表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
2部2章 ミント編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

579/1773

第579話 自己犠牲の精神はお好きですか

「さて、どんどんいってみよう。次はマイナス四割ほど、HPも更に減らしていいだろう」

「……ハル(ローズ)? あなた手段と目的が逆転していないかしら?」


 少し、楽しくなってきてしまったことは否めないハルであった。


「まあ、限界値を知っておくのは必要なことだし……」

「別に、あなたが構わないならいいのだけれどね?」

「そうだね、ほどほどにしておこう。ああ、ルナ(ボタン)これ、防具の作成に使って」

「いいのかしら? ならそうさせてもらうわ」


 ハルは先ほど<錬金>によって生成された高級金属を<鍛冶>の得意なルナへと渡す。

 生まれるのは鎧系の装備なので、ハルたちには無縁のものとなるだろうけれど。


《うおお、欲しいいいいいい!》

《なお値段》

《値段以前に売りに出されないだろ》

《今はクランもあるしな》

《内部で使い切って終わりだろ》

《騎士団だしね》


「特に、そういった優遇はしていないわ? でもそうね。今回はハル(ローズ)がお世話になったから、そうしましょうか?」


 錬金術で金属を作るコストとなった体力、を回復する完全回復薬、を生成するための素材、を提供してもらった恩もある。それもいいだろう。


 その素材であるが、まだ数は残っている。それを使って、ハルはまた<錬金>実験を続行するつもりであった。

 先ほどよりも更に大胆にMPをコストとして使い、反動の吸収用のHPもギリギリまで追加する。


「よし、錬金開始。……おお、さすがに速い。ほぼ即死だねこれは」

「楽しそうですねー?」

「はらはらしちゃうのです!」

「ごめんね。性分でさ。こうした検証作業はやっぱり楽しい」

「命がけですけどねー。命がけだからこそ、スリルが楽しいんでしょうかねー?」


 ぎりぎりを攻める、『チキンレース』じみたところが無いとは言い切れないハルだった。


「ただ、少々気がかりなんだけど、これってつまり命を投げうてば、限界以上の力でアイテム生産が出来るってことになるんじゃないかな?」

「確かにそっすね。でも、効率ハンパなく悪いっすよ? 死ぬの覚悟と言ったって、別にマイナス2億パーセントの値を指定できる訳じゃないですもん。出せる限界突破率は本人のレベルとステータスに依存。そんでもってステは、死ぬたびに下がります」

