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第6話 服の作り方、人の作り方、世界の作り方

 時刻は夕刻にさしかかり、窓から入る日差しも薄くなってきた。

 このゲームの一日は微妙に現実とはズレているようだが、今日は開始初日ということもあって大きく変わりは無い。

 一日が少し短く、例えば深夜しかログイン出来ない人も日によってはゲーム内が昼の時間で遊べるとの事だが、一日二日で大きく変わるほどではない様だ。一日二十三時間とかだろうか。


《プレイヤーレベルが上昇しました:Lv.5》


 休憩から戻ったルナと合流し、のんびりと過ごす。支度金として最初に用意されたゲーム内資金を使い、飲み物とお菓子も購入し雑談に興じる。

 味は現代のゲームの平均といった感じだ。食事効果が無い以上、好んで手を出したいものではないが、雰囲気作りには役立つ。火星人に関する話はとても盛り上がった。

 何時までかかるか分からない事もあって、話題はゲームの事に限らずリアルの話題も含め多岐に渡っていく。


 こうなるとゲームというより環境ソフトだ。雰囲気の良い空間だけを用意した、ゲーム要素の無いフルダイブ作品はゲーマー以外の層にも人気が高かった。


「服が気になってくるわ」

「ショップで装備買ったら良いんじゃないかな」

「冒険用の武具みたいなのしか買えないし、気分は変わらないわ」


 環境ソフトなら環境ソフトに相応しい装いがしたいらしい。とはいえ、そういうソフトも非現実感を演出するためゲームのような衣装が多かったりするのだが。


「作りましょう。お互いに」

「僕がもう<防具作成>交換できるだけのポイント稼いでる事がバレてる」


 慣れればミニゲームは楽だった。ハルは話しながらもどんどん数を増やしてゆき、既に上位のスキルを一つ交換できるまでポイントを貯めていた。


 ルナはデザインが得意だ。自分で装備をデザインできるゲームだと、既製品が気に入らなければ自分でデザインしたものをよく装備している。

 ゲーム内の装備コンテストのようなものに出す事はしないが、出せば入賞するのだろう。


 <防具作成>スキルは、オリジナルの防具を作るスキル。

 生産系のプレイが好きなプレイヤー必携のスキルだろう。レアスキルの範疇に入れられており、開始直後から習得して始めるのはハードルが高い。生産好きなユーザーも多いので早めに入手方法が確立される事が望まれる。

 なお同じような系統でもちろん<武器作成>も存在する。


「あなたが私のを作って? 私はあなたのを作るわ」

「げ、責任重大だね。頑張るよ」

「私の方も性能は期待しないで」


 お互いに相手の装備を作ってプレゼントし合う事になる。ルナの気に入る服を作れるか少し緊張するが、それを差し引いても女性用の服を考える方がハルにはやり易いかも知れない。

 自分に似合う服というのは、どうもイメージし難いハルであった。


──<防具作成>を起動。……HPを注ぎ込んで生地を実体化し、MPを使って形を整えるんだな。その際のイメージで生地の質、ひいては防御力が変わってくるのかな。

 相変わらず<防御力>といったステータスは出て来ないが、それでは防具を選ぶ際の基準が不明になる。そのため品質に関する数値は表記されるようである。


 まず魔力量。これは明確だ、HPの底上げになるのだろう。プレイヤー自身の体は魔力で出来ている。単純にパーツの増設だ。作る際のコストもHPであり変換効率も悪いので、増強の割合は低い。

 次に実体化強度。これは少し分からない。魔力を物質として保っていく強度で、これが尽きると霧散むさんするという事だろうか。防御力や耐久力を現しているのだろう。

 そして品質。もっと分からない。取引する時の価格に影響するのか。


 ハルはそれら仕様をチェックすると、ルナに合う服を考えながら魔力をこねていく。パーツが足りなくなるが自然回復を待ってはいられない。ショップで回復薬を購入しHPを追加する。だが際限なく注ぎ込める訳ではなく頭打ちになる。レベルによって制限があるのだろう。

