第58話 服屋はじめました
「ここは結局、どういう所なんだろうね」
「別マップっぽいよねー」
ゲームなのだから特に疑問を覚える所ではない。本来は。
だがこのゲームは全てが地続きになっている。転移も“別マップに飛ぶ”のではなくて、“離れた所に飛ぶ”だけだ。
そんな中、突然このような本来の転移をやられると混乱してしまう。
「ハルはログアウトしないから、気になるのかしらね」
「そういえばログインするときはこういう空間に来るんだったね」
もしくは、あの謎の少年神が居た空間だろうか。ハルは<精霊眼>を起動して見渡してみるが、あの空間のような膨大なデータの流れは感じられない。
「いや、それどころかエーテルが無いのかな、ここは」
「そのようですね。わたくしにも感じられません」
「神界だというのにね。変な話だ」
“エーテルがある所がゲーム内”、ではなかったのか。まあ、その理屈だと、強引に周囲のエーテルを消費しつくして、『ここは今からゲーム外』、という屁理屈も捏ねられてしまう。あくまで基準の話、ということだろう。
「不安?」
「はい……、少しだけ」
いつもはカナリーの神域の魔力に包まれているアイリだ。魔力が無い、という話に一瞬だけ不安そうな顔が浮かぶ。
かすかなそれだが、ぬぐってやりたいとハルは思う。この世の悪い物を全て遠ざけてしまいたい。無理な相談、だろうか。
「アイリちゃん、大丈夫?」
「はい、すぐに慣れますよ!」
「いや、慣れる必要はないよ。この空間には僕という穴が開いているんだ、そこから魔力を引き出していこう」
屋敷に残っているカナリーの体、半分はハルの体でもあるそれを通じて、神域の魔力をこの空間に流し込む。セレステの神域を支配した時の要領で、すぐに空間を一杯に満たした。
なんとなく、ハルは空間の把握が容易になったような感覚を覚える。魔力を感知する六感が、ハルにも育ってきたのであろうか。
「これでここも黄色に沈んだ」
「ハル君が良く分からないドヤ顔してる。何したの?」
「カナリー様を感じます!」
「お屋敷と同じ空気ね。ハルが流し込んだのね?」
これがどう影響を及ぼすかは分からないが、アイリの健康のためだ。ハルにとってそれ以外の影響など些事である。
「なるほど。ついでに町にも流しちゃえば?」
「良い考えね」
「それはどうなんだろ? カナリーちゃんの話だと、敵対行為に当たるかもだし」
「やらないと、アイリちゃんとデートも出来ないわよ?」
「やろっか」
ハルの判断基準など、その程度であった。
◇
「ねーハル君。まず殺風景どうにかしない?」
「そうだね」
「ここはどのような場所なのでしょう? 先ほどの広場よりも大きく感じますが」
「百メートル四方、いや、半径五十メートルの球体の中、かな。ずっと続いてるようだけど、ドーム状の天井で行き止まりだ」
「スカイドームだったかしら?」
「そんな感じになると思う」
スカイドームは、限られた空間を広々と見せるための手法で、古くから使われている。球体の内側に、空などの遠景を投影して背景にする。小さなフィールドを転移で移動していくゲームでは、確保する空間を抑えられるので重宝される。
ハルがギルドホームのメニューを操作し、背景を変更すると、晴れた空が浮かび上がった。その空となった天井からは、実物と差の無い光が降り注ぐ。
「わぁ……」
アイリには初めての経験だろう。ハルの袖をひっぱり、口を大きく広げて空を見上げている。
その様子に、ハル達三人は微笑ましいものを感じ、それぞれの笑みを浮かべた。
普段は表情の動かないルナが、一番微笑みが深いあたりも、またハルにとっては感慨深い。
「地面もさっきと同じ芝生にしとこうか」
「ハル。操作権を渡せるかしら?」
「全員が自由に操作出来ると思うよ」
「私は見てるー」
ユキはあまり積極的には加わらないようだ。自身は壊す専門である、といった意識があるのだろうか。
「わたくしも、出来るのですか?」
「アイリちゃんもギルドメンバーだけど、ハル?」
