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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部2章 ミント編

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第598話 永い時みじかい時

「君ら運営と奥様は、何を考えてこのゲームを……?」

「ん? そこは人それぞれ。あたしら共通の目的を持ってる訳じゃないんだー。ママさんの目的も、詳しくは知らないしね。興味きょーみもない」

「詳しくはないってことは、触りだけなら知ってるんだ」

「えへへー、もっちろん! 教えてはくれなかったけど、推測は出来ちゃうよ!」


 このミント、思想は非常に危険というか物騒ではあるのだが、一方で悪いことをしているという意識がまるでないため、聞けば何でも答えてくれる。

 そこは有り難いというか、秘密主義者の神様を相手にするにあたり、なかなか新鮮な反応だった。


「たぶんねー、ママさんは人類の進化とか発展とか、そういう壮大で物騒なこと考えてると思うんだ!」


 何でもないことのように、ミントは語る。『物騒なのは君も同じ』、などと突っ込みたいが、話に水を差しても無粋ぶすいだ。ぐっと我慢するハル。


「ハル様によって、二つの世界は急速に接近した。今は、その影響は最小限だけど、いずれ無視できないレベルにおいて表面化してくる」

「僕のせいかー……」

「あっ、気にしないで気にしないで! 切っ掛けを作ったのは、カナリーたちだもんね!」

「……フォローありがとう。でも、まあ確かに実際に直接世界を繋げてしまったのは僕ってことになるのかな」


 世界を渡ることを目的としていたカナリー。エーテルネットの更なる発展を目論んでいたエメ。そういった神々の思惑が先にはあるが、実際に最初に世界を自由に行き来するようになったのは紛れもなくハルである。