 仕方なく今あるものでやりくりしていると、コツが掴めてくる。妙な話で、生地を薄くすれば引き伸ばせる訳でもないようだ。質量ではなく圧力を調整する感じか。現実の3DCGモデリングと似ている所がある。

──いや、この世界自体が3DCGなんだから当然だけど。


 余談になるが<HP回復>のスキルもMPの量を参照して回復速度が変わるようだ。最大速度でもMPよりずっと遅い。




 大まかな形が出来たのでデザインを決める。一瞬アニメの制服のようなものが浮かんだが却下する。ここはファンタジー世界である。

 ただ、ルナは今お茶会の雰囲気に合った服を求めているのであまりファンタジーを前面に出すのも良くないだろう。現実寄りがいい。

──あまり派手すぎないドレスといったところかな。安直だけど他に良いのが浮かぶわけでもないしな。

 ルナの容姿が少し幼くなっているのに合わせ、かわいらしさを演出する。これから王女と合流することもあり被りそうなのは除外する。

──ドレスコード……いや考えすぎても仕方ない。プレイヤーだ、荒唐無稽(こうとうむけい)がデフォだ。


 生地は落ち着いた青をベースに白いパーツでメリハリを付けていく。

 袖は短めに、肩口をふくらませてリボンで閉じる。胸の下からもリボンで絞り、腰に向けて靴紐のようにクロスを演出する。魔力で作った縫い口の無い服だ、ただの飾りである。

 スカートはゆるやかなウェーブを描き、ひざ下で大きめに広がらせる。最後に各所にフリルを配置。フリルは面倒だったので、これでもかと大量に付けるのは避けた。外部の作成ソフトが導入出来る他のゲームではフリルアシスト機能を使い、これでもかと大量に付ける事もある。


