第565話 精霊魔法
テレサの部下であろう職員から、彼女の仕事が終わったことが伝えらえた。
ハルたちはダンジョンでの戦闘を切り上げると、その者に連れられてテレサの所へと向かう。
いや、切り上げてとは言えど未だ戦闘は継続中であり、単にハル以外にモニターで確認できなくなっただけだ。
ハルの並列処理は、いつも分身を操っている時のように裏で戦闘行動を継続させていた。
「こちらです。どうぞ」
「ああ、案内ありがとう」
テレサの執務室はこの大木の塔の最上層にあり、格式が高く警備も厳重だ。
まるで貴族の部屋のような豪華さであり、民主制でありながら、『この国における貴族のようなもの』と言われる所以を物語っていた。
「あら、もうご用事は良いのかしら? 早かったのね、待たせてしまったわ」
「いや、気にしないで。おかげで良い結果が得られた」
「それは何よりね」
その室内を見渡すと、部屋の隅の方に小さな三人組の姿が見える。
白銀、空木、メタのちびっこ<隠密>組だ。ハルたち仲間にしかその姿は観測できず、他のNPCの目には映っていない。
国で最も警備が厳重であろうこの場に、堂々と潜り込んでいた。
「その方と会うことが本命の目的だったのよね。なら観光は、もうよろしいのかしら?」
「そうなるね。元は、観光のついでにどこかで落ち合って、と思ってたんだけど、君がここまで招待してくれたから」
「外では警備が大変ですもの。予定を狂わせてしまって、ごめんなさい」
「いいや? 迷惑かけずに済んだならそれが一番いい」
元々は、観光を言い訳にこの地を訪れたハルである。
図らずも紫水晶関係のイベントが進んだ手ごたえがあり、テレサとの会談が本題に様変わりした感はあるが、ともあれこの国へとハルたちが来た目的は全て果たされたことになる。
後は帰るだけ、なのだが、それでは訪問者に悪いと思ったのか、テレサの方から観光について掘り下げてきた。
「一応、外出の準備はさせてあるわよ。貴女が望むなら、国の名所をこれから見てもらってもいいのだけれど」
「ん? うん、そうだねえ……」
見れば彼女の言葉と共に、『テレサと共に外出しますか?』、といった選択肢ウィンドウがハルの手元に表示されていた。
それと共に、テレサ本人の挙動はロックされる。
この選択肢を選ぶまで、言葉で話しかけても、目のまでハルが手を振っても、彼女の方から反応はなしだ。
……このあたり、『ゲームのNPCだな』、ということを露骨に感じさせてくる。
非常に人間的で感情豊かな、高度なAIであるのに、こういうところはキッパリと“ゲーム”であった。
「いや、君も仕事があるだろう。これ以上手間は取らせられないよ」
その選択肢の『いいえ』を選びながら、ハルは彼女の労をねぎらう。
楽しそうな申し出だが彼女は役人だ。忙しいに決まっており、ハルの相手をすればするほどその本業に影響が出てしまうだろう。
《えー! 行かないのローズ様!》
《もったいない!》
《デートなのに……》
《テレサルートないなった》
《それを嫌ったのでは?》
《ああ、特定個人のルートは不都合なのか》
《目指せハーレムルート》
ハーレムルート、ではないが、方向性としては間違ってないのが困る。
あまり特定の国家と仲良くしすぎず、全ての国に対して八方美人ぶりを決める。それがハルの、『<貴族>ローズ』としての選択だった。
元々仲の良いアイリスとミントの二国が更に交友を深めるのは特に不自然ではないが、そのパワーバランスの変化が、巡り巡ってどんな影響を国際関係にもたらすかまだ読めない。
「お気遣い感謝するわ。確かに、私もすぐにでも貴女から頂いた紫水晶の情報について精査しないといけないと思っていたのよ」
「……ものすごい仕事熱心だ」
どちらにせよ、ハルが彼女の仕事を増やしてしまったようだ。
選択肢のどちらを選んでも、彼女の睡眠時間が削れることは確定だったらしい。
「なにか、毎回ローズさんには頂いてばかりね。借りを作ったままでは悪いし、私に出来ることは無い?」
「え、いいよ。会議室セッティングしてもらったし」
「それでは釣り合わない、と言っています。観光も遠慮させてしまったし」
「そうだねえ……」
ハル自身は対等な取引か、むしろまだテレサが損をしていると思っているくらいだが、あちらはあちらで感じ方が違うらしい。
こうした大きな目線での損得、貸し借りについては、ルナの方が詳しいだろう。後で聞いてみようと思うハルである。
今はひとまず、くれるという物は貰っておこう。
「じゃあ、少し教示してほしいかな」
「なにかしら? あまり、学のある方ではないのだけれど」
学の塊が何か言っている。学の無い者が一部門のトップに立てるはずがない。有識者特有の謙遜である。
いや、コネで、とかはあり得るだろうか? まあ今はそんな事を考えても仕方ない。
「この国の専門のことだから問題ないと思うんだけど。召喚獣のパワーが上がらなくてね。何か外部要因で向上させる良い方法はないものかと」
ハルは彼女に簡単な経緯を説明する。<存在同調>のことは伏せ、元々の能力値が低すぎるため、装備や強化スキルといった強化ではどうにもならないと。
そういった基本的なこと以外で、強化を得られる画期的な方法はないものだろうか。
召喚関係といえば、ここミントといった風潮が強い。そんな<召喚士>の聖地の上位に位置するテレサならば、何かしら奥義のような秘策を持っているように思われた。
「……そうですね。無いことはありません」
「へえ、これまた期待できそうな」
