第585話 神様の習性
「あの人魂について分かったの?」
「はいっす! おそらくこれだろうという推論が、今回完成しましたよ!」
ハルが放送を切りログアウトしてすぐのこと、先ほどの裏世界について解析を進めていたエメから報告があった。どうやら言いたくてうずうずしていたようだ。
その様子を例え、『まるで忠への労いを求める愛犬のようだ』、とはカナリーの言。AIらしからぬ姿に呆れ気味であった。
それについてはカナリーも人のことを言えないと思うのだが、まあ今は置いておこう。
「じゃあ、話してみて?」
「了解っす! あの浮遊する光、ハル様の言う『人魂』ですけれど、なかなか的を射た表現だと思います。あれ、恐らくは人の意識を視覚化したもので間違いないです」
「人の意識か……、まあ、こうして賞金を餌に、大量のプレイヤーを集める企画を展開したのはそういった狙いがあるのではと思いはしたけど……」
特に、このゲームを形作っているシステムの根幹は、マリーゴールドの技術提供によるものだ。
彼女からしてそうした人の意識に興味を寄せる部分が大きく、その技術を受け継いだここの運営たちもまた、人間の意識に関する目的を持っていることは可能性の一つとしてハルは考慮していた。
「ああ、そっちじゃないっす。プレイヤーの意識は、今回おそらく無関係ですね」
「……そうなの?」
だがエメから続いた言葉は、ハルの予想の内容とは違っているようであった。
ここは、意識といえばハル自身を含むプレイヤーのもの、そう当然のように考えていたハルにとって不意打ちじみた衝撃をもたらす。
では、プレイヤーの意識でないとするならば残るは。
「そうですよハル様。視聴者の意識っすね」
「まあ、そうなるね」
「とりわけ、自分もダイブして深く接続してる人の意識が強く表れてますね。リアルでなんかやりながら、モニターで見てるだけの人のはそこそこっす」
「ゼロじゃないんだ、それでも。そこは流石というべきか、貪欲というべきか」
情報量の多い、『フルダイブ視聴者』のものだけデータを取り、他の接続が浅い者はノイズとしてカットする、というのが効率的なやり方だ。ハルならばそうする。
そこを除外せず、データは得られるだけ得る、という気概を感じる。
このゲームの放送は、フルダイブにて視聴することが出来る。
通常のパネルモニターに投射しての視聴も勿論可能なのだが、フルダイブすれば臨場感は段違い。まるで自分も憧れのプレイヤーと共に冒険している気分が味わえる。
ハルは冒険をしないのでその興奮はないが、美しい女性たちの花園に入り込んだ気分を大いに味わえるだろう。その夢を壊さぬためにも、ハルが男性であることは絶対に秘密である。
「なるほど、その大きさの比率の大小と、ダイブ視聴者とモニター視聴者の比率から、エメはその結論に至った訳だ」
「そのとーりっす! そして、それだけじゃないんですよ。人魂の行動経路にも注目です。大きな流れに同行する数、逆にこちらから離れる数。それが、ハル様の放送に入る、または去る人数と同期してました。そこが決め手っすねえ」
「なるほど、確かに決め手だね。そこまで一致した条件があって、『偶然です』じゃあもう通らない」
この世の中に偶然は多々あれど、あまりにも天文学的な一致などそうそう無い(だが稀にあるが)。
そうした詳細な数値までの一致を見た物は、憶測の段階でも事実であると仮定して進めても構わない範囲だ。
もしくは捏造となるのだが、エメはハルに対して偽りを行わないので、その仮定は意味がない。
向こうの神様が、今回はあの少女、コスモスがあえてそう誤認させるためにそうしたデータを提示してきたという可能性なら、まだ否定できないか。
だが今のところそうする理由もまた不明となるので、今はエメの仮説が真実だという前提でハルも話を進めることとする。
一応、更に隠したい真実から目を逸らさせるための偽装、ということもあるので過信は禁物だが。
「じゃあ、あの建物なんかも?」
「その可能性は高いっすね。箱庭を作って遊びたいなら、ゲーム本編でやればいいんです。そうせずに、あえてあんなところで隠れて砂場遊びをする意味はありません。なのでアレらは、人の意識が集合した結果生まれた自動生成の賜物じゃあないかと」
「……まって? それはさすがに、話が飛躍しすぎではないかしら?」
「そっすかねルナ様。わたし、もう確定でいいと思うんすけど」
「人魂が、人の意識というのはデータがあるというのは分かったわ? でもそこから先は、まだ未知数でしょう?」
「んー、確かにそですねえ。ここは、なんと言いますでしょうか、『神の習性』、みたいなもんですかね。要素を集めたら何をするか? それを元に自動生成させるんですよ」
神が、元はAIの彼女らがデータを集める時なんてそんなものだ、と自身も習性を同じくする者としてそう断じる。
もちろん個体差はあれど、人間の習性と同じく、よほどの事がない限り動かないものなのかも知れない。
「なるほど……? 企業が何かしたら、過程はどうあれ結果的に利益が見込める行為のはずだ、という前提で推測するようなものかしらね」
「それもそれで、例外はあるんじゃねルナちー? 慈善事業とか」
「しないわよ、普通は。慈善事業と銘打った行為だってどこかの視点では利益が見込めるわ? そうね、でも例えば、ハルのような人が経営していたら、読み誤るかも知れないわね?」
「ああ、そりゃ何するか分からんねハル君じゃ」
「酷い言われようだ……」
ただ、確かにハルはさほど金銭に執着はしない。もしそんなハルがライバル会社の社長だとしたら、その相手は次の行動を読むのに難儀するだろう。
