第584話 加速する経験値
コスモスが眠そうに会話を切り上げると、その姿は早々に消えていった。
以前はよく見た転移のエフェクトではない。まるで空気に溶けるように、薄くなって自然と消えてしまったのだ。
その場には代わりをするかの如く、また空間の乱れが配置されていた。
ハルたちもその中に入ってこの空間を後にすると、元居た屋敷へと戻されるのだった。
「これで、イベントは終わりか。お疲れ様」
「ただいまです! ……思ったよりも、あっさりでした!」
「突発だったからねぇ。時間の都合とか、考慮してくれたんじゃないのかな」
「確かに! 流石はユキさんなのです!」
急にあの世界に連れていかれて、長時間拘束されても都合が悪い人が居るだろう。そのように、ユキはアイリに説明していたが、それは少し怪しいとハルは思う。
終始けだるそうにしていたあの神様のことだ。やることだけやって、さっさと自分の世界に戻ってしまったのだろう。
あの場所が自分の世界なのではないか、という疑問はさておくとして。
「おかえりなさいー。どうでしたー? あの子に会った感想はー」
「うん。カナリーちゃんみたいだったね」
「えー! 私あんなんじゃないですよー。まったく、失礼なハルさんですねー」
「そうだね。カナリーちゃんはぽやぽやさんなだけで眠そうじゃないもんね」
「ですよー? いつもおめめパッチリ。不眠不休で働ける女なのですよー」
神様の中でも、睡眠に対して感じている思いについては統一されていない。
カナリーのように眠らずに済むことを便利と思うタイプ。逆にさきほどのコスモスやおなじみの猫のメタのように、眠る事に対してなんらかの憧れのような感情を抱くタイプだ。
きちんと調べた訳ではないが、ハルの出会った中ではなんとなく前者が多いように思う。
元がAIである神様たちは、自身の行動の効率の高さを重んじる傾向が強くなる気がする。カナリーではないが、寝ずに働けるのは都合が良い、とするタイプだ。
ハルはといえば、やはりハルも同じだろうか。ハルの場合はどうしても働くというよりも、『寝ずにゲームする』、方のイメージが強くなるので少々間抜けだが。
ただゲーマーとしてどうしても有利になるのは間違いなく、たまにユキに羨ましがられたりする。
とはいえ、たまに眠ること、特に夢を見ることについて憧れのような感情を抱くときもあり、どちらの気持ちも理解できるハルだった。
「それよりハル様! 聞いてください、聞いてくださいよ! わたし、頑張ってデータ取ったっすよ! ……解析はまだですけど。でもでも、こうご期待っす! かならずや、それこそ不眠不休で、ハル様のお役に立つ情報を引き出してみますね!」
「エメの声は目が覚める元気さだね。期待してるよ」
「やたー! やかましいのが、たまには役に立ちますね!」
「いや寝ぼけ眼にそのテンションはイラっと来るだろうけど」
「酷いですよハル様ぁ……!」
少し物思いにふけってしまったハルの精神を、エメの元気な声が引き起こしてくれた。
彼女もまた、眠らぬ世界の民である。いや、こちらに戻ってきたと言うべきか。人間の体を得ていた時期があった彼女は、どちらの気分も知っているということになる。
後で、そのことについて聞いてみるのも良いかも知れない。ただ、今はゲームに戻ろう。まだ放送中だ。
「さて、放置していて悪かったね君たち。コメント欄が目に入らなかった訳じゃないけれど、どうしてもイベント優先になってね」
《おかえりなさいローズお姉さま!》
《全然かまわないっす》
《こっちもこっちで盛り上がりました!》
《あれが神様なんだね》
《想像と違った》
《いや想像通りだった》
《神秘の中身なんてあんなものってこと?》
《いや、あっちの神様も俗っぽかったから》
《制作会社の趣味か》
突発的なイベントは終わったが、彼らはまだ語り足りない様子だった。ハルもそのためここで放送は切らずに、執務室の椅子に腰を下ろしてしばし雑談の時間とした。
反応は様々だ。神様の存在が確定したことで、これからのゲームの進行について意見を交わすもの。神からのご褒美としての役職やスキルに想像をかき立てられるもの。
そういったシステム面での意見と双璧をなすのが、コスモスのキャラクターについてだ。
ハルはそうした会話に耳を傾け、時にはそれを拾い上げて相槌を打ちつつ、先ほど手に入れたスキルである<二重魔法>について試すことにした。
「あ、ハルちゃんがまたなんかやってる気配がする」
「あ、バレた」
「そりゃ、分かるよ。新しいオモチャ手に入れたんだもん、遊んでみたくなる」
付き合いの長いユキが敏感に、ハルが裏でしようとしていた作業を察知したので、ハルもその画面を彼女と視聴者に分かりやすいように表示した。
常に動かしているスキルの生産ラインは二つ目が表示され、それぞれ別のアイテムを生成中だ。
