第578話 完全回復薬
結果から言えば、実験の果てに生まれたのは蘇生薬ではなかった。だが、これはこれで興味深い結果である。
「『完全回復薬』か、興味深い」
《出たー! 完全回復!》
《使わないやつきちゃー!》
《死蔵確定》
《クリア時に十本くらい持ってるやーつ》
《俺は取ったそばから使う派》
《機会損失しなくてえらい》
《使えないなぁ……》
《ラスボス戦で無駄に使う(笑)》
完全回復の響きに、各々思う所は様々なようだ。
これは、『いざという時に使うかも』、と思いつつその『いざ』がゲームクリアまで訪れない現象である。
ある種の貧乏性とも言え、完全回復の入手手段が限られていればいるほどそれは加速する。
そういった人は慎重に歩を進める事が多いので、準備が物を言うRPGにおいてある意味当たり前の結果でもあったりする。
ちなみにハルもどちらかと言えばこのタイプだ。切り札は切らずに済むならそれに越したことはない。
「ただ、このゲームでは生成可能だ。『使える奴』だよ君たち。安心するといい」
《使える(買えるとは限らない)》
《そもそも売りに出るんですかお姉さま?》
《いくらになるんだろうなー》
《うーん、今はいらないかなぁ》
《だね。蘇生薬ならともかく》
《上級と再生で間に合ってる》
完全回復という響きにはロマンがあるが、実用性の面に関して費用対効果に見合っていないだろう、という意見が視聴者の中では優勢だった。
それもそのはず、今の時点では、ハルが先ほど作り出した再生薬や拡散薬、そして副産物的に生まれた上位の回復薬で事足りるのだ。
実質、使えば完全回復のアイテムがある以上、その上位のものなどただ値が張るだけ。
「あなたも目的はこれではないのでしょう、ハル? レシピはどうなっているのかしら?」
「うん、全て知らないアイテムだね。他に使用用途もない。つまり、ここで手詰まりだ」
完全回復薬のレシピ、つまり合成に必要なアイテムは、全てが未だ未発見のもの。
他のスキル、<錬金>などでもこれらのアイテムを必要とするレシピは存在せず、薬を分解して材料を抽出しても、更に上の物を目指すことは出来ない。
「レシピが知れただけで良しとするか。君たち、ここにある素材を見つけたら是非、僕に連絡してくれたまえ」
《はーい》
《明らかに後半まで出なさそうだけどね》
《その素材を使うレシピでも?》
「ああ、歓迎しよう。抽出したエッセンスで代用できるからね」
逆に言えば、薬の使う素材アイテムが必要になればハルは自由にそれを取り出して代用できるということだ。
現物を誰も持っていないにも関わらず、先行してそのアイテムを作り出せる。
そうしたレシピがあるなら是非にでも知りたいハルだった。
現状でも、何かの代用としてこの上位のアイテムに差し替えることで、高品質なアイテムを作り出せるかも知れない。
しかし、さすがにこの薬を一本作るためのコストは半端ではなく、慎重に成らざるを得なかった。もう少し情報を集めたい。
「さて、ということで残念だけど、本日の錬金実験はここまでとしようか」
「……ハル? 声が少しも残念そうじゃないのだけれど? むしろ、うきうきしていないかしら、あなた」
「あ、分かる? 流石ルナ。僕に詳しいね」
《仲の良さを見せつけていくスタイル》
《尊くて非常に良い》
《大丈夫? 結婚した?》
《……ところで何を?》
「ああ、ごめんね。……この完全回復薬、“どこまで完全なのか”試してみたくはない?」
「あはは、ハルちゃんらしいや。また自分の体で実験する気だ」
「どきどき、なのです!」
それだけでユキとアイリもハルのすることを察し、微妙に身構える。何かあったらすぐに対応できる構えだ。
そう、それだけ危険なことをハルは今からやろうとしている。
「完全回復薬の説明には、『HPとMPの両方を即座にキャラクターの最大値まで回復します』、とある。即座にだ、すごいね?」
「疑ってますねー? これは、即座じゃなかったら運営にクレームを入れる構えですねー」
「いや、クレームは入れないけどカナリーちゃん……」
むしろカナリーが嬉々としてクレームを入れそうだ。同じ神様として。
このゲーム、回復アイテムや回復魔法にはちょっとしたタイムラグがある。
いや、タイムラグとは言っても、数秒で解決する程度の微々たるものなのだが、それでも一分一秒を争う戦闘中などは、その体力ゲージが伸びていく時間がもどかしいものだ。
そこの時間が存在するかどうかも興味があるハルだが、今回更に重要なのは『キャラクターの最大値まで』という部分だ。そこに非常に興味を覚える。
「あー、つまりですね皆さん。ハル様は、限界値を越えて、マイナスにまでなった体力ゲージであっても打ち消して回復できるのかに、ときめいちゃってるんですよ。ほら、わたしもやったでしょ? デスペナ覚悟で限界以上の<召喚魔法>を使った時が」
「説明ありがとうエメ。でも、ときめいてはいない。と思う」
「むしろまたエメにやらせませんかー? もし失敗しても、傷は浅く済みますからー」
