第583話 二重魔法
「ところで、聞いておきたいことがあるんだけど」
「なぁに~? 答えられないことは、答えないよぉー」
「この指輪のことなんだけど」
「答えないよぉー」
話が終わってしまった。
ここはアイリスと同じ、詳細を語る気はないらしい。
「それを解き明かすのがー、ゲームの楽しみでしょー?」
「確かにね」
「でしょー」
「……ん? いや待てよ? それを解き明かすために色々と頑張って、僕はここまで辿り着いたんじゃなかったっけ」
「ちぇー」
つい丸めこまれそうになってしまったハルだ。コスモスはその独特なゆったりとした喋りで、ペースに乗せる雰囲気づくりが上手かった。
「じゃあねー、わたしもお手伝いしてあげるー。<賢者>にならない代わりの、お役立ちだよー?」
これも、譲歩してヒントをくれると見せかけて、また煙に巻こうとしているに違いない。
彼女の言う『お役立ち』とは、世界の謎に迫るお役立ち情報、ではなく、通常のゲームプレイにお役立つ何らかのことだろう。
一見良い話に見えて、そこにハルの求めるものは無い。ハルは他のプレイヤーと違って、ゲームクリアし賞金を貰うことを目的としたプレイはしていないのだ。
だからこれも、毅然とした態度で断り確実に情報を引き出すよう交渉せねばならない。
「<二重魔法>はどうかなー? 通常、同時実行できないスキルを二重に発動できるよー」
「素晴らしいね。それは貰いたい」
意思の弱いハルだった。
……仕方がないのだ。これは内容が魅力的すぎるのだ。
考えてもみてほしい。ここに来るまで、『どのように追加で経験値を稼ぐか』に腐心してきたハルである。
この二重魔法があれば、そのために取れる手段は大幅に増える。
単純に生産スキルが二倍回せるのがまず一点。<錬金>に加え<調合>や<細工>など、アイテム生産スピードが増せばそれだけ売り上げが伸びる。
販売実績が加速すれば、それだけ<商才>から入る経験値もまた増えて良いことづくめだ。
そして次に、生産しながら攻撃魔法スキルが使用可能になること。
生産中の待機時間は、他のスキルが使えなくなっている。当然だろう、生産中に攻撃できるならば、冒険中だろうが何だろうが打ち得だ。
生産スキルの所持は必須となり、常に生産枠に何かを入れておくことも必須となる。息つく間もないゲームだ。
だが、ハルならばそんな忙しいプレイでも可能である。
貧弱さが悩みだった使い魔の戦闘能力に<神聖魔法>が加わり、多少は戦力増が見込める。
低ステータスから放つ魔法にさほどの威力は期待できないが、それでも無いよりはずっとマシ。育てにくかった魔法スキルの訓練にもなる。
ざっと思いつくだけでも、これほどの利点のあるスキルだ。断る理由が無かった。さらに。
「……ハル? 今必死に、心の中で自分を納得させる言い訳をしていなくって?」
「正直申し訳ない……、その通りです……」
心の声が漏れ出てしまったようだ。理詰めで自分を納得させようとしていたハルであった。
そんなハルを見るルナの心中は簡潔なもの、『やれやれ』の一言だ。
ただその視線には咎めるような鋭さはなく、出来の悪い弟を慈しむ姉のような穏やかさを持っていた。
この状況を、彼女なりに楽しんでいるようである。それはそれで、複雑な気分のハルなのだった。
「別に、良いと思うわ私? あなたの欲しい物を手に入れて良いというよりは、ここで粘っても求める情報は出てこないと思うの」
「うんー、出さないのー。寝たふりしちゃうよぉ」
「でしょう? なら引き際はわきまえて、そして貰える物は貰っておきなさいな」
彼女の経験からくる有り難い忠告だ。経験といっても、ルナの経営者としての経験ではない。今まで様々な神様と触れ合ってきた、そちらの経験であった。
