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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部2章 ミント編

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第592話 表と裏の戦争準備

 南観ミナミの裏からの提案により、ハルも彼の放送へと接続し共演することとなった。

 放送設定を変更し、彼からの招待コマンドを承認する。するとハルの画面においても、同時にミナミの姿が反映される。

 つまりは、二人は同じ内容の放送を同時に行っているということになる。異なるのは視聴者だけだ。


「《おっとぉ、逃げずに来たか、感心感心。覚悟は決まったか? 尻尾巻いて逃げる準備した方がいいんじゃないか? ひゃはは!》」

「《礼儀がなっていないね、下級貴族。本来君の立場だと、僕と話をしたいなら手土産を持ってここに参じるべきところだ。もっと光栄にむせび泣きなよ》」

「《お断りでーす! それに貴様の今の立場は俺の上司ではなーい! 国家反逆者に払う礼儀などありはしない!》」

「《へえ、ずいぶんと重い罪状だ。君一人で発令できる内容ではないね? バックに誰が居るのかな?》」

「《知ってどうするのかなぁ? もうすぐ貴様はその地位も領地も失って<貴族>ではなくなるというのに。だが安心しな? 今度はその領地、俺が有効活用してやるよ!》」

「《中央に居るのがステイタスじゃなかったの? わざわざ辺境の<領地貴族>になりたいんだ》」


 文面ではあんなにも礼儀正しかったのに、顔を合わせれば初対面だというのに一切の礼儀もなにもない。

 通常のコミュニケーションでは考えられないことであるが、これが彼の、いや彼らの界隈のやりかたなのだろう。


 恐らくこの通信が終了したら、『先ほどは大変失礼しました』、とまたメッセージが飛んでくるに違いない。


「……しかし、不思議ですー。このローズお姉さまも、今まさにハルさんが動かしているのですよね?」

「そうだよ。ああ、二種類の僕を同時に目にする機会なんてあまり無いもんね」

「はい! 分かってはいるのですが、やはり頭が混乱してしまいます! すごいですー……」

「器用というレベルではないものね? 『右手と左手を同時に』、なんてものではないわ、もはや」

「今までは分身していてもー、同じハルさんでしたからねー。やはりこうして見ると、実感するんですねー」


 今はハルたちは皆で、ハルの隣で、ハルの操作するローズを視聴している。

 最近はハルが増えること自体は慣れっこになってきた感はあるが、やはりこうして違う姿のハルを並べてみると、普通ではないことだと脳がパニックを起こすようだ。


「そういえば、ユキさんも分身できますよね? ユキさんも同じように、同時にユリちゃんに成れるのでしょうか?」

「ううん、どうだろ、やったことないから。そもそも私、ハル君みたいに起きながらゲームにログイン出来ないし」

「出来たら、どうなるんだろうね? 今のユキと、電脳世界のユキは性格が違ってくる。両方のユキが同時に存在することになるのかな?」

「あはは。わかんないや。でも、“あっちの私”がこの身体使ったら、怪我しちゃいそ。お転婆だもんね」

「確かに、危ないかもですねー。人間の体は、ゲームのように無茶には動きませんからー」


 そんな風に他人事のように話している間にも、向こうのハルこと『ローズ』の会話も進んでいく。

 どうやらミナミは、賢者の石を手に入れることを最終目標として、この戦いを設計しているようだった。

 ローズもそれを受けて、アイテム欄から賢者の石を取り出すと、放送画面によく見えるようにして指でもてあそぶ。


「《この石が何だっていうんだい? 作ったはいいが、用途不明で持て余しているんだけど。もし教えてくれるようなら、僕の方も動きを考えてみないでもないよ?》」

「《はっ! 無知、蒙昧もうまい! 傲慢ごうまんのうえ更に無知とは、貴様にそれを手にする資格が無いということだなぁ?》」

「《ほう。では手にする資格のあるミナミくん。頑張って賢者の石の作成に励んでくれたまえ。なに、資格があるんだ、きっと作れるさ》」

「《……くっ、それよりも! 貴様から奪った方が安上がりだろ? 泣いて石を差し出すってんなら、特別に教えてやらないこともない》」

「《結構。どうせブラフなのだろうしね》」


 画面越しに互いに挑発を続けるハルとミナミだが、結局のところ渦中の石を手にしているハルの側が有利なことは揺るがない。

 そもそもミナミも、戦争を起こすきっかけが欲しかっただけで、賢者の石そのものは二の次であるはずだ。ハルもそこに実在性があることはあまり期待していない。


 だが、何となく彼の態度から、もしかしたら本当に知っているのではないか、という雰囲気を感じるハルだ。

 それを証明するように、ハルの挑発に続けてミナミはこう切り出した。


「《イイだろう! そんなに言うならば教えようじゃないか! ただし、貴様が俺に勝てたら、の話だがな!》」

「《へえ、いいのかい、そんな約束しちゃって。もう教えざるを得なくなったよ、君》」

「《いいとも! どうせ勝つのは俺だ、教える必要などない!》」

「《せいぜい上等な内容を今から考えておくんだね。もう話すしかなくなったよ》」


 互いが互いに、必ず自分が勝つという自信のほどを叩きつける。

 どちらからともなく、にやりと笑って、この初顔合わせはここまでの空気と相成った。


「《では、次は戦場で、かな?》」

「《ああ、首洗って待ってな! お前の栄光の道筋もここまでだ!》」

「《なにを見せてくれるのか、期待しているよ》」


 今のハルに挑む者が出てくるとはあまり思っていなかったので、実際楽しみなハルである。

 そうして不敵な笑みを浮かべたまま、ミナミとの通信は途切れた。その後は自分のファンへの簡単な周知を行った後、ハル自身の放送も閉じて、『ローズ』もクランメンバーと視聴者の前から消えるのであった。





