!》」
「街を好き放題に建て直しすぎたのは、僕も多少反省してるね。ただ、結果として発展したので問題なし」
「反省していないわよね、それ……」
彼が大げさな態度で、次々とハルの『罪状』を読み上げる場所は、自陣からさほど離れていない。
街の入口へと展開しはじめたクランメンバーや領地の騎士団、そして民兵たちとの、中間地点にすら来てはいない。
実際はそんな場所からでは声が通ろうはずもないのだが、そこはゲーム。ミナミの頭上には、その彼の姿を映し出す巨大なパネルモニターが表示されていた。
巨大さに比例するかのように、声も大きい。非常に近所迷惑なスキルである。
「……スキル、なんだろうねあれは。モニターの拡縮限界値を超えている」
「自らの映像をとーってもおっきくするスキル! でしょうか!」
アイリが身体を目いっぱいに使って、『とーっても大きい』様子を表現する。
使いどころは今回のように無くはないだろうけれど、スキル効果がそれだけだとすれば、なんとなく間抜けなスキルである。
「それも含んだ、映像関係のスキルって感じだろうかね? この作戦の肝となった、僕の放送を切りぬ抜いて偏向報道したスキルと大枠は同じだと思う」
いわゆるユニークスキルと目されているそれは、彼の放送の中でも詳細は伏せられているため実態はまだ闇の中だ。
彼の切り札なのだろう。情報を扱う者として、自らのスキルの重要性もまた自覚している。
ただ目立ちたいだけではなく、そうした強かさも兼ね備えているのがミナミのバランス感覚の強さであった。
「まあ、僕も似たようなことは出来るんだけど」
ハルも対抗するかのように、現地に<召喚魔法>によってカナリア型の使い魔を飛ばす。
それに<存在同調>のスキルを使うと、ハルもまた自分の姿と声をその場に投射し映し出すことが出来るのだった。
「《言わせておけば、ただの侵略行為を綺麗な言葉で飾り立てただけじゃあないか。そんな疑惑があるというなら、まずは身一つで訪ねて証拠を出してこい、僕がしたように》」
そうして立体映像どうしで向かい合い、ハルとミナミは互いに宣戦のための主張をぶつけ合わせるのであった。




