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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部2章 ミント編

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第596話 寝耳に冷たい風が吹く

 着崩した巫女風の衣装をふわりと揺らして、ミントはその場でくるくると踊るようにして自慢のコーディネイトを見せつける。

 改造してミニスカ化していることに加え、上の着物も大胆に前をはだけて、その下には可愛らしいキャミソールをあしらっている。おなかも見えている。


 それを、どうだ、とばかりにハルに主張してくるが、見た目の幼さも相まって背伸びした可愛らしさが勝り、なんとも微笑ましい印象だ。


「うん。かわいいかわいい。お祭りに居そうで似合ってるよ」

「かぁー、駄目かぁ。渾身の脳殺スタイルだったのにぃ! もっと小悪魔的な魅力を感じて欲しいなー?」

「確かに冒涜的ではあるね。神職に対して」

「あたし本人が神様だから、いーのっ」


 別にハルは少女趣味ではない。アイリのことは好きだが、それはそれ。ユキ(今の場合なら本体)のようなタイプも好きである。

 なのでそういったアピールをされても、『元気で可愛らしい』以上の感想はあまり出てこなかった。


「そういえば、君らは小さい子ばかりだね」

「えー? あたし言うほど幼女じゃないよー。幼女というのは! ハル様が脳内でお話してた二人組みたいな連中のことを言うのだ!」

「あ、バレてた」

「えへへへー、バレるってそれはー。いーけないんだっ、ここは秘密だって言ったのに。でも、同じ神様のよしみで、良しとしましょう! あ、今『よし』と『よしみ』を掛けたんだよ! わかった?」

「うん。僕もよくやる」

「えへへへへー」


 ころころと良く笑う子だ。はしが転がっても楽しそうである。

 その様子からは、多くの人間とすぐに打ち解ける様子が容易に目に浮かぶが、そんな彼女の設定した条件は、『決して他人に見せない、語らないこと』。

 これは、印象とは真逆である。ただの明るく可愛い子というだけではなさそうだ。


「そういえば、何でここって秘密なの? 魔力もお金も、人をいっぱい集めた方が手に入るのに」

「それはそうだけどさぁ。それって結局『顧客』であってー、信頼できる相手じゃないっしょ?」

「まあ、そうだね。ビジネスパートナーとはいかないかな。つまり、直接の取引相手を求めてるってことかな? 大口の」

「んーん、ちがうよ。あたしは、“ここに住んでくれる住人”を探してるの」

「ん……? ここに住む……?」

「うん。そのためには、秘密厳守はぜったいだから!」


 いきなり雲行きが怪しくなってきた。もう降り出していると言ってもいい。

 だが相変わらず彼女の様子に変化はなく、ミントにとっては当然のことを当然のままに言ったまで、という印象だった。


 しかしハルの主観からすれば、急に彼女のその瞳の色が暗く、深みを増したように感じられたのだった。


「住むって言ったね。それって、この森の中にってこと?」

「ん? 別に森じゃなくてもいいんだよ? この森は、ただの試験会場だから! 秘密をちゃんと守れる人かどうかの、テストをするの」

「テストねえ……、それじゃあ、僕は不合格かな。白銀たちを連れて来ちゃったしね」

「《そんなわけねーです。マスターを不合格にするなんて許されるわけねーです。試験内容の方が合わせろです》」

「なんて横暴な」

「その通りだね! ハル様は最初から合格に決まってるから、そもそも試験の必要なんか無いから安心してね!」

「《話の分かる小娘です。評価を上げておいてやるです》」

「あはっ、あたしよかおチビちゃんのくせに、えっらそー! でもありがとぉ~」


 どうやら例え話か何かではないようだ。ハルは評価ではなく、ミントへの警戒度を一段上げた。


 当然の話といえば、当然、人間はここに住むことは出来ない。

 自然の山奥が生活に適さないという話ではない。それ以前に、人間は、ゲームの中には住めないのだ。

 それを彼女は、さも当たり前のような口調トーンで語っている。


「そもそも、僕は<精霊魔法>の習得イベントで来たんだ。住むとかどうとか、寝耳に水なんだけど?」

「あー、それねー。んー、誤算だったんだよねぇ、コスモスの賢者の石と一緒でさ。もー、何でよりによってハル様が来ちゃうかなー。しかもこんな早く!」

「というと、本当は他の誰かを招くつもりだったんだ」

「そう! <精霊魔法>は実はただのエッセンス、主題じゃないんだよー。でも、ちゃんと準備しててよかったー。日頃の努力の成果だね! ねね、偉い? 偉い?」

「そうだね、何もない時の準備こそが、勝敗を分けるよね」

「やたっ!」

「《マスターのは、ゲームでの対人戦の話でしょーけどね》」


 適当に会話を合わせつつ、ミントの真意を探っていくハル。

 もし彼女の言う、『ここに住む』、というのがゲーム内で生活することを指すなら一大事だ。ゲームを通じてユーザーの思考を読むどころの話ではない。


「君の言う『ここ』ってのは、ゲーム内のこと?」

「うん。……んー? ちょっと違うかも。正確には、ここはゲーム本編じゃないからね」


 ミントがそう言うと同時に、彼女の背後にある木々、深く暗く、空を覆い隠していた木々のカーテンが開いてゆく。

 そこから顔を見せた空は、ある意味で予想通り。太陽も星もない、奇妙な紋章の星座がきらめく謎の世界であった。


「そっか、ここってやっぱり」

「うんそう! ハル様たちが、バグ空間ーとか呼んでるとこだね! 見ての通り、お空はまだ未完成……、準備不足だぁ、えへへぇ……」


 特に悪びれもなく、彼女は語る。実際に悪意などひとかけらも無いのだろう。無邪気ゆえの、というやつだろうか?


