第589話 戦火の予感
「他のクランの連合が戦争を仕掛けてくる?」
「ええ、まだ表立って出ている話ではないですけど。イチゴさんからは何も?」
「エメは放送に乗った話しかチェックしてないからね。逆に放送にさえ乗れば筒抜けなんだけど」
「ヤバいっすよね。どんな高級なAI使ってるんでしょう」
驚くなかれ、なんと国家予算を投入した超高級AIだ。本人が。
まあ、厳密にはもうAIとしての機能は失っているのだが、能力的にはむしろそれ以上である。
さて、ハルの肉体がルナたちと彼女の家でくつろいでいる間にも、ハルは『ローズ』として今もゲームへとログインしていた。
向こうでは女の子が集まったお泊りとしてテンションが上がり、なにやら話題がえっちな方面多めになっているが、その影響はここまで届かない。
厳密にはどちらも同じハルの精神なので、あまりに衝撃が大きいと引きずられてしまうのだが、基本的に分割している双方は独立している。
あちらはあちら、こちらはこちらと、文字通りに分けて考えられるハルなので、例えどんなに女の子たちに弄りまわされようが、平気な顔でクランメンバーと会話ができる。
今は騎士団の詰所、いわゆるギルドホームのようになっている場所に顔を出し、そこにいた自らのクランのメンバーたちと情報交換を行っているハルだった。
「さすがに配信外で計画立てられたらお手上げですね」
「むしろお前はどういう経緯で知ったの?」
「行きつけの外部サイトでたまたま知った」
「暗部お得意のヤバいサイトか」
「いやヤバくないって。見つけにくいだけ」
全ての放送をチェックしている、という普通に考えてあり得ないだろうハルたちの情報網が、どうやら真実らしいというのは既にユーザー全体に広まっている。
先ほど彼らが言っていたように、お金持ち特有の高級な何かを使って、強引にビックデータの解析を行っているのだろうという推測だ。
そのため、ハルたちに知られたくない話は放送を閉じて行う、というのが今このゲームの通例となっていた。
とはいえ今もっとも先行しているプレイヤーはハルなので、攻略上の秘密といったことはあまり無いのだが、時にはこういうことも出てくる。
「しかし、正面きってクラン戦か。以前、僕らの街を狙った<盗賊>プレイヤーの襲撃はあったけど、今度は表立って攻めてくるんだね」
「無謀ですね。俺らも舐められたもんだ」
「ローズ様抜きでも、トップクランだと言っても言い過ぎじゃないってのに」
「隠れて行っても勝てないんだから、堂々と来たらもっと勝てないぜ」
放送に乗せずに計画を練る最たる例といえば、<盗賊>に代表される犯罪ギルド所属のプレイヤーだ。
犯罪といっても、システムに認められたれっきとした<役割>。それもまた、このゲームの楽しみ方だ。
そんなプレイヤーが、非常に羽振りの良く、しかも立地は辺境であるこのクリスタの街を見逃すわけもなく、計画的な襲撃にさらされたことがあった。
その計画をエメは察知しておらず、作戦は完全に放送の外で練られたであろうことが察せられた。
ただ、この街のセキュリティ意識は少々高すぎたのが、彼らの誤算だっただろう。
ハルのうっかりと、それに端を発したその後の改革により、この街の様相は構造からがらりと姿を変えた。
その際に、防犯の甘い部分、元より犯罪に使われていたような部分は徹底的に潰され、後ろ暗いものを抱える者の住みにくい街となってしまったのだ。
更に最近は街の住人がハルの、言い方は悪いが『手駒』として力をつけており、日夜内外で訓練に励んでいる。
単なる店員NPCだと思ったら、その者は潜在的な自警団だった。などということはこの街ではよくあること。
「しかし、発覚があまりに早かったですよねあれ。いくら街中に『目』があるとはいえ、完全に誰からも気付かれてなかったはずなのに、ってあいつ言ってましたよ」
「まあ、そこはそれこそ放送には乗せられない秘密さ。セキュリティの観点からね」
「うへぇ。我らがマスターはますます底知れねぇ」
その時の襲撃者たちだが、今は観念してクランに加入したいということで仲間になっている。
来るもの拒まず。ハルはもちろん彼らもメンバーとした。
盗賊職を仲間にすることに、騎士団としてのクランに問題はないのか、という声も上がりはしたが、別にハルのクランは騎士団ではない。
そして、何よりハルにも、彼ら闇に属する者を束ねるべき優秀な仲間が居た。そう、メタたち<隠密>組だ。
無事<盗賊>から『忍者』にクラスチェンジを果たした彼らは、今ではクランの諜報部として活躍中である。
ちなみに彼ら元<盗賊>を発見したセキュリティであるが、実のところただの目視である。
魔法のセンサーのような高度なセキュリティが街に張り巡らされていると思っているようだが、種を明かせばカナリアの使い魔を街中に常置しているだけだ。例えるなら監視カメラのようなものだろうか?