「カナリー酷いっす! ……でも、ぶっちゃけわたしもそう思います。わたしにしときません? ハル様が危険を冒すのを、見たくないっす! 失敗したら損失は冗談じゃすまないっすよ!」
このゲームはゲームオーバーになると、仲間や視聴者にせっかく付与してもらったポイントの一部を喪失する。
これは人気があればあるほど痛い仕組みで、付与率トップのハルともなれば計り知れない損害だ。
一般的なゲームは、死亡時のペナルティなどほとんど存在しないが、このゲームは競技とあってそこが重い。
カナリーのゲームのように、死ぬことを前提として何度も挑戦を重ねる攻略法が取れなくなっている。
また、人気であればあるほどポイントの喪失を恐れ、歩みを鈍化させる効果もあるだろう。後続が追い付くチャンスだ。
「ありがとうカナリー、エメ。でも、これは僕がやらないと意味がないんだ。体力の値は文字通り桁違いだし、なにより実際の限界値を測っておきたい」
「まー、そうだと思いましたけどねー。私たちも全力でサポートしますんでー、どうかお気をつけてー」
「お薬の準備は万端っす!」
「……エメ、物理的に飲ませる準備しない。いつかの仕返しかい?」
彼女が挑戦したときは薬を口に突っ込まれて溺れそうになっていた。それをハルにも味わわせようというのだろう。こわい。
当然だが、薬アイテムはアイテム欄から使用するだけでいい。一応、実際に飲むことでも効果は発揮させることが出来るようだが。
「さて、まずはドーピングして最大値上げてと」
「薬漬けですねー? リスクを冒すのに抜かりなしですねー」
「わ、わたくしも、<音楽>で“ぶーすと”するのです! こ、怖いですが、お姉さまが望むのはこれでしょうし!」
「ありがとうアイリ。流石だね、まさにその通り」
「<指揮>には最大HP上げるスキルは入ってないねー。残念」
一時的にステータスを強化する薬や、仲間たちの支援スキルも使用して、最大限にハルは体力を上げる。
そうした準備が整い、いざ実験である。仲間たちが固唾をのむような雰囲気が伝わってきた。
「さて、コストに使うものは何にするか。HPMP同時に捨てられるものが良いんだけど」
「やはり<召喚魔法>ではー?」
「だめっすよ。どうせ<神威の代行者>の効果でカナリアが出るだけっす」
「カナリアとーハルさんはー、運命の絆で結ばれてますもんねー?」
「そうだね。その実験もしてみたいね」
だが今回は、<錬金>実験の集大成として、やはり<錬金>スキルで仕上げたい。
このスキルには、誰でも最初から使える効果に、『鉄を金に変える』というスキルがある。まさしく『錬金術』といった内容だ。
これには触媒などの追加アイテムは必要なく、体力コストが要るのみである。魔法で原子配列を変換でもしているのだろうか? なかなかの超技術だ。
ただ、別にこの世界、金はそこまで高価なものではない。成功したとしても、体力コストの方が高くつく。
ログアウト前に体力を捨てておく、くらいしか使い道がない、いやそれすらもっと良い使い道がいくらでもある。いわゆる『死にスキル』であった。
「この『錬金術』にありったけのコストを投入する。金以外にもなるからねこれ。ミスリルやオリハルコンが出るのか見てみたい」
ハルが素体となる『鉄』を取り出し、迷いなくコストを指定する。
指定はHPの半分、MPは全て、を通り越してマイナス25%まで指定である。
このゲームはHPかMPのどちらかがゼロとなっても死亡扱いにならない。両方ゼロとなって初めてゲームオーバーだ。
片方がゼロを割ると、それを補うようにもう片方が凄い勢いで減少しはじめる。そうして両方が無くなれば終わり。
そうなる前に、『完全回復薬』で帳消しにしてしまおうというのが今回の計画であった。
「じゃあいくよ……、スキル起動!」
スキルにコストが支払われ、ハルの手の中の『鉄』が輝いていく。
見たことの無いその変化に気を取られそうになるが、今はそれどころではない。マイナスへ突入したMPを補うように、半分となったHPゲージも恐ろしい勢いで減少していっている。
ハルのMPは膨大だ、そのマイナス25%ともなれば、反動もまた凄まじい。半分残したHPであっても、一秒と持たずに消え去ろうとしていた。
「……ただまあ、秒もあればアイテムの使用に問題はない。これは、完全回復などするまでもなかったかな?」
「いやしてくださいよぉ! これ以上リスクを重ねないで欲しいっす!」
「本当ね……?」
「でもー、確かに額面どおりの完全回復でしたねー? 普通の薬なら増加と減少でゲージのせめぎ合いがあるのにー」
「そうだね。本当に『即時』だ」
完全回復の名は伊達ではなく、本当に使ったその瞬間に体力が100%まで全快した。
ハルの手の中に残ったのはアダマンタイトと呼ばれる鉱石。現状、世界中探してもほぼ見ないレアなアイテムだ。完全回復と見合うかは微妙だが、当たりである。
「面白くなってきた。まだまだ行けるねこれは。次は、更にコストをギリギリまで攻めてみよう。HPももっと削っちゃってもいいかな」
「まだやるつもりっすこの人ぉ!」
心配性のエメの叫びをよそに、ハルは嬉々として実験を続けていくのであった。




