第568話 集団の決まりについての考察
その後、ハルが改めてログインすると、早くも『ローズ伯爵』宛に面会の予約が入っていた。
あの放送を見て、すぐに面会の申し入れ方法を探りに動いたらしい。柔軟なことだ。
その者達は男性五人のグループで、かねてよりこの街に滞在し何かしらの機を窺っていたようだ。
いつの間にか、プレイヤーの攻略も上位の者はこのクリスタの街へと到達するほどにまで成長していた。
そういう意味でも、ハルの領地がここであったのは幸いだ。別段、選別を入れるまでもなく厳選されたプレイヤーのみを連盟に加入させられる。
「ありがとうございます! これから頑張ります!」
「うん。あまり気負いすぎないでね。特にそんな頑張るクランじゃないから」
「……あの、本当にノルマとか良いんですか?」
「ん? 別にいいって。僕に対してポイントを付与する必要もないよ。今の仲間内で掛け回しなよ」
他のクランには、加入メンバーに対してある一定の要求、すなわち仕事のノルマのような物が課されている場合がある。
大手のクランほどその方針は顕著だ。
今、元<冒険者>の彼が言ったように、クランリーダーに対し一定のステータスポイントを献上することを義務付けるところ。
クランの共有財産となっている備蓄倉庫のシステムに対し、期間内に一定のアイテムや資金を提出する所。
ほとんど見られないが、加入者に日本円の供与を求めるクランも少数存在した。何にでも課金ができるこのゲームならではである。
当然、ノルマが厳しければ厳しいほど、クランの質も高いことが求められた。
対して、ハルのキャラクター、『ローズ』の知名度が保証する規模のクランとしては、ノルマ無しは不思議に思えたようだった。
「そもそもノルマが何故できるかといえば、働かないプレイヤーを容赦なく切れるからなんだよね」
「はい。確かにそうですね。ノルマが無いと、『頑張ってたのに首にされた』という問題が起こりやすいです」
「うん。そうやってゴネられても、『あなたはノルマを満たしていません』、と簡単に突っぱねることが出来る。一方僕のクランは、その必要があまりない」
「加入者を、こうやって厳選しているからですか?」
「いいや。それでもサボる人は出るさ。もっと単純に、受け入れ可能人数が多いからだね」
極論、入れてしまえば後は何もしなくても罰しはしない。
もちろん、ハルはリーダーとして働かない者を除名するのに一切の抵抗を感じず行えるが、今回はそもそもその必要性が存在しなかった。
ハルは<貴族>に、正確に言うと<領主貴族>となっている。
そのハルがリーダーとなり立ち上げたクランは、他の者が運営するそれよりも大幅に加入人数が多くなっていたのだ。
普通なら、こうした基本システム上で不公平が起こるようなバランス調整はありえない。
しかし、このゲーム全体が興行であり競技であるという前提が、あらゆる不平等を肯定していた。
身も蓋もない言い方をすれば、人気の者や金払いの良い者ほど優遇される傾向にあるようだ。
「……逆に、クランとしてはあまり補助をしてくれない、ってことになりますかね?」
「心配はもっともだね。そこは、それこそ働きに応じて、ってことになるかな」
ノルマがある代わりに、クランはそれに応じた恩恵を与えてくれるのが常だ。
それ故、逆にノルマが無いと不安がる者も出てくる。彼らのようにやる気のある者ほどその傾向が強い。
何もしなくていいけれど、恩恵もまた何もないのではないか。そう思ってしまう。
もう一つ問題点があった。ノルマが無いのに恩恵はある、という夢のような設定の場合だ。
その場合も実は大きな問題があり、働いた者と働かない者の報酬が同じとなってしまう。そうなると、自然と働く側に不満が募っていき、ついにはあちらから脱退してしまうのだ。
「働き者が馬鹿を見るようにはしないから、安心してよ。そうだね、分かりやすく、冒険者ギルドみたいな依頼形式にしようかな」
「そんなこと出来るんですか!」
あまり外部に出歩けないハルの手足として、クランメンバーにはそうした依頼をしてもらえると助かる。
例えば『この素材を集めて欲しい』、『どこどこのダンジョンを攻略して欲しい』、『街の周辺のモンスターを駆除して欲しい』、など。