 だが、それを実行に移せば明確に犯罪、日本における法律違反である。

 ハルはそれを、どのようにミントへ伝えようか少々悩んでしまうのだった。





 ゲームの中に住みたい、そう思う者は珍しくない。

 五感をあまねくゲーム内に没入できるようになった、このフルダイブ時代においてはなおさらだ。


 しかし、現実的にみてそれは不可能である。

 理由は大小さまざまあるが、最も大きく、また単純な問題は、人間はゲームからは栄養を摂れないためだ。普通に餓死する。


 いかに五感が理想の夢の世界で生活している気になったとて、その核を成すのは現実リアルの肉体。本体が眠りっぱなしでは、夢の世界も三日と持たない。


「思ったより難航しそうなんだよねぇ。なかなか見込みある子がいなくって。あのバトルマニアの剣術少女ちゃんとか良さげだと思ったんだけど、あたしのイベントとまだ接点なくてねー」

「ソフィーのことかな。彼女、あんまり“見込み”は無いかもね」

「あっそっか、そーいえばハル様の関係者だっけ。ほぼ二十四時間繋いでるから、“見込み”アリかと思って」


 そう、例外はソフィーのように、そして以前ハルもやっていたように、機械的に自動で体調を万全に調整してくれるポッドにでも入っている者くらいだ。

 全自動で栄養を供給し続け、無限に夢を見続ける。

 それも、厳密にはずっととはいかない。可能ならば数日に一度は目覚めなければ、体調に悪影響が出るのが現実だ。


 そのように、切っても切り離せぬ夢のないリアルな諸問題から、超長時間ゲームをプレイすることを推奨すること、果てはゲームに閉じ込めるようなことは、厳しく法律で規制されていた。


 ちなみに、このゲームも法的に見ればそれなりに危ない。

 他人に先んじて賞金を手に入れるため、自身の放送を人気にして収入を得るため、所謂いわゆる廃人プレイを行う者が後を絶たない。

 ルナの母による政治的な働きかけがあること、経済効果に良い影響を与えていることがなければ、規制は免れなかっただろう。


「残念だけどねミントちゃん。ゲーム内で生活させようとするのは、相当にヤバい。諦めよう」

「あはは、やっだなーハル様! わかってるってばそんなことー!」


 いや、分かっていない。これは絶対に分かっている者の発言ではないとハルは断言できる。


「だから、秘密厳守できるひとをしっかり探すんだよ!」


 やはり分かっていなかった。ハルは頭を抱える。


「……そういう問題じゃあなくってね。それに、もし仮にしっかり秘密を守れる、理想の対象が見つかったとして、その人のリアルはどうするの?」

「《そーです。人間は、ログインしたままだと死んじまうです。例外は我らがマスターと、白銀のよーな神様だけです》」

「ふふん! だから、こうしてゲームでお金を稼いでいるのっ! お金がいっぱいあれば、不便な肉体の維持だって簡単だもん!」

「《なるほど。そのための興行ですか。よく考えてるです》」

「でしょー!」

「白銀、納得するな……」


 確かに、一瞬納得してしまいそうになる。

 実際、潤沢じゅんたくな資金さえあればその辺りはなんとかなるのが事実ではある。先のポッドだって、医療用に開発された経緯を持つのは知っての通りだ。


 別に、本人が自分の肉体を維持してゆく必要は無い。そうした治療を行う、医療機関に任せればいい。

 そのためには延命処置に掛かる資金が居るが、そこを“協力者”に対し運営が手配するということになる。その資金を得るため、こうしてゲームで大会を開いている。

 なるほど理にかなってはいる。


「……もしかして、『NPCを大切にする』って行為にこの指輪が反応したのって、それが関連してる? ここを第二の現実として生きる誠実さを、良しとして」

「ん? うげっ……、その指輪は、かんけーねーです……」

「うわ、凄い顔」

「おっと! 乙女にあるまじき失態! ……んとねー、NPCどーこーは、あたしは関係ないよー? あんなのただの背景といっしょ。いくら壊れても、私の世界には一切の支障がないもん」

「へえ、その反応も意外」


 もしや、謎だった点と点がここで一本の線で繋がるかと思っていたハルだが、そこはまた別件のようだ。

 この世界に住むということから、そこで生きる人々を大切にすることも重要視しているのかと思ったが、それは重要な部分ではないらしい。


 確かに、考えてみれば運営の神様たちはそれぞれ別々の目的があるようだった。アイリスにはアイリスの、コスモスにはコスモスの目的がある。

 それらはまだまだ見えてこないが、ミントにとっては特に隠すような話ではなかったということだろう。


「……いや、運営ぐるみで電脳誘拐の計画を立てていなくって良かったと思う所かな、ここは」

「だからー、そこは絶対バレないように上手くやるってばー。病院だって、ルナちゃんのところ手配するしさ!」

「余計に悪いわ……」


 ルナが容疑者に上がったらどうするつもりなのだろうか、この小娘は。その際は非常に大きな騒動になるだろう。主にハルのせいで。


 さて、問題を問題と認識しないミントに頭が痛くなってくる思いのハルだが、彼女に翻弄されてばかりではいられない。

 驚きのあまり詳細を確認するのを忘れていたが、まずは彼女がなぜそんな目的を志すに至ったのか確認すべきだろう。

 どういった経緯で、何を夢見ているのか。とびきり素直なこの女の子なら、きっと教えてくれるはずだった。

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