第562話 実地検証
召喚した使い魔をテレサに押し付ける算段を重ねるハルたちだが、当のテレサはまだしばらくの間は仕事中だ。
イベント間の待ち時間としてはいささか長いものとなるが、これはハルがあらかじめ別の用事があると伝えていたために確保してくれたものだろう。
だが、コマチとの対談もすんなりと終わってしまい。少しばかり暇となった。
気軽に観光に出るのは立場が許さず、かといってログアウトするのも、せっかくの他国にきているので勿体ない。
「さて、どうしようかね」
「探検しない? この建物の中! 上下に幅があるから、きっと楽しいよ。木登りみたいで!」
「ユキ? ここは政府機関よ? あまりお転婆の許される所ではないわ?」
「おお、そだった。そだった」
「見た目はダンジョンですもんねー。魔窟という意味では、中身もそうだと言えるかも知れませんけどー」
「政争の中心地ですものね、カナリー様。でも、アイリスのお城と同じく、あまり人は見かけませんでしたね」
「ですねー」
上下にこの大木のビルを行き来したハルたちだが、途中で要職らしきNPCに出会うことは特に無かった。アイリスでの使用人にあたるだろう、一般職員とすれ違うのみだ。
重要人物もアイリスと同様に、何か、イベントを起こさないと出てこないのだと思われる。
そして他国のプレイヤーであるハルたちに、そのイベントの取っ掛かりは存在しなかった。
「うーむ、仕方ない。訓練するかぁ。エメちゃ、付き合ってくれるー?」
「もちろんっす。下の方の階に、体育館とかなんとかありましたから、そこ借りましょうか。<召喚魔法>の本場ですからね、わたしも、何かぴこーんって閃いちゃうかも、かも! あ、それともハル様、何かわたしのスキルに用事とかありますか?」
「僕に遠慮しないでいいよ。ユキに付き合ってあげな」
「はーい、っす!」
空き時間があれば<召喚魔法>で呼び出したモンスターを使った訓練に余念のないユキだ。
このゲーム、はっきりと『制限時間』というものは示されていないが、プレイヤーが皆ゲームクリアに向けて突き進むため、(それを邪魔しなければ)、実質それがクリアまでの制限時間となる。
つまりその限られた時間内での競争であり、いかにその時間を効率的に使うかの勝負であるという事を、ユキはよく理解していた。
「熱心ですねー。私は、休憩しましょうかねー。本物のお菓子が食べたくなりましたー。メイドちゃーん? 一緒に戻ってお茶の準備ですよー?」
「承知しました」「すぐに準備いたします、お嬢様」
カナリーはそんな中でもマイペース、と見せかけて、メイドさん達の体調を気遣ってくれているようだ。
フルダイブどころか、ゲームそのものが生まれて初めての経験となるメイドさんだ。鍛え上げられた鋼の精神を持ってしても、疲労は蓄積していってしまう。
「アイリは平気かな?」
「はい! わたくしは、まだまだ元気です!」
「ハルは、聞くまでもないわよね? 私も今回は、残ろうかしら」
多少疲労の色が見えるルナだが、足手まといになりたくないという気持ちからか、残ってレベルアップをしたいらしい。
あまり気にすることはないのだが、自分が役に立てていないことが悔しいという気持ちが伝わってくる。難しい問題だ。
戦闘センスにおいては勝ち目のないユキ、ルナの得意とする情報戦においても、最近はエメが目だっており足場を揺るがされている感覚もあるのかも知れない。
ならば、ハルもそんな彼女の頑張りを応援しようと思う。ハルは精神リンクの強度を強めると、ルナの身体制御に介入し、疲労を緩和していった。
「じゃあ、ルナはこっちを手伝ってくれる? 一緒にアイテムを作ろう」
「分かったわ」
「わたくしも、<音楽>でお手伝いするのです!」
ユキと共に戦闘訓練に行こうとしていたルナを、押しとどめてこの場に残ってもらう。
疲労しているときに無理をするものではない。このゲームは、戦闘をせずとも経験値を稼ぐことはできる。
そうして各々の時間の使い方が決まり、皆がそれぞれの場所へと散って行く。
ハルもまた、この時間をどう使うかを考えなくてはならないだろう。
*
「ハル? そういえばあなたはどうするのかしら?」
「うん。まだ決めてない。まあ、決まってなくても裏でスキルは動かしているんだけど」
「いつものやつですね! ハルお姉さまの“まるちたすく”は、すごいですー!」
「選択すれば自動でやってくれるだけだから、アイリも慣れればできるよ」
《いや、慣れだけで済む領域じゃない(笑)》
《ほぼ無意識でコマンド実行してるでしょ》
《どういう慣れ方をすればそうなるのか》
《普段のお仕事、とか……?》
《お嬢様のお仕事きつすぎない?》
《データが飛び交いまくってるんだろうなぁ》
アイテム生成には待ち時間が掛かり、その間は特に操作を挟むことは無い。なので、一定時間ごとに作成コマンドを繰り返し選択することだけで、生産職のレベルアップは可能になるのだ。
これは考えることが少ないのである意味、モンスターとの戦闘よりもずっと楽だと言えた。
ただ、効率化を極めるとなると話は変わってくる。
ただ同じアイテムだけを作り続けるのは、経験値効率の面でも、副次効果のアイテム売却の売り上げの面でも効率が悪い。
最も経験値の入るアイテムを、そしてショップ需要も含むアイテムを瞬時に選び取り、その選択をを休むことなくし続ける必要があるのだ。
特にハルの場合は、他に所持している各種スキルの影響で作成時間が短縮されている。