「《あ、お疲れ様でーす。済みません急に呼び出してしまって。今、大丈夫ですか?》」

「《ああ、こちらこそすまないね。僕らが計画を暴いてしまったせいで、だいぶ前倒しになったんじゃないかい?》」

「《いえいえ。もともと、実行は秒読みだったんで》」


 これは嘘だ。彼の表情や態度を読むと、まだ大詰めには二三にさん、準備が必要だったと分かる。

 だがそんなトラブルも慣れっこなのか、一方で『なんとかしてみせる』、とその瞳は燃えているようだった。


「《時間なら特に問題は無い。だけど、プライベートモードの放送を仲間が見ているけど、それは構わないかな?》」

「《うぃっす。問題ありません。こっちも、スタッフがチェックしてるんで》」


 大々的な告知の終了後、すぐに彼からまた連絡があった。

 予想通りの丁寧な文章で、『申し訳ないがもう一度裏で繋げないか』、という内容だ。それを受けて、ハルも手短に自分の放送を切り、こうして非公開の配信にて先ほどのように通信を接続したのであった。


「《しかし、配信中とは本当に別人だね、君は》」

「《あ、本当に慣れてないですね、ローズさんは。むしろそれが素だってのが凄いな……》」

「《君らの世界では、それが普通なんだね》」

「《ええ。もしかしたら、知ってる誰かかと思ったんすけど。本物かぁ》」


 繋ぎなおしたミナミは、表情から喋り方まで、まるきり別人であった。先ほどの不敵だった態度がまるで幻のようだ。

 今は、ちょっと生意気な好青年といった感じで、表情ひとつでこれだけ印象が変わるということを身を持って教えてくれる。


 例えるなら、役者が舞台を下りたかのようだ。お芝居の上でのことは、あくまで演技。そこで真に迫ってはいても、本来の自分は別に居る。

 それがハルと、ハルたちとははっきりと異なる点だった。


「おー、確かに別物だね。羨ましがられるよハル君、南観ミナミとプライベート通信したってのは」

「そうなんだ? 人気なんだね」

「うん。マツバ君みたいな感じかな? あっちは、あまり演技しないタイプだけどね」

「へー」


 そんな彼のことについて、ユキがまた教えてくれる。

 普段から数多くの同業者との共演をこなし、それを問題を起こすことなく乗り切っているその道のベテランである。

 それ故に、ああした不敵な態度をとってはいるが、その実、裏ではこうして丁寧にすり合わせを行っているのだろうということは、ファンの間では暗黙の了解になっているようだ。


 確かに、日常生活から仕事の連絡まで、終始あの態度であったら問題である。

 まあ、それを実際に行ってしまっているのが、ハルなのだが。不敵さにおいては、人のことが言えない。


「《それで、日時なんかはどうしましょうかローズさん? 無理な日あったら、ずらしますんで》」

「《ん? 別にいいよ、好きに攻めてくれば。戦争なんだから、不意を突くのも戦略のうちだ》」

「《ありがたいんですが、出来れば禍根は残したくなくって。これで終わりじゃなくて、この先も仲良くやってきたいんで》」

「《なるほど? それを踏まえても、別に良いんだけどね》」


 色々とあの世界に思う所はあるが、それでもゲームだ。そしてゲームであるなら、真剣勝負は当然のこと。

 そのハルの常識と、ミナミの常識とすることは、微妙に歯車が噛み合っていないようだった。


「うちらとは違うんだよハル君。うちらは、相手をこてんぱんにやっつけるのが礼儀。それが、流儀。でもこの人らは、勝敗そのものよりも、エンタメ、だいじ」

「なるほどなー……」

「だから私、お誘いあったけど断っちゃった。全開で叩きのめしたら、白けちゃいそうで」


 結構な高報酬だったようで、残念だったとか。『住む世界が違うもんね。しかたない』、とユキは締めくくる。

 多種多様なゲーム大会において活躍する彼女にも、共演の依頼オファーが来たことがあるようだ。大会荒らしをする謎の女性プレイヤーとなれば、放送的にも美味しいネタだったのだろう。


 ちなみにハルには声が掛かったことは無い。ハルが選び大会に出るゲームは、特殊なものばかりだったからである。


「《それじゃあ、今回は君らの流儀に合わせようか。盛り上がれば、こちらの利にもなるからね》」

「《ご理解くださったようで、嬉しいですよ。全力で、いいイベントにしてみますんで!》」

「《準備期間が足りなかったというなら、資金なりなんなりと都合しよう。欲しいものがあれば言ってみてくれ》」

「《まじすか!?》」


 そうして、まるで談合のように戦争の打ち合わせは進んで行く。

 とはいえ彼も、負ける気はさらさらないようで、具体的な内容までは教えてくれなかった。


 ハルもせっかくなので、もうじき届く予定のミントの国からの荷物を受け取った後、数日後を指定させてもらい、互いに日時の合意を得るのであった。

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