第563話 鳥葬
「さて、記念すべき初ダンジョンだね。チュートリアルが出てきたよ」
「そういえばあなた、いえ私もだけれど、ここまでやってきてダンジョンには入ったことが無いのよね……」
《ありえねー(笑)》
《※ゲーム中最高レベルのプレイヤーです》
《それがダンジョン行ってないのはバグ》
《だからバグ空間に遭遇するのか……》
《存在自体がバグだから……》
《失礼すぎるぞ(笑)》
《真面目な話、どうすればそんな事になるんだ?》
《イベントで強敵と戦いまくってるからじゃ?》
「それもあるけど、最大の理由は、僕の経験値入手ルートが複数存在するからだね」
《経験値?》
《入手ルート?》
《ローズ様の本業ってアイテム生成だよね》
「本業は領主ね」
一応訂正は入れたが、今のコメントは的を射ていると言って良いだろう。
ハルが普段からレベルアップのために行っている行動で、最も能動的なものが生産系のスキルの実行だ。
実際、それが一番安定してハルに経験値をもたらしてくれるのは間違いない。
「最もレベルの上昇値が大きいのはイベントエネミーなのは間違いないけど、それだけに頼った育成計画はありえない。どこかで負けるだろうしね。だから、ルートの一つにイベントは含めないよ」
最も大きいのに、話の軸から除外する。このことに、視聴者からは疑問の声が上がったが、一方で納得する声も多かった。
いわば、ボス戦のためにダンジョンで雑魚狩りをしてレベルを上げる感覚と同じである。
結果的に、イベントボスで大量レベルアップしてしまったに過ぎない。
「クイズ形式にしてみよう。一つはもちろん生産スキルとして、柱はあと三本あります。それは何でしょうか?」
「はい! はい! わたくし、知ってます! ハルお姉さまが領主のお仕事をすると、経験値が入るのです!」
「そうだねアイリ。領主コマンドが完了すると、領地への影響と同時に加算される」
「他のプレイヤーで言う、ギルドのクエスト達成報酬のようなものね?」
《確かに。<貴族>ってロールだったんだよな》
《<冒険者>がギルドで仕事を取って来るのと同じか》
《<商人>に近いかな? 貿易もしてるし》
《近いというか上位互換?》
「商人の話が出たから便乗するけれど、次の一つは<商才>ね? あなたがショップで取引を完了するごとに、経験値が入る」
「ルナも正解。それがあるから、僕は生産スキルを全ての基本にしているところがある」
「アイテムを作って経験値が入り、それを売ると更に経験値が入るのですね! 二倍お得です!」
《はえー、すっごい》
《産地直送って強いんだな》
《それは何か違う》
《<職人>と<商人>を同時に兼ねるんだ》
《流石はレア職業》
《これは<貴族>関係なくね?》
《貴族的な資本があって初めて可能ではあるな》
基本的に生産職は販売を商人プレイヤーに任せ、商人は逆に生産プレイヤーに商品アイテムの作成を任せる。
その分業を行うことで、行動制限を回避しつつ効率的に仕事が行える。そんな基本中の基本を無視するからこそ、ハルのレベルアップは加速しているのだった。
「それと、最近追加された四つ目、<召喚魔法>だね」
「そうね。確か一時間周期でカナリアを呼び出し直すことで、召喚経験値を稼いでいるのだったかしら?」
「あとは、ねこさんがアイテムを取って来ると経験値が入るのです!」
《それがあったー!》
《もうチートや……》
《真似なら出来るぞ? 真似すればいい》
《出来る(理論上可能)》
《莫大なMPコストが必要だね》
《あとは圧倒的なマルチタスク》
《アイテム片手に召喚し直すとか頭こんがらまっちゃ》
《全部黒猫にすればオートで楽になるのでは?》
《それは今度は維持コストで死ぬ》
「僕も一瞬それ考えたけど、さすがに無理だ。MPバーが目に見える速度で減っていきそうだし」
ハルのメインの召喚獣である猫の使い魔は、餌の代わりにハルのMPを食べる。
それを今の召喚枠いっぱいに呼び出したら、速攻でMPを吸い尽くされて死んでしまうだろう。
ただ、手動での召喚といえど生産スキルとは別枠の行動であることには違いない。
これにより、普通のプレイヤーが休まずレベルアップし続けた値を100として、150も200にもなる効率をハルは発揮することが出来ているのであった。
◇
「そんな僕の収入源に、新たな柱が追加だ。よーし、狩るぞー」