「むっ、どうすればいいんだろう。アイリ、ウィンドウ出せる?」
「むー、むー? 出ろー! わっ、出ました!」
「うお、出るんだ! 凄いねアイリちゃん」
何とアイリにもゲームウィンドウが出せてしまった。AR表示が見えるだけではなかったようだ。
信徒は、一部使徒と同じ視点を持っている、とカナリーは語っていただろうか。それはこのウィンドウも含めての事だったらしい。想定以上であった。
視点、と言うよりは、NPCがプレイヤー用のゲームシステムを間借りしている、と言えるのかも知れない。
「どうしたらいいのでしょう!」
「黒曜、手伝ってあげられる?」
「《黒曜にお任せください》」
「……黒曜、言っておいてなんだけど、何で手伝えるの?」
「《黒曜にも分かりかねます。可能だから、可能であるとしか……》」
カナリーの設定だろうか。ギルドメンバーのウィンドウには自由に入り込めるようになっている、といったような。ひとまずは便利なので良いだろう。
アイリは黒曜のサポートで、空を夕焼けにしたり、夜にしたり、天気を雨にしたら実際に落ちてきて慌てて戻したり、地面を土にしたり石畳にしたり畳にしたり、しばらく思うままに楽しんでいた。
「すごい! すごいですね! わたくし大魔法使いのようです!」
「アイリちゃん。楽しそうね」
「はい!」
「畳は、えっ、何だったの?」
「忍者屋敷用には必要だよユキ」
「忍者屋敷が必要ないよねファンタジーに」
ハルとしては畳など見せられると、ギルドホームに妙なからくりを作りたくなってしまう。抑えよう。
しかし魔法の世界であっても、天候を一瞬で変えるなど魔法以上、おとぎ話の領域か。
ハルにとってはこれは魔法ではなく、驚く要素は無いのだが、そう考えると少し不思議なものだ。魔法の世界の住人も、魔法に憧れるのか。
要は魔法とは、自分に手が届かないものの総称、なのであろうか。
◇
しばらくアイリが環境を弄って遊び、そして満足する。
天候の操作は遠慮していたので、防御系の魔法を薄くかけてそれも楽しんだ。色々と充実していたが、“嵐”など設定する時はあるのだろうか。
ハル達もそれを見て、どんな種類があるのかを理解していった。
「すごかったですー……」
「良かったね、アイリ」
「はい!」
子供のように屈託無く楽しんでいた彼女の姿と、満足げな笑顔。思わずハルも頭を撫で回してしまう。子供扱いもアイリは気にする様子は無く、むしろ喜んで受け入れていた。
「ハル? 気持ちは分かるけど、これで終わりではないのよ?」
「まだ始まってもいないよ」
「そうだね、ごめん」
ついアイリとふたり、やりきった気分になってしまった。
ギルドホーム作成はまだ何も始まっていない。
「広さはさっきの広場の何倍もあるよね。まあ、あの広さのままでも家くらいは建てられそうだけど」
「もっと広げられるわ。広げましょうか」
ルナがそう言うと、空間が一気に広がっていく。空も地面も、ずっと先まで続いているように表現されているため変化が分かりにくいが、一キロ四方、半径五百メートルの球体へと成長したようだった。
「ここまでみたいね」
「一応聞くけど、どうやって広げたの?」
「課金したわ」
「うん、そうだよね」
何の躊躇も無かった。流石である。安い金額ではなかったと思うのだが、一体いくら使ったのだろうか。
ルナの表情からは読み取れない。ゲームで要求される範囲での多寡など、彼女の基準では大差ない範囲なのだろう。
「そういえばハルも」
「うん?」
「ここの購入費はどうしたのかしら?」
「あーそうだよねぇ。ギルド資金には四十億ちょいしか無かったよね?」
「うん、何故かは知らないけど、本当に知らないけど、セレステ戦後に懐に五十億ほど入っていて」
「略奪かよハル君。赤茶色の金貨だ」
「やかましい。苦情はカナリーちゃんまで」
神撃破ボーナスなのか、破壊した神域のリソースを変換したのか。特に説明は無かったので使い道に困っていた所に、放出すればちょうど買える物件が来たので使ってしまった。