まるで<冒険者>がやっているような形式も、少し複雑な処理を行えば可能そうだった。そして、その複雑なことはハルの得意分野だ。
「そんな感じかな。追い追い詰めていこうと思う。今のうちに、何か質問は?」
「えと、じゃあその。やっぱり最初の<騎士>になったアベルさんが、団長なんでしょうか?」
「彼の下につくのは不満かな?」
「あ、いえ。ただ、NPCだって聞いて、どうなるんだろうって……」
やはり、見慣れぬ存在というのは不安を煽るようだ。ハルもそこは、無理に慣れろとは言うつもりはない。
「安心しなよ。そもそも『騎士団長』みたいなシステムはない。騎士団を名乗るのは自由だけどね、団長やりたいならどうぞ?」
「そうなんですね。えっと、遠慮しときます……」
「ただ、派閥が出来るのは覚悟してほしい」
「それは、はい。彼にはファンクラブも付いてますし」
「競争はしてもいいけど、喧嘩はしないでね。そういう時は、ノルマとか関係なく除名もあるからね」
「気を付けます!」
そんな感じで面接の末に、何名かの加入者がハルのクランへと加入した。
もちろん、彼らは単純な部下ではなくライバルでもある。やる気のあるプレイヤーであるという事は、皆、いずれは己がゲームクリアを目指そうとしているだろう。
だが、それでいいとハルは思う。互いに利用し、また高め合い、共に進んで行けばいいだろう。ハルだけが得する取引より、そちらの方が健全だ。
そうしてゲームプレイは新たな領域へと入り、ハルはクランリーダーとしてこれから多数の人材を率いていくことになった。
*
「んー、でも思い切ったねハル君! ハル君ってさ、あんましギルド系の運営ってしないよね。やっても、身内団ばっかなイメージ」
「あまり、一つのゲームに留まらないからね、僕。プレイ止めたい時に、ギルメンに申し訳ない気がして」
「あー、そうねー」
「『卒業しますー、いままでどうもでしたー』、でいいんじゃないですかー?」
「……良いと思うけれど。カナリー? あなたが言うと、ちょっと引っかかるものがあるわ?」
「無責任に卒業しちゃいましたからねー」
言いながら背中から抱き着いてくるカナリーにハルも皆も苦笑する。そのくらい気楽で、いいのかも知れない。
面接と大まかなルール作りが終わり、ハルは再び放送を切った。
今は、放送外ながらゲームを続けつつ、新たに加入したメンバーたちの動向を見守っているところだった。
「今回作る決め手になったのってなんなんだろ?」
「<統制者>のスキルだね。あれの効果の一つに、仲間の数だけ強化される、ってのがどうやらあるみたいで」
「おおー、リーダー向けスキルだ」
領主としての経験から生まれた<統制者>のスキル。それは、領民の数が増すほどハルが強化される効果を持つようであった。
ならば、それはプレイヤーであっても同じはず。その考えが、ハルが普段やらない大規模なクラン運用に踏み切らせたのだ。
「さーて、誰が最初に裏切るかなぁ?」
「ゆ、ユキさん!? 恐ろしいことを、言ってはいけないのです!」
「いやいやアイリちゃん。そこまで含めて団体行動の醍醐味だぜ? 特に最初に来た男なんか、野心マンマンだったしさ」
「確かに、お姉さまが『召喚獣を譲渡する気はない』と言ったら、ことさらがっかりしてたのです!」
「ああ、僕の神獣目当てだったね。あとアイリ、放送外で『お姉さま』はやめて?」
「ついうっかり!」
しかし、何を目的としていたのであろうか? いまいち不明だ。
神獣がステイタスになるのは、<召喚魔法>の聖地であるミントの国での話だ。このアイリスではさほどの効果は発揮しない。
その者が<騎士>となった以上、自然と活動はこのアイリスに限られる。少しばかり、ちぐはぐさを感じる行動方針だった。
「まあ、珍しい物を集めたいだけかも知れないし」
「<召喚魔法>が派生したから、とりあえず貰っとけー、みたいな感じなのかも知れないっすねえ。ただ、優秀なのは確かですよハル様。ハル様以外で別系統から<召喚魔法>までツリー伸ばしていった人は、あんまし確認されてないっす」
「スキルもまたレア狙いなんだろうね」