「おー! ファイトです、ハルお姉さま!」
「……狩るぞ、ってあなたね? バグ空間の検証はどうしたのかしら?」
「ああ、あれは今回どうせ出ないよ。出たら出たで、押し寄せてきてる他プレイヤーが見つけてくれる」
「まあ確かに、そうかも知れないわね……?」
確証があるわけではなく、単純にハルの勘であるが、今回もうここでは例の空間の乱れは発生しない気がしていた。
白銀たちの話によれば空間の乱れは、出来て間もない、あやふやなマップにおいて発生しやすいとのこと。
そしてこのゲームのマップは、プレイヤーがその場へと踏み込むことで初めて顕在化する。
であれば、大量のプレイヤーが押し寄せた今のこのダンジョンは、強度が相当に保証された空間になっているということだ。
そんな発生確率が低下しているであろう現象よりも、今は戦闘の予感に沸いているハルなのであった。
元々、戦闘行動の好きなハルである。
「遠隔操作ってのが玉に瑕だけど、これはこれで戦略ゲームみたいで面白い」
暗い森の内部を、雲霞のごとく群れを成してカナリア達は進む。
一匹だけで見れば可愛らしい小鳥も、これほどの集団を成すと脅威しか感じない。森の薄暗さも相まって、ある種ホラーじみた不気味さを感じさせてしまっていた。
「ミツバチの群れみたいだ。黄色いし」
「……大きさで言えばホーネット系のモンスターの群れよ、もはや」
「“ぷれいやー”の皆様に出会ったら、討伐されてしまいます!」
「そうだねアイリ。頑張って隠れながら進もう」
「不気味さを低減させるという選択は無いのかしら……?」
無いのだ、残念ながら。
ミツバチが群れを成すのはその身を守るため、そして、時には反撃に転じるためだ。要するに、モンスターと出会った時に散開していては効率が悪い。
《ローズ様、戦闘はどするの?》
《小鳥さんは戦闘力ないんですよね》
《弱くってもこれだけの数が居れば……》
《うーん、厳しそう》
《各個撃破されるだけじゃない?》
《いや、ローズお姉さまには<存在同調>がある》
「そういうことだね。マニュアルで操作すれば、どうということはない」
《そっち!?》
《てっきりまた神罰でも使うのかと》
「いや、雑魚狩りに『神罰』使ってたら破産するって……」
軽犯罪の現行犯に弾道ミサイルを撃ち込むようなものである。
いくらお金持ちロールプレイをやっているとはいえ、明らかな無駄は嫌うハルだった。
「安心するといいのです。お姉さまには、わたくしが付いていますから!」
「頼りにしているよ」
アイリが<音楽>を奏でてハルに強化を掛けると、使い魔の小鳥たちもその影響を受けて強化される。
元が弱すぎるために微々たるものだが、数が数だ。合計するとその絶対量は馬鹿にならない。
そうして準備が整うと、都合の良いことに前方にモンスターの影が発見されるのだった。
「オオカミね? 序盤は、こうなのかしら?」
「定番ではあるね。ゴブリンとかも多いけどね」
「スライムもですね! わたくし、知ってます!」
ルナと“あちらの”ゲームを始めた時も、最初はこうした野犬タイプのモンスターだった。二人で言外にそれを懐かしがる。
こうして序盤の敵が似通っているのは、製作者が同じ神様だというところから来ているのかも知れない。そんな所にも、なんだか共通項を感じるハルだ。
「動きが素早いのは相性が悪いけど、上方向に対し弱いのは都合が良いね。さあ、戦闘開始だ」
「あなたが楽しそうでなによりよ?」
ハル本人が行けば瞬殺だろうが、小鳥たちにとっては紛れもない強敵。
そんなスリルのある戦闘の始まりに、高揚してくる気を押さえきれないハルである。
「……誰かさん、いや、鳥好きの人には悪いが、一匹を囮にすることで、まずは攻撃モーションを引っ張り出す」
「必要な、犠牲なのです……!」
「倒れても、すぐに召喚し直せるものね?」
最低コストのユニットにターゲットを取らせ、それを犠牲に敵の攻撃行動を空振りさせる。ストラテジー的なゲームではよく見られる戦法だ。
突出させた一匹のカナリアに向けて、オオカミはその牙を剥いて飛び掛かってくる。
狙われた小鳥の視点だと迫力満点だが、他の鳥から見れば隙だらけであった。
「今だ、かかれ」
《うっわ》
《えぐいってぇ!》
《鳥葬ってやつ?》
《ミツバチもこういうことやるよね》
