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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部2章 ミント編

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第582話 賢者

 ハルたちの入っていった建物は、外見の巨大さに反して内部は空洞だった。

 これは、未完成なのだろうか。それとも本来は人を招き入れる場所ではないため、内装は適当なのだろうか。

 その寂しさを紛らわすべく、中の空間を輝く光の群れが踊る。


「“いるみねーしょん”の、ダンスホールなのですね!」

「素敵だね。ゲストが自分で会場の装飾もこなしてる」


 そんな皮肉交じりにハルは内部を観察する。

 すると、何処へ向かえばいいかはすぐに察しがついた。ここは、複雑な内装の存在しないこの場の長所だろう。


 人魂ひとだまのような光の群れは、この広すぎるダンスホールの外周で踊っている。

 彼ら(でいいのだろうか?)は決して中央付近へは近づこうとはせずに、中心へ行くほどその密度は薄くなっていっている。


 ハルたちは、その中へ中へと、逆に足を運んで行った。


「進むごとに、床が“濃く”なってる……」

「本当ね? 今までは、場所によっては向こう側が見通せる部分もあったのに、今では完全に一枚の板ね」

「落っこちなそーで安心だけど、不思議さは薄れたよね」


 ユキが強めに床を、がしがし、とつま先で蹴りつけている。

 床は特に反応を示すことなく、ルナによってその無作法が止められるまで傷跡一つ残らなかった。


 確かに今までは、妖精の国だとか精霊の国だとか、そんな幻想的な雰囲気が光の床と、この空間の空に浮かぶ謎の紋様の星座によって醸し出されていたのだが、この場にはそれも無くなっている。