理外の打ち筋とでもいうのか、ゲームにおける定石のようなものは何にでも存在する。そこを外してくる相手は、上級者ほど苦戦してしまったりするものだ。
「初心者相手だとたまにあるよねー、『なんで今そのカード切るかなぁ、ありえないっしょ』、ってことが」
「その方も、何で切ったか分かっていないのでしょうね。分かっていないので、累計で見れば負けが込むのでしょうけれど」
ユキも憶えがあるようだった。感覚派でありつつも、そういった定石はきっちりしているタイプのユキだ。上級者を相手にすることが多いからとも言える。
ただ、根っこの部分でやはり感覚派であるので、それだけで彼女を崩すのは難しい。
さて、ハルのせいで少し話がズレてしまったが、要するにそうした神様の定石だということだろう。
「あれ? そういえば、疑問という訳でもないのですが、アイリス様の時はそうした人魂はいらっしゃいませんでしたよね?」
「そうね? エメ? そこのところはどう考えればいいのかしら」
「えっ? そっすね、違うのは、人が違うからじゃないっすかね?」
「そんな、当然のような顔をして言われても……」
同じ運営陣に属しているアイリスとコスモスでも、彼女ら個人個人の目的はまた別となる。エメはそう言っている。
これも、神様としては常識の部分なのだろう。
ここについては、カナリーたち七色の神様たちで散々と例を見てきたので、ルナもすんなりと納得したようだ。
少々、神に毒されてしまったとも言える。そこはもっとルナは疑問に思っても良いと内心感じるハルだった。『同じ組織なのだから、同じ方向を向くべきでしょう』と。
そんな、神様特有の視点によって、少しずつ彼女らの目的が浮かび上がってきた。
ただ、まだ何を目的としているのか、それその物は判然としない。ひとまず手段が見えてきただけだ。
そこを取っ掛かりに、更に調べを進めていかなければならないだろう。
◇
「さて、とはいえどうするかねえ。ここから、どう攻めるべきか」
「どうって、正規の入り口が分かったんだし、そうするんじゃないの? また『賢者の石』みたいの作る方向で!」
「しかしユキ? それに乗っていては敵の思惑の裏をかくことは出来ないわ? やはり非正規の、バグから攻めるべきではなくて?」
「て、敵なのですか!?」
「敵ですよーアイリちゃん。やっつけるんですよー?」
「いや、敵じゃないから……、少なくとも、そう思いたいね」
ただ、ユキの言う正規の方法、先ほどのような招かれる形を狙った場合、彼女らの思惑に沿ってしまうのは避けられない。
それはそれで、その思惑を知る事にも繋がるので構わないのだが、いわば『神の手の上』から抜け出ることが出来ないのもまた事実だろう。
「それに、なんだかんだ言って楽しんじゃってるんだよね、最近の僕」
「それは、別にいいのではなくって? 私は正直、ハルがこのまま優勝してしまったとしても咎めたりはしないわ?」
「僕が自分を咎めるのでそれはしないよ。ただ、<賢者>のこともそうだけど、重要ポジションに誘導はされそう」
「そして、それを全部断ると!」
「あはは、それも面白いかもねユキ」
「重要ポジションが、誰一人として居なくなってしまう世界の誕生なのです……!」
結果、クリアできなくなったりしそうだ。
いや、あの隠し要素はゲームクリアには直接影響しないと言っていたのでそれはないだろうが。
「その正規ルートだけど、本当に『正規』かもまだ怪しいと思ってるんだよね、僕としては」
「というと、あれはただの言い訳ということかしら?」
「うん。バグの穴を塞いで、しれっと『もともとこういう演出なんですよー』って言ってのけた感が少し感じられる」
「そうね。やるわよね、たまに。……たまにね?」
なんだかゲーム運営として共感させてしまった。珍しく少しバツが悪そうなルナである。レアな表情が見られた。
何か変な部分が見つかっても、それを『仕様』として押し通してしまうことが稀にある。
ユーザーとしても、『これはバグだ』、という勢力と、『いや、何かの準備に違いない』という深読みする勢力が対立したりする。
「そうだとすると、今後はバグの線を攻めても、『仕様』の方に飛ばされるかも知れないってことかー」
「そうなのですか、ユキさん?」
「うん。バグはこっちとしちゃ楽しいけど、あっていいものじゃないからね、基本的に」
「なるほど!」
昔のゲームを良くやるアイリだ。なので割とバグは慣れっこなのだが、現代ではその概念が形骸化して久しい。
大々的に人気を集めているゲームで、あってプラスになる面は少ないだろう。
「だから、少し考え中」
「そうなのね。ならば、たまには大人を頼ってみるのはどうかしら?」
「別に僕も子供じゃないんだけど……、というとつまり、奥様だよね?」
「ええ、今回の件、お母さまも深く関わっているわ? ……どう考えているのか、いい機会だから聞いてみたくて」
今回、人を集める、という面に関してはルナの母の手腕によるところが大きい。
根本的な部分で異世界から出ることのできない神様では、ユーザー数を集めることに関してはこれほどの大きな事業に出来なかっただろう。
そこは、カナリーたちが証明してしまっているとも言える。
そんな、悪く言えば共犯とも言えるルナの母は、そうした裏事情についてどれほど知っているのだろうか?
確かにそこを、一度確認しておいた方がいいのかも知れなかった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。
追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/22)




