第566話 騎士叙任
新たな強化の予感に、揚々とハルは領地へと戻る。
早く新たなスキルを試してみたいが、テレサからの密書が届くのはまだ先になるだろう。それまで、おもちゃを待つ子供の気分で待機となる。
逸る気持ちが態度に出ていたのか、港街からの帰りの馬車の中で、ルナにからかわれるハルであった。
「あなた、たまにそういう子供っぽいところが出るわよねハル? そういうところ、私は好きよ?」
「うぐっ、まあ、多少はしゃいでたのは認めるけど……」
《はしゃいじゃうローズ様かわいい》
《そんなにはしゃいでた?》
《お嬢様基準だとはしゃいでた》
《まだ分からない。修行不足だった》
《お二人の関係性がかいま見えるやりとり》
少しばかり手段と目的が入れ替わってしまっている感は否めないが、少しくらいはそれも良かろう。
色々な事情があるとはいえ、久々に皆で平和に遊べるゲームなのは確かだ。調査とは別に、目いっぱい楽しんでもいいだろう。
慌ただしい日帰りの訪問でミントの国を後にしたハルたち。帰りも行きと同じく、あの巨大なドラゴンの掴む家のような客車に乗って空の旅で戻ってきた。
トンボ帰りにさせてしまうことを謝られたが、これはゲームだ。泊まっていけと言われる方が逆に困る。領地に戻れぬ間は暇でしかない。
「さて、そんな懐かしの領地が見えて来たね。留守にしている間に仕事が溜まっている。使い魔を置いてあるとはいえ、全てに手が回る訳じゃない」
「あはは、仕事中毒みたいだハルちゃん」
「“わーかーほりっく”、なのです!」
「ですねー。ゲームなんだから、もっとのんびり遊びましょー」
「遊んではいるよ。ただ、せわしないのが僕の遊び方でね」
次から次へと隙間なく予定を詰めて、効率を極めるのに楽しさを感じるタイプ。共感を得られる場合、得られない場合、そこは両極端だ。
「それでハル様? 領地でのお仕事ってなんなんです? そんなに手のかかる仕事なんかありましたっけ? 使い魔とはいえ<存在同調>で判定はハル様ご本人。大抵の仕事なら、本体同様にこなせるはずっすけど」
「ああ、面会の申し入れがあってね。それはさすがに、立体映像で済ませる訳にはいかない」
「なーる。わたしの大活躍の機会かと思ったっすけど、出番はなさそうですねえ」
こちらが面会に出かけたように、ハルの方にも貴族としての面会の予約が入ったことが、システムメッセージにより知らされた。
それは、ハル本人が対処しないとならない。小鳥から姿と声だけを出して面会するのは、失礼にあたるだろう。
もっとも、現代の日本ではそういった遠隔通話で済ます場合が多く、直接姿を見せあうのは、それこそルナの母のような権威のある人物でもあまり行わない。
立体映像どころか電脳世界、言ってしまえばこのゲームのような空間で済ますことすら当たり前となっている。
「取引先の本当の顔を知らない、なんて普通の時代になってるよね。だからこそ、顔を合わせて話したいというか」
「急にしみじみと言い出すわね? 古風よ?」
《でもお嬢様ってやっぱり実際に会って話すイメージある》
《礼儀を大切にするというか》
《実際に会うから、高い家に住んでる感じ》
《お花とか勉強するんでしょ?》
《現実空間はお金がかかるよー》
《環境ソフトだってかなり課金が必要だぞ!》
《残念。どれだけ揃えようとリアルは桁が違う》
《ひえぇ~》
《お金持ちするのも大変なんだ》
実は、そうとも言えない。当然お金持ちともなればセキュリティ意識も高くなり、誰でも彼でも簡単に会いはしない者も当然いる。
ハルが対面主義なのは、そうした礼節うんぬんとはまた別の所だった。
単純に言ってしまえば、直接会った方がより多くの情報が相手から得られるからである。
人間の表情というのは、情報の塊だ。表情だけではない。身振り手振り、視線の動き、あらゆる行動がその人物の内面を外へと押し出している。
ゲームキャラはいかにリアルに外見を作った作品でも、そういった細かい行動データは除外されているのが大半だ。故にハルは現実での対面を望む。
それら細かなデータまで詳細に拾ってくれるゲームは、このゲームとカナリーのゲームくらいなものか。
「さて、帰ったら面会が始まる前に、僕も応接間を整えとかないと」
お屋敷の応接間、というとハルたちのイメージでは自分たちの憩いの間、という印象が定着している。
それはこちらの世界でも同じであり、皆の趣味で飾り立てていた。
そこを、来客用に仕立て直さないといけないだろう。