「出来たよ。足りない所があったら言って」

「ありがとう。フリル好きなのね。チョーカーでも付けましょうか。……スカートは中にもう一枚追加できる?」


 お互いに完成品を交換する。ルナの方は靴まで作ってくれたようなのでハルも靴を追加する。

 ハルの方は魔力量が高く、ルナは強度が高かった。ルナの方がイメージが明確である分優れているのか。だが品質はハルの方が上であったり、まだ一概には言えないようだ。


 ルナの作品はスタイリッシュなカッコ良さを演出するものだった。自分に似合うかハルは少し不安になるが、せっかくルナが作ってくれたものだ。似合うと信じ装備する。


 まずは白を基調にした硬めの生地で作ったジャケット。襟からボタンの流れに沿って正反対の黒でモノトーンを表現している。カナリーの紋章がワンポイントで入っていた。

 シャツは薄いグレーでシワ、というよりも素材の時点でヨレを演出しているようで不思議と高級感がある。何故かごついジッパー付きだ。ファンタジーとは一体。

 パンツは光沢のある黒で細身を際立たせる。これもわりと硬そうな見た目で、現実で穿いたら細さも相まってとてもキツそうである。


「ありがとう。かっこいいね。これだともっと精悍な顔つきにした方がいいのかな」

「おやめなさい。アイリちゃんが怖がるわ」

「ひどい」


 まあ、顔つきを精悍にしても、それに見合った行動をハルが取れはしないので違和感が出るだけであろう。


「私も服に合うかわいらしい表情をするわけでもないわ」

「ちょっとしてほしい」


 期待してみるが、ルナは軽く笑うだけでやってくれる訳ではないようだった。





 そうして日が完全に傾き、あたりが薄暗くなって来た頃、ついに待ち焦がれた来訪者を知らせる声がかかった。

 ノックの音が響き控えめな声がかかる。


「失礼致します。アイリ王女殿下の使いで参りました。入室しても宜しいでしょうか」


 いや控えめなのではなく扉が厚いのかも知れない。元々ここはプレイヤーが相談できる様にと用意された場所だろう、防音もしっかりした部屋になっているようだ。


「どうぞ」


 一応答えつつ、聞こえない事を考えてハルは扉を開けに行く。


「失礼致します」


 入ってきたのはメイドさんが一人だけだった。ちなみにスパイ(暫定)ではない方だ。


「ありがとう。忙しいとこ悪いね。一人かな?」

「いえ、もったいないお言葉でございます。……本来は殿下自らお迎えに上がる所、わたくしがお止めしました。処罰はいかようにも」


 ハルはスパイ(暫定)について探ってみたつもりが、アイリが居ない事を責められたと感じてしまったようだ。

 ハルだって夕暮れ時に王女様に迎えに来いとは言わない。何故神の使徒(プレイヤー)がここまで上に見られているかは追い追い探りを入れるべきだろう。中身は有象無象(うぞうむぞう)のゲーマーだ、そんな凄いものと設定するのは実情に合わない。


「罰なんてもちろん無いよ。こんな時間に彼女を連れ出さないでくれてお礼を言いたい」


 しかしこんな時間になったのは何があったのか。責める訳ではないが聞いておきたい。

 嫌味にならないように聞くのはどんな態度にすればいいだろうか、ハルが検討するより早くルナが率直に聞いた。


「もう時間も遅いわ。さっそく案内してくれる? 何があったのかしら」

「かしこまりました。殿下のお屋敷までご案内する傍ら、ご説明致します」


 話は道中でということだ。融通の利く侍従と、それを誘導したルナに関心しつつハルは二人に続いた。





 神殿は小高い丘に建てられ、周囲は見晴らしの良い草原に街道が延びている。RPGのスタート地点としてはとても相応しい眺めといえた。

 日は既に丘陵(きゅうりょう)の向こうへ隠れようとしており、黄昏(たそがれ)から宵闇(よいやみ)へと移ろうというところ。そんな見通しのきかない時間においてなお、雄大な眺めはハル達を魅了するには十分だった。

 夕風が背の低い草原へ波を描き、神殿の軒先に植わる木々の葉を奏でている。沈む日も幻想を演出するのに一役かっているようだった。


 お屋敷というのは小さいながらもそこから視認できた。ハルはそんな景色に感じ入りながら目星をつける。

 すぐ近くとは言えないが、こう時間がかかるまで遠くもない。ならばこの距離であれば時間がかかると分かった時点で伝令を飛ばすだろう。そうしなかった理由は何か。


「本日は来客がございまして。そちらの方がお帰りになるまでお招きする事が出来ませんでした。お許しください」


──なるほど。自分で言うのも何だが目上の人間を待たせてまでする接客。そっちも大事(おおごと)っぽいなー。


「お客様の来訪が大きく遅れ、今の時間まで長引いてしまいました」


 それでも小姓を飛ばすくらいは出来るだろう。それをしなかったのは恐らく、この神殿に入れる人間が限られるということだ。





「神殿の付近には魔物が出没する事があります。お気をつけください」


 ランプを持ったメイドさんを先頭に街道を歩いていく。

 魔物が出るような場所なら余計にアイリは来なくて良かったのだろう。恐らくアイリも戦闘は出来るのだろうが。それこそ二人の侍従よりも強いかも知れない。


「神殿があるのに? 妙な話ね」

「はい。弱い魔物だけなのですが。神殿を疎んじているが中に入る事は出来ない愚かモノか、強大な魔物の近づかない神殿の付近に逃げて来た弱いモノだと考えられております」


 ルナとハルが顔を見合わせ微妙な表情をする。

 ……それはきっと違う。真相はきっと、ゲーム的な都合というやつだろう。ゲームを開始したプレイヤーが試し斬り出来るようにと運営(かみさま)が仕込んだ自作自演(マッチポンプ)だ。


