第567話 お前だったのか
「ハァ!? お前がローズ様!?」
「うん」
「冗談やめろ、マジに言ってんのかそれ……?」
「やっぱり気付いてなかった」
「気付く訳が無いだろぉが!」
安心した。いつものアベル王子である。
寝耳に水が過ぎたアベルの騎士就任イベントの後すぐに、ハルは<転移>で彼の現実の(といっても異世界だが)所在へと飛んだ。
連絡なしの無礼を特例で押し切り、ログアウト直後のフルダイブ明け、要は寝起きに近い彼の部屋へと突撃する。
日本の単なる友人同士であっても顔を顰められるだろう。加えて彼の立場は王族、その非常識さは語るに及ばず。
だが、それだけの立場と貸しをハルは持っている。ついでに菓子も持ってきた。日本のものだ。
その、この世界では大変珍しいお菓子をつつきながら、学生の友人のようにだらけた態度で語り合うのだった。
こう見ると、アベルも先ほどまでと同一人物とは思えない。
「……はぁ。まさかハルだったとは。衝撃がヤバい」
「仕返しだ。僕の方の衝撃も、相当なものだったよ。別人だったじゃないか、あっちでは」
「そういう世界なんだろ? なりたい自分に成れるっていうよ? オレだって、王族の生まれであるが為に捨てた夢の一つや二つあるんだっての」
「それが『騎士』? 納得というか、意外というか、判断に困るね」
「うるさい。男なら誰もが騎士に憧れるモンなんだよ」
「そういうものかね?」
そういうものなのかも知れない。
特に、この国はセレステの守護する国だ。戦女神である彼女の国、騎士に憧れる子供が出るのも自然なことだ。
彼女自身も、ハルの騎士としてやや強引に就任している。
だが夢は夢。誰もが物語の騎士に成れる訳ではない。
立場が低く、資金やコネで挫折する。この実力主義の国において、己の力の無さに絶望する。そしてアベルの場合は、立場が逆に高すぎる。
「でもそれって、誰かに仕えてなきゃダメなの?」
「あぁ? そりゃあ、そうだろ? 国に仕え、民を守るのが騎士だ。己の利権のために内戦も厭わない薄汚れた王族と違ってな」
「いちいち皮肉を混ぜるなと」
「無関係でもないさ。お前、いや、ローズ様への仕官を決めたのも、民の犠牲を良しとしない立派な貴族だと聞いたからだしな」
「それは、持ち上げすぎだ」
単にハルは、『護衛ミッション』が失敗するのを嫌っただけだ。
犠牲が出たら、ハルが負けた気分になる。それを気分的に許容できないという、ただの利己的な事情。
加えて、“生きた”AIを運営の神々が作り出そうとしている可能性に思い至ってしまったが故に、その“生きているかも知れない”人々を殺すことに忌避感を覚えたということもある。
どちらにせよ、ハルの個人的な事情だ。博愛精神とはほど遠い。
「成りたい自分に成れる世界だって事だからな。それならと、子供の頃の夢だった騎士を目指そうと思ったンだよ」
「なるほど、良いんじゃないかな。神様たちの推奨する遊び方だ」
演技することが推奨され、その芯が通っているほど高評価を得るゲームである。アベルのやり方は、まさにその理想を体現していると言えた。
「ん……? ってことはよ。ハル、お前が女になってるってことは、実はお前……」
「いや違うから。僕の場合は正体がバレるのを防ぐためだけだから」
「だ、だよな。びっくりしたわ」
「まあ、実際にそういう人も居るけどね。願望とまで行かなくとも、現実の性別からくる事情に疲れて逆を選んだり」
「はあ、なるほどな。確かにやりそうな奴は多い」
ここですんなり納得してしまうのが実際の貴族王族をよく見て来たアベルというのが面白い。
彼らの社会にも、色々なしがらみが渦を巻いていそうだということが、感じられてくる。
「そういえば、君のお姉さんも参加してるんだよね」
「ああ、嬉々として戦士の国に参加していった。姉上はこちらとあちらで大差はないな。あの方は普段からやりたいようにやっている」
「なるほど。それこそ男キャラクターに変えたりもしないのか」
「姉上はセレステ様に憧れているからな。女であることに不満はないそうだ」
「へえ」
そのセレステ様が、戦う相手が居ないからとメイド服を着て家事を始めたと知ったらどんな顔をするのだろうか。
非常に興味はあるが、さすがにいたずら心だけで伝えはしないハルだった。
「オレと姉上だけじゃなく、あと何人か国から参加してる。功績になるからな」
「ゲームに参加すれば神から褒美が出るとか、もうギャグだよね。僕らから見ればだけど」
「良く分からん。そのゲームという概念が、薄いからなオレらは」
「だろうね」
ゲーム世界として作られた、まさにゲームの中に元々生きる住人たちだ。そこに違和感はないのだろう。
「ただそれなら、よく君を参加させたね? 他の王族は、これ以上アベルに手柄を立てさせたくは無いんじゃないかな?」
「……条件が、条件だからな。あの世界に行っている間は、この体が意識を失うと聞いて、暢気に参加できるほどこの国は安全じゃない」
「絶好の暗殺チャンスって訳だ。荒れてること」
「ホント冗談じゃないな、まったくよ。酷い国だ」
フルダイブゲームゆえ、ログイン時は眠っているのと同じ。いや、ある意味で眠っている時よりも無防備だ。
これが日本であれば、エーテルネットによりログイン時には周囲の危険を自動で感知してくれるが、この世界にはそれはない。
魔法がある世界ではあるが、完全に意識不明の状態で魔法が使える者は存在しないようだ。それこそハルくらいのものである。
これが睡眠時であれば、また事情は別になるらしいのが面白いが、それはまた別の話。