こういった場面で神様たちが決して口を割らないのは、ハルの隣で見てきたルナはある意味ハル以上に身に染みているだろう。
ここで押しても、コスモスは逃げてしまうだけ。報酬も逃してしまうかも知れない。
ならば、確実にそれは手にしておくべきだと、それがルナの考えだった。
「じゃー、やっちゃうよー。どっから生やそっかー?」
「うん? 派生元を選べるの?」
「えらべるぅ~」
「じゃあ、<信仰>で。そっから生えてるもの多いしね」
「あぃー」
特にコスモスに目立ったアクションは無いまま、新たなスキルを習得したことを知らせる強調表示がハルの手元に現れた。
その己のステータスをよく確認してみると、『ローズ』のキャラクターの人物特性を表す属性欄に、<賢人>という表示追加されていた。
これは<賢者>にならなかった代わりだろうか。他のゲームでいえば、<称号>や<実績>といったところになる。
早速、生産スキルを二重に回して試してみるハルだ。
「……これはいいね。素晴らしい。ただ、常時二重生産していると、今度は素材が足りなくなるか。供給を増やすか、魔法の訓練に当てるか。少し考えよう」
「ハルちゃん、楽しそうだねぇ」
「ふふっ、まるで玩具を買ってもらった男の子みたいね?」
「ハルお姉さま、かわいいのです!」
そうしてついスキルに夢中になってしまうハルを、女の子たちにそれぞれ弄られる。こうした部分は、なかなか成長しないハルだった。
今は見た目が美しい女性ということで、多少は子供っぽさが緩和されているのが救いか。
ルナはルナで、『玩具を買ってもらった子供』を実際に見たことなど無いだろうと突っ込みたいハルであるが、放送中でもあるここで言及する訳にもいかない。完敗であった。
ちなみにハルはというと、幼少期に玩具を与えられたことはあれど、特に反応は示さなかったと記憶している。
幼少期といってもその実、見た目だけであり、かつ情緒もまだ育っていない時だった。
それよりも、ここ最近になって骨董品のような機械類を買い集めて動かしている時の方が似た反応をしている自覚があるハルだ。
もしかしたら、それをルナも思い起こしているのかも知れない。それはそれで、恥ずかしい気もするのだった。
「<信仰>からは、もうずいぶんいっぱい生えてるねー?」
「ああ、それなんで、折角だからと思ってね」
そんな過去の回想に浸りそうになっていたハルの精神を、眠そうなコスモスの声に引き上げられる。
彼女の指摘したのは、スキルツリーの派生本数のことだ。
ハルであれば初期スキルの<錬金>を起点として、まるで樹形図を描くように伸びていくためツリーと呼ばれるスキルの派生。
その派生の様子は、木が枝葉を伸ばす様になぞらえて『生える』などと言ったりもする。
そんなハルのスキルツリーの中で、<信仰>の枝は特に派生が多く、まるで花が咲いたかのように多数のスキルをその身から伸ばしていた。
ハルが<二重魔法>の派生元をここに指定したのもまさにこのためで、数多くのスキルの元となったスキルには何かがあるかも知れないと、そう考えたためだった。
コスモスがわざわざ、そこについて言及したのもまた、ハルのその説を補強していた。
「これからも、いっぱい信仰するよーに。わたしもこっそり、見守ってるよー」
「ありがとねコスモスちゃん。頼りにしてる」
「んー。それじゃあ、わたしはそろそろ、おねむの時間なのでー」
「そっか、わざわざ対応ありがとう」
ハルにスキルを与えて己の職務が終わったためか、彼女はぬいぐるみを抱いてベッドに横たわる。
これで、イベントは終わりということだろう。
ハルの予想とは違う展開となり、結局指輪のことは分からなかったが、得るものはあった。
今後は更に力を入れて、この謎の空間に至る術について調べを進めようと、そう方針を固めるハルである。




