第591話 営業用の顔と事務用の顔
「《更に奴は神から賜った<賢者>の役割を放棄し、賢者の石をも死蔵している! これは、『貴族の義務』を無視する行為にほかならない!》」
「あれ? <賢者>ってなにか重要な役割があるのハル君?」
「いいや、知らないね。僕が知りたいくらいだ」
「適当を言っているだけ、ということでしょうね?」
ただ、はったりで理由付けをするには少し唐突が過ぎるので、裏で何か情報を得た可能性はある。
仮にも彼、南観という名の有名プレイヤーも<貴族>となった身だ。通常のプレイヤーではアクセスできない情報に触れるルートも持っているかも知れない。
特に、ハルと違って彼は今も中央で、アイリスの王都で活動している。そこには僻地のクリスタの街と違って攻略情報も多く配置されているだろう。
「まあ、<賢者>と賢者の石についてはどっちでもいいんだ。マクガフィンなんて本当でも嘘でも構わない」
「構いなさいな。当事者でしょう?」
これについては視聴者も同じ気持ちのはずだ。『どうせ戦争という手段こそが目的で、開戦理由は適当だろう』、と。
そんなことよりも、彼の発言で気に入らない部分があるハルだった。
「ただ、貴族の義務なんて言い出すのが気に入らない。ノブレスオブリージュなんて他者が押し付けるものじゃあないよ」
「その通りなのです! 何度、つまらない理由で生贄にされそうになったことか!」
リアル王族であるアイリも同意してくれる。彼女もまた色々とあった身だ。
別に、自分で言いだすこと自体は構わないとハルも思っている。存分に尊い義務を果たして欲しい。
ただ、他者が押し付けるのは違うだろうと、そう思うのだ。出生の時点で、その身に義務を負って生まれたハルだ。そのあたりは多少敏感になってしまう。
「相容れない奴、ってことだね。開戦理由は十分だ。乗ろうか、この戦い」
「またしょーもない理由で乗りますねー? 貴族失格ですねー」
「なに、領民もきっと賛成してくれる。……そこが、質の悪いところなんだけど」
己の好悪ひとつで領民を危険に晒す非常に悪い貴族だが、なぜか、その領民から反発が起こる未来がまるで見えない。
むしろハルの怒りは己の怒りと言わんばかりに、激昂する様子が目に浮かぶ。
「《よって! 奴から賢者の石を奪い取り、俺が世界のために正しく使ってやろう!》」
ハルたちの会話の間にも演説を続けていた南観が、そうして高らかに締めくくる。
視聴者によるコメントも大盛況だ。もっとも、それは良い反応ばかりとは限らないが。
《結局それが目的じゃん》
《レアアイテムが欲しいだけなんだろ?》
《何が『貴族の義務』だっての》
《そもそもお前、正式な貴族じゃないだろ》
《残念、システム上は同等でーす》
《システム上でも格下だけどな(笑)》
《すぐにミナミが追い越すよ、見てな》
《所詮はローズなんて無名プレイヤーよ》
「おお、荒れてるねぇ」
「……口が悪いわ? ハル、彼は対処しないのかしら?」
「自分の悪口が、どんどん流れてくるのです! これは、消せるのですよね? あえて消していないのですか?」
「そうだねアイリ。彼は、視聴者とはあまり交流を取らないタイプのようだ。否定的な言葉が飛んでくるのも、分かっていてやってる」
例え反発であろうと、自分の放送が盛り上がることに他ならない。そのために、あえて反発を誘っているということまで考えられる。
そうした悪意とはいちいち向き合わず、己の『物語』を見せることに終始するプレイスタイルのようだ。ある意味、ハルよりも徹底して自らのキャラクターを演じていると言える。
「その証拠に、見てごらんアイリ。自分の悪口は放置しているけど、僕への悪口はどんどん消えていくね」
「本当です! ……これは、あの方が消しているのですか?」
「ハルでもあるまいし、演説しながらコメントは捌けないでしょう。きっと、彼の協力者ね? 元々の活動から組んでいる、いわば社員のようなスタッフね」
「本格的ですー……」
南観は元から有名なキャラクター。当然その活動歴は長い。
ほぼ芸能人やタレントといったその活動は一人で賄える作業量ではなく、専属のスタッフがバックに居る。
その者が、敵であるハルへの攻撃的な意見を削除していることから、彼の本質的な冷静さが垣間見えるようだった。
「実はいい人ー、なのは結構ですけどー。それで手を抜くハルさんじゃありませんよねー?」
「そうだね。勝負事となれば、僕は容赦はしない。いかにプロレスとはいえ、もう宣戦布告は済んだようなものだ」
「おお! 既に、手を打っているのですね!」
「うん。この場所の特定はもうエメが済ませている。彼の自宅、拠点としている貴族街の家のようだね」
「自宅の、位置を特定……」
「既に嫌な予感がしてきたわね……」
ユキとルナが顔を見合わす。一方のアイリとカナリーは、何が起こるかとわくわく顔だ。
いや、カナリーは何が起こるか分かっていながらわくわく顔だ。
「<隠密>のおちびーズを向かわせている。この告知放送が終了するまでに間に合うと良いんだけど」