その選択に掛けられる時間は、更に短くなっていた。
「普通ならば、スタミナの回復時間を使ってじっくりそれを考えるのでしょうね?」
「なるほど! お姉さまはスタミナも課金で強引に回復してしまうので、瞬時に考えないといけないのですね!」
「そうしないと、ある意味で回復したスタミナが無駄になるしね」
お金持ちキャラを演じているくせに、貧乏性のハルである。
元々が庶民的な感性である上に、ゲームでもリソースの無駄をことさら嫌う背景がある。このあたりは、変えようとして変えられるものではない。
「さて、そんなアイテム作成はいつものことなんだけど、放送はどうしようか。変わりばえしないし、いったん切るのもありかな?」
「いつもの、さぎょー、ですものね。それとも、お話をしましょうか?」
「それが良いのではなくて? それこそ、ログインしているのに放送しないのは、勿体ないことよ?」
なるほど、そういった部分はルナらしい。
そこはハルだとメリハリの無い部分は放送に乗せず、常に劇的で変化のある、イベント等の部分だけを見せることを重視する。
しかしルナは、ひたすらに露出の機会を増加させ、視聴者の最大数を増やすことを是とする考えだ。
これは、収入面で言えばルナが正しいだろう。視聴者が増えれば基本値が上がり、放送時間が増えればそれに掛け算されて収入が増す。
ハルとしては人気の熱量を、ファンの熱狂的な気持ちを維持することを重視してる。
このあたりは、後で話し合ってすり合わせを行った方が良いだろう。
「まあ、今回は、折角の他国だしね。それだけでも、価値はあるかな?」
《どんな時でも価値はありますよお姉さま!》
《むしろ何もしてなくても良いです!》
《皆様がお喋りしているだけで幸せ》
《ボタン様との仲良しなとこ見たいなー》
《お二人はどんな関係?》
《ご友人?》
《何となく一番気安い関係に見える》
《ご学友であらせられるとか》
「確かに、ルナとは一番気安いかもね。よく見ている」
「お二人は、とーっても仲良しですものね!」
「およしなさいな……」
ハルとアイリによるストレートが過ぎる肯定に、ルナが珍しく照れてしまう。自己肯定感が低かった時なので、余計に効いてしまったのかも知れない。
それだけで沸き立つ視聴者と共に、ハルもまたそんな珍しいルナの姿を楽しんだ。
「……気が変わったわ? やっぱり、なにかしなさいハル。せっかくの貴重な国外遠征よ」
「おっと、藪蛇だったようだ。そうだね、何かしながらでも雑談は出来るし。でも、どうしようかね」
「ユキさんが言っていたように、この“びる”を見学しながらお話するのはどうでしょう!」
「良さそうね? もしくは、先ほどの話を詳細に検証してみるとか」
「先ほどってのは、コマチさんの提供情報だね」
確かに、そこも気になるのはハルとしても同意見だ。いずれ詳細な条件を見極めねばなるまい。
単純に考えれば、『大量の召喚獣を出した状態で』、『長時間同じダンジョンに滞在する』、という条件に見えるが、そう簡単なことだろうか?
少しばかり、条件が簡単すぎる気がするハルだ。
ハルたち側が行き当たった認知外空間の発生条件は、もっと、通常プレイの範疇から外れた発生条件だった。
普通に遊んでいる範囲内では、まずお目にかからない。
大して先ほどコマチから得た情報は、<召喚士>であれば誰かしらが対象となるものだろう。
これだけ人数が居れば、その分、長時間プレイするプレイヤーも増えるものだ。
「まあ、とりあえずその条件を潰してみようか。違ったら違ったで、何か足りない変数があることが確定するし」
「『違うかも』を、『違った』に確定させるのですね!」
「そうだねアイリ。地道な作業だ」
「同じダンジョンで検証できるのは、この国に居る間だけになるものね?」
そういうことになる。詳細に条件を詰めるならば、コマチが遭遇した場所と同じ所で検証するべきだ。
それには、この国に滞在している間が都合が良い。
方針が決まれば、あとはハルの行動は早かった。外へと放っていたカナリアの群れを、<召喚魔法>の保持枠いっぱいまでに増殖させながらそのダンジョンへと向かわせる。
そこはコマチが通っていただけあって、この首都から近い初心者向けダンジョン。
この森に覆われた国の中でも、特に深く暗く木々が生い茂っている魔性の森だ。
「おや、けっこう人の気配がするね? 初心者用ダンジョンだから、人気が高いのかな?」
《普段はそうでもないですよローズ様》
《確かに人は居るけど、今日は特別です》
《先ほどのお姉さまの放送を見て、殺到しました》
《自分も特殊なイベントに遭遇したいって人》
《いっぱい来てる》
「ふむ? 僕はむしろ遅かったんだね。みんな行動的だ」
「確かに、隠し情報が発覚した直後はどこもこうなる物よね?」
「敏感なのです!」
一瞬、ここは彼らに検証を丸投げして自分は別の地へと場所を移そうかと思ったハルだが、折角なのでこのままこの地に自分も進むこととする。
その検証の他にも、試してみたいことがある。その為には、初心者向けダンジョンが適切だった。
この森は、敵の強さはともかく広さだけはやたら大きいらしい。気を付ければ、プレイヤーとの鉢合わせも避けられるだろう。
ハルは黄色く輝く小鳥の群れを、暗く日の射さぬ森の中へと突入させて行くのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2023/5/21)