 不思議な空は建物の天井で覆い隠され、あやふやな床はつるりと無機質な白一色だ。これはまるで。


「……まるで、ログインルームだね」

「確かにそうです! わたくしも、見覚えが、あります!」

「ゲームばっかやってると、見覚えどころかお馴染みの、だよねー」


 真っ白で簡素な部屋だったり、床だけがありそれがどこまでも続く世界だったり。

 ゲーム本編から切り離されたログイン用のスペースはこうした簡素なものが多い。

 作品によっては、この部分も凝った作りにしている物もあるのだが、それが好評かというとまた別の話だ。


 いわく、『凝っているのは分かるが、ログインルームはいつもの奴にして欲しい』、『こんな所はいいからゲーム本編に力を入れて欲しい』、そうした意見も多かったりする。

 雰囲気重視のゲームであれば歓迎されたりもするのだが、何でも複雑であればあるほど良い、という訳でもないようだ。


 だがこのゲームも、カナリーたちのゲームも同じく、ログインルームは白い部屋だった。

 最近はそればかりやっているハルたちなので、否応なしに思い起こしてしまうというものだ。


「ということは、神様関係で間違いないということね?」

「そうだねルナ(ボタン)、恐らくは」


 ルナの言葉を肯定するように、中心部へと近づいていったハルたちを、ちりちり、というかすかな肌に触れる感覚と、視界が乱れる演出が襲うのだった。





 ハルたちが踏み込んだのは何かの境目だったのか。視界に走るあのノイズと共に、今まで何も無かった空間に不意に物が現れた。

 といっても、どこかへとハルたちがまた転移させられた訳ではない。後ろを振り返っても、そちらは変わらず。

 むしろ向こうが転移してきたのか、それともあの『世界の果て』の偽装映像のように、ここには何も無いように迷彩めいさいを掛けていたのか。


 その場に現れたのは、かわいらしい装飾のふかふかのベッド。趣味からして、女の子用であるようだ。

 その周囲にはふわふわと浮かぶようにして、ぬいぐるみの群れや厚手のカバーの大きな本が漂っている。


「いらっしゃーい。女の子の部屋に、無断で入っちゃいっけないんだー」

「これは失礼。ここが君の部屋だと、知らなくってね」


 そのベッドの上には、ゆったりとした寝巻のローブを羽織る少女が座っていた。フードの脇から、青い髪の毛が流れている。

 寝ていた訳では、ないようだ。眠そうな目をこすりながら、けだるげにあくびをしつつ、こちらを出迎える。


 しかし、ハルは知っている。彼女が決して、そのベッドの中へと入って目を閉じることはないことを。

 神は眠らない。ポーズだけだ。そんな部分を、仲間であるメタと重ねて勝手に親近感を覚えてしまうハルであった。


「ふぁ~。面倒だけどおもてなしするね? あなたはハ……、ローズ。そう、あなたはハル(ローズ)、わたしはだーれ?」

「さて、誰なんだろう? 神様なのは、分かるけど」

「あててみて~? ろくぶんのいち~」


 残念ながら五分の一だ。六人のうち、既にアイリスとは接触済みである。

 ただ、彼女のように律儀に首から名札を下げてはおらず、彼女がどこの国の神様なのかは分からなかった。


 ハルは状況から、彼女のその名を推測する。

 彼女の性格から、戦士の国の『リコリス』ではないだろう、という推測は、残念ながら当てはまらない。騎士の国のアイリスが、“あれ”なのだ。


「……んー、少し迷うけど、『コスモス』かな? なんとなく」

「おお~。せーかーい。誰と誰でー、迷ったかなぁー」

「ミントだね。ここの人魂が精霊っぽいって話も出たし、それに最近、ミントの国に少しお世話になったから、その縁かもって」

「人魂は精霊じゃーないしー、精霊は人魂じゃーないねー」

「そうなんだ」


 それは良いことを聞いた。近いうちに、精霊を探すことになるかも知れない。その時に役に立つ情報かも知れない。


「そうなの~。わたしはー、コスモスー。魔法の神様だよー。あー、魔法のご本がいっぱい浮いてるからー、それで分かっちゃったんだねー?」

「そうだね。後で僕にも読ませてくれるかな」

「あーそれともー、髪の毛の色が青いからかなぁ。水属性のみずいろ、なのでしたー」

「……それもあるけど、こいつと何か関係があるのかもな、って」


 ハルが『賢者の石』を彼女に投げて渡すと、コスモスは受け取ってまじまじとそれを見て、小さく頷いた。


「そだねぇー。これを最初に作ることが、ここに来るための条件だよー。あなたは『ただしい入口で』、神との謁見の許可を得た、さいしょのプレイヤーなのでしたー」


 コスモスは祝福するようにぱちぱちと手を、叩こうとして、寝巻に邪魔されて、ぽふぽふ、と布を鳴らした。

 そうしてベッドからゆっくり下りると、とてとて、とおぼつかない足取りでハルのもとまでやって来て、賢者の石を返してくれた。

 投げ返す無作法はしないようだ。お嬢様である。


 ……お嬢様らしからぬ自らの行いを省みるハルだ。中身は男なので、仕方ない。ついでに言えばユキだってよくやるので、問題もない。


「これぇ、こんなに早く作る人が出るなんて思ってなかったよぉー。しかもぉ、あーんなむりやりー」

「そうなんだね。これって何に使うの?」

「それはー、ひみつだよぉ」

「そっか、残念」


 さして残念でもない様子でハルは答える。実際、特に残念でもない。今は、彼女との会話を広げることが重要だ。


「よりにもよって、わたしのところじゃなくてもねー。わたし、おねむの最中だったのにー」

「そっか、邪魔しちゃったね」

「……寝ていないから、だいじょーぶだよぉ」

「それならよかったよ」


 どうやら彼女も嘘はつけないらしい。『寝ていたところだった』、とも言えないのは少し可哀そうでもあるが、かわいらしい。

 とろんと眠そうな瞳が、幼い容姿と相まって彼女のあどけなさを際立たせているようだ。

 ……そういえば、アイリスに続き幼女である。ここの神様は、ちいさい子ばかりなのだろうか?


 コスモスといったら小さな花だ。そんな可憐なものになぞらえて、彼女たちもまた小さいのかも知れない。

 そんなくだらないハルの考えなどつゆ知らず、彼女は再びベッドへと戻って行った。


「そういえば、さっき『賢者の石を最初に作った』からって言ってたけど、二人目以降はどうなるの?」

「どうもならないよー? すごいひとはー、最初の一人だけー」

「そうなんだ。まあ、確かに二人目以降はレシピが分かったりするもんね」

「そだよぉ。あー、ただねー?」


 ここでコスモスは、今もこの場の様子を放送しているモニターに向かうよう目線を向けて、その視聴者たちへと言葉を発していくようだ。

 最初の一人以外はダメなのか、という議論が加熱しそうになっているのを察したのだろう。

 今は彼女との会話が優先で、コメント欄のことは少し思考の外に出していたハルだ。神様に対応をさせてしまった。


「別にここに来ることが、ゲームクリアの条件とかは特にないよー。先に言っとくねー」

「そうなんだ。まあ、到達が必須だと、来てない人がえちゃうしね」

「うんー、あくまで、わたしたちからのご褒美ー、表彰ー。あ~、でもねー、攻略に有利になることは、あるかもねー?」

「神のご加護ってやつだ」


 それは仕方ないだろう。こんな『別の世界』まで用意して、ゲーム攻略に何の優位性もありません、なんて言ったら拍子抜けだ。

 神様直々にこの人は凄い、素晴らしい、とお墨付きを貰えるならば、なおさらそれに見合う威光も欲しい所。例えばスキルとか。


「この『賢者の石』ねー? 半端な知恵と知識じゃ作り出せないんだー。作れた人はー、まさしく『賢者』であるでしょうー」

「知識、かぁ……」

「あれが知恵、なのかしら? 勇気、ならあった、かも知れないわね?」


 大人しくしていたユキとルナも、思わず突っ込まずにはいられない。

 それはそうだ。あれは知恵でも知識でもない、ただのゴリ押しというのだ。ゴリ押しの結晶がこの石である。


「だからそれを称えてー、あなたは<賢者>にクラスチェンジできるでしょうー。ぱちぱちー」


 また、ぽふぽふ、と布を鳴らしてコスモスが拍手してくれる。

 どうやら、ハルの<役割>を賢者に変更できるようだ。これが、この場に到達した者のシステム的な報酬であるらしい。


「どするー? もちろん、いまのままでも、ぜんぜんおっけー」

「……そうだね、やめておこうかな。僕は、<貴族>を続けるよ。まだ<伯爵>の更に上まで上り詰めていないしね」

「そっかー」


 特に残念でもなさそうに、相変わらず眠そうな表情のままハルの選択をコスモスは肯定する。

 少しばかり、そちらを選んだ先の道がどう変わるかに興味があるが、このまま今の道を貫き通す覚悟を決めるハルであった。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)

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