「あまり期待されても困りますよ? まずこの国が、『森と精霊の国』、と評されているのはご存じですね」
「ああ、精霊が沢山居るから<召喚魔法>に最適である、って」
「その通りです」
もちろん知っている。そのように、プレイガイドに書いてあった。
所属する国家を決めるための目安として、簡単な国紹介が開始前に確認できる。
例えば、アイリスであれば『伝統と騎士の国』、ここミントであれば『森と精霊の国』、といった感じにだ。
その下部にある説明欄には、『精霊と通じ合うことにより、<召喚魔法>が得意』、といった説明がされていた。
要は、その精霊を使って強化しろという話になるのだろう。
「もうお察しでしょうけれど、我々は、<召喚魔法>に精霊の力を深く絡めることにより、その力を何倍にも増しています」
「あのドラゴン使いの子も?」
「ええ、まさしく。彼女の行う儀式が、<精霊魔法>によるものですね」
ここに来て新たなスキルが登場である。なかなかに、可能性を感じさせる響きだ。
何よりハルが期待をしているのは、今までのスキルとはまるきり別系統のスキルだということだ。覚えれば、また並列して経験値の入手できるルートが増えるかもしれない。
本末転倒ではあるが、そうすればもう無理に<召喚魔法>を使って戦闘する必要もなくなるかも知れなかった。
《おお! 新展開きちゃ!》
《これローズ様以外にも有益な情報》
《召喚士必聴の講座です》
《また再生数が伸びるな》
《でも、精霊使いみたいの聞いたことないんだよね》
《同じく(ミント国民)》
《上位職なんじゃない?》
《もれなく政府機関に所属してるとか?》
《特殊部隊かよ》
「そのスキルは、どうやって習得を?」
「基本的には、精霊と心を通じさせれば自然と芽生えるものですよ。この国は特別精霊が多いですが、アイリスの国にも居ないわけではありません」
「む、なんだか気の長そうな話だ……」
「確かに、この国以外ではあまり聞かないかも知れないですね。やはり、移籍しますか? 歓迎しますよ」
「いやいやいや……」
「あら、残念。ですがローズ様は精霊に好かれていますから、きっと、どうとでもなりますよ」
謎の評価基準である。ハルの感じられない部分で、力を測るのは止めていただきたい。軽く脅威だ。
例えるなら<信仰>エネルギーのようなものだろうか?
「うーん……、身もふたもない言い方になるけど、もっと手っ取り早い方法ってない? 『これを読めば<精霊魔法>が習得できる本』、とか……」
《いやいやいや》
《それこそいやいやいや、だな》
《ローズお姉さまぜいたくー》
《求めすぎー》
《精霊様はもっと神秘的な存在なのだ》
「あるには、ありますが……」
《あるんかーい!》
《神秘的がどうしたって?》
《神秘壊れる》
なんだかコメント欄とテレサでコントが繰り広げられていた。
テレサからは確認できないはずなのに息がぴったりだ。大盛り上がりである。
しかし、彼女のその言いよどみ方が気になったハルだ。これは、単純に見つかったと喜んで良い話ではないだろう。
「ちなみに、それを教えてもらうことって?」
「……難しいですね。国家機密、というほどではありませんが、我が国の独占する重要な情報です。それを恩があるとはいえ、他国の貴女に渡すのは、少し」
「譲ってくれたら、僕のカナリアの神獣を一匹テレサに進呈しよう」
「お譲りしましょう」
《即落ちぃ!?》
《テレさんそれでいいの!?》
《国防とは……》
《ハニトラ?》
《こうして機密は漏れていくんだなって》
《普通に、メリットが大きかっただけじゃない?》
「あれ? そんな即答するほど?」
またコメント欄とコントをしている彼女に、ハルもまた驚きだ。
確かに多少の手札になると踏んで、何かの対価としてこの“トロイの木馬”たる使い魔を譲り渡そうと目論んで、この話を持ち出した所のあるハルだが、ここまでの価値があるとは思わなかった。
ハルの予定では、一旦カナリアを交渉テーブルに上げて、『ならこれに見合った別の物をくれればいいや』、と話を落とす予定でいた。
嬉しい誤算といったところか。それとも何か問題を見落としているのか。
「召喚士として、神獣と契約している、ということには大きな意味があります。言い方は悪いですが、大きなステイタスになるのですよ」
「へえ。じゃあ僕も、特別な目で見られていたと」
「ええ勿論。証拠として、この中央庁舎の上層階において、あの神獣を自由に飛び回らせても、お咎めはまるで無かったでしょう?」
「……これはとんだ失礼を」
どうやら、ハル以外があれをやったら即捕まっていたようだ。確かに無礼な振る舞いであった。
さて、彼女がどんな思惑を持っているにせよ、ハルにとってはメリットしかない話がとんとん拍子に進んで行く。
ハルは<精霊魔法>の秘儀を手にし、テレサに『目』を送り込むこともできる。
そんな取引であるが、今この場ですぐに伝授、という訳ではないようだった。
当然疑う訳もなく、ハルは先んじてカナリアの譲渡をすることで承諾する。
「感謝します。後ほど、ローズさんの領地へとお送りいたしますね。お分かりだとは思いますが、“決して、外部に漏らさないように”」
かなりの念の押しようだった。これはきっと、『配信にも乗せるな』という意味合も含んでいるのだろう。普通に全世界に公開と同義だ。
そんな期待に胸が高まる契約を済ませ、ハルは浮ついた気分で帰国の途に就くのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)




