第564話 使い魔の装備品
そうしてハルの使い魔の小鳥たちは森の奥深くを目指して羽ばたいて行く。
道中では先ほどと同じように雑魚モンスターがたびたび登場し、小鳥の行く手を阻んできた。
飛行しているため避けるのは簡単だが、今回の目的は先に進むことでなく、戦闘そのもの。出てきてくれる分には都合が良い。来るだけ相手をする気のハルだ。
「とはいえ、二体も三体も出てこられるのは都合が悪いね。攻撃タイミングが限定される」
「先に数を減らしてしまわないのはどうしてかしら?」
「確かにそうですね! 一体ずつ集中して撃破するのが、基本中の基本ですのに」
「それはダメージを食らう時の場合だね。一切ダメージを負わない場合、対象を問わずに最大回数を叩き込んだ方が、最終的な討伐完了時間は早い」
特定の一匹に攻撃を絞ると、どうしても他の二匹に邪魔されて最大効率で攻撃出来ない時間が生まれる。
三十匹の鳥がいるとして、うち二十匹しか攻撃に参加できないといった状態だ。
であるならば、三十回攻撃できるタイミングを見つけたら、どの個体が相手でも必ず三十回叩き込む。
その方が、時間当たりダメージは高くなる。
そんな戦闘の、最後の一匹がまた無慈悲に狩り取られて消えてゆくのだった。
「駆除完了だね」
「どこの世界でも、野犬というものはやっかいね? この森の国では共生していたりするのかしら?」
野犬や狼は昔から人類の生活圏に近く生息し、たびたび被害をもたらしてきた。
ここミントの国では、国が一面森の中という関係上、そうした野生動物の被害も多そうに思える。
それとも、森の民として、原生の動物とは互いに生息域を譲り合いながら暮らしているのだろうか?
その質問には、他国の事情もよく知る視聴者たちが答えてくれた。
《脅威ではあるみたいですよ、恐らく》
《被害については分からないですけど》
《それって何で?》
《街の人が言ってたのかな?》
《いや、冒険者ギルドで依頼にある》
《『狂暴な狼の討伐』とか依頼で》
「なるほどね。共生してるなら、依頼は出ない、か」
「納得の理屈なのです」
もちろんゲームである以上、世界設定とシステムは必ずしも連動しているとは限らない。
しかし、このゲームについては、それなりに信用できるレベルで関連付けが行われていると感じさせてくれた。
「ところで、ハルお姉さまの……、いえ、“現代”でも、野犬の脅威というのはあるのでしょうか?」
ここでアイリが不思議そうに、日本における野犬被害の現状について質問してくる。
アイリにとっては、整備されきった日本の街はまるで夢の未来世界。その中で、野生動物による被害など、あまり想像することは出来ないようだ。
「うーん、どういったものかな、これは。『もちろん無い』とも、『もちろん有る』とも言えるね」
「どういう意味なのでしょう?」
「つまりねアイリちゃん? 都市圏においてはありえないけれど、野犬そのものは多く居るという意味よ?」
「そうなのですね!」
《へー、しらんかった》
《都市圏の外に出る事とかほぼないからな》
《サクラちゃんもまだまだ勉強中だ》
《いや、お嬢様でも知らないことくらいあるだろ》
《ローズ様にも?》
《知らない事、ある、はず……》
「ははは、そりゃあ僕にもあるよ、知らないことくらい」
「でもハルお姉さまは、何でも知っているのです! 物知りなのです!」
「まあ、立場上ね」
さて、そんな野犬被害だが、都市内では当たり前のようにエーテルネットによる対策が施されている。
許可されたペット以外は、そういった獰猛な生物は存在を感知されると自動ですぐに連絡が行く。
まさに、人間にとっての楽園だ。ちなみに猫は許されている。これにはメタちゃんもご満悦。
しかし、この時代は放棄された土地も多く、人の手が入っていないそれらの地には、野生動物が前時代よりも増加している。
それらの土地に立ち入る時は、特別な装備や特殊なエーテル技術の使用許可など、専用の対策が必要だろう。
そういった人の居ない土地にももちろんエーテルは充満しているが、その部分にまで常時対策を施すような処理能力は割かれない。