「しっかし、大義名分どうするんだ? ただでさえ人気のローズ様のクランを攻めるとなると、ヘイト買いまくりだろうに」
「でも目立つよね。ヘイト覚悟で売り出すんじゃない?」
「ウザキャラってこと?」
「それは何か違うかも……、ヒールプレイってやつだな」
「つまり『ヒーラー』か」
「それも何か違う……」
そもそものところ、このゲームに『クラン戦争』に類するシステムは無い。
かつての例で言えば神様の色ごとに別れたあの対抗戦のようなものであるが、そうしたいわばGvG、ギルドバトルのシステムがあるゲームは多い。
それは主に、参加賞と更に勝利の際の報酬をシステムに保証されているのだが、それが無いこのゲームではある意味で戦い損だ。買っても得られる物が無い。
ただ、確実に放送は盛り上がる。放送が盛り上がればそれは現金収入にも繋がる。アイテム以上の報酬であると言えよう。
「ある種のユーザー企画だね。しかも実益がある。なかなか良い考えじゃないかな?」
「感心してる場合ですか。いや、クラマスにとっては、降って沸いたイベント扱いなのか……?」
「少し動きのない時期だったからね、助かるといえば助かる。とはいえ、今までになく厄介なのも事実だけど」
「そうなんすね?」
まだ内容の詳細は不明だが、こと戦争となったとき、ハルには明確な弱点がある。それは、一人も犠牲を出せないということだ。
通常はある種の縛りプレイ、パーフェクトプレイの範疇になるが、ハルは今その縛りを己に化している。
己の庇護する街の住人を、誰一人として欠かさない。それが、今は慈愛溢れる領主としてのロールプレイにもなっている。
だが、街全体を他プレイヤーのクランに攻められた場合はどうなるか。
当然、その場合であってもハルは全てを守らねばならなくなる。NPCにとって、モンスターの襲撃もプレイヤーの襲撃も同じだ。『今回はプレイヤーが相手なので、諦めて死んでください』は通らない。領主のカリスマ、がた落ちである。
「100%生存プレイをしているとね、それを崩そうとしてくる相手には滅法弱い。戦争の勝敗はともかくね」
「あ、戦争には勝つんすね」
「当たり前だろう? ローズ様が出れば負けはない」
「ただ、被害は別、かぁ……」
加えて、ハルのクランにはノルマや加入条件は何もない。クラン戦争のようなイベントが起こったとて、参加の義務はないのだ。
もちろん、今の仲間たちは喜んで参加してくれるだろうが、彼らだって死は怖い。
己の攻略が最優先だ、クランのためだからデスペナルティで弱体化もやむなし、とはなかなか割り切れないものだ。
故に、ハルの戦争のために確定で見積もれる戦力は思った以上に少ない。その戦力で、街の全てを守護せねばならないのだ。
もし相手が狡猾な者ならば、必ずそこを突く。そして、秘密の外部サイトを使っているとあれば大方狡猾だろう。
「ローズ様なら、どうします? もしローズ様ご自身の街を攻めるとして」
「とりあえず大軍で街を包囲して、狙いを住民に定める。そして、彼らを殺されたくなければ条件に応じろと講和を突き付ける」
「外道! あまりに外道!」
「そうでもないさ。まだ殺してないからね」
戦略ゲームでは外道になったもの勝ちの側面がある。
ただ、このゲームでは常に人の目があり、それに評価されることが力となるので、公明正大なプレイもそこまで弱くはないのだが。
しかし外道プレイが駄目かというと別にそんなこともなく、それはそれで人気を生むだろう。
人は派手なものが大好きだ。自分が踏みとどまるところで、容赦なく踏み込めるプレイもまた熱狂を呼ぶだろう。
「分かりましたよクラマス。クラマスの言う通りみたいです。NPCを殺せないことを逆手に取って、どうやら向こうもNPCの兵を引き連れてくるようですね」
「へえ。つまり自軍に人質を配置する訳だ。やるね」
「感心してる場合ですかぁ!?」
そのサイトとやらも、そろそろ更新されなくなるだろう。まあ、情報交換のルートを断ったという意味ではお手柄だ。
ハルもその大胆な相手に対して、できうる限りの準備を進めねばならないようだった。
※表現の修正を行いました。<忍者>→『忍者』。ここが<役割>だと後の展開と整合性が付かなくなる為、修正します。
誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/22)




