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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部2章 ミント編

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第601話 仮想世界の戦争流儀

 神様たちの思惑は気になるところだが、それを抜きにしても無常に時は進む。

 ハルは仲間たちに経緯を説明すると、そのままそちらの解決には向かわず、まずはゲーム内のイベントに着手することにした。


 計画の一端が判明したとはいえ、いまのところミント一人の物のみ。それも、まだ実行段階にはほど遠いとあって、強引に手を下せる段階かといえばそうでもない。

 思想の段階では裁けない、ということもあるが、一番大きいのはハルたちも今のところ強引すぎる解決策しか持っていないということだ。

 現状、ゲームのルールに則って調査を進めていかなければならなかった。


「よく、理解しきれないのですが。つまりこの世界そのものを破壊していまうことで、その神々の計画というのを阻止するということでしょうか」

「大雑把に言えば、そうなる」


 今はそのことを、異世界の人間であり、ある程度は神様の事情にも明るいアベル王子へと説明している。

 ゲーム内での会話のため、何となく対応が気持ち悪い。


「……アベル、今は放送外だ。そんなに礼儀正しくしなくていいよ。気持ち悪い」

「きも……、いえ……、とっさに切り替えられないと困るので。……それによ、その姿だと、って気がしないんだよな」

「なんて? ああ、そうだった。僕が『ハル』と呼ぶことを封じたんだった」

「忘れんなよ!」


 ハルとして対応したくても、<誓約>によりそれが封じられているのであった。これはアベルに悪いことをしたと思うハルである。

 これではまるで無理難題を押し付ける上司である。いや、まるでもなにも、そのままである。


「それで、認識としては正しいよ。この世界は実は、君らの世界の中に、入れ子構造のように存在している」

「まるで気付きませんでした」

「それは仕方ないね。君らの国とは、まるで別の場所にあるものだから」

「邪神が襲来する、『世界の果て』の外の世界、というやつですか?」

「場所はそうなるけど、そこにこの国々があるかといえば微妙に違う」


 電脳世界、VR空間というものに馴染みのない異世界人のアベルにはいまいちピンと来ない話だろう。

 少し違うが、外の土地に『神界』の入口のようなものがある、と納得してもらった。

 実際は、接続している日本人の意識データを処理するための膨大な魔力が、人間の存在しない土地に安置されている。


「その魔力を僕が掌握しょうあくしてしまうことで、内部の企みは全て阻止できる。自然と、この世界の神様たちも支配下に置いてしまうことになるだろうね」

「外の神々までも従えてしまうのですね、ローズ様。流石でございます」

「……だから、アベルがそういう風に僕を賞賛するとなあ。むずかゆさが」

「だから、仕方ない(ねぇ)って言って()だろ!」


 友人にへりくだられる気持ち悪さとでもいうのだろうか。

 特に、ミントの話を聞いた後だからだろうか、対等に接して欲しいという気持ちが強くなっているハルだ。

 ただ、そんなところでワガママを言っていても仕方ない。アベルもゲームの推奨するとおり、主君に仕える騎士としての自分をしっかり演じているだけなのだ。


 そんな彼に説明したとおり、ハルは最終手段としてこの世界そのものを押さえることが出来る。今も衛星軌道上に、いつでも物理的に接触できるように船が監視と待機中だ。

 しかし、それを実行に移してしまうと、何も事情を知らずにゲームを楽しんでいる沢山のユーザーが迷惑をこうむる事になる。


 多くのお金と勢力が動いていることもあり、ユーザーのみならず、日本における社会的な混乱も避けられないだろう。


「……だから、気軽に停止もできないんだよね」

「なるほど、いわば民を人質に取られているという状態なのですね。今回のように」

「理解が的確だね。その通りだよアベル」


 そうして話は、現実世界の話から仮想世界の、目の前の話に戻ってくる。

 目下対応しなければならないのは、このハルの領地であるクリスタの街に攻めてくる中央の軍勢。その撃退にあった。





「敵は数隻の飛空艇ひくうていを用いて、兵員を乗せてこの土地に直接乗り付けてくる」

「直上を取られるということですか? それは、いささか不利ですね」

「いや、街の正面にある平野に展開して、まずは威圧してくるようだよ」


 確かに空飛ぶ船で街の真上、領空を浸食し、そこから兵力を降下させて来られるのは脅威だ。

 しかし今回は、あくまで『悪いローズ伯爵』を断罪する正義の貴族として振る舞わねばならないのが敵側の大義名分なので、形式に従っての宣言から行わねばならないようだ。


「しかし、さらっと空挺降下くうていこうかの発想が出るとか、君らの世界の軍事って結構進んでるの?」

「そんなに大規模な作戦は行えません。飛行魔法を使用できる者は一部の兵士に限られます」

「ああ、なるほど」

「ただ、昨今は神の船をはじめとした魔道具の存在もあり、そうした大規模な軍事計画も考案されつつあります」

「……ああ、なるほど」


 どうやら、異世界の戦争事情も神々とハルたちプレイヤー、いや魔道具の話であれば主にハルによって、大幅に近代化が推し進められてしまったようだ。

 そこの責任も気にはなるが、今は火急かきゅうの問題ではない。目の前のことに集中しよう。