「出たら出たで構わないよ、神に与えられた身体の性能も試しておきたいし」


 そういう目的で作られた環境だ。こちらも試しておきたいと意気込むハル。現地の人達には本当に申し訳ないが、戦いを好むのもゲーマーの(さが)だ。


「流石でございます。使徒様方はやはりお強い存在にあられるのですね」

「まだそれほど強くないけど。与えられた力は最小限、なのかな?」

「万能の存在ではあるでしょうけど、最強の存在ではないわね」


 それは確実だろう。ゲームの主題は魔物の脅威への対抗だった。開始直後から指先一つで魔王やら何やらを退治できたら達成感が無い。


 それに朝に見たアイリのステータスもある。HPは低かったがMPの最大値はプレイヤーの初期値の倍以上あった。レベルで言うとLv.130以上だ。

──レベルは100以上あるんだね。やりがいがありそう。

 そうして戦闘を期待しながら歩いていると、やがて地面から湧き出るかのように三匹の狼が現れた。


「オオカミか、テンプレだ」

「影犬です! 夜間しか出現しない魔物になります」


 正式名称は何というのか。ハルは目を凝らしAR表示を確認する。名前は『影の魔犬』であった。

──惜しい、当たらずとも遠からず。わりと適当だな、名前。HPMP共に300。こう数字が揃ってるとプレイヤーと同じ神様製って感じられて悲しくなるね。

 NPCは皆不ぞろいだ。カナリーが設定だ何だとハッキリ言う事もあって、不自然さが際立つ。


「あなたから行って」


 ルナが先手を譲ってくれるようだ。お決まり(オーソドックス)な炎の魔法でやるか、夜だからそれは止めるか考えるハル。


「まあ、あからさまにエンカウントの魔物だ。増援が火に寄ってくるとかあるまい」


 そう言うと最も威力の低い<火魔法>の攻撃、MPを20消費する<火球1>を発動する。

──プリセットの名前もシンプルに過ぎるよな。後々オリジナル魔法を作れるようになる伏線かね。

 魔法の発動方法は、メニューから選んで選択、習得している魔法をイメージして発動の二種類のようだ。


 まずはメニューから発動するハル。メニューもイメージ操作なので、ハルにとって両者にさほど違いは無いが。

 火球は直進して影犬に直撃する。追尾性能のようなものは無かったが、代わりにかなりのスピードだった。ある意味“倒されるためのゲーム用の敵”ではなく、野生の犬だったとしても回避は困難だろう。

 ARに220ダメージを与えた表示。二発撃って序盤のオオカミを倒せる威力。

 ハルは5レベルまで上がっているが、このゲームは1レベルが大きく影響しない。単純計算で5%程度の上昇だ。

──この凝ったゲームの感じだと“詳細な魔法の構成式を(そら)んじて発動”なんてものもあるかもね。

 そうしてハルは二発目の火球をイメージで発動し、影犬の一匹を撃破する。二発目には追加コストとしてHPを100加算してみると威力は段違いに上がり、ダメージは1000を越えた。

