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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部2章 ミント編

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第587話 見知った家族の見知らぬ顔

 明らかに今日は雰囲気が違う。ハルの最初の印象はそれだった。

 ルナの母との面会に臨み、彼女と相対したハルだったが、ひしひしと感じ取れる堅い印象につい身構えてしまう。


 かねてから、常に堅い雰囲気でハルには厳しく接してくるルナの母ではあるが、その奥にはおおらかで優しい本心が垣間見えるものだった。

 周囲に人の目がなくなるとそちらの彼女が顔を見せ、今度はひたすらハルとルナを甘やかしてくれる。そんな二面性を持つのが奥様である。


 その本心と表面上の態度の差異をパターン化し、彼女が今どんな内心でいるのか自動で推し量ることを可能にしたソフトウェア、『奥様翻訳機』を作り出すほど、ハルはルナの母の内心に詳しい。

 しかし、今の彼女からはそれを決して読み取らせぬ分厚い壁を感じるのであった。


「本日はどうされました、光輝さん? 緊急の要件とお見受けしましたが」

「こんにちは、奥様。お忙しい中、」

「挨拶は省いて結構。忙しいと分かっているのなら、本題に入りなさい」

「これは失礼を」


──黒曜、翻訳機は機能してる?


《はい、ハル様。正常に稼働中です。現状の判定は、『データ不足』。奥様の態度は、似ているようでいて、今までに見せたことのないパターンとなっております》


──だよね。僕もそう思う。


 具体的にどこが、と言われると少し困ってしまうところだが、いつもの厳しい態度の奥様と比較してみると、同じようで何かが違う。

 黒曜に言わせてみれば、データ的には『もう別人』なのだとか。

 例えるならば、彼女そっくりのロボットを用意して彼女の言動を真似させてみれば似たようなデータが取れるとのこと。確かに別人だ。


 しかしながら、ハルが感じ取れる生体データは、機械でも変装でもなく、確かに奥様その人であると伝えてきている。それが、余計に混乱を生んだ。


──誰かが奥様に憑依ひょういして、この方を喋らせているんじゃないかとか、そんな馬鹿なことを考えちゃうね。これは。


《可能なのですか? そのようなことが》


──普通は無理。まあ、僕とルナなら、やろうとすれば可能かな。


 精神が半ば融合しているハルとルナであれば、ルナの身体をハルが操るようにして、そうした行為も可能だろう。やることは無いだろうが。

 だが、通常のエーテル技術では難しい。仮に可能だったとしても、それだけの手間をかけて行う技術。ハルの目が痕跡を見逃すはずはなかった。


 つまりは、この目の前の女性はハルの良く知る奥様その人で間違いない、そう帰結する。

 まあ、これまでハルにも見せてこなかった一面があった、ということだろう。色々と考えたが特に難しい話ではない。

 しかし、『なぜこのタイミングで』、という思いはぬぐい去れないハルであった。


「では簡潔に。例のゲームに危険要素が発見されました。奥様はご存じであるのかご確認を入れたく」

「具体的に」

「はい。人の意識、思考のリバースエンジニアリング。いわゆるピーピングですね、電脳法違反です。正直、今更ではあるんですけど」

「では何故今? 貴方の倫理がそこを問題視した、ということではありませんよね。今更というには、ある程度は容認していたのでしょう?」

「ええまあ」


 神様が人を集める以上、そこは確実に出てくると考えていたハルだ。ルナの母の言う通り、そこをハルが問題視することはない。

 彼らの人間への興味は止めようがない。人を集めたら、解析してしまうのが本能とも言えるだろう。そして、その結果は興味に留まり、人間のように悪用することはないだろう。

 ハルもまた、カナリーに自身のデータを隅々まで解析された身だ。文字通り、身をもって知っている。


 ならば何故、今この話題を出したかといえば、まずは話の取っ掛かりだ。

 ハルが問題と思ってなくとも、これは明確に法律違反だ。エーテルネットを介し、行動の記録ログを取る以上の目的で人間の思考データを収集蓄積サンプリングすることは禁じられている。

 読心を禁止する、通称『読禁法どっきんほう』。独禁法ではない。


 あの視聴者の意識を反映した人魂は、確実にその領分をおかしているだろう。

 奥様がそれを認識しているかの、軽いジャブだった。


「今回、その証拠となる映像が記録されました。見る者が見れば、関連性は明らかとなってしまうでしょう」

「見るものとは? 具体的に」

「……僕らが見れば、ですね」

「ならば問題はありません」


 ばっさりとルナの母は切って捨てる。この辺、彼女は別に潔癖けっぺきではない。

 言い方は悪いが、『バレなければ良い』、を地で行く彼女だ。ハルの母親代わりでもある人だ、自然、そういう部分はある。


「“知っての通り”、今更、法の一つや二つ違反することを気にする私ではありません。彼らを使うと決めたときから、そこは織り込み済みです」

「……まあ、そうですよね。僕をかくまってくれている時点で、今更ですか」

「そうですよ、光輝さん」 (お母さん、ハルくんのためなら悪いことなんでもしちゃうんだから!)