「そうだね。自分が育てば育つほど、無茶はやり難くなる」


 例えば、このゲームの攻略に興味の無いユーザーをお金で雇って、無限に死に続ける契約でアイテムを作り続けさせる、という外法げほうは難しいということだ。

 そんな初期レベルではせいぜいが石を銅に変換する程度。そもそもマイナスの値が指定できるかも怪しいだろう、とエメが言うにはそういうことだ。

 あらゆるプレイヤーの放送を閲覧し統計を出している彼女の言である。説得力が強い。


「ふむ? じゃあ僕なら、今は安全を度外視すれば最大でどこまで無茶ができるんだ?」

「あー、まーた始まったよ。ハル(ローズ)ちゃんの悪い癖が」

「ほんとーにシステムの穴を見つけようとするの好きですねー?」


 その悪い癖によってカナリーのゲームを、異世界を攻略してきた身だ。そこは誉め言葉として受け取ってしまうハルだった。


 実際、これはシステムの穴ではなく仕様として気になる。

 低レベルにおいての『自爆』生産が出来ないように穴を塞がれているのは理解した。しかし逆に言えば、高レベルになればその穴は広げていってもらえるとも言える。


「本当に禁止したいならゼロ以下なんて実装しない。つまりこれは、ゲーム的に推奨されているってことだ!」

「うわー、なんかハル(ローズ)さんが暴論言い出しましたー」

「もうダメねこの人? どう見ても、推奨ではなくお目こぼしでしょうに……」


 頑張ってレベルを上げたご褒美に、多少の無茶は許可してあげますよ、といったプレイヤーへのご褒美だろうとルナは言う。実際そうだろう。

 がちがちに縛り付けるよりも、ある程度『遊び』を持たせてやるほうが満足度は高い。

 そこで生まれてしまう穴をいかに塞ぐかが運営の技術が問われる部分であり、その穴をいかに攻めるかがプレイヤーの腐心ふしんしてしまう部分でもある。


「でもさー、今回はさすがに私も手放しで賛成できないぜハル(ローズ)ちゃん?」

「そうだね。今の僕は君ら全員を預かる身だ」

「あ、いや、それは良いんだけど。一家の大黒柱さんにも息抜きは必要だ」

「いいんだ……」

「……息抜きで死なれては困ってしまうわ?」


《たまにあるよね。息抜きで死にたくなるとき》

《いや、ないけど……》

《まあわかる》

《あくまでゲームの話ね》

《無意味に火口に突っ込んでみたりね》

《鍛えた装備を全ロスさせてみたり》

《分からないなぁ》

《破滅願望ってやつ?》


 ゲーマーとしては、ままある行動だ。そこに関してはユキも否定はしない。

 では、何が良くないのかと思い続きを聞いてみると、それはシステムとしてではなく感情面、ロールプレイとしての観点からだった。

 ユキにしては、少し珍しいかも知れない。本人もそれを自覚しているのか、少しもじもじと恥ずかしそうなところが見える。


「いやさー? それ聞いて思い出しちゃったんよね。なんか聖女様とか巫女様みたいな高レベNPCが、自分の身を犠牲にして大魔法放つようなやつ」

「あー、よくありますねー? 大抵ストーリーの終盤に、シナリオ進行の都合で死ぬやつですねー」

カナリー(ルピナス)ちゃん、身も蓋もなさすぎ」


 ゲーム運営として、様々なゲームを見てきた故の意見だろう。

 ハルもまた、そういったゲームの展開には憶えがある。ユキが何のゲームを指しているのかもおおよそ検討がついた。伊達に長いこと一緒に遊んではいない。


 別に、そのゲームのシナリオが悪かったという話ではない。むしろハルは好きだった。

 だが、このゲームに当てはめて考えてしまった時、『高レベルのプレイヤーが』、つまりハルが、『自己犠牲を強いられる』という展開に嫌悪感を示してしまったのだろう。


「確かに、民のためにその責をまっとうしろ、って展開は考えられなくもないね。特にこのゲームは役割を重視してくる」

「でしょでしょ? 無茶ばかりしてると、あとあとそれ要求してくるかも!」

ユキ(ユリ)は優しいね」

「や、優しくないし……」


《ユリちゃん優しい》

《お姉ちゃんが大好きなんだね》

《かわいい!》

《元気っ子が見せるしおらしい姿、良い!!》

《きもいぞ》

《まあわかる》

《分かるな》


 いつも小さな体で元気よく跳ねまわる今のユキのキャラクターが、その身を相応に小さく縮めてもじもじしているのが可愛いようだ。

 確かに可愛い。そこはハルも同意する。


 しかし、一方で分かっていないともハルは思う。ユキは元の大きい身体を縮こまらせるからこそ可愛いのだ。

 いや、知らないのは当然だが。勝手に自分だけが知っていることに優越感を覚えるハルであった。戻ったら恥ずかしがらせようと心に決める。


「……ただまあ、その時はその時かな? そうしたら、僕は『自己犠牲なんかする気のない貴族』を演じ切るだけだ」

「暴君なのです! 王のために、民はあるのです!」

「そこまでは言わないけどね。でも、自己犠牲ってあまり好きじゃないし」

「……自覚が無いのかしら? ハル(ローズ)は、結構な割合で自己犠牲的よ?」


 そうなのだろうか? あまり、そのつもりは無いハルだった。ハルはハルの出来る範囲のことしかやってきていない。

 自分の手の届かない部分は、見て見ぬふりが多いと自分では考えている。


 さて、少し脱線したが、そんな『手の届く部分』には容赦なく手を伸ばしていこう。

 ハルは再び<錬金>を起動すると、コストの設定値をマイナスの限界まで振り切らせるのだった。





「なるほど? 今の上限、いや下限はマイナス122%か。実に二倍の出力が出せるってことになる。夢があるね」

「しかし、その夢を叶えれば、確実に死んでしまうのです……」

「そうだねアイリ(サクラ)。まさに自らの命を犠牲にして放つ大技だ」

「自爆なのです! ロマンがありますー……」

「誰かしら? アイリ(サクラ)ちゃんにまた変なこと教えたのは……」


 ハルとユキである。アイリと共にロボットものについて共に研鑽けんさんを積んでいた。

 非常に有意義な時間であった、と後でルナには説明を行う予定である。なお受け入れてはもらえずお説教される予定でもある。


 そんな自爆覚悟のコスト限界突破であるが、ハルはむざむざ死ぬつもりはない。

 今のハルには、切り札ともいえる完全回復薬があった。どれだけ強烈な反動であろうとも、HPMPの双方がゼロになる前に使用が間に合えばこちらの勝ちだ。


「逆に、間に合わなければ僕の負けってことだね。分かりやすくていい」

「勝ち負けの話ではないと思うんですが、ハル(ローズ)さんらしいですねー?」


 ゲーム内のため体勢に意味はないが、思わず身構え、接敵時のようなポーズを取ってしまうハル。

 敵の意識の間隙かんげきを縫って、奇襲に刀を振り抜くようなその構えに、周囲も、そして視聴者にも知らず緊張が伝播でんぱしてゆく。


──黒曜、予測猶予時間はどのくらい?


《はい、先ほどの二回の差分から計算するに、最大でも約0.02秒と予想されます》


──さすがに短い。でも、不可能じゃないね。


 必要な行動は、アイテムを選んで使用する、これだけだ。ハルの能力であれば、不可能ではない。

 反射ではなく、行動の先打ちをあらかじめセットしておける。

 あとは、そこにゲームシステムの実行速度が付いて来れるかどうか、それにかかっていた。


「…………<錬金>、実行っ!」


 まるで必殺技を放つかのように、生産スキルが実行される。

 はたから見ればギャグにしかならないはずのそれも、一丸となった周囲の雰囲気によって奇跡的に格好良さが成立していた。


 今回はHPはコストとして支払っていない。丸々残っている。

 しかしそのHPもゲージが“減る”ではなくもはや“吹き飛ぶ”が如く、一瞬の猶予もなくMPの反動によって消え去っていく。


 まさにHPまでもゼロとなったその瞬間、そこに、ハルのアイテム使用コマンドが実行された。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