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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部2章 ミント編

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第586話 故郷で異世界の、まちのなか

 少々久しぶりに感じる日本。ハルたちはいつものメンバーで、揃って日本の街をゆっくりと歩いている。

 ただ、エメだけはお留守番だ。神様である彼女は、おいそれと二つの世界を隔てる次元の壁を跳躍することは出来なかった。


《うー、うー! わたしだけお留守番ですよお……、不公平っす! 酷いっす!》


「仕方ないね、エメは精神体なんだから」


《普通はこういうのって、精神体の方が色々と融通が効くものじゃあないんすか!?》


「いや知らないよ。そんな世界の仕様に文句つけられても……」

「人間の体、捨てなければ良かったですねー? そうすればこうして、私のようにハルさんとデートできたんですけどねー?」

「あらら、カナちゃん、だめだよ? そんな見せつけるようにしたら。ここは他の人の目もあるんだから」


《ユキさんも微妙に論点ズレてるっすね!? 他人の目が無くても、わたしに見せつけちゃダメっすよ!?》


 そんな風に、口では羨ましそうにしているエメではあるが、実際のところはそんなに日本へは来たいとは思っていないようだ。

 もちろん、生まれ故郷への郷愁きょうしゅうの念はあるのだろうが、それでも以前の戦いで、この地に向けるべき複雑な想いの大半は吹っ切れたようである。


 いつか、機会があったら戻りたい。そんな思いを寄せる土地というのが本心だろうか。

 カナリーもそれはきちんと分かっている。今はエメが、己への罰を誰かに求めていることを察しているからこその行いという面もあるのだろう。


「まあ、どうしてもと言うならー? あなたがまた人間の体を得られるように協力してやらないこともないんですけどー」


《はは、優しいっすねカナリー。でも、今はいいっすよ。いずれ、ゆっくりとで》


「ふーんだ。せっかく親切で言ってあげてるのにー」


 こんなやりとりは何度目だろうか。多少の既視感きしかんのあるそんな通過儀礼を経て、ハルたちは再び近代的な日本の街をゆく。


 最近は、異世界の方のお屋敷と、そこからログインするゲームを往復する日々が続いているので、この地はあまり訪れることの減った一行だ。

 ハルとルナは学園もあるが、ここのところルナの登校頻度が減ったので、ハルもまた分身を使っての登校もあまり行っていなかった。


 そんな中、ある意味でいつも通りなのがユキだった。普段から電脳世界が己のホームとも言える彼女は、ハルたちと共に過ごすようになって、むしろ外出頻度が増えたとまで言える。


「……日本に“ログイン”するのも、久しぶり、えへ。なんだか、ファンタジーばっかりやってた中で急にSF始めた気分になるね」

「ユキはまた、よく分からないことを言い出して……」

「ですが、わたくしも同じような気分ですよ! ここは、“あうぇー”ですから!」

「いいえー、アイリちゃんー。ユキさんのそれと同じにすると、ちょーっと問題がありますねー?」

「??」

「はぁ……、こちらのユキは大人しい割に発言が普段に輪をかけておかしいのよね。体の方は、相変わらずこんなにえっちなのに」

「うおわぁ。ルナちゃん、やめれー? 公衆、ほら面前が公衆だから?」


 そんな女の子同士の可愛らしいじゃれ合いの中、男一人のハルはもちろん居心地が悪い。微妙に何処に立ち位置を設定すればいいか迷う。

 ここでルナとユキから離れ、アイリとカナリーの方へと寄っても、今度はその二人から無邪気なスキンシップを受けるだろう。進退窮しんたいきわまるとは、まさにこのこと。


「ハルさん、どうしたのですか? あ、分かりました! 今日は“女性ではない”ので、戸惑っているのですね!」

「その通りだけど、ちょーっとばかり語弊ごへいがあるねアイリ? それだと僕が、こっちでも女性で居たいみたいになるよ」

「あら、いいのでなくて? こちらでも女装をしましょうよハル。ええ、それが良いわね。女性キャラクターを演じるなんて中途半端だと思っていたところなの」

「ほら、変な人が反応しちゃった」

「……変な人は、ストレートに失礼ね?」

「ハルくん、たすかた。あとは、まかせた」


 ルナのえっちな目線がハルへと向いたのを良いことに、すかさずその魔の手から逃れるユキ。その大きな体をちぢこめて、ハルの肩に手を置いて後ろへ隠れる。

 こちらの肉体の方では元々ゲームよりも接触を恥ずかしがらなかった彼女だが、最近は特に“体の接触”に少しづつ慣れてきているユキだった。


「……まあ、これはこれで。ハル? 今日はユキをそのままエスコートしてあげなさいな、せっかくですし」

「ふわっ! べ、べつに私、そんなつもりじゃ……」

「もう、いいからそのままくっつくの」


 そうして強引なルナの手によって、少し珍しい、ユキと手を組んでのデートコースがスタートしたのだった。





「それでー、ルナさんのお母さんはすぐには会えないんですかー?」

「まあ、向こうにも予定があるし」

「そうでしょうかー? 私が遊びに行くと、いつでも歓迎してくれますよー?」

「……そうね? でもそれは、カナリーだからでしょうね? 私たちとしては、奥の間に直接<転移>して行くなんて訳にはいかないの」

「僕ら、神出鬼没しんしゅつきぼつじゃ通らないからね。きちんと表を歩いて行動履歴を残さないと」

「む、むしろ、なんでカナちゃんは通っちゃってるんだろね? ふしぎ」

「人徳ですー」


《触らぬ神に祟りなしって感じじゃないっすか? あいたっ! な、なんすか!? 時空を超えた攻撃っすか!? どうやって! ……いえ、このためだけに、そんな無駄なことを?》


