第570話 領主の私兵
「ああそうだ。領民を使えばいいんだ」
「素晴らしい提案ですハル様。まさに支配者の選択かと」
「なぜ今まで気が付かなかったのか。以前はあんなに勇ましく民と共に戦ったというのに」
《それは多分ローズ様が慈悲深いからかと》
《専守防衛はするけど酷使はしない》
《死んじゃったら嫌だもんね》
《むしろ思いついたことに驚き》
《召喚獣は酷使するけどね(笑)》
「まあ、このゲームのNPCにもなるべく死んでほしくないとは思ってる。でも僕は優しくはないよ」
「安寧を得るには対価が必要。民もまた、それを理解することでしょう」
隣に居るのが全肯定秘書のアルベルトのため、突っ込み不在で話が進んで行く。
ただ、こうした手段はいつもハルが得意とする手なのは確かだ。なぜ今までこの発想に至らなかったかと不思議に思う。
意識にフィルターが掛かっていたのだろう。
このゲームでは神為的に“生きた”NPCを生み出そうとしているのではないか。その可能性を考えて以来、もしここの領民も“そう”であったらと思うと、どうしても人間と同じように見てしまう。
元々が人死にをことさら嫌う質のハルである。無意識に選択肢から除外していた。
「そうだね。ありとあらゆる障害から、僕が領民を守ってやることは出来ない。ならば、想定される危機に対して訓練が必要だろう」
「仰る通りかと」
「ついでに、僕が彼らにキャリーしてもらう」
「まさに一石二鳥。天才的発想です、ハル様」
《九割がた後者が本音でしょぉ!》
《町人にキャリーしてもらう領主》
《新しい……》
《でも理屈は間違ってないよね。前みたいなことがあったら》
《うん。今度こそ犠牲者が出そう》
《今はプレイヤー騎士団がいるけど》
《彼らは所詮、利害関係だけの間柄だからなぁ》
「手伝ってくれるとは思うけどね」
特にアベルなどは、必ず民を守るために参加するだろう。そういうロールプレイであり、また彼の本当に求めた己の在り方だ。
「具体的には、どうなさるおつもりですか? 良ければ私も、ご助力しましょう」
「民とパーティを組んで、民にモンスターを倒させる。そしてその経験値のおこぼれを貰う」
「なるほど、カナリアを民に護衛させる訳ですね。同じ戦闘に参加してさえいれば、モンスター撃破時の経験値はハル様にも配布される」
「ついでに使い魔を通じて民兵のサポートも出来る。強化も回復もお手のものだ」
《ただし攻撃は出来ない》
《いいんじゃねサポ専なんてそんなもんでしょ》
《こっちも求めてない》
《むしろダメージ出されても困る》
《前衛の立つ瀬がないよな》
《あれ? そういえば<神聖魔法>は?》
「使ってもいいんだけど、対してダメージ出ないのと、生産スキルと同時発動は出来ないんだよね」
「魔法を使うために生産の手を止めては、本末転倒ですからね。自ら経験値を得る手段を減らすこととなりますし」
戦闘に必要なタイミングで狙って撃てるように、と考えると、どうしても生産スキルの手が止まってしまう時間が増えがちだ。
ただ、使うこと自体はして損は無いだろう。生産の終了と同時に、次に移る前に一発撃ちこむようにしておくことを決めるハルだった。
「では、私も同行し補佐しましょうか。万一の時の盾となりましょう」
「そうは言ってもね。広範囲に展開するつもりだから、お前ひとりじゃカバーしきれないよアルベルト。それよりも、自分のレベル上げをして来た方が」
「確かに。ならここはやはり……」
「止めようね?」
アルベルトの言おうとしたことは良く分かる。故に口に出す前に制止するハルだ。
彼女は<増殖>を得意とする神。その意識の分割数はハルを大きく凌ぐ。その特性を利用し、多重ログインしてこようというのだろう。
老若男女、あらゆるキャラクターの演じ分けすら思いのままだ。
完全に意思疎通の取れた指揮要らずの軍隊の誕生である。いつかの戦いを思い出す。
「ならば、戦局を見極め、最も厳しいであろう局面を補佐しましょう。もちろん、お呼びくださればまたすぐにログアウトして帰還します」
「いや帰還するな。現場に戻れなくなるだろ」
そんな風に少しズレたアルベルトとコントのようなやり取りを繰り広げつつ、ハルは自警団部隊の遠征について計画を進めていった。