そんなことよりも、新作のゲームを増やすのが人類である。
「さて、この世界の害獣駆除の話に戻るけど、やっぱり少しばかり効率が悪いね」
「レベルアップは、されましたか?」
「いいや、まだだね」
「そもそもが、最初のダンジョンよ? 経験値量も、さほど見込めないでしょうね」
「そうなんだよねえ。地道なのは好きだけど、とはいえ誤差だと切り捨てたくなる」
「難儀な性格ね?」
そうかもしれない。それこそ、<召喚魔法>が好きで選んだプレイヤーたちは、この難儀にも程がある道のりを文句も言わずにこなしているのだ。
ならばそこには、なんらかの救済措置があると考えていいだろう。
「……他の<召喚士>は、どうしてるのかな? 特に、ペット育成重視の人は」
《どうもしてないのではないでしょうか?》
《うん。育てて、満足》
《普通の例ならいくつかありますよ?》
《だね。基本は装備をさせたり》
《ペット派は装備もあまりしないんだよね》
《可愛くないからね》
「ふーん。なるほど」
「それなら、私が作れるかしら? ここに居て良かったわ?」
「レシピ知らないんじゃない? 大丈夫ルナ?」
「ええ、仲間を指定してオーダーメイドを実行すれば、自動で体格を合わせてくれるの。きっとそれで行けるはずよ」
ルナはさっそく、カナリアを対象に取って<鍛冶>のスキルを実行した。
すると、出来上がったのは手のひらに乗るほどの小さな胸当てと、更に追加で小さな鉤爪。
見つからに、小鳥サイズの装備であった。
「なるほど。いけそうだね」
「よかったわ。なら、量産するわね?」
「武器だけでいいよ。防具は、どうせ重くなるだけだし」
「どのみち一発でも受ければ、おしまいですものね!」
アイリの言う通りだ。カナリア達の防御力は攻撃と同等に低く、そこを防具で強化しても焼け石に水。
ならば装備をしないことで、身軽さを増した方が良い。
もし、飛行速度が上がる魔法の装備などがあれば、その時は装備したい。
「さて、ルナに作ってもらいながら、僕は次の敵を探しに行こうか!」
「もう……、突破口が見えたからって、うきうきなんだから……」
《良いコンビ(笑)》
《文句言いつつお世話しちゃうボタン様かわいい》
《強引にされると弱いタイプ》
《手を引っ張って欲しい感じ?》
《大人しいしね》
「いいや、ルナは尻に敷くタイプだよ」
「導いてくださいます!」
「……余計なことを言うと、あなたの膝の上にお尻を置いて作業するわよ?」
「物理的なのです! お尻に敷かれてしまいます!」
照れ隠し、に見せかけたえっちな攻撃である。つまりいつものルナだ。あぶない。
そんなルナから笑顔で距離を取りつつ、ハルは次の獲物を求めて、更に森の中を進んで行った。
*
武器装備の効果は画期的だった。これまで、何をどうやっても1ダメージしか与えられなかった小鳥の攻撃が、4~6程度の威力を発揮し敵モンスターを切り裂いた。
「これは凄いね。凄く良い」
「そうね? 数字的には、微々たるものですけど、元が1ですもの」
「大幅アップ、です!」
「うん。約5.2倍の効率を出してることになる」
《つまり、単純計算で討伐スピードが五倍アップ!》
《すげえええ!》
《初心者冒険者の狩りのスピードとも大差ない》
《これなら、行けるんじゃない?》
《ローズ様の冒険はこれからだ!》
《それ、続かないフラグなんよ……》
「そうだね。このままじゃ、まだ続けるに値するか微妙なラインだ」
「そうなのですか!?」
ハルの断言に、アイリと視聴者が驚きを示す。ルナは、何となく気付いていたようだ。
「問題点がいくつかある。まずはさっきと変わらない部分」
「うーん、う~ん? あっ! とりさんの、成長速度が遅いことですね!」
「そうだよアイリ。その通りだ。カナリア達のステータスは、微々たるものだ。普通の冒険者とはここが違う。すぐに敵の強化に追いつけなくなるね」
「私が<鍛冶>の強化をして高級品を作れば、多少はマシになるでしょうけれど……」
