第561話 木馬の代わりの小鳥
「こんな感じのコトしか喋れる内容って無くって。あっ、これその時のデータですっ。……良く考えたら、これ送って文章でやり取りすればよかったかもっ!」
「いやいや。実際に会ってみないと、分からないことも色々あるしね。例えばこの子たちの詳細なデータとか」
ハルはおやつを食べ終わって、ふたたびはしゃぎだした小さなモンスターたちに視線をやりながらそう語る。
深い観察によって対戦相手の行動パターンを予測することを得意とするハル。それは当然、味方の召喚獣が相手でも当てはまる。
その為には実際に近くで観察した方が詳細で、確実性が高いのは言うまでもない。
それに、もう一つの理由としてあるのが、何か理由を付けて他プレイヤーと交流しておきたいということだ。
連合を組むのを避け、尖ったプレイを続けてきたハルである。このまま行くと、『単に絡みづらい人』、という判定を受けかねない。
もちろん絡む相手は今後も慎重に選ぶが、そろそろオンラインゲームの醍醐味である他者との交流も、進めていきたいハルであった。
「じゃあこれが、約束の報酬だね。んー……、といっても、ご所望の品が安価なものばかりで、まだお礼として考えてたラインに釣り合ってないね」
「防具でもあげればハルちゃん? おしゃれなやつ、いっぱいあるっしょ」
「いえっ! いいやいやいや、似合わないですっ。おしゃれ装備は、ちょっとハードル高いですよぉ。あははは……」
「確かに、牧場でドレス着てるのもなんか変か」
「普通にゴールドでいいのではなくって?」
コマチが報酬として欲しがった物は、召喚モンスター用のアイテムや食料だった。
それは単価が安く済む上に、あまり人に頼りきりは良くないという立派な主義により多くは量を欲しがらない。
その為、ハルが情報料として考えていた報酬の金額には、まだ遠く及んでいないのが現状だった。
「あっ、あのっ、あたしはただお話しただけなんでっ、これ以上貰っちゃうのは気が引けるかなーって……」
「そうかい? 別に、有って困るものでもないと思うけどね」
まあ、考え方は人それぞれだ。ここで運よく多額の報酬を得てしまったことにより、他者からの妬みが発生する危険性を回避するのもまた選択だ。
単純に人の良さそうなコマチは、別にそこまで考えてのことでは無いのであろうけれど。
そんなコマチが急に、妙案を思いついたとばかりに手を叩いて顔を輝かせた。
「あっ! そうだっ! ローズさんの小鳥さん、一羽あたしにお世話させてくれませんかっ?」
「ん? この子を、譲渡するってこと?」
「はいっ。それなら、あまりお金も掛かりませんし、あたしも楽しいですし」
《んー? それってアリ?》
《今度は一気に求めすぎな気が》
《世の中にはお金で買えないもんもあるんだぜ》
《だぜだぜぇ? お嬢ちゃんよぉ?》
《伝説級のレア装備求めてるようなもん》
《もしくは独占アイテム》
「こら、脅すな君たち。いいよ、別に。いくらでも出せるしね。それに、“僕にもメリットはある”」
「あっ、あれっ? なにかマズかったでしょうか……?」
「マズくないマズくない。単に、僕がやり方を知らなかったってだけさ」
ハルの召喚するカナリアタイプの召喚獣は、『神獣』という貴重な種族だ。これは他の<召喚士>たちの誰もまだ呼び出せていないタイプであり、非常に希少性が高い。
コメントでも言われていたように、その扱いは独占アイテムに近く、その独占を放棄しろというのはかなり踏み込んだ要求だ。
例え莫大なゴールドを支払ったとしても、時にそれは釣り合わない。独占したままでいれば、その唯一性を使いそれ以上の価値を生み出せるからだ。
だが、今回に限っては非常に素晴らしい提案だった。別にこの召喚獣を独占している事にそこまでの価値はない。
譲渡したところで、ハル以外に呼び出せないことに代わりはないのだから。
「しかし、そんな事が出来たんだね。エメ、知ってた?」
「はいっす! でも、使う事とかなさそうなんで、言ってなかったですね。わたしの召喚獣をハル様に譲渡することに、特に意味とかないですし。わたしの空いた枠にハル様の神獣を詰め込むのは、多少考えましたけどね」
「それは、後で話し合おうか。まあ、エメの<召喚魔法>は主に戦闘用だ。半端に支援を詰め込む必要は薄いかもね」
「了解っ!」