◇
「……以上の理由により、本日は有事の際の訓練を行う。おのおの用事のあろうところ、集まってくれて感謝する。勿論、本日分の日当は手配しよう」
「《とんでもございません、ご領主さま!》」
「《お給金など、必要ありません!》」
「《腹が減れば、狩った獲物を食らえばいいのです!》」
「《いずれは信仰により、霞を食んで暮らせるようになりましょう!》」
「うん。いいから給金を受け取って美味しい物を食べて、健康に気を遣って暮らすように」
空気を栄養にするのはエーテルマスターであるハルですら難しい。出来たとしても非効率だ。あと美味しくない。
ハルが訓練の招集をかけると、すぐさま大量の人員が集まった。
その誰もが、目をぎらぎらと輝かせた敬虔な信徒だ。ぎらぎら、という表現は敬虔さにそぐわないのではないか? という意見は受け付けない。
実際に、そうとしか言えないのである。
「相変わらずの狂信者っぷりだな。どうしてこうなった」
《ローズ様のせいなんだよなぁ》
《お姉さまが偉大すぎたせい》
《奇跡を目の当たりにしちゃったから》
《優秀な突撃部隊の完成だね》
「突撃はやめて」
慎重さと堅実さこそがハルの求めるものだ。攻撃力や破壊力は二の次でいい。
「《では、出陣いたしますよ。私やハル様の指示にきちんと従うように》」
「《はいっ、騎士様!》」
「《いかなる命令にも従います!》」
《ん? なんでも?》
《本当に誇張なく何でもしそうな凄味がある》
《国とローズ様どっちを取るか聞いてみたい》
《迷いなくローズお姉さまって言いそう》
《コンマ一秒すら躊躇しなさそう》
「不穏なこと言うな君たち。本当にこの領が反逆の土地になってしまう」
「ハルお姉さまは、やはり国を統べる器なのです!」
使い魔から出る声をオフにして、急遽ログインし駆けつけてくれたアイリと共にぼやくハルだ。
もっとも、アイリの方はコメント欄の意見に乗り気のようであるが。
このゲーム、行くところまで行けば国そのものを手中に入れることも叶うのだろうか。そしてその時は、アイリスに所属するプレイヤーはどのような扱いになるのだろう。
「まあ、今はそれよりも訓練を開始しないとね……」
「はい! 号令の時なのです!」
「……総員、我が写し身に続け! 僕がお前たちを補佐する! 恐れることなく勝利を掴め!」
「《うおおおおぉぉ!》」
「《領主さま! 領主さま!》」
「《我らには神の化身がついている!》」
「《進め! 地の果てまでも!》」
いや、神でもないし地の果てまで行かれても困る。
今回はアルベルトが随伴しているので、確かに神の化身はついているのだが、今彼らが指しているのはハルのことだ。
ハルは<神威の代行者>というスキルを持ってはいるが、どうもハル自身を神格視してみている節が領民にはある。
姿を見たことのないアイリス本人よりも、実際に奇跡を起こしたハルの方が分かりやすいということだろうか。アイリスの苦労が偲ばれる。
「とはいえ今日は様子見だ。君たちも空回りしすぎないように」
「《はい! 領主さま!》」
「《全力で訓練に励みます!》」
聞いていなかった。
とはいえやる気があるのは良いことだろう。ハルはひとまず、街の周辺に出るモンスターを狩って様子を見ることにする。
様子見とはいえ、この土地はフィールドに出るモンスターも普通に脅威だ。気を抜けるものではない。
しかし、野生のそれには支援スキルがあれば町民でも対抗できると、前回の襲撃で証明済みだ。
「もう<音楽>を発動してもよろしいですか?」
「そうだねアイリ。アイリの訓練にもなるし、常時使っていっちゃおう」
「はい!」
アイリが元気よく楽器を取り出し、<音楽>スキルによって演奏を始める。
隣にいるハルを対象として発動されたそのスキルは、<存在同調>した使い魔を通じて前線へと届けられた。
同時発動された<音楽>スキルである『アンプ』によってハル自身が<音楽>の発生源となり、複数匹配置されている小鳥たちは、余すところなく民兵をカバーし彼らに強化効果を発生させていった。
《戦場に音楽ってちょっとシュールじゃない?》
《神々の旋律を馬鹿にしたか?》
《はい神罰》
《これは不敬罪ですね》