「しかし、何故直上を取らないと断言できるのですか? 最悪の事態に対し、備えはしておくべきかと具申したいところですが」

「ああ、それはね。総司令官が自分でこう言ってるし」


 ハルはメニュー画面のパネルを空中に表示させ、アベルにも良く見えるように拡大する。

 そこに今回の対戦相手である、南観ミナミが過去に行った放送の内容を表示させた。


「《ワシの権限で動員できる飛空艇は合計三隻。とはいえ、流石に戦艦ではない。制空権は取れん》」

「《いえいえ、十分ですともぉ、閣下。兵員輸送には最適ですし、向こうは戦艦ではないことは分かりません。見せるだけで脅しになりましょう》」

「《ほぉ、良いかも知れんな。よし! 外装をそのように偽装しようか!》」

「《……うげっ、藪蛇やぶへびぃ。また出費が》」


 その放送ではミナミと、彼が今回おだてて利用している黒幕貴族のやり取りが記録されていた。

 そこでは今回動員される飛空艇が、直接戦闘には適さない種類である為あからさまな接近は行わないことが明言されていた。

 どうやら、魔法を使える人間が一般的ともなると、専用に強化した船でなければ肉薄するのは危険であるようだ。


 確かに、至近距離で集中砲火を受ければ、降下どころかそのままただの棺桶かんおけだ。


「なるほど、敵の作戦は筒抜けなのですね。しかもこんな、指揮官クラスの情報が」

「まあ、僕の手柄じゃあなくて、向こうが勝手に流してるんだけどね」

「なぜそのような愚行を……」


 自身も王族でありながら司令官であり、作戦情報の秘匿ひとくの重要性をよく理解しているアベルは唖然とする。

 しかし、その反応をするのはこのゲームにおいてこうした文化に親しみのない彼ら異世界人くらいだろう。他のユーザーは、もう当然として受け入れている。


「なぜかと言うと、公開すれば盛り上がる、これに尽きるね。不思議かもしれないけど、僕らにとっては今更の話さ」

「自分が不利になっても、あえて押すと?」

「もちろんそのバランス感覚は重要だ。負け確定の情報まで公開することは、彼もさすがにしないだろう」


 あくまで切り札は、直前まで伏せるだろう。何でもかんでも公開してしまうのも、本番での驚きが無い。

 しかし有利になるからと何でもかんでも伏せてしまうのも、今度は事前の盛り上がりに欠けると不満が出る。そこは、ハルは今回遅れを取っていると言っていい。


「防衛側はただでさえ地味だし、どこかの神様のせいで必殺技の習得イベントも公開できなかったしね」

「《しかたないじゃーん。神秘は秘するからこその神秘。儀式はおいそれと他者の目に入れては、穢れによって力が落ちるもん!》」

「いきなり賢そうなことを言うな。どうせあんまり関係ないくせに」

「い、今のは……!?」

「幻聴」


 ミントの加護を得てからというもの、時たまこうして語りかけてくるようになった。これでは加護というより、直通経路バックドアを仕掛けられたようなものではなかろうか。

 逆にアイリスは話しかけてくることが無くなり、見えないところで勢力図が動いたような気配がある。


「幻聴は放置するとして、僕の方がいまいち盛り上がりに欠けるからと、敵は多少無理を承知で、どんどん手の内を公開してきているようだね」

「ああ、例の、見られるほど力になるという法則ですね」

「アベルはファンクラブの子からの支援が強すぎるから、いまいち実感はないかな」


 このゲームの根幹を成す要素として、『強化は他者から受けねばならない』、というものがある。

 その支援ポイントの圧倒的保有量を誇るハルが、今はある意味隙を見せている。その間に、ハルのファンを可能な限り自分の放送に取り込もうとミナミは貪欲どんよくだ。

 そのため侵攻のための準備は余すところなく公開し、着実に強化ポイントを伸ばしていった。


「それは、ローズ様との直接対決を目論んでいる、ということでしょうか」

「いや、それは無いだろうね。自分で言うのもなんだけど僕は強すぎる。むしろ、そんな僕をより強大なバケモノにさせないようにって面が強いかな」

「なるほど」


 そして、ミナミは今回だけではなくもっと先を見ている。ここで出遅れたぶんの視聴者数を着実に伸ばし、いずれはハルをも越えようという気概がその姿からはよく見て取れる。

 確かに、長期的な視点でいえば人物背景バックボーンが何もない『ローズ』より、元から人気キャラクターとして活動している彼の方が有利なのはその通りだ。


「それは、彼の読みが非常に正しいところではあるんだけど、僕を通過点として考えているのが気に入らないね。もう、倒せるものとして認識している」

「……それは、ローズ様も同じでは?」

「……確かに! 言うようになったね、騎士アベル。生意気な」

「主君の慢心をいさめるのも、騎士の務めですので」

「真面目すぎてやりづらい……」


 いつもの微妙に不真面目で不良王族なアベルが恋しくなるハルだ。内心はこんなに硬かったというのか。


「では、漏れ聞こえたこの情報を存分に活用して、圧勝されるのですか? 例えば、飛空艇を先制で撃ち落とすとか」

「それはしないよ。分かっていながら、相手の策に乗るのもある意味こうした戦争の流儀だしね」


 流石の軍人思考だ。手段を問わず勝つなら、魔法の飽和攻撃で飛空艇を撃ち落とすのが楽でいい。

 しかし、それで決着は非常に盛り下がるだろう。試合に勝っても、人気勝負には負けそうだ。


 そんな、エンターテイメントとしての試合としても、どのように運んでいくかよく考えねばならないハルだった。開戦の日は近い。

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