第600話 そして忘れていた当初の目的
またいつの間にか600話です! 今回は特に「いつの間に!」といった感じですね。2部2章もこのあたりでは終わっていると思ったのに。
少しリアル事情で一話が短くなりがちですが、今後も変わらず頑張っていきたいと思います。
そうしてしばらくミントに対し、ハルは対話を繰り返した。自分の計画を何でもつまびらかに教えてくれるので危なく見えるが、彼女はまだ何もしていないのも確かだ。
このまま思い直してくれれば、ハルとしては問題ないことになる。
「まあ、そういう訳で、電脳世界への精神幽閉は犯罪だよ? もし実行に移したら、その時は容赦なく取り締まるから」
「うん! わかった! ハル様捜査官!」
非常に元気のいい返事だ。きっと、心から納得してくれたのであろう、ということが良く伝わってくる。
「……ちなみに、何が分かった?」
「きちんと、本人の同意を得ます! なんなら同意書も残しておきます!」
「うん、そうだと思った」
分かっていないことが分かった。
ちなみに、これは同意があろうがなかろうが、同様に犯罪として定義されている。ある種、殺人と同じだ。それだけやってはいけない事である。
少し話はズるが、メニュー隠しやログアウト封じなど、任意の電脳空間からの帰還手段を封じる、分からなくすることも、なかなか病的に禁止されている。
そのため、ゲーム開発者はときおりルール作りに難儀するのは以前にもあった通りだ。
危なくなったらログアウトで逃げる、という手段がルールより上、法律で保証されてしまっている。それを前提としてルールを決めねばならない。
「……どーしても、駄目なのかなぁ? きっとハル様も、お友達がいっぱい居た方が楽しいと思うんだぁ」
「気持ちは嬉しいよ、本当に。でも、僕なら大丈夫だよ。そのために、彼女らを同化してしまったところもあるし、それに君たちが居るしね」
「わー! わぁ……、嬉しいな。あたし、お友達なんだ!」
「もちろん」
友達であるし、家族のように思っている。奇妙な出自を持つ、この世で数少ないハルの仲間だ。
そんな仲間が、罪に追われるような事態は避けたい。まだ顔も知らぬ誰かのためというよりも、それがハルの本音であった。
「わかった! じゃあ、あたしもお友達に逮捕されないように考えとく!」
「そうしてくれ」
「うん! がんばる!」
「……ちなみに何を?」
「なんとか犯罪にならないように、法の抜け穴を頑張って探す!」
「だと思った」
まあ、そちらに時間を使ってくれれば、ハルの側にも猶予が生まれる。着地点としては、そこまで悪いところではないだろう。
「……あれ、また指輪が光った。これ、結局なんなんだ?」
「《きっと和解しそうなのが不満なんです。前みてーに、こいつら運営の神々とバトるのが望みなんです》」
「それは血に飢えた指輪だね」
「もー! 今はお友達のあたしとお話してるんだよ! そんなのの事より、あたしを構ってよぉ!」
満面の笑顔だったところが、一気にむくれ顔になる。忙しい子だった。
そうは言いつつも、この指輪の正体については一切語ろうとしないあたり“いつもの”神様だが、それでも一つ分かったことがある。
神様たちを皆、仲間で友人と言ったハルに対して、『そんなの』と指輪を指して語るということは、この指輪は他の神に由縁の品ではない可能性が高い。
少なくとも、誰か別の神が擬態した姿である可能性はゼロになった。
「構ってあげるのはやぶさかじゃないけど、それでも一旦帰らないと。他のお友達が心配しちゃう」
「あ、そっか! 向こうではもう、三日経ってるかもしれないもんね!」
「急に何のホラーだ……」
ここは竜宮城か何かなのだろうか? この短時間で三日経っていたらおとぎ話の世界だ。こわい。
確かに、そんな不思議な雰囲気の森で、その中にある神秘的な神社はそれを感じさせるが、そこの神様がこのギャル風味の巫女ではそれも薄れるというもの。
しかも、ハルだけはこの世界に居ながらも外の時間を気にする必要はない。思考が分割されているハルならば、この内部に居ながらも現実と同期し状況を確認できる。
ならば帰る必要は無いのでは、という話にもなってくるが、今の『ローズ』としてのキャラクターは、いかにハルでも同時に二人には分身できなかった。
この先やることは山積みだ。ミントと遊んでばかりはいられない。
ハルは彼女との話に区切りをつけて、この世界から帰還するための準備に入るのだった。
◇
「《結局、なにしに来たかわからんでしたねマスター。<精霊魔法>とやらは、ただの呼び込みのエサだったですし》」