「維持費もかかるらしいわ。ここ。課金では賄えないみたい」
「流動性を維持するためだろうね。ゴールド稼がなきゃ」
買ってしまえば後は放置、とされては一等地が泣いてしまう。他に使いたいユーザーも居るだろう。
課金で解決出来ないのもそのためだ。現金だけ払ってゲーム内容には触れない人が所有し続ける、では熱心なプレイヤーは良い顔をしない。所有しているのも熱心なプレイヤーであって欲しい、という認識があるものだった。
単純に、ゲームプレイの積極性を維持させる効果もある。
「お店を出すのでしたでしょうか?」
「うん、そのつもり。皆服屋さんが欲しいんだって」
「素敵ですー」
アイリも服を選ぶのが好きなのだろうか。そうだとしたら、ハル達の店で楽しませてやりたいが、残念ながらそれも難しいかも知れない。買ってもアイリには着るのが難しい。
最近はルナがたまにアイリの服も作っているようなので、それで気を紛らわせてくれれば良いが。
「それだと広げすぎたかしら? 流石にハルも私も、一気にここを全て埋められないわ」
「軽く街ひとつ入っちゃうよね。街作りゲームの始まりだね」
「渋滞の無い街にしましょう」
「プレイヤーだけで渋滞が起こるの……?」
ユキがいぶかしむが、あながち起こらないとも言えない。例えばルナの作った店が大人気になって、そこにプレイヤーが大挙して押し寄せてきたりとか。
安売り、とか、一点もの、などは特に気をつけなくてはならないだろう。
要するに、需要の大きい場所は広く取るとか、アクセスを集中させないように分散させる、道順の設定はよく考える、ということになる。車道を引く時と考え方は変わらない。
「でもここ埋めるまで掛かったら、開店遅くなっちゃうね」
「埋める必要は無いと思うよ。どうせ遠景と何も無い空間の区別は付かないんだ。最初は小規模な閉じたスペースを設定しておけばいい」
「残りは全部背景なのね?」
「物好きなユーザーがそっちに行っちゃうのは避けられないけどね」
「あはは、私みたいな奴の事だ」
閉じたマップがあると隅々まで探索してしまう。何かあるのではないかと。
そういう人が来たら。奥に広大な空間があると分かってしまうだろう。分かった所で、害はないので特に問題は無いのだが。
ひとまず店の設置を目標にして、ハル達はギルドホームの作成を進めていく。
……なんとなく、既にホームにはならない予感がしてきている。
◇
「ハル君はこういうの慣れてるんだよね?」
「作るのは結構好きだよ。ルナとよくやってる」
「お二人は、お洋服の他にも建築もやっていらしたのですね!」
「力学を無視したものばかりだけどね」
皆で試しに建物を作ったり壊したりしてみる。
出来合いのものが色々用意されており、拘らなければすぐに家を用意出来るようだ。
物理法則がゲーム内に詳細に再現できるようになってきた頃、重量などの設定も詳細にされた建築ゲームも出て来はしたが、まあ不評だった。ユーザーは自由な建築がやりたいのであって、現場の教材を求めてはいなかったのだ。ただし、今度は仕事シミュレーターとして一定の需要を得てはいる。
「でもこれは僕がよくやる奴より、環境ソフトに近いかもね」
「自分で好きに作れるタイプね」
理想の世界や、雰囲気の良い空間を作り、友人と過ごす。力作は、広く公開して皆に楽しんでもらう。
そういった、自分で作れるタイプの環境ソフトがある。それに近いという事だ。
くつろぎの空間を作って、ギルドメンバーと過ごす。ショップなどを設置して、広く公開する。使い方は似通っている。
「こっちは自由には作れないみたいだけどねー。素材が要るよ、物作るのに」
「ゲーム要素と絡めてきたのね?」
「そうらしい。僕がやってた中ではあれに近いかな、ヒメランド」
「テーマパークを作る物ね」
「うん」
「ハル君いろいろやってるねー」
「テーマパーク、ですか?」
遊園地、の概念は流石にないようだ。ハル達はアイリへの説明に苦労した。