単純に効率は二倍となり、今後は更に売り上げも加速するだろう。
「もはや<商人>よりも<商人>ね? 本業が泣いているわ?」
「一番泣いてるのは薬屋さんでしょうねー。<調合>関係は完全にあがったりですー。あ、でもー、今後は自分で使うんで販売には回らないんでしょうかー」
「<大量生産>が減るからね。ただ、大量に下位アイテムを作るのは変わらないからゼロにはならないよ」
《<大量生産>って何がダメなんだっけ》
《効果が一律で同じになる》
《ああ、<解析が>無意味になるんだ》
《平均的に同じ物生み出せるって普通は利点だけどな》
《新薬のレシピも公表されたし、実は追い風》
《今後は<調合>関連の職は活性化するはず》
今後も、完全回復薬の生産は精力的に行っていきたいハルだ。更なる新アイテムの開拓も行いたい。
その為には、高品質のアイテムを生み出すことが必要となった。販売用の<大量生産>を行うと、そこが頭打ちにされるので生産力はどうしても下がるはずだ。
しかし<大量生産>により得られる経験値もまた存在する。エメやカナリーの効率計算を頼りつつ、バランスよく行っていきたい所である。
《職といえば、ローズ様はなんで<賢者>にならなかったの?》
そんな<役割>の話の中で、もっともな質問が視聴者からハルに飛んできた。
皆気になってはいたようで、すぐにコメント欄はそれ一色となってゆく。ハルも、その当然の疑問に答えることとした。
といっても、さほどの大層な理由は無いのだが。
「別に、大した話ではないよ? 僕には合わなそうだなって、そう思っただけ。僕は俗物だからね。<賢者>なんて大層な称号は似合わないよ」
「えー、そーかな? ハルちゃんって賢者似合いそうだよ? なんというか、達観してるというか超越してるというか、そんなとこが」
「それに、今の言い方だと<貴族>は俗物ということになるわハル? ふふっ、全国の貴族を敵に回したわね?」
「ぞくぶつ! です!」
《現代には貴族おりゃん》
《むしろローズ様たちが貴族》
《お金持ちと貴族はちがくない?》
《貴族はお金持ちだろ?》
《豆知識だが実はそうとも限らない》
《へー》
《じゃあ何だったら貴族なの?》
《……尊かったら?》
《やっぱローズ様たち貴族だわ》
《尊い……》
中には立派な貴族も居るのだろうが、基本的には俗物である、と貴族社会に明るいアイリも肯定している。全身で表現している。
「まあ、これだけ金使いの荒い僕が今更いきなり『<賢者>です』、なんて言っても、ねえ?」
「確かに、ロールプレイがブレるかしら? 聖人のようなルートを目指す人は大変そうね」
「えー、逆に賢者ってそういうもんじゃないの? 遊びまくって、悟りを開くというか」
「確かに、そういう流れありますよねー。この世の酸いも甘いも噛み分けるんですねー? 知りませんけどー」
「深いですー……」
《深いな》
《深い》
《賢者タイムって言うもんな》
《おいやめろ》
《危ない危ない》
《結局、なにやる職業だったんだろうね?》
《確かに、そこが気になる》
「そうだね。今となっては確かめようがない。コスモスちゃんに聞いておけばよかったね。まあ、この<二重魔法>の前では全てが霞むけど」
「お気に入りね? 水を得た薔薇だわ?」
「朝露に濡れて、香しいですー……」
アイリが詩人だった。お屋敷の庭の花畑にも、美しいバラの花がある。
それらを愛でるのが、最近のアイリの楽しみの一つだ。ハルも彼女と並んで、彼女ごとそれらを愛でたりする。
さて、そんな話の裏で、その<二重魔法>のテストはついに戦闘面の試験に入っていた。
その利便性はすさまじく、この場より遠方のダンジョンへと飛ばしたカナリアタイプの使い魔たちから、次々と<神聖魔法>がモンスターに向けて射出されている。
さほどの威力は出ないのだが、周囲を包囲する小鳥たちの、どの個体から発射されるか分からないというところが、非常に厄介だ。
「おお、可哀そうに。翻弄されちゃってるっすねえ。なまじ、このゲームはモンスターのAIも優秀だから、プレイヤーの攻撃を読んじゃうんすよねえ。そこを、相手がハル様だと逆手に取られると」
《これはAIじゃなくてもキツい》
《敵があわれ》
《まさに袋叩き》
《包囲されてるから逃がしてもくれない》
《ローズ様を敵に回すとこうなる》
《憶えときな!》
「こらこら、脅迫しないの君たち」
でもやるのだが、実際。やはり<賢者>とは程遠いハルである。
「今後はこれで、更に経験値アップだね!」
「だね。それに加えて、<復活者>もある。常にコストをマイナスまで支払って常に死にかけることで、更に経験値追加」
「うわぁ……」
そんな、常人には色々な意味で成し得ない方法にて、ハルは更なる経験値の取得方法を無事手に入れたのだった。
※誤字修正を行いました。(2023/5/21)