「ああ、ミントの話がぶっ飛びすぎて忘れるところだったね。実際のところ、どうなの?」
「んっ? あー、えとね、エサというより、目隠しかな? 口封じ?」
「口止め、ね。封じちゃだめでしょ」
「そうそう! ここに来たけど、あたしの計画に沿わなそうな人間には、適当に良さげなスキルあげて帰ってもらうの!」
「《やはりエサです。餌付けなのです》」
「違うもん! 楽園では、お腹が空かないから食べる必要ないんだよ白銀ちゃん!」
「《それも微妙です。肉は食べるべきです》」
要は、この空間に意味を与え、素養の無かった者を納得して帰すための言い訳ということだろう。
ミントのお眼鏡に適わなかったものは、『ここはスキルをもらえる空間だったんだ』、と納得して帰り、この場の秘密は守られる。
「《ならマスター、ここでゴネるです! スキルを渡さなければ、ここの秘密をバラ撒くぞって脅すです!》」
「脅さんわ……、というか、それで損するのほぼ僕だからね?」
「《しまったです!》」
このゲームで何か問題があったとして、その被害を受けるのは表向きの運営であるルナの会社だ。実質的に企画の舵取りをしたルナの母にも被害は及ぶだろう。
神様としても計画失敗のダメージはあるだろうが、彼女らはまた異世界の方に潜伏すればいいだけである。むしろ魔力は得られたので計画は成功だ。
目的のスキルは得られなかったが、それ以前の本来の目的、『運営の神々の企みを暴く』という最重要項目が大きく満たせたのは前進だ。
それにかなり危なっかしいとはいえ、そのうちの一人と良好な関係を築けたのは幸先がいい。目先のスキルのために、これを壊す必要もないだろう。
「ん? ハル様スキルが欲しいの?」
「まあね。最初はそういう目的で来たんだよ」
「《話聞いてやがったか、です。記憶媒体にハードディスクでも使ってやがるのか、です》」
「白銀、なんでも『です』を付ければ許される訳じゃあない。お口が悪いよ?」
「《DEATH》」
「あははは! デスでーす!」
まるで小学生のやりとりだった。見た目の歳の近いミントが相手で白銀も楽しいのだろうか?
しかし、これを口に出すと、似たようなダジャレでたまに遊ぶハルもまた小学生レベルということになってしまう。それは避けなければならない。
「あはは! んっ、そんで、スキル欲しいならあげるよー? 当然だよね! というか、最初に言ってよね、もー」
「《だから言ってたです。もしや読みだし機構が壊れてるですか?》」
「重要度がひくいのですっ! あはは! でも、ハル様が欲しがるのも意外なんだもん。ハル様の目的って、ゲーム攻略じゃないでしょ?」
「まあ、確かに本命はこっちだね」
当然のような顔をして言われる。きちんと本質を捉えているあたりは流石というべきか。
ミントの言う通り、最初のきっかけこそ<精霊魔法>であったが、白銀が言い出さなければハルはこのまま帰っていただろう。それだけ、ミントとのやりとりが重要すぎた。
彼女が“こう”ならば、他の神の目的も早急に洗い出さねばならない。その優先順位の高さに気を取られ、スキルを二の次にしたハルもまた、読みだし機構のメンテナンスが必要かもしれない。
「まあそれでも、あっちも投げ出して負けるのはちょっと、いやだいぶ嫌かな」
「《だいぶでは済まないですね。ものすげー嫌がってますね》」
「負けず嫌いだ!」
「それだけじゃなくて、普通に楽しいし、このゲーム。何もなかったら、このまま遊んでただろうね」
「あはっ、それも少し嬉しいかもー」
ミントがそれを嬉しがることが、ハルも嬉しい。なんだかんだ言って、彼女もまたゲーム製作者だった。
これが、ただ人を呼び込むための単なる手段だったとなると、少しばかり悲しいところがある。
「じゃじゃ、スキルあげちゃう。むしろ、あたしの加護とかもあげちゃう! これで、あたしたちは親友だからいつでもお話できるよね!」
「《公式のえこ贔屓です。避難殺到です》」
「きちんと正式な条件満たしてるからいいんだもーん!」
「……あれ? となるとアイリスは? あんなに介入してきて加護はくれないのか」
「《一応所属国だってのに、守護神の名が泣くです》」
ハルがステータス欄をチェックしてみると、そこにはもう既に<ミントの加護>の特性と<精霊魔法>スキルが書き加えられていた。
これで、ゲーム的にもこの場に来た目的は完全に果たされたと言って良いだろう。
しかし特にイベント等、例えば『神の試練』じみた戦闘など無かったが、それで良いのだろうか。楽園に争いは似合わない、ということだろうか?