「なんと! 白銀ちゃんたちが! ……つまりハルさん、それって」
「そうだね、暗殺だ。彼の死をもって、こちらからの宣戦としよう」
「あはは。やっぱり。ハル君のほうがよっぽど外道だった」
王城の中だとやっかいだが、あのハルも以前居を構えていた貴族街ならば、セキュリティもさほどではない。
そのため不可知の<隠密>部隊を送り込まれれば、南観に成す術はないだろう。
軍勢を率いた大規模戦闘を仕掛けられるとハルが厳しいので、申し訳ないが始まる前にケリを付けさせてもらおう。
ハルに、『ローズ伯爵』に手を出せばこうなる、という見せしめにも出来る。一石二鳥だ。
「その為には、どうにか放送中に彼の首を刎ねたいところだけど……、と、うん……?」
「どうしたの、外道の悪徳貴族ハル君?」
「ああ、それがね、外道の悪徳貴族の妻ユキちゃん」
「あ、うん。このお話は、やめよっか」
「……じゃれてないでさっさとお言いなさいハル」
「そのまさに暗殺しようとしている対象のミナミくんから、連絡が来た」
今まさにハルの事をこきおろしている最中の彼、絶賛敵対中のその調本人から、ハル宛にメッセージが届いたのであった。
◇
「なんと! 文面でも、宣戦布告文章を送ってきたのでしょうか!?」
「きっと、罵詈雑言わめきちらしてるんですよー? こわいですねー?」
「いや、『突然のメッセージ失礼します』、から始まるしっかりした文章だね。件名は『宣戦布告についての謝罪と提案について』」
「あら丁寧」
「あー、たぶんそう来ると思ってた」
この中で、ユキだけがこの展開を予想していたようだ。
電脳世界の事情に詳しい彼女だ。彼の本質が、実はこうした礼儀正しいものであると薄々察していたらしい。
それは、先ほどのハルへの悪口だけを削除していたことからも垣間見えていた。
「なんと、書いてあるのでしょうか!?」
「うん。要約すると、『放送で悪口言ってごめんなさい』ってことと、『大規模戦のイベントを予定しているのですが、予定は合いますか』、ってこと」
「やっぱり真面目、だね。でも、これだと、プロレス通り越して談合じゃないかなぁ」
「ユキはもっとルール無用の、血なまぐさい戦場が好みなのね?」
「ふぇっ!? あ、“あっち”の私は、確かにそうだけど……、うぅ、ルナちゃーん……」
「……悪かったわ? しかし、このミナミという男、ユキ並みに裏表に差があるわね?」
「ユキはどっちも表だけどね」
どうも、口の悪いキャラクターを演じている者ほど、裏では真面目で丁寧という法則があるらしい。
普段の態度が悪いからこそ、見えないところでフォローするのか。それとも、真面目に活動を考えているからこそ、売れるために口の悪いキャラクターを演じるのか。
そこはあまり興味のないハルだが、今に限ってはひとつ誤算があった。
「……まいったね、どうも。こう礼儀正しくこられては、暗殺できないじゃないか」
「そこなのね……」
「あはは。悪者だったら、遠慮なくぶっとばせたのにね。ハル君ざんねん」
「ハルさんってー、相手の対応をそのまま返すところありますからねー」
「善意には善意で、敵意には敵意で。ですね!」
そういう所のあるハルだ。生憎というべきか幸いにもと言うべきか、ここのところ純粋な敵意はあまり向けられた試しはなく、それは不発に終わっていた。
今回も相手が誠意を見せてきてしまったが故に、抜き放った敵意のナイフは収めなくてはならない気分だ。盛り上がっていただけに、少し残念。
「まあ、いいか。これでファンの目の前で、彼の首を飛ばしてしまったら僕が今度は不況を買う。それは、『ローズ』のキャラじゃないし」
「あー確かに。高笑い上げそうだもんねハル君」
上げそうだ。ユキも良く分かっている。
そんな物騒な対応は、優しいローズお嬢様には似合わない。今回は、矛を収めさせてくれたことをミナミに感謝した方がいいかも知れない。
「ああそうだ。それで、折角だから放送を繋げていいかって聞いてきてたんだった。彼も今、演説しながら僕の放送見てるみたいだね」
「意外に器用ね……」
「やっぱし、慣れてるね」
「ハルさんみたいですー……」
「ハルさんはまたレベルが違いますけどねーアイリちゃん。まあ、ハルさんを見ていたからこそ、いち早く計画の漏れを察知できたのでしょうけどー」
確かにそうなる。元々、ハルのことをよく調べていたのだろう。
言うなれば今回の戦いは、やや強引にハルをコラボ相手に誘った、ということになるだろうか?
確かに大規模な戦いは盛り上がり、ハルにもそれはメリットになるだろう。提案自体はありがたい。
これは、以前普通にハルと組もうとした有名プレイヤーが断られていたのを見て、ハルと絡む方法を考えてくれたのだろうか。
ならば、面倒を掛けさせてしまった。確かに気難しい相手になるだろう、ハルを誘うとするならば。
そんな風に、気を遣ってもらったことだ。ここは、彼の『コラボ』に乗っても構わないだろう。
そう思いハルは、了承の返事を送りミナミと互いの放送を接続するのであった。