《だからミツバチに例えたのか》
《つまり最初からこれやろうとしてた?》
《ローズ様こわい!》
《は? かわいい、だろ?》
「小型の群れの取れる行動なんて限られてる。結局のところ、全方位からの一斉攻撃が丸いよね」
屍肉をついばむ野鳥に例えられる程に、一斉に群がっての嘴での攻撃は迫力が凄い。
囮となった一匹が命からがらオオカミの顎から逃れたその瞬間、他の全ての鳥はその致命的な隙へと襲い掛かった。
空を切ったばかりの牙は再び開く間を与えてもらえず、小鳥など一撃で切り裂くだろう爪も、だが己の直上へは振り回せない。
「身体構造の弱点だね。野生動物は真上に弱い」
「人間も、弱いのではないですか?」
「武器があるからね、多少はマシさ。これが『棍棒を持ったゴブリン』、とかだと面倒だったね」
「……面倒と言いつつ、あなたは対処してしまうのでしょうに」
《確かに弧の動きは大変そう》
《範囲攻撃に弱い小鳥》
《その時は足を狙え!》
《群れ相手にはやっぱり魔法だよな》
《敵に魔法使う奴が出てきたら、ローズ様どうする?》
「そこなんだよね。今は機動力ゆえのヒットアンドウェイでなんとかなってるけど」
「既に、先のことを考える余裕がるのね?」
「うん。さすがにこの程度はね」
敵のオオカミはHPが1000くらいだろうか。対して、小鳥の嘴はダメージを1ずつしか与えられない。明らかに最低値だ。
しかし、それは1は与えられるということ。であるならば単純に、千回つつけば倒せるのだ。
「……あー、目を狙ったのは失敗だったな。両目を潰すと、闇雲に暴れて安置を読むのがきつい」
《さらっと両目を部位破壊したぁ!》
《うますぎぃ!》
《これ、人間がやっても狙えないのに》
《一部の有名プレイヤーだけだぞ実戦で出来るの》
《体が小さいからその分狙いやすい?》
《なわけないだろ》
《でも失敗ってどういうことだろ》
《ね。もがいてて攻撃チャンスに見える》
「がむしゃらに爪を振り回してるからね。何かの拍子に引っかかれると、それだけで死んじゃうんだ。かよわいから」
「その点、しっかりと狙ってくれれば、攻撃の空振りの隙がそれ以上の硬直になるのですね!」
アイリの言う通りである。窮鼠猫を嚙む、ではないが、両目を破壊されたオオカミは死に物狂いで、周囲を出鱈目に切り裂き始めた。
これが人間なら、その背後にでも回って滅多切りにすれば良いだけだが、小さなカナリアは全身をその攻撃範囲に入れねばならない。
相手の思考を誘導し、その狙いを外した瞬間の方が心理的にはより盲目だと言えた。
「まあ、もう手も足も出ないことには変わりはないよね。あとはひたすら突っついて、終わりだ」
「……なんだか、残虐な画ねぇ?」
「大自然の、節理なのです……!」
「……なんで、僕のやることって偶にこうなるんだろうね?」
たまに閲覧注意な絵面を作ってしまうハルだった。ハル本人に、一般的なモラルが欠如しているのが原因だろうか。
ただ、これ以外に方法が無いので仕方がない。
ハルは無慈悲にそして残酷に、オオカミのモンスターを鳥葬と葬るのであった。
◇
「うーん、効率悪い!」
「それは、そうよね? これだけ苦労して、最序盤モンスターが一体だけですもの」
「千里の道も、一歩から、ですね!」
とはいえ、さすがに千里の道が過ぎる。
こちらは攻撃を一切受けないように神経を使い、ちくちくと時間を掛けて得られる経験値が、最も下位の雑魚一匹分。
いかに100%を越える追加報酬とはいえ、それがプラス0.1%では手を出すのに躊躇いもしようというものだ。
《ボツですかねこれは?》
《使い魔動かすのも大変そうだもんなぁ》
《レベルが上がれば、多少はマシかも》
《そのレベルを一つ上げるのに、どれだけ掛かるか》
《その間はカナリアで調査も出来ないし》
「そうなんだよね。それに、<召喚魔法>のレベルアップによるカナリアの強化幅が低すぎる」
「人間と違って、支援ポイントが振れないですものね!」
攻撃力が僅かに上昇したとしても、与えるダメージは変わらず1のままだろう。
最低保証では、今後1万、10万のHPが出てきたときにどうにもならない。
かといって、この遠隔操作でのレベル上げという魅力的な案を廃棄したくはないハルだ。
ここは何かしら、策を練らねばならないようなのだった。