 なるべく影響が出ないように心がけてはいたが、それも言い訳か。

 行動の結果は小さな点から染みが広がるように、ハルの知らないところで徐々に大きくなっていってもおかしくない。


「しかし、具体的にはどんな? 教えてくれれば、もちろん対策は取るんだけど」

「取れないよー。さっきハル様だって言ったじゃん! 『人の噂は、止めることができない!』」


 確かに言った。そして確かにその懸念はハルも持っている。

 カナリーたちのゲーム。そして今まさに人気を博しているこのゲーム。そして、将来的に神様がまた新しく行動に移すかもしれない、二つの世界を繋ぐ何か。

 それらの技術は、現代のエーテル技術をもってしても完全な模倣もほうは不可能だ。


 ユーザーは見たことのない新たな体験に沸き立ち、企業はその新技術を取り入れんがために探りを入れてくる。

 そうして憶測は噂に転じ、いつしかその中には真実味のある内容も増えてくるだろう。


「《実際、今の段階でもあるですね。『あのゲームは実際の異世界に通じているんだ!』、って奴が》」

「でしょでしょー?」

「《まーそんな話は、『夢見んなハゲ』、で一蹴いっしゅうされているですけど》」

「ハゲひっどーい! あはは!」

「……あっちのNPCは、そう思ってしまうほど人間的すぎる。まあ、当然だけどね」

「人間だもんねー」

「今は高精度のワールドシミュレーターってことで納得はされてるけどね」


 だが、それも時間を経るごとに疑問は増していくだろう。

 そんなレベルのシミュレーションを常時行うなど、明らかに現代の技術では不可能。仮に可能だったとして、それはいったい“何処で”行われているのか。

 ハルも最初に疑問に思い調査したこの疑惑に、行きつく者が出てくるはずだ。


 ただそんな者が出たとしても、エーテルネットにおいてハルほどの万能性を持ってはいないため調査には非常に時間を要するだろう。

 だが、いずれは、『そんな場所はこのネットの何処にも存在しない』、ということに辿り着いてしまうかも知れなかった。


「だからねー。ハル様がもし魔法と異世界のことを完全にナイショにしたかったなら、あのゲームはサ終させるべきだったんだよ?」

「《それは極論です。まだあの世界には、魔力が必要だったです。おめーらに投資してやったのも、そのためです》」

「だがしかし! ハル様ならゲームって手を使わなくても、もっとバレにくい方法を思いついたはず! それなのに、ゲームって手法を取り続けた」

「……そうだね」


 それには色々と理由がある。理由があるのだが、ミントの言うことは至極しごくもっともだ。


 二つの世界の為に、互いに互いを隠しておきたいならばカナリーの願いが叶った時点で、身勝手であると理解しつつサービスを停止すべきだった。

 いや、その時点では他の神様から反発が生まれただろうか。であるならば、ハルが運営に関わる全ての神様をその支配下に置いた時点にも、そのチャンスはあったはずだ。


「ほらぁ! でも、ハル様はそうしなかった。それは、なーんでかな?」

「別にそんな深い理由じゃないよ。既に、プレイヤーとNPCの間には多くの絆が生まれていた」

「《それにです。今のあいつら、結局まだ白銀たちの庇護ひごの下でしか生きらんねーです。そのために、プレイヤーの協力だって要るです》」

「うんうん。そうだよね。その為に、ハル様は秘密を隠さないことを選択したの!」

「《極論です! 屁理屈です!》」

「むむむむー! あたし間違ったこと言ってないもんー!」


 確かに間違ってはいない。例え極端な例だとしても、ハルの選択につきまとう事実であることには変わらない。

 それに、ハルの選択はいわば、二つの世界の絆を深めることを選択したようなものだ。

 そうであるならば、それ以外の部分においても世界同士の壁が薄まってしまうのは必然、だったのかも知れない。


「……と、ゆーことで! 別にママさんはハル様の敵じゃないよ。むしろ、ハル様の協力をしてくれてるんだよ、たぶん!」


 そう、なのだろうか? いや、それも想像には難くない。優しい奥様だ、そんな彼女も自然と思い描くことが出来る。

 ここで、『余計なお世話』と言うのは子供の癇癪かんしゃくだろうか。

 己の尻拭いをしてくれているという可能性に、ハルは何も言えなくなってしまうのだった。





「……いや、それにしても性急が過ぎる。まずは僕に任せるべきだ。そして行動を起こすなら相談すべきだ」

「うわ! 立て直した!」


 何も言えなくなったのも一瞬のこと、すぐにハルは納得しそうになった精神を論理的に再構築した。

 情にほだされそうになった主観はそのままに、その自分を冷静に客観視してしまえるのがハルである。


「隠せないなら、それに対応するための時間が必要だ。徐々に慣らしていくしかない。『隠せなくなったから一気に公開』、はやりすぎ」

「そうだそうだー! あたしも秘密にしてるもーん! えらい?」

「……そこはまあ。いや、目的そのものが偉くないので、差し引きゼロ」

「がーん! ショック! あ、でも、エーテルネットの普及は、急激にやったからこそ成功したんでしょ?」

「それはそうだけど……」


 だがあれは、のっぴきならない事情があったが故のことだ。そうしなければ、日本だって崩壊していた。

 今回の、異世界と魔法の件に関しては事情が違う。言ってしまえば別に日本にとっては無くてもいいのだ。あれば夢がある程度。


 そして、エーテルネットの普及により急激に生活と文化が変質したからこそ、その後の変化はゆるやかでなくてはならない。ハルはそう考える。

 劇薬の投与を二度続けるのは、体にとって非常に毒だ。最悪、死に至りかねない。

 それが分からない、ルナの母ではないはずだが。


「《きっと、おかーさんもマスターと同じだったのです》」

「というと、白銀?」

「《マスターと同じように、魔法が使ってみたかったのです! 魔法少女です!》」

「奥様の年齢で? ……いや、奥様はまだ若くお美しい方だ。問題ない」

「あはは! なにをフォローしてんのハル様!」

「……確かに。論点はそこじゃないね」

「んー、案外そこだとあたしは思うけどなぁ」


 可愛らしく唇に指をあてて、ミントは深く考えるポーズを取る。

 論点がそこ、というのは奥様が魔法少女に憧れていた、という部分ではない。もっと根本的な所だろう。


「ハル様は、寿命が長すぎるんだよ。だから、物事を長期的なスパンで捉えすぎ! もっと、今を生きる人々に寄り添わなきゃ!」

「…………ああ、うん、なるほど」


 確かに、そこは考えから抜け落ちていたかも知れないハルである。

 既に人間としては非常に長い時間を生きており、そしてこれからも同様にまだ変わることなく生き続けるだろうハルだ。

 その視点は自然に、今を必死に生きる人々とはズレが生じているのは確かだろう。


 ハルにとってはいずれ来る未来でも、他の人間にとっては目にすることの適わぬ遠い未来の話になる。

 自然とその視点を排除して考えていたのは、管理者としてのハルの傲慢ごうまんが出た結果であろうか。


「例えばっ!」

「あっ、はい。なにかな?」


 今度は、びしぃっ、と口元にやっていた指を突き付けられる。元気な子である。少し勢いに翻弄ほんろうされている感じは否めない。


「二つの世界の間で、恋人が出来ちゃったら! その二人はどーすんのハル様!? 『今世こんせは諦めて、来世に期待しましょう』、じゃ納得しないよ?」

「……その事例は、少し僕も考えているよ。もしどうしても本気なら、僕がこっそり、片方をどちらかの世界に移動させるのもありかもね」

「わぁ素敵……、でもズルい!」

「本当に起伏が激しいな……」


 起伏の少ない、その小さな見た目を目一杯に使って感情を表現するミント。このあたりは、なんだかアイリに通じるところがあった。


「それって、あたしがやろうとしていることと似てない? 拉致じゃない? ずるいずるい! ハル様のダブスタ! それが許されるんなら、あたしのも許してよー! ケチー!」

「ケチではない……」

「むー……、じゃあなんでなのさぁー……」

「確かに君の言うことに理屈は通っているけれど。やっぱり、最初からそれを目的として計画するのは話が違うよ」

「むー、むうむうむぅー」


 法が人を裁くなら、自分も勝手に裁いて問題ないという理屈と同じ、というのは言い過ぎか。

 ここも、『何故ハルは許されるのか』、を突き詰めると、少々頭の痛い問題になってくる。


「あっ、でもぉ! これであたしが、ちゃーんと人間のこと考えてるの分かったでしょハル様! ねっ、ねっ。あたしに任しちゃって大丈夫だって!」

「立ち直り早いな……」


 ころころと変わる表情は、常に前向きでポジティブな感情を伝えてくる。

 それを見ることには非常に好ましい気持ちを抱くハルだが、流されてやる訳にはいかない。

 そうやって今を生きる人間のことを考えてやれる彼女だからこそ、見落としている部分もまたあるからだ。


「確かに、君は人間の気持ちもしっかり考えてくれている」

「でしょでしょ!」

「でも、やっぱり君は対人経験が薄いよ。少し抜けてる部分があるかな?」

「がーん! た、たしかにこの百年、ずっと人間の居ない土地で同じ神様相手に引きこもってるだけだったけど……!」


 だからだろうか。今回人の思いに触れて、その輝かんばかりのエネルギーに感化されたのか。

 しかし、今一瞬のその輝きに目がくらむばかりに、ミントには逆に長期的な視点が抜けているようにも思う。


「人間ってさ、今の気持ちをそこまで維持できない。有りていに言うと、飽きるんだ」

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/22)

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