もちろんそれは正しい。カナリア本体の攻撃力が望めないならば、装備の方を強化してやればいい。
しかしそれが、ハルの考えるもう一つの問題点だ。
装備の強化には、お金が掛かる。良い装備を生み出すには、ルナのスキルレベルだけではない、良い素材もまた必要となる。
それは人間用の装備も同じ。ならば、何故今回は問題となるかと言えば。
「そろそろ時間だね。みんな、見ていてごらん」
召喚された小鳥たちが、その契約時間を満了し帰還する。どこから来たのかは知らないが、自分の世界に帰ったのだろう。
そして、同時にハルによって次の個体が召喚される。その手際に一切のよどみはなく、現地に居る個体数は特に変化を感じられない。
しかし、変化したところが一つだけある。
「新しいとりさんは、装備がされていません!」
「そうだねアイリ。これがもう一つの問題点だ。契約満了時に、装備は持ち逃げされる」
「持ち逃げって言い方は……」
「おっとすまない。定番の言い回しなんだ」
仲間のパーティ離脱時に、その時身に着けていた装備をそのまま装備して去ることをよく『持ち逃げ』という。
現実的に考えれば当たり前のことだ。これから一人で別行動するのに、装備を外せとは何事か。
だが、プレイヤーからしてみれば損以外の何物でもない。
なので、そうしたイベントが起こると知っている場合、あらかじめそのキャラクターの装備を全て外しておくのが通例となってもいた。
「しかしうちのカナリアは装備の『上書き』は出来ても『解除』は出来ないんだよね」
「別個体、という扱いでしょうね。呼びなおしても、持ち帰った装備は持ってこない」
「まあ、持ってこられても困る場合もあるし、それは別に良いんだけど」
だが、今回はコストの面で問題だ。
一時間程度で消える設定にしてあるので、装備も一時間ごとに作り直さねばならない。
ならば契約時間を長くすれば、今度はそれだけステータスも更に下がるし、その時間内は他の場所に行けない。
いわば『現地解散』が出来るのが、この一時間という短さの良いところでもあるのだ。
「今はいいけど、装備が高級になった時に果たして割に合うかと言われると、多分それは割に合わないんだよね」
「ですが、だからといって雑魚敵ばかりをずっと狩っているのも」
「そうだねアイリ。それもそれで、割に合わない」
いずれは、他の冒険者と同じように、敵の強さをステップアップさせて行きたい。正直、このレベルの相手ばかりでは今のハルにとって経験値は誤差だ。
もちろん<召喚魔法>のスキルアップのためにはなるが、その面でもいずれ上を目指したい。
《そう上手くはいかないかー》
《良い案だと思ったんだけどな》
《他の参加者からしたら朗報だろうね》
《まあね。ローズ様が更に強化されちゃう》
《そうだ! 爆弾とか使うのはどう?》
《そっか。<存在同調>でアイテム使えるんだ》
《可愛らしい小鳥が爆撃機に早変わり》
「良いと思うよ。要所では使えそうだと思ってそれは僕も準備してる」
「この前の、大群が攻めて来た時とかですね!」
「うん。空から絨毯爆撃すれば、雑魚の群れから街を守るのに役立つだろう。今<調合>がフル稼働だよ」
「<調合>ってそういうものだったかしら……」
そういうものである。高性能な爆薬を生み出すのも現代の錬金術と言えよう。
いや現代だけではない。火薬も元は薬の調合の副産物として生み出された。
「ただ、使えるとは言っても普段使いはね……」
「やはりコスト、なのです!」
モンスターから取れる素材では、そのモンスターを倒しきるだけのアイテムは基本的に取れないだろう。
確実に、収入より支出が上回る。更に、爆弾を作り続ける時間的束縛も生まれてしまう。
「欲を言えば、更に別スキルが望ましいんだよね。保留かな」
そうやって過ごしているうちにも、テレサの仕事が終わりそうであるらしい。
ハルたちはいったん戦闘を切り上げて、彼女の元に向かうこととするのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)