「神の祟りでもあったんじゃないですかー?」


 神様の世界はツッコミ芸も高度な技術が求められるようである。とはいえ、どうでもいい事なので放置するハルだ。


 さて、そんな座敷童ざしきわらしよろしく突然現れるカナリーを、ルナの母は可愛がってくれている。

 とはいえ、ハルたちまでそれに倣う訳にはいかない。

 特にハルがそんなことをすれば、奥様の内心はともあれ表面上は非常に厳しいお言葉と表情をいただくだろうし、今言ったように行動履歴に矛盾が出る。魔法の存在はルナの母以外には秘密だ。


 なのでこうして事前に連絡を入れ、自宅となっているユキの屋敷から物理的に歩いて向かっているのであった。


「やはり、ルナさんのおうちも貴族だったのですね! 先ぶれは、必須なのです! 面倒なのです!」

「おやめなさいなアイリちゃん……、確かに、変に意識高いのは認めるけれど……」

「現代版貴族だってよく言ってるじゃないルナ」

「そうだけれど、改めて突き付けられると、少々ね?」


 自宅を訪ねるだけでも面倒がつきまとう、という点で王女であるアイリも共感したようだ。どの世界も、礼儀に厳しい家がある。


「ただまあ、こうしてみんなと出歩く時間が出来るのは、良いことだと思うよ、僕は」

「ハハハハルくん? すぐとなりで、そんな風に囁くの止めてもらって、いいかね?」

「わあ、ユキ、めっちゃドキドキしてる。“腕から”鼓動が伝わってくるレベル」

「ふおおお、わたくしも、甘くささやかれたいですー……」


 甘くはない、別に。断じて。

 ただユキは今いろいろと限界なので、ハルがどんなアクションを起こしても恋人同士の甘い展開に変換される脳内フィルターが展開されてしまっているのだ。恐ろしいのだ。

 のだが、これもまたハルにはどうしようもないので放置している。

 もう何をしても甘く受け取ってしまうだろうから、手の打ちようがない。


「……ユキが心臓麻痺で倒れないように、バイタルはしっかりチェックしてあげなさいね?」

「でも介入は最低限に、ですよー?」

「そうです! そのトキメキを抑え込むなど、この世の誰にも許されません!」

「むしろ抑え込んでぇ……」


 そんなユキが助けを求めるように目を向けたのが、街中まちなかにある明るめのカフェに展開された大きな投影型モニターだ。

 その画面には、今ハルたちが遊んでいるゲームの内容がどうやら映し出されているようだった。


 仕掛け人であるルナの母のお膝元であるこの街。広告効果は最大限に発揮されている。

 その店だけでなく、ところどころでゲームの配信画面や、ゲーム自体の広告などを頻繁に目にすることが出来た。


「あ、ねえねえハル君? あのゲームの、画面でてるね?」

「ああ、こっちでも結構見るね。まあ、奥様肝いりのプロジェクトだ、流行らない訳がないんだけど」

「や、そのね、そじゃなくて。つまり、これを見てるひとも、あっちでは今人魂になってるんかなぁ、って、思ったの」

「ああ、なるほど。エメ」


《はいっす! 回答から簡潔に。『なってる人もいれば、なってない人もいる』、が答えです。その辺りの詳しいことはエーテルネットの仕様の話になるので、わたしみたいな素人よりも専門家の中の専門家であるハル様から解説していただければ》


「確かにそうだけど、君も最上位の専門家だろうに」


《いえ、わたしなんかハル様と比べればシロート丸出しっす!》


 どうだか。そもそも今のエーテルネットを日本に普及させた張本人はこのエメだ。その根幹は研究所の仕様を流用したとはいえ、初期設定に噛んでいる紛れもない人物である。

 ハルは確かに大きな権限と技術を有しているが、今のこのエーテルネットに関してはエメの方が詳しい可能性だって否定できない。


 専門家の自称素人発言ほど信用できないものもない。


「まあいいか。エメの言う通り、これは見てる人によってバラけるね。そしてこれは、別にモニターを真剣に見てるかどうかの差って訳でもない」

「そうなんだ? 注意深く見てるほど、意識が向こうに持ってかれるんじゃないの?」

「そうでもなくてね」


 そこは、どの程度の深度でエーテルネットへ接続しているかの差であった。

 例えばあのカフェに見えるモニターを映すためには、恐らく店員が、ゲームへと接続している必要がある。

 それは仕事中にゲームをしているという意味ではなく、関係のない無意識の部分で誰かが処理を行う必要があるということだ。


 逆に、その画面を食い入るように見つめている客がいたとして、その客がほとんどネットに接続していなければ、いくら内容を脳内で反芻はんすうしていたとして、その情報は向こうに反映されないだろう。

 ただ物理的に映像を見ていることに神様の求める価値はない。


「まあ、設定でわざわざ拒否でもしていなければ、近くに居て見ている人は大抵は処理能力を食われているとは思うけどね」

「ふーん? よくわからぬ……」


 まあ、そんな疑問に処理能力を回したことで、ユキの緊張も多少はほぐれたようだ。

 ハルたちはそのカフェには入らず、そのまま気ままに街を進んで行くのだった。

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