 三匹同時に葬り去れそうな炎の勢いに残りの影犬がたじろぐ。


 このままつるべ撃ちにして終わらせてもつまらない。ハルは接近戦も試そうと片方に向け走り寄る。

 一定の範囲まで近づくと影犬は口を開け飛び掛ってきた。もう片方はその場から動かない。

──個体ごとの癖が見られない。よくある単純なプログラム。序盤だからか? カナリーやNPCとの差が大きすぎるな。

 そのままタイミングを合わせ(てのひら)で首の下を打ち上げる。135ダメージ、そしてハルのHPにも42ダメージが入っていた。


「反動があるとか、よっぽど魔法推奨なのかな」


 初期装備には武器も持たされていなかった。ショップで買える用の資金は渡されたとはいえ、あまり類を見ない。

 そのまま敵が体勢を立て直す前に追い討ちをかける。多少スピードを速めてみるが、ダメージは一撃目と大差無かった。蹴り上げからの飛び蹴り、二連で止めを刺す。


「ハル、替わって」

「らーじゃ」


 ルナから声がかかる。次は彼女がやるようだ。まだ消えきらない炎に輝く金の髪が美しく、目を奪われる。


「見てないであなたも敵を見るの」

「何かやる?」

「火をあわせて。デフォルトで」


 相手の考えを読むのに長けている、卑屈な言い方をすれば相手の顔色を伺うプロであるハル。それを知るルナは余計な説明を省く。

 足早に傍へ移動しつつ、ルナがターゲットにしている敵を見る。そしてルナが火球を放つと、全く同じタイミングでハルも同じ威力の火球を合わせた。

 二つの炎は射線上で溶け合い、大きな炎へと融合して影犬に襲い掛かる。531のダメージ表記を残して倒れた敵は全てチリと消えていった。


「お見事でございます。流石は使徒様ですね、美しい魔法をお使いになられる」


 メイドさんから賞賛が入る。美しいというのは恐らく見た目ではない。まだハル達にそれは見えないが、魔法の構成か何かだろう。

 なにせ運営(かみさま)が組んだ魔法(プログラム)だ。この世界で最も無駄が省かれた構成をしているはずだ。


「ありがとう。僕の神に伝えておくよ。これを作ったのは彼女か分かんないけどね」


 魔法神のような設定の神も居るのかもしれない。居たとすれば世界観の関係でかなり上位の存在になりそうである。


「敵の死骸のようなものは残らないのね」

「我々人間が倒した時は残ってしまいます。そのまま復活するような事はありませんが、使徒様の討伐なされた様子を見るに、我々では倒しきれてはいないのでしょう」


 犬は粒子となって消え、設定として考えれば経験値として吸収されたのだろう。経験値を得られないNPCでは消滅が起こらないという事だ。

 最後の実験に関してはルナは口に出さない。物理法則ならぬ魔法法則について、現地人の前で無知を晒す事を避けているのだろう。ハルもそれに従う。


 その後は敵との遭遇(エンカウント)することもなく、三人はアイリの屋敷へとたどり着いた。

 ようやくの対面だ、期待が膨らんでいく。





 アイリの屋敷は王女の屋敷としては想像よりも小さかった。

 それでも現実に照らし合わせれば豪邸の部類ではある。大きめの門と広い庭を持ち、門の外に向けて馬車の(わだち)と思われる跡が伸びている。貴族の住まいと言って相違そういない。

 しかし流石に場所が僻地(へきち)すぎる。別荘地といえば聞こえが良いが、神殿以外に建物が見当たらない。


──アイリは冷遇されているんだろうか。この立地だと神殿で直接出会わなくても、ここに来るのに迷う事はなかっただろうな。……インパクトは抜群だったけど。

 ハルはドラマチックなイベント設定を(カナリー)に感謝した。

──信仰が1上がった。




 庭を抜け、これまた門と言って差し支えない玄関が開かれる。


 その途端に、開ききるのを待ちきれずに、中で待ち構えていたであろうアイリが飛び込んで来た。


「いらっしゃいませ! ようこそおいでくださいました、ハルさん、ルナちゃん!」


 いや、飛び込もうとして寸前で踏みとどまった。飛び込め。

──なんだっ、このっ、かわいい生き物っ!

 脳の処理が加速していく。このかわいい生物を余すとこなく観察するために、全並列思考が総動員された。心臓の鼓動が早まるのを感じる。

──いや心臓無いけど。……何で無いんだ心臓!

 混乱している。


 ヴェールに覆われていた時から滲み出ていた子供らしさを証明するかのような小柄な顔に、透き通る様な銀の髪が輝いている。腰上まで届くそれは光に反射して薄く水色に(きらめ)き、癖が無くさらりと柔らかに流れていた。