幻想世界に入り込んで、現実をひと時忘れて楽しむ所、だろうか。それとも、乗り物に乗る為の所、だろうか。
アイリがどう想像したはか分からないが、非常に興味を示したようだった。
「ハル、その方向も良いのではなくて?」
「いや、僕がテーマパーク作るとロクな事にならない……」
「あはは、収益さえ上がれば客がどうなろうと知ったことではなさそう」
「ユキ正解」
ゲームとして、ハルは数字を追求してしまう。客が吐こうが喚こうが、中毒性の高い乗り物に乗せ続ける。
半端に高度なAIを使用している事が仇になり、ハルの得意な認識を誤魔化す仕掛けに次々と嵌っていった。
なお、なぜ半端かというと、あまり不満の判定を詳細にしすぎるとゲームとしての快適さを削ぐためだ。
余談だが、そのゲームも半分環境ソフトのような側面があり、作ったテーマパークを公開して、フルダイブで遊んでもらう事が出来る。ハルのものは絶対にお出し出来ないし、してはならない。
「じゃあルナちゃん、全体の完成予想図から作った方がいいのかな?」
「広げる時に、そのつど作り直せば大丈夫よ」
「便利ですね! わたくしの世界にも、魔法で建築する技術も無いではないですが、そこまで思い切った事は出来ません」
魔法も万能ではない。いや、万能性を発揮するには労力が掛かりすぎる、だろうか?
ハルの世界の建築も、エーテルによる建造によって、その領域に一歩踏み入れた、と言えるだろうか。
「小さくまとまった店を作るくらいなら、ユキの集めてくれた素材と、ルナの錬金したアイテムで足りそうだね」
「ハル君あとで狩りに行こうぜー」
「いいけど、ちょっと狩ったくらいじゃ足りないだろうなぁ」
この広い空間を埋めるには、色々と反則をしなければならなそうだ。
ひとまず今は開店準備、ハルとルナ、それぞれ服のショップを作っていく。
ハルは向こうで以前作ったデータを参照しながら、ファンタジー要素の大きい木造の店を一から構築する。木材は何故か大量にあった。セレステの神域との因果関係が問われる。
店に合わせ、品物もファンタジーな衣装を並べていった。
ルナはプリセットの家を弄って図面を引き、現代風のブティックといった様相の店にしたようだ。外装は石材のようで、ガラスを用意するのに手間取っているように見えた。中間素材を<錬金>で作らなければならないのだろうか。
そこにはやはり雰囲気に合わせた服、ハルにいつも作っているような、スタイリッシュな品が並んでいく。
ハルは蓄積されたデータから、ルナは知識と経験から、かなりのスピードで作業が終わっていく。思考の数が多いハルはともかく、ルナの速度はどうなっているのだろうか。ハルも驚くばかりだ。
「服も、いつの間にそんなに作ってたんだろう」
「折を見て」
「すごいですー……」
「はっや」
そうして店が完成した。都合四つ。防具が三つに、ハルが武器屋を一つ追加した。
雑貨屋のようなものは無い。今は自分達で使うほうが優先だ。
ルナの店は品揃えも豊富だった。一つの製作にかかるスピードがすさまじく早いのだろう。いかにシンプルだといっても、才能無しに出来る事ではない。
「それに安いし。すぐ品切れになっちゃわない?」
「ギルドの回復薬を好きに使わせて貰うわ。量産だけなら容易」
平原にぽつんと立っているのは味気ないので、店のある地面を一段持ち上げて台座のようにする。浮き出した空間として、切り取られた世界のような味が出る。
どうせならその方向で行く事にし、後方二方向にだけ不ぞろいな壁を配置、前方には背の低い柵を立てて完成とした。
「いまいちしっくり来ないね」
「周りに木を生やしましょう。大抵の事は木を植えておけば解決するわ」
「おお、本当にそれっぽくなった」
「なんだか小さく見えてくるのが不思議ですね!」
店が完成し、満足したルナとユキはそれぞれ下界へと戻っていく。ハルもギルドホームの設定を公開にして、アイリと共に帰る事にする。
なお、誰も店員をやろうとは言い出さない。無人販売でも、まあ問題はないだろう。




