第590話 宣戦布告の時
「どーするハル君。ピンチだね?」
「まあ、そうだねユキ。とりあえず相手の要望でも聞いてみようか。話し合いで済めば、戦争を避けられるかも知れない」
「ないない。どうせ吹っ掛けられて、終わりだもん」
「そうね? 話し合いで済まないから、戦争になるのでしょうし」
「えへへ、なつかし。ハル君とふたりで、敵の中枢を暗殺して回ったよね。あ、『話し合い』ってそういうことか」
「戦争する気なんか起こらないように、じっくり話せば分かってくれるさ。例えばボーナス値初期化するまでデスペナに追い込むとか」
「えげつないですねー」
何も真正面から、相手を待ち構えるだけが戦争ではない。こちらから打って出ていけない決まりなど無いのだ。
そもそもクラン戦争とは言うが、ゲーム的に存在する戦争ではない。ならば、もはや条約も国際法もない。勝利条件はお互いの気分次第。相手が戦争継続する気を無くした方の勝ちである。
「あの、お話にでた、よくあるクラン戦というのはいったいどんな物なのですか? わたくし、ぴんとこなくって」
「確かに、アイリちゃんはネットを通じての多人数ゲームはあまり経験がないものね?」
「はい! 一人であそぶのが、ゲームだと思ってました!」
ゲーム内ミニゲームとして収録されていたのは、前時代の権利が切れた古いゲームばかりだ。それを主に遊んでいたアイリにはネットゲームは馴染みが薄い。
今もルナの家でくつろぐハルたちは、大きな部屋のなかで、ちんまりと身を寄せ合うようにして、そうしたゲームの記録映像を閲覧して楽しむ。
そこには大規模のものから、少人数のものまで、様々な種類のGvGが記録されているのだった。
「すごいですー……、これなんて、何人いるのでしょうか……」
「特に大規模よねこれは。これだけ居ると、もはや人数を集めた者の勝ちね?」
「そうだね。もちろん、時間やお金を掛けて準備した強さはあるんだろうけど。数の暴力の前には意味がない」
アイリが注目した映像は、敵チームの城に向かって、数えるのも嫌になる程のプレイヤーの集団がまるで一塊の生き物のようになって押し寄せる記録だった。
城はそのゲームで名を馳せたトップクランの拠点であったが、終わりなく沸いてくる死をも恐れぬ兵士たちの猛攻により、あえなく陥落していった。
そのゲームには大規模魔法のような大軍を制圧する手段はなく、どうしても一度に処理できる人数に限界がある。そこを突かれた形だ。
「先行で地位を確立したクラン、このゲームでは『ギルド』だね。そのギルド一強の体制に不満をおぼえたプレイヤーが呼びかけて、臨時で集まった集団だったかな、確か」
「有名人だったよね。だから、こんな集められた」
「むむっ! なんだか、危険な話ですね!」
「革命とかー、扇動者とかー、警戒しちゃいますよねーアイリちゃんー」
王族と神様にとっては、カリスマ的プレイヤーの偉業も、体制を揺るがす危険な反乱分子の香りがしてしまうようだった。こういうのも、職業病だろうか?
「まあ、結局、その偉業もむなしくこのゲームはそれ以降は下火になっていってしまったんだけど」
「だねー。お金と時間かけて、せっかく強化したのに、って」
「確かに、有名人の一声で新規プレイヤーの数さえ集めればどうとでもなってしまえば、今度はそれだけのゲームとなってしまうものね?」
「難しいのですね……、とても、皆さま楽しそうですのに……」
陥落する城を前に、お祭り騒ぎになる参加者たち。確かに、一体感と強者に打ち勝つ快感はひとしおだろう。
しかし、そのゲームを普段からプレイし支えているのはその強者側。そちらがゲームに不満を感じたり萎えてしまえば、以降は人気が傾きぎみだ。
「なのでー、基本的には参加人数は絞って、期間も区切って行うゲームが多いですねー」
「あの対抗戦みたいに、ですね!」
「そうですよー?」
「あれはあれで、特殊だったけどね。でも楽しかったよ」
なのでイベントの一つのようにして、きっちりとルールや報酬を運営側がコントロールするゲームが大多数だった。
基本的には時間やお金を掛けた側が有利なように。されど、ただそれだけで勝敗が決しないようにゲーム性も高めて。
そうしたバランスの匙加減が、運営側の腕の見せ所である。
「つまり、今わたくしたちがやっているゲームも、ルール無用の争いが起こって廃れてしまうのでしょうか!」
「どうでしょうねー? まあ他神のゲームなのでー、別にコケても構わないですけどー」
「構うわよカナリー? 今はどちらも私の会社の傘下のゲームよ?」
「そうでしたー」
「まあ、どう戦闘するかというより、どう演技するか次第じゃないかな、あのゲームの場合」
「うちのメンバーのひとたちも、『大義名分』を気にしてたもんねハル君」
ユキの言った通り、そこが重要だ。今も数多のギルドバトルを映し出すモニター群の片隅に、ハルの操るローズの姿がある。