 瞳も澄んだ青。髪もひと(ふさ)蒼いリボンで結んでおり全体的に青で統一された印象を受ける。

 上気した頬が満面の笑みを彩っている。人懐っこさを感じるそれは、来訪する二人を無条件に歓迎している事を示しているようだった。


「お召し物を変えられたんですね、神界のものでしょうか。とっても素敵です!」

「君のお召し物の方がすてきだよ」


 即答だった。ノータイムだった。

 思考と同時に台詞が出る。口調もおかしかった。


 アイリの服は全身を覆い隠す地味なローブから、豪華な(あつら)えのドレスへ羽化していた。これも青だ。もしやアイリという名前も藍理(アイリ)とかなのか。

 ……観察対象が増えた事で容量(キャパシティ)を上回った。無駄に処理を使いすぎだが抑えるという選択肢が出ない。

 省エネのため休眠していた7番から10番の思考領域が強制起動する。


 アイリのドレスは白をベースに淡い青をあしらった、ルナの物とは逆になるような作りだった。

──二人並べば姉妹のようになるかもな。いやルナの方が多分上だろうけど。いや待て、アイリも僕らと同じぐらいになるんじゃないか?子供っぽすぎるな。いや悪いとは言ってない。全く言ってない。

 ルナのものと比べて、フリルとリボンがふんだんに使われた仕上げが子供っぽさを強調しているのだろうか。スカートは中央から左右に二つに別れ、それを覆う三段目のフリルがエプロンを演出しているかのようだ。

──年頃の少女にこれを選んだのは誰だ。いや悪いとは言ってない。

 胸は意外と膨らんでいる。いや待て、これは縫製(ほうせい)が余裕を持った作りで実際は、


「ハル、視線がいやらしいわ」


 正直申し訳ない。

「正直申し訳ない」

「全くよ?」




「アイリもごめんね、不躾にじろじろ見て。ヴェールを取ってたからびっくりして」


 なんとか無理やり落ち着き謝罪するハル。取り繕いながらも、まだ動揺が抜けていなかった。ルナの視線を確認するのが恐ろしい。


「全く気になどしていません! わたくしの方こそ朝は顔も見せずに申し訳なく……」

「突然の事だもの、気にする事は無いわよ?」


 ルナの様子を確認すると、実はルナもアイリに目を奪われているようだった。かわいいものが好きなルナだ。イメージに合わないからか、普段は伏せているが。

 何か気の利いた事を言いたいが、まだ口を開くと自爆しそうだ。ハルが言いよどんでいる中で、少女二人は談笑する。二人の相性は良いようであった。

──ルナが表情崩して笑うのも珍しいね。

 それを見てハルの動揺もだんだん落ち着いていった。楽しそうなのは良いことである。





 夕食の準備があると、一旦別れて応接室に通される。

 ハルとルナの会話は自然、先ほど受けた衝撃についての話になる。


「凄く取り乱してたわね。好みなのは知ってたけど画像はもう見ていたでしょう」

「いや実物は段違いだったよ。細胞一つまで作りこんでるレベル」

「そう、ハルはアイリちゃんを細胞レベルで視姦していたのね?」

「ぐっ……」


 凄い切れ味であった。ハルはソウルポイント的なものに1000ダメージを負った。


「実際のところ、細胞まで作りこむCGはあって?」

「いや、無いだろうね。現在のCGは言うなれば粘土細工で止まっている。昔と比べ単体で厚みを表現出来るようにはなったが、内容物があるわけじゃない」

「それを踏まえてこの世界を見て、どうかしら」

「……ルナが誘ってきた理由が分かったよ。凄いゲームだね」


 視点を変えて観察してみると、世界の作りそのものが他とは違うと分かる。最も身近な、プレイヤーの身体は既存の物と変わらないので意識になかった。


「エーテル適合者だとか誇ってみてもたかが知れてるね、メイドさんの時点で気づくべきなのに」

「経験の問題。人の認識なんて意識しないとフィルターがかかるものよ」


 人は己の認識を守るため日々を割と適当に生きている。見たいものだけを見て、知りたいことだけを知る。人が直接ネットに繋がったこの時代でもそれは変わらない。

 だが知る意思を見せれば、いくらでも新しい世界が広がっている。


 こうして二人のゲームは、本当の意味でここからスタートした。

お読みいただきありがとうございます。初日の投稿はここまでになります。

明日からも投稿出来るよう頑張っていきますので、応援してくださいね。


※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2021/8/11)

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