そんな、初の来客イベントへの対処を考えつつ、ハルは領主屋敷の門をくぐるのだった。
*
「えっ、なにし……、失礼、ようこそ我が屋敷へ、歓迎するよ」
そんな浮かれたハルの気分を一瞬で叩き壊したのは、非常に良く知った顔の面会希望者であった。
「はっ、本日は拝謁の栄にあずからせていただき、光栄の至りにございます。オレ、いえ、私はアベル。本日は、士官のお願いにあがりました」
「……オレでいいよ。話しやすいようにして」
「失礼しました。育ちの悪さ、ご容赦願います!」
「君が育ち悪かったら育ちの良い人間誰も居なくなるんだよなあ……」
ハルのつぶやきは誰の耳にも届くことなく、虚空に消えた。
さて、つい、『何してんのお前!?』、と言いかけてしまったその面会者は何とアベル王子。
異世界からの、形式上は“別ゲームからのコラボ相手”としての参加者だ。
彼がこのアイリスの国の所属を選択したのは知っていたが、真っ先に自分の元に来るとは思っていなかったハルである。
彼に対しては、『ローズ』がハルであるとは告げていないはずなのだが。
これは隣に居る、見知った顔からの入れ知恵だろうか?
「どうか、私どもを閣下の麾下へとお加えください」
そちらの人物にちらりと目をやれば、非常に慣れた様子での美しい礼でもって応えてくれた。
その折り目正しさ、ハルの仲間のお嬢様がたとも遜色なし。日頃の訓練の賜物である。
「シルフィード、さん。貴女も騎士が志望?」
「ええ。出来ればアベル様を団長とした騎士団が望ましいと考えていますが、私のことは二の次で。まずはアベル様の登用を、どうか」
「こっちでもそうなんだね」
「?? 私どものことを、ご存じで?」
やりにくい、ハルとしては非常にやりにくい。一方的に相手の事情を知っているこの状況、敵なら勝利を確信し高笑いをするところだが、相手は友人である。
正直、『何をしているんだ』、と言ってしまいたいとこの短時間で何度思ったことか。
「……ああ、うん。君らのことは多少知ってる。特にアベル、さんのことはね」
「光栄です」
「光栄、かなあ……? あー、その、リアルのことを持ち出すのはマナー違反かも知れないけど、貴方は王子様なんでしょ、えっと、元の国ではさ」
「はっ、分不相応ながら。しかし、ここではお忘れください!」
「……といってもねえ。人の下に付きたいという提案が、イマイチ腑に落ちないというか」
《王子様って!?》
《知らんのか。コラボキャラだ》
《NPCだよこの人》
《はえー、すっごいリアルな感情描写》
《このゲームも結構凄いけどね。段違い》
《姉妹ゲーはリアルさに全力投球だからな》
《いい宣伝になってるね》
《人間と見分けがつかない》
人間なので当たり前であった。
まあ、それは公になっていないので仕方ない。問題なのは、そのリアルな感情を持つリアルな王子が、何がどう悲しくて望んで人の下に付きたがっているのか。
自らが先陣を切って突き進むアベルを知っているだけに、そのギャップに多大な衝撃を受けているハルだった。
ただ、全く理解できない訳ではない。このゲームは、自らの望んだ自分を演じる為のゲーム。
そこでアベルの望みが、人の上に立つことではなかった、というだけの話だろう。
元々が彼の話によれば、アベルは幼少期は気弱な性格であったという。それが、姉によって国の方針に合うような勇ましい性格に矯正された。
つまり本心では、人を率いることなど望んでいなかったということだ。
「……だからと言って何故に騎士なのか」
「お恥ずかしながら、幼少期からの憧れがありました」
「いや、恥ずかしくはないけどね」
なんとなく、分かる気がする。彼はどことなく騎士道精神を重んじる部分があった。
王族だからと上から目線を良しとせず、常に対等な条件を模索していたように思う。そこが、青臭いと思う所は無いではないが。
《ローズ様、どうするの?》
《受け入れたら、クラン結成かな?》
《そうしたら俺も入りたい!》
《馬鹿、コラボキャラだから特別だろ》
《でも許可したらそういう輩は出てくるよ》
《そもそも騎士って?》
「ああ。そういえば騎士になりたいとは言うけど、方法は分かってるのかな? 申し訳ないけど、僕の方のシステムにはプレイヤーの騎士任命は入ってないんだけど」
「はい、それでしたらこちらで情報を得ています」
「へえ。流石」
アベルのファンクラブのリーダー、シルフィードが調査した情報をまとめた資料を渡してくれる。