ハルの行っている放送を、ハルが皆と共に視聴している形である。ハル特有の奇妙な形態であった。
その中で先ほどメンバーが気にしていた大義名分。それが伴わなければ、ゲームではなくそのプレイヤーが人気を失って勢いが廃れてしまうだろう。
そこをどうするかは、気になるところだ。
《それなんですけどねーハル様ー。ちょうど、その首謀者が放送始めたみたいっすよー》
そんな折、今も全ての放送を常時チェックしているエメから連絡が入った。どうやら、件の人物が動き始めたようである。
◇
その首魁の人物は、若い男のプレイヤーだった。
短く切りそろえた髪に、嘲笑的に歪んだ口元。悪だくみをする悪役、といった雰囲気が一目で伝わる外見だ。そこを売りにしているのだろう。
なにもお行儀の良いプレイだけが正解ではない。煽り煽られも対人の華。特にこうした人気商売では、『互いに煽ってなんぼ』、の精神が通例と化していた。『プロレス』、とも言うように、前時代から続く由緒ある演出法だ。
「苦手な人もいるから、考えなしにやっても駄目だろうけどね。この人は慣れてそうだ」
「わたくし、苦手かもしれません!」
「アイリちゃん、慣れてないもんね」
「そもそも慣れても駄目よ? お姫様なのですもの」
そんな男が、こちら、つまり視聴者に向かって大きなイベントの開催を告げる。『派手なパーティーになるぞ』、だそうだ。
突然の知らせにファンの視聴者は喝采するが、大きな告知を行うには微妙に唐突さが過ぎると言わざるを得ない。サプライズより、事前に放送予定を告知して人を集めておいた方が効果は大きいだろう。
「余裕の表情をしているけど、微妙に焦りが読める。どうやら、計画が漏れそうになったから急遽配信を決めたみたいだね。苦渋の選択ってやつか」
「このままだとハルさんの放送にー、戦争の告知による衝撃も持っていかれる所でしたからねー。良い判断だと思いますー」
このまま悠々と計画を練っていたら、いざ告知、となった段階には視聴者からは『え、今更?』、という反応が返って来かねない。
それを嫌い、今回の放送に踏み切ったのだろう。なかなか場慣れしているとハルは見た。
《中の人は外部の人気ゲーマーっすね。競技勢じゃなくて、エンタメ勢なんでハル様やユキ様とは関りの無い人みたいっす》
「それは、何か違うのですか?」
「えとね、うちらが、ゲームの上手さ競うタイプ。勝った方が、偉い」
「それに対して、楽しそうにゲームしてるのを伝えることを重視している人も居るってことだね。これは時に勝ち負けよりも、そちらが重視されるよ」
「なるほど!」
「アイリちゃんの会った中では、マツバのような人ね?」
別に、明確に互いの縄張りが決まっている訳ではない。時にはエメの言うところのエンタメ勢が、賞金の出る大会にエントリーすることだってある。
しかし普段からキャラクター性を演じることに慣れているという面もあり、今回のゲームにおいても有力候補と見られていた。
多少遅れて参加し始めたそうしたプレイヤー達が、頭角を現し始めたようである。
「《今回の標的は大物中の大物、あのローズ<伯爵>だ! 俺にとっての、上司にもあたるな、忌々しいことになぁ》」
「上司? ハル君、こんなの部下にしたん?」
「いや、こんなのは部下にした憶えはない」
「つまり、『こんなの』でも<貴族>、ということですね!」
仕草や喋り方からは、貴族らしさは見えないが、こんなのでも<貴族>らしい。どうやら、ハル以外にも貴族の役職を獲得するプレイヤーが出始めたようだ。
見かたによっては、悪徳貴族らしさが出ているとも言えるだろうか。陰謀が得意そうだ。
「《奴に手を出すなだと? ふっ、馬鹿を言うな! あいつは澄ました顔をして悪党、いや、大悪党だ!》」
「うん。まあ、その通り」
「あはは。本人、肯定しちゃってるよ。でも、さすがにコメント欄ちょっと荒れてるね?」
「有名人とはいっても、このゲームにおいてはハルのファンの方が多いですものね? それは、この男も分かっているはずだわ?」
ルナの言う通り、反発は織り込み済みといった雰囲気で男は語りを、いや演説を続ける。
むしろ、その反発をも燃料としている慣れた気配が感じられた。
反発も興味だ。視聴者が自分に興味を持っている状態という意味ではファンと同じとも言える。説き伏せられれば、数字が増加し彼の計画通りとなるだろう。
「《奴は身勝手にも! 一つの街を私物化し思うがままに振る舞っている! これはMMOのマナーとして、言語道断の迷惑行為だよなぁ?》」
「なるほど、そう来たか」
「まあ、ルールで認められてるんだけどね?」
ユキの言葉でそのまま終わってしまう話ではあるが、感情面ではまた別だ。
この無理筋をいかに大義名分として仕立て上げるのか。お手並み拝見といったところであった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/21)