その辺りは共感できるハルだ。多少冒険にはなるが、他人の行かぬ道こそに輝ける可能性は埋まっている。
「そんでハル様? そういえばわたしに、あの王子様の取り巻きの教育をしろって話でしたけど」
「ああ、うん。彼女らどうもね、効率が悪くって」
「そっすねえ。そんで効率といえば、わたしっすもんね!」
アベルに付属して、というと言い方が悪いが、彼のファンクラブの女の子たちも皆一様にハルのクランへと加入してきた。
彼女らは相変わらず、全ての強化ポイントをアベルへとつぎ込み、いや貢いでいる。
そのため自分自身の強化は進んでおらず、完全なアベルのワンマンチームと化していた。いつだったか見た光景だ。
「ぶっちゃけ、弱いよね。うちらも同じことしてるから、あんま人のコト言えんけど」
「確かに、わたくし達も全員がハルさんにありったけのポイントをつぎ込んでいるのです!」
「私たちは例外ですよー。ハルさんが、強すぎますからー。一人が突出しつつ、その上で私たちに還元するポイントを稼いでくれてますー」
「一家の大黒柱ね? 甲斐性があって流石ね、ハル?」
「まあ、しっかり家族を養わないとね」
ルナはからかうように言っているが、実際ハル自身もそんな気持ちだ。
皆が期待と好意を一心に向けてくれるなら、それを養い導くだけの力を示さねばならない。
「こういうとアベルを甲斐性なし扱いしてるようで悪いんだけど。でも、現状僕の下位互換にしかなってないから」
「ういっす! 適度にファンクラブ内でもポイントの横移動がされるように、わたしがアドバイスしますね! ちなみにハル様からは、新しく部下になった奴らにはポイント与えてやらないので? 頑張ったご褒美とかで」
「今のところはその気はないね」
「私たちを一番大切にしてくれるんですねー? ゲーム内でも、ハルさんですねー」
カナリーの直接的な発言に恥ずかしくなるのと、同時に『身内以外は切り捨てる人間だ』と突き付けられているようで少し凹むハルだ。
ただ、そこは今後も徹底していこうと思うハルである。
ノルマもなく、出入り自由である代わりに、ハルが特別に恩恵を与えるのは彼女たちのみ。そこは、今後もおそらく動くことはないだろう。
「しかし良いんですかー? <騎士>の称号だけ貰って、すぐ他に仕官する奴も出てきますよー?」
「……残念ですが、避けられないでしょうね。わたくしの国ではそうした者はなるべく事前に調査してはじくのですが、どうしても“漏れ”がでてしまいます」
「アイリちゃんも大変だ。ゲームなら、別に大したことはないんだけどねー。悪評はバラ撒いてやるけど、くけけ」
「次の加入が出来ないようにしてやったよね。懐かしいねユキ」
「……性格の悪いエピソードね?」
現状、<騎士>の任命を出来るのはハルだけだ。それを目当てに、加入だけして去る者も今後おそらく出てくるだろう。
任命にかかる費用も安くはない。その可能性に頭を悩ませる女の子たちだが、ハルは別にそれで構わないと思っている。
結局のところ、<騎士>はアイリスの国専用だ。仮に野に放たれたとはいえ、<騎士>が増えることはアイリスの国力が増すことに他ならない。
それは、巡り巡ってハルの得となることだろう。そういうものだ。
「……それに、このゲームは常時放送してるゲームだからね。加入の時点で、ばっちり素性が公開されちゃってる」
「だねぇ。その上でもし裏切れば、そいつは信用成らないプレイヤーだと自ら宣言していうようなもの。だねハル君?」
「悪い顔してるわよ二人とも……?」
「<騎士>に任命できるのがハルさんだけな以上、<騎士>となったら居場所はここだけなのです!」
なにげにアイリも元気よく黒い発言をしていた。きっと裏切り者に思う所があるのだろう。王女として、幾度もそうした者を見てきたに違いない。
ただ、そんなことは気にせず自由なクランにしていきたいとハルは思う。
人数によって強化される<統制者>のスキルのためにも、厳選しつつも積極的に、加入人数を増やしていきたいところであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




