第575話 目利き
「という訳で、死者蘇生の研究をするよ。アプローチは召喚獣のものと同じ、<調合>から攻めていこう」
《わーパチパチパチ》
《合成事故に期待》
《幻覚薬の悲劇再び》
《今度はどんな劇物が飛び出すのか》
《死人もびっくり》
《思わず飛び起きる》
「今度はあんな変なことにはならないよ。たぶん……」
ハルは放送を再開し、スキルによる生産実験を開始した。
目的は蘇生薬の作成。先に成功例のある召喚獣のための物に倣って、<調合>スキルを使った調薬方面から攻めていくつもりのハルだ。
というよりも、現状ハルのスキルにおいて生命に関するスキルといったらそれくらい。
他には、死者の復活に関わるようなスキルは所持していなかった。
「<回復魔法>とか、出ても良いと思うんだけどね。今までさんざん回復薬を生産してきたんだから。それこそ腐るくらい」
「何かが足りないんでしょうねー? ハルさんでダメなんだから、<信仰>系のスキルでもないんでしょうねー」
「神に祈っても回復はしない、と。悲しいねカナリーちゃん」
「別に悲しくはないですけどー……」
「ここまで、<回復魔法>を後付けで習得できたプレイヤーは、なんと驚きのゼロ人っす! 放送外で取った、って可能性はゼロではないですが、限りなく低いかと。隠すよりも、公開して人気や収入に変えた方がいいですからね」
《見たことないと思ったら、まじでゼロ!?》
《イチゴちゃんのデータだからマジっぽいな》
《そのせいでヒーラー需要が高騰してる》
《高騰って》
《実際高騰としか。引く手あまただよ》
《最初の一つに選んだ人しか使えないもんな》
《……回復薬でよくね?》
《なんだかんだ言って隙になるしな》
《ローズ様の回復捌きに慣れすぎ》
《そうそう、目が肥えすぎ》
戦況を判断し、対象を指定し、効果が表れるまでの時間も計算する。
薬アイテムを使った回復にはそれら複数の要素を計算して行わねばならず、戦闘が激戦となるとそれだけその余裕がなくなる。
ハルは持ち前の処理能力をもってその対処を的確に行っているが、全員が戦闘職の場合その一瞬の判断が死を招くこととなる。
それこそ蘇生薬が存在しないため、決してそこで失敗する訳にはいかないのだ
結果、専門の回復職が居た方が安定することとなる。
「ふむ。実際、回復薬需要も少し落ちてるしね。このままヒーラーの地位が上がり続けると、僕の商売も上がったりだ」
「その時は別の物作るだけだと思いますけどねー、ハルさんならー」
「そうだけど、みすみす販路を手放す必要もないよね。商品の更新時期ってことだ」
「テコ入れですねー」
《ローズ様がヒーラーを潰す気だ!》
《人聞きが悪いな。ご自身の利益追求だろ》
《職業のテンプレ戦争》
《個人で介入しようとする人初めて見た》
《そりゃ普通は最適解が決まってるからな》
《正直、今はふっかけて来すぎだから》
《だな。ローズ様応援》
いくらでも需要があるとなると、回復職の方も強気になる。どんどんと自身の報酬の額を釣り上げていくのだ。
結果、攻略により得られる報酬と、ヒーラーを雇う費用が釣り合っていないという不健全な状況が起こりがちな環境となっていた。
「うちのクランってどーなってんのハルちゃん、そこんとこ」
「ここかい? ここはメンバー同士で組むから、その辺は平等だよユキ。強い人多いってのもあるけどね」
「回復アイテムで回せるってことだね」
「それと、ハルのお膝元ですもの。なんだかんだ言って、ハルの作るアイテムは安く手に入るわ?」
メンバー限定の特売などは特に行っていないハルだが、その代わり<冒険者>のギルドにおけるクエスト形式でアイテムを提供している。
需要のありそうなアイテムを報酬として、採取クエストや討伐クエストなどを張り出して、メンバーはそのクエストをこなす。
結果、メンバーは通常の労力よりも安くアイテムを入手でき、ハルは己の望んだ方向に自然とクランを運用できる。
必要なアイテムも彼らが各地で収集してきてくれるようになり、ハルの商売の方もぐっと生産効率が上がったのだった。
「さて、そんな我らがクランメンバーが集めてきてくれたアイテムがこちら」
《おお、俺らの仕事の結晶が》
《苦労が報われる瞬間》
《視聴者にメンバーおるし(笑)》
《サボってないで働くんだ》
《今もクエスト中だよ!》
《でもマスターが配信してたら見るっしょ》
《そりゃそうか》
《ん? そうか?》
《そうなんだよ》
「別にいいけどね。よそ見してて死ぬなよ君たち。ロビーに戻ってきたら笑ってあげよう」
ハルがそう言うと、『それもまた撮れ高か……』、などと真剣に悩みだした。たくましいことである。
己の不利益も天秤にかけて人気を得る方法を模索できる、いわば道化を演じる覚悟のある者は強い。
さて、それはともかくとして、ハルが今手元に用意したのは薬草等の回復アイテムに使う素材類だ。
これは、クランメンバーが“この周囲のダンジョンで”採取してきてくれた特別なもの。
一見、いや一見どころかデータ的にも、ショップ販売の普通の薬草と変わらないが、ハルにとっては非常に意味のあるものだった。
「ご存じの通り、このクリスタの街の周囲は攻略難度が高くなっている」
「薬草採取も、命がけなのですね!」
「そうだねアイリ。そんな場所で取れる薬草は、ゲームだとどうなる?」
「高品質のものが、取れるようになります!」
その通りだ。実際は、危険地帯だからといって良い物が生えているとは限らないが、これはゲーム。