「そうだ。国の話といえば、あの王城の地下の装置ってどうなった?」
「あぁ? 話が飛ぶな? 雑談しに来たのかハル。まあ、その節は世話になったしな」
アベルにとっては長年に渡って進めてきた計画の成就となった、王城地下にある研究室の謎の遺産装置。
エメにより神々の目を盗み、彼女の計画を進行するためのトラップではあったが、装置の機能自体は本物だ。
エーテルの塔と空間的に接続されたあの装置は、かの地に満ちる大量の魔力を今も少しずつ瑠璃の国へと吐き出している。
王城の地下から生み出される魔力は首都の魔力事情を改善させ、それを成したアベルは王族として非常に高い評価を得たようだ。
なにやら、時期国王の選出レース、トップの期待株とされているのだとか。
「攻めるじゃあないか。そんな中であっちに長くログインしてたら、暗殺の危険があったりするんじゃないの?」
「だろうな。だが、守りに入ったところで国は取れない。『勝利は攻め続けた者の中で、足を滑らせなかった者にのみ訪れる』」
「勇ましい言葉だね」
「姉上の言葉だ。癪だが、正しい。この国においてはな」
ちなみに、今のゲームにおいても正しいだろう。
ハルもまた、人気勝負は攻めの姿勢が重要であると考え、そして実践している。ただし、目立ちたいがために奇抜なことをやればいい訳ではない。『足を滑らせない』ことにも気を付けねばなるまい。
「……君のお姉さん、結構いいとこまで行けたりして。少し楽しみだな」
「……やめてくれ。今はオレを伸ばしてくれよ? なあ主さまよ」
奇妙な縁により、あのゲームで図らずも仲間となったハルとアベル。
彼の活躍が、またハルの利ともなるだろう。ここは言う通り、最大限に協力してやるのが吉かもしれない。
◇
「ハル、この菓子もう無いのか?」
「食いしん坊だなこの王子は。だがあるよ、はい」
「おう。有り難うな」
日本のお菓子が気に入っているアベル。大抵の無礼はこれをばら撒くことでなんとかなる。ちょろい男だ。
彼だけではない。屋敷の者たちの分まで十分な量を持って来るために、もうハルの突然の訪問にも苦言を呈される事はなくなった。ちょろい屋敷だ。
そんな賄賂物資を<物質化>で手軽で無尽蔵に産出しながら、ハルとアベルは今後のゲーム攻略について話し合っていた。
「しかしよ、向こうで態度を変えるつもりはないんだが」
「変えてもいいのに」
「訳あるか! ……だが、つい出てしまうことは考えられる。知ってしまったからな」
「別に、腹芸が苦手なタイプでもないだろアベルは?」
粗野でぶっきらぼうな喋り方をしてはいるが、その実、冷静で慎重な所も大きいアベルだ。彼の計画を何度も見て、それはハルも知っている。
向こうでの騎士としての態度もしっかりと礼節を重んじたもので、こちらの喋り方はすっかり鳴りを潜めていた。少し寂しいくらいだ。
「だがな、ハルだぜ? あの女性がよ?」
「……まあ、うん。言いたいことは分かる」
ツッコミたい気持ちも分かる。
ただ、実際に反射的にツッコミを入れられてしまっては困るのも事実だ。ローズがハルであると、悟られる訳にはいかない。
「よし。<誓約>を使おう。そうすれば喋りたくても喋れない」
「またお前は神の力を気軽に……」
「気軽でもないさ。条件付けを誤ると、喋ろうとした瞬間に呼吸が止まってしまう」
「怖いわ!」
冗談だ。さすがにそんな条件にはしない。
ただ、あまり濫用はしない方が良いだろう。それこそ使い過ぎれば、神にでもなったかのような気分になりかねない。
この世界に生まれ落ちた時点で、神の『住民票』への登録を余儀なくされた彼ら。
決して、『完全に管理してしまおう』、などという思いを抱かないようにせねばならない。気を抜けば管理者時代の悪癖が出ないとも言い切れないハルだ。
「そんで、どうするんだ? いや<誓約>の話じゃない、それは好きにしろ。騎士になったは良いが、何をするか聞いてなかったからな」
「いや、それこそ思い描く騎士をやればいいんじゃないの? 騎士のお仕事まで僕が割り振るの、面倒だし」
「面倒がるなよ……、その面倒をすんのが領主の仕事だ」
「そういえばアベルも領主だったね」
しかも国境沿いの、非常に摩擦の多い面倒な土地だ。ここを指定したのもハルである。
そういえばその時も、セレステによって<誓約>を掛けられたのだったか。よくよく<誓約>に縁があるアベルだった。
「もちろん出来なくはないけど、それってつまらないよ? ゲームで、一から十までクランリーダーの指示を聞くだけの日々なんてさ」
もちろん、組織に所属しその恩恵に預かるのであれば、組織のルールには従わなければならない。
それは絶対だ。嫌なら抜けても構わないのだから。
しかし、だからといってプレイ内容までも全て強制する気はない。プロとして、仕事で来ているのではないのだから。
「いや、アベルは仕事で来ているのか? 神からのオーダーとして? とはいえなぁ……」
「……良く分からんが、方針くらいは決めてくれ。頼むぜ、リーダー?」
ハルがぶつぶつと呟きながら考えていると、もっともな事を言われてしまった。
確かに、大まかな方針くらいは決めなければならないだろう。ルールに従うべきと言いながら、そのルール自体が無いのではどうしようもない。
ハルはアベルと、そのファンクラブの活動方針について、お菓子のおかわりを用意しながらしばしの間詰めてゆくのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)