ファンクラブの人海戦術により、騎士になるための条件はおおよそ割り出されていた。
しかしその最後の最後、決め手となる『騎士への任命』がどうしても難度が高いらしい。それは、『正式な貴族による承認を得る事』、であった。
「承認の有無どころか、正当な貴族との接触方法すら民間人には分かりません。ローズ様の配信も見ましたが、<貴族>になる以外に無いように思えて」
「まあ、騎士も貴族の一部みたいなとこあるもんね。このゲームでは違うみたいだけど」
このゲームは貴族の位は<男爵>から始まるが、その下に<騎士爵>のような位がある場合もある。
故に、騎士団といって思い浮かべることの多いだろう大軍のイメージと、実情は違う騎士団もあったりするのだが今は余談だろう。
そんな騎士を任命できるのは、“正式な”貴族のみだという。
この世界では世襲しただけでは正当な貴族とは認められず、肩書だけの仮貴族だ。そうした者が大半を占めており、一般のプレイヤーが接触できるのは主にこちらのようだ。
真の貴族は神によって直接見出される必要があり、宗教色の強い成り立ちとなっている。
「それで、僕しか居なかったって訳だ。しかし良く面会の方法なんて分かったね? 僕も通知が来て初めて知ったシステムだったくらいなのに」
「そこは、ローズ様を真似させていただきました。その、お金に物を言わせまして……」
「ああ、なんか因果応報な感じがする……」
この敏腕秘書もかくやといった働きを見せるシルフィードも、日本ではお嬢様だ。
大抵の事はお金で解決可能なこのゲームの仕様を、見事に利用していた。むしろ、彼女の行動によって『面会』システムが誕生してしまった可能性すらある。
「まあ、いいか。その頑張りに免じてじゃないけど、楽しそうだしね」
「おお、感謝します、ローズ様!」
「……ローズでいいって。同じプレイヤーでしょ」
「いえ、そこはきっちりとしたいので」
「演技ですものね、アベル様!」
「……後悔しないように」
いわゆる推しキャラの喜ぶ姿に、シルフィードも珍しくはしゃいでいる。アベルの放送の視聴者たちも、モニターの前で同じようにしているのだろう。
そんな彼らには、ハルのつぶやきはまた耳に入らなかったようだ。
「ところでローズ様には、方法は分かりますでしょうか?」
「ああ、多分ね。僕が<貴族>化した時と同じ感じだと思う。まずアベルを『祝福』するでしょ?」
それだけでは<役割>変更の選択肢は出てこなかったようだが、それも予想通り。
続いてハルは、<細工>によって騎士勲章を作り出す。『家紋』と同じように、貴族相手の高額売却アイテムとして存在していたそれだが、恐らく正式な使い道はこちらだろう。
ハル自身が<貴族>として認められた時のように、騎士勲章にもまた『祝福』をかけてアベルへと渡す。
「おお! これで!」
すると、予想通りにそれが要因となって、アベルは<騎士>職へと変更が可能になったようであった。
隣で喜ぶシルフィードもついでに騎士に任命してやり、残るファンクラブもまた後日加入させると約束する。
こうなるとクランの、ハル陣営の結成は避けられないが、まあそれは加入条件を絞ってやればいい。
アベルたちを例として、正式な手順を踏んで『面会』に来ることを一次条件とすればいいだろう。大抵の者はふるい落とせる。
そうしてハルに何度も礼を言いながら、残りのファンクラブメンバーに連絡してくると、彼らはこの場からログアウトしていった。
ハルもまた、会談続きのイベントの締めくくりをこことして、自分の放送も終了するのであった。
*
「さて」
「さてー?」
「驚きですね! バレないか、どきどきしちゃいました!」
「まあ、バレないだろうけどね。アベルはこうした“ガワ”の変化には不慣れだし」
アベル達が去った後、なんとなく気まずい空気が流れるハル一行。知り合いの新たな一面を覗き見てしまった気分だ。
そんな状況を、このままゲーム終了まで続けていくのはさすがに厳しい。主に、ハルの精神が厳しい。
それ故に、ハルは<騎士>に任命すると決めた時から同時に考えていたことがある。
「僕らもログアウトするよ。アベルのお宅訪問だ」
「おおー。思い切りましたねーハルさんー」
自ら、正体をバラしに行く。そうしないと、どうにもこの先やっていけない気分のハルなのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)