高難度には、それに見合った報酬があってしかるべきだとされる。
まあ、強引に辻褄を合わせるなら、人の手が入らず、乱獲によって品質を落としていない薬草がまだ生えている、といった感じだろうか。
「つまりそれに、<解析>を使うのね?」
「ルナ、正解。序盤で取れる薬草類を<解析>しても、むしろ雑草以下である事実が判明するだけだったんだけど、それがこれなら……」
ハルは手元の薬草のひとつに<解析>を掛けた。
「……雑草以下、むしろ枯れ葉ね?」
「……こういうこともある。次にいこう」
気を取り直し、続いて<解析>した薬草は、期待通りの高品質個体であった。一安心である。
もっと、<解析>を掛ける前に中の『データ量』とやらが見えるように成るべく、メタたちに習っておかねばならなそうだ。
「うん、良い感じだね。流石は奥地のダンジョン。高品質が多い」
「ですがー、処分品も多いですねー? もっと上振れても良さそうなものですがー。バランス感覚どうなってるんですー?」
「厳しいねカナリーちゃん。まあそこは、現実的と言った感じなんじゃないかな」
「過度なリアルさなんてゲームに不要ですよー。この雑草は、神に送り付けて責任もって処理させましょうー」
「いいっすね。そういえばゴミにも有効な使い道がありましたねカナリー。<信仰>の糧になれて、ゴミも本望っす」
「エメまで。君たち運営に厳しいね」
同じ神様として、言いたい放題のカナリーとエメだった。
まあ、実際使い道がないので、雑草は分解して<信仰>ポイントの糧としてしまうのだが。
「で、残った高品質素材だけを使って、回復薬を作っていこう」
《おお! 俺らの取った薬草がそんな役に!》
《こうしちゃいられない、薬草取らなきゃ》
《あれ? これって別にそこ以外でもいいんじゃ?》
《ミントの森とか、良いの生えてそうじゃね?》
《私も持ち込んだら、買ってくれるかな》
《やめろ! クラン外お断り!》
《俺がローズ様に貢献するじゃぁ!》
「……君たち、NPCに似てきてない? あとコメント欄で身内ノリは程々にね」
元々、ハルの、いや『ローズ』のファンといった気質のプレイヤーも多く入隊しているこのクランだ。
そうした、ファンクラブ的な性質を持ってしまうのも自然なことではあるが、熱量が少しばかり暑苦しい。
熱狂的なNPC、この街の住民に影響されていないだろうか? 不安なハルである。
「そうだね、ゆくゆくは各地の素材アイテムを収集してみたいところではあるけど。見極めが難しくてね。今は信頼できる仲間に頼ろうと思う」
その言葉にコメント欄に居る一部のクランメンバーが沸きたつ。言わなければよかっただろうか。
クランの名誉のために言っておくと、いわゆるこうした『信者』以外にも、真面目に攻略している者達も多く在籍している。
信者もまた真面目なのがややこしいが。
「買い取り前に<解析>で鑑定してしまうと、原価割れを引き起こしてしまうからね?」
「そう。ルナの言う通り。言い方は悪いが、自分で新品から『ゴミ』を生み出して、『それはゴミなんで要りません』、なんてしたくないし」
「だからといって鑑定前の品を全て買い取っていては、ハルが大損ですものね?」
「うん。その後<解析>したら全て役に立ちませんでした、という事態は避けたい」
ハルが<解析>する前は、全てのアイテムは同じものとして一纏めに整列されてしまう。
つまり、『高級品です! 買ってください!』、と持ってこられても、それが本当に高級品なのか、それとも序盤の道端で摘んだ雑草なのか、判断がつかないためだ。
そうした詐欺で儲けようとする者は必ず出る。それを避けるためにも、メタたち三人衆の言う、『データ量』の見極めが事前にできる必要がありそうだった。
《そのNPCに草取り頼むのはどうです?》
《確かに、喜んでやってくれそう》
「いや、やめておこう。何か事故が起こったら怖いし、それに……」
「あはは。それに、そんなこと頼んだらこの辺一帯が根こそぎ不毛の大地になりそうだよね」
「ユキ正解」
あながち冗談とも言い切れない。彼らの熱狂的な忠誠心は、その光景を彷彿とさせるに十分だった。
そうして、ハルはクランメンバーがクエストにて採取してきてくれた薬草を次々と<解析>にて鑑定していく。
流石の奥地ダンジョン、その薬草類は、かなりの頻度で高品質な効果が付与された物が含まれていた。
そして、それら“当たり”を多く捌いていくことで自然に、ハルにもその共通点のようなものが見えてくる。
メタたちの言う内部データのようなものはまだ上手く感じ取れないが、中を見ずとも、その外見に共通点を見出すハルだ。
このゲームのアイテムはコピーしたかのように均一ではなく、微妙にそれぞれがオリジナルだ。
その中で別に高級品があからさまに輝いている訳ではないが、間違い探しのようにハルはその傾向を発見していく。
「あっ、スキルが生まれたね。<目利き>、だってさ」
「おお、やったじゃんハルちゃん。良い物いっぱい見たからかな?」
「たぶんね」
ハルが無意識に薬草の山をより分け、連続して高品質アイテムを<解析>で当て続けていると、新たなスキルがハルに発生した。
これは、先ほど言っていた懸念に対する答えとなる、非常に重要なものとなるかも知れなかった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)