《実際、古くから行われてる手法ではあるよ》
《まじか》
《戦争用の楽団まであったりする》
《近代まで普通に続いてた》
なにもゲームのスキルだけでなく、音楽による高揚効果は古代から使われていた。
味方を鼓舞し、敵を威圧する。そうした精神的な作用は、実際馬鹿にできないほどに大きい。
「そういえば、弱体効果のある音楽も使えるんだよねアイリは」
「はい。一緒に演奏しましょうか?」
「え、出来るの? 音とかどうなるんだろう」
「最近覚えました! 楽器が浮いて、勝手に鳴ってくれるのです! ……音は、好きな方だけが鳴らせます。不思議なのです」
安心した、勇ましい曲と不気味な曲が合わさって不協和音を奏でることは無いようだ。ここはゲームの利点である。
更に歌も重ねることが出来るようだが、そちらは練習中のようだ。練習の成果に期待したい。
そんな行進曲に導かれるように、一行は戦場に到着した。
ハルは指揮官として、司令室から戦場を俯瞰する。数多くのモニターが広げられるその様は、なかなかに“それっぽい”。
《中央司令部だ!》
《モニターずらり!》
《見栄えがするなぁ》
《オペレーターが一杯居れば更によし》
《確かに》
《むしろ、一人で指揮するのが異常》
《あたまおかしなる》
《一人だけ別ゲー始まるよー》
《なぜか始まるストラテジーゲーム》
皆がRPGをやっている中、ハルだけ戦略ゲームの指揮をしている。
だがこうでもしなければ、屋敷に籠ったまま戦闘など出来ないのだ。許して欲しい。
「《ハル様。前方に戦闘中の集団を発見しました。友軍のプレイヤーのようです》」
「そういえば、狩りをするって言ってたね。狩場を変えるか?」
「《構わないでしょう。同じ部下です。譲る必要は無いかと》」
暗黙の了解として、モンスターは資源であり、その狩りは先着順という空気感がある。
許可なく割って入るのは横取りとみられることがあり、マナーとして気を付ける必要がある場合もあった。
ただ、先頭を行くアルベルトはそこに遠慮する気はないようで、躊躇なく先に戦闘中の集団と合流して行く。
「《失礼。こちら現在、民兵の訓練中です。合流してもよろしいか?》」
「《ああ、アンタは。……了解した、民を守るのがオレらの本懐だ。全力で護衛させてもらう》」
「訓練だからね。モンスター全てをアベルが倒しつくすのは無しだよ」
「《主様か!? ああ、そこから喋っているのですか……》」
ハルの立体映像と声を発する小鳥に一瞬驚いたアベルだが、すぐに納得してその指示に従う。
彼もまた、狩場の独占よりも主君の意思を優先するようだった。このあたり、プレイヤーらしさよりも、本当に騎士ロールプレイを徹底している部分が出ている。
「……順応が早いですね。わたくし、とりさんがハルお姉さまの声で喋るのに、しばらく驚きっぱなしでしたのに」
「んー、順応というよりは、思考放棄してるのかもね?」
恐らく、元の異世界の魔法で色々とやりすぎたせいで、『何かおかしなことが起こっても、ハルなら仕方ない』、とそういう思考が根付いてしまったのだろう。
「君の部下たちは不満に思わないかい?」
「《いえ、正直なところ、敵の強さに難儀しておりました。オレ一人が強くても良くないという言葉、身に染みています》」
「だろうね。あまりにアンバランスだった」
この地域の敵に対抗出来ているのはアベルだけのようであり、他のファンクラブの女の子たちは身を守るのに手一杯のようだ。
彼女らがピンチになるごとに、アベルがその場に駆けつける。
ファン冥利に尽きる展開ではあるのだろうが、さすがに申し訳なさが先に立っているようだった。
「とはいえ今度は逆に戦力過剰すぎるね。よし、ちょっとした仕掛けをしよう」
「《……また妙なこと企まないでくださいよ、主様》」
ローズ伯爵がハルだと知ってしまってからは、さすがに妄信は出来ない様子のアベルであった。一体なにを企んでいるのか、という不安が少し表れている。
とはいえ、そう不安がることではない。訓練のための敵を増やすだけだ。
ハルはこっそりと同行していた小さな影に向かって、秘密裏に指令を飛ばすのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)