まあ、今はだいぶ精神的に疲弊しているハルだ。無いなら無いで、それも有り難いかと思ってしまっている。ミントの話は衝撃が大きすぎた。
「っれじゃーまったねーハル様! 良い感じの人間捕まえたら、連絡するねっ!」
「捕まえるとか言うな! お前やっぱり何も分かってないだろ!」
「あっはは~~」
陽気に笑いながら、ふわり、と神社の屋根の上へと舞い上がり、ミントはそのまま消えてしまった。
その神社の前には、代わりを務めるようにあの空間の乱れが配置されていた。これを潜れば、恐らく元居た拠点の執務室へと戻るのだろう。
「……帰ろっか。クラン戦争の準備もあるしね。白銀、今回はお手柄だったね」
「《ゴネ得です。ゴネてみるもんです》」
「お口は悪いね、相変わらず……」
この教育の悪さは誰の影響だろうか。そこの考慮も今後の課題に書き加えるか悩みつつ、ハルは嘘のように一気に静けさを深めた森の神社を後にするのだった。
*
「ただいま。っと、そういえば……」
「《ここには誰も居なかったですね。そういえばです》」
「《皆様、秘密厳守とのことで席を外されていますからね》」
「機織りを覗かれた鶴は居なかったわけだ」
ハルが部屋に戻ってくると、既にそこにはもう入口はなく、机の上にあった小箱も目の前で消失するところだった。
これで、イベント完了ということになるだろう。
ハルとリンクし、中に入って同行していた白銀と空木の二人も、他の仲間たちに先駆けて一足先に室内にログインしてくる。
「みっしょんこんぷりーと、です。これで攻め込んでくるやつらを、ふるぼっこです!」
「フルボッコに出来るスキルだといいね」
「それよりまず、ミントの計画についての共有ですよ、マスター、おねーちゃん」
「そうだね空木。気を付けよう」
「空木! 居たなら喋るです! ミントの奴が怖かったです? それなら、おねーちゃんがとっちめてやるです」
「確かにある意味怖かったけどね、話通じなくて」
ただ、意思の疎通ができないタイプではなかった。少々自分のやりたいことが暴走気味なだけである。
そこは、見た目相応の子供らしさと言えないこともない。
「申し訳ありません。そうではなく、空木の問題です。人見知り、という訳でもないのですが、なにぶん初対面のもので……」
「確かに、空木は神様だけど日本生まれじゃないものね」
「初対面なら、なおさら自己紹介するです。それに、白銀だって初対面のよーなもんです」
「確かに、白銀も一人だけ経緯が特殊だもんね」
何か、空木にとって感じるものがあったのだろうか。であるならば、そこは人見知りと流さずに掘り下げていった方が良いのかも知れない。
「……色々と、話し合わなくちゃいけないことが多いね。皆を呼ぼうか」
「ログアウトして、お茶にするです!」
「このまま中でいいんじゃない? みんな、まだログインしてるし」
《そうそう! あたしの紹介するなら、こっちの方がいいよ絶対! あたしもお話できるし!》
ハルたちが気を抜いていると、そんな中、急にミントの声が響きわたる。
確かに、『いつでもお話できる』とは言ったが、思った以上に早い再開となった。考えてみれば当然か。このゲーム内は全て彼女ら運営の管轄だ。
「……やっぱり、一旦戻ろうか」
「です」
《えー! なんでーー!!》
そうしてハルたちは一度、彼女らの手の届かぬ現実へと帰還するのだった。