「おや」

「……何か?」


 一瞬、『奥様翻訳機』が反応した。内容が内容だけに、こそばゆい思いがしてハルが対応に迷っていると、その間に彼女はまた居住まいを正してしまったようだ。

 今はまた、『内心』の見えぬ厳格な女傑に逆戻りだった。


「話がズレましたね。本題にもどりましょうか」

「はい、奥様」

「要件とはそのことですか? であるならば、“問題ありません”。また、問題が出そうななのであれば、速やかに対処なさい。そのための貴方です」

「理解しています」


 元より、その為に自身もあのゲームを遊んでいるハルだ。

 ……最近は、本来の目的よりも少々ゲームそのものを楽しんでしまっている節はあるが。


 ただ、彼女がどの程度までそうした問題を孕んだそれらの要素を許容しているのか、そこは確認しておきたかったハルである。

 ハルの自慢とする洞察力により、いくら隠そうとしても対面で向かい合ってしまえば、それこそ読心レベルでその内心を読み取ってしまえる自信があった。

 特に、相手が家族同然の付き合いの長さのある彼女であればなおのこと。


「そのことなのですが。奥様が彼らとの契約の際に、先んじてそうした問題に繋がる要素をご存じであれば、お教えいただければ嬉しいのですが……」

「存じません」


 彼女の答えはきっぱりとしたもの。その簡潔さには、一切の裏が感じられない。ハルが感じられないのだから、奥様は本当に知らないのだろう。

 ハルが自身の読みに自信を持つほど、おのずと結論はそうなってくる。

 だが、なんとなく腑に落ちない、というのが今のハルの正直な感想だった。


 確かに、感情面を抜きにしても、理屈の上でも納得のできる内容だ。

 ルナの母が担当しているのは広報、および配信面でのサポートだ。課金関係もそうだろう。

 つまりは神様が苦手とする、こちらの世界の人やお金にまつわるバックアップを引き受けているだけであり、その他の技術には関与していないと考えるのが自然だ。


 特に、あのゲームは基幹技術が魔法によって構成されている。

 そのため、『詳細は知らない、先方に任せている』、といった認識であっても、決して無責任とは言えない内容だ。


「光輝さんは、あの者らが何か良からぬ事を企んでいると考えているのですか?」

「……そうは言いません。ただ、根本的に価値観の異なる者たちです。良かれと思ってやったことが、この国にとって不利益となる可能性は否定できません」

「そうなのでしょうね」


 そもそも、神様たちは日本人に不利益を及ぼすことはない。いや、不利益を及ぼそうという気は、ない。

 むしろこの世界の為になることを積極的にしようとするのが、彼らの生物としての本能に根ざしているとまで言える。発生の経緯からして、そうした存在だ。


 だがその方法が、必ずしも人間の望むものであるとは限らないのが、困ったところだ。

 これは、今は仲間であるエメを実例とすることが出来てしまう、ある意味、証明済みのことだった。


「貴方の不安も理解できます。大変だったと聞きました」


 不意に、ルナの母の声音が和らいだ。いつもの厳格さは(多少だが)影をひそめ、こちらを労う調子が混じっているのが感じられる。

 “こちらの”彼女にこうして接してもらうのは初めてのハルだ。これも、新鮮な経験である。普段ならば、常にハルには厳しくあれというのが“こちらの”彼女の方針だった。


「しかし、そこに対応できるのは我々ではなく貴方しか居ません。彼らに最も詳しいのは貴方です。……期待していますよ?」

「……はい、奥様。ご期待に沿えるよう、力を尽くします」


 そう言われてしまっては、そう答えるしかない。

 結局、『こちらとしては何も知らない』、という対応に終始する結果に終わった今回の訪問だ。あくまでルナの母は日本側のセッティングをする協力者という立ち位置だ。


 彼女の常ならぬ態度に、奇妙な違和感は大きく沸くハルではあるが、ハルもまた彼女の全てを知っている訳ではない。まだ知らぬ一面もあってもおかしくはないだろう。

 そうして疑問は残りつつも、仕事としての会見は終わり、今日はこのまま泊まっていけという流れになるようであった。

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