どうやら<召喚魔法>の使い手の間では常識のようで、その機能を使って、互いのモンスターをトレードするのが、<召喚士>たちの社交の方法の一つなのだとか。
互いの好みの、かわいいモンスターを交換してペットにする。もしくは、強いモンスターを交換してもらって冒険に出る。
そうして、自分一人では呼び出せる幅に限りがある召喚獣の種類を増やしていくのだという。
「もしかして、君の育ててる子たちもそうやって?」
「あっ、はいっ。何匹かは譲っていただいた子たちですね。もちろん全員、愛情をもって育ててますからご安心を!」
「心配はしてないよ。ただ、どうやるんだろ」
「あー、それはですねハル様。本契約したヤツしかメニューに出ないんすよ。それでハル様知らなかったんですねえ。時間で消えるヤツは、維持費が存在しないからか受け渡し出来ないんです。まずはこっちで、維持費を確定してあげないと」
「なるほど」
今までハルの使い魔は、ずっと報酬先払いの時間制だ。だいたい一時間で消えるように設定している。
唯一常時契約している猫の使い魔も、普段は気の向くままにお散歩しており、一瞬アイテムを拾って戻って来るだけである。そのため知る機会が存在しなかった。
エメはといえば、“ハルの物をねだる”という行為にあたるため、言い出せなかったようだ。相変わらず変な所で遠慮している。
「うん、それじゃあ呼び出して、そのまま本契約してと。うん、出来た、維持費は普通に食料アイテムみたいだよ。多分だけど、お菓子やってれば喜ぶはず」
「あっ、ありがとうございますっ! さっそくごはんあげますね……、あっ、食べたぁ♪」
「うん、良かった」
「いやっ、ほんと良かったですっ! もし例の猫ちゃんのようにMPを食べる子だったら、あたしじゃ干からびて死んじゃうとこでした……」
《あれキツすぎ》
《前代未聞の凶悪な維持費》
《いまだかつてない》
《にしちゃ、効果は今一つだよね》
《アイテム拾いもそこまで頻繁じゃないし》
《戦闘も出来ないし》
《でも可能性感じない?》
《空間転移できるみたいだしね》
「テレサの言ってたやつだね。育てばそのうち、新しい能力に目覚めるのかね、あの猫は」
国政の中心部の厳重な警備を全て無視して現れることができる、あの力。しかし今のところ、ハルが能動的に活用する道は何も見えなかった。
「まあ、何も出来ないのはその鳥も一緒だけどね。正直、数が居ないと微妙でしょ?」
「そんなことないですっ。かわいいですっ」
「そう? ならいいけどね」
使い難さについては今コマチに譲渡した小鳥も似たようなものだ。これは、ハルが使ってこそ真価を発揮できる。
大量に数を用意することと、それを操る複数の思考が合わさって、広域の監視網が展開できる。
戦闘能力が皆無な点も、使い捨て感覚ですぐに次の個体が召喚できるために問題にはならない。
そして、極めつけには<存在同調>スキルによりハルの自身の力を遠隔地に届けることが可能となっていた。
これらが無い状態でのカナリアは、少し上空から偵察できるだけのひ弱な小鳥だ。
死亡することを恐れる大事な使い方では、ハルのような大胆な作戦も決行できない。
「うちは鳥さんいなかったんですよね~。わぁ、ちまちま突っついてるけど沢山食べるなぁ~」
「食いしん坊ですまない。お菓子類も、追加で置いておくよ」
「ありがとうございますっ」
「やりますねー。私も、負けずにいっぱい食べますよー?」
どうやら、モデルとなったであろうハルの家の食いしん坊には皮肉というものは意味を成さないようだ。
小鳥に対抗するようにお茶菓子をつぎつぎと頬張るカナリーもこちらで甘やかしつつ、今回のコマチからの情報提供はこれで無事完了となったのを感じるハルであった。
*
情報提供者のコマチから過剰なほどにお礼を言われつつ彼女と別れ、ハルたちは再びこの中央庁舎の上階へと戻った。
ハルたちの担当となっているテレサは今は仕事中のようで、その時間が過ぎるまでは自由時間となるようだ。
ただ、気軽に外に出歩けない身であるのはここでも同じ。
ハルたちは用意された豪華な部屋で、今はおのおの羽を伸ばしているところである。
「そんで、ハル様ハル様! 実験は上手くいったっすか? はやくおしえてくださいよお、わたし、待ちきれないっす!」
「何故そんなに興奮しているのか……、やることの内容考えろ、いやらしい奴だと思われるよエメ?」
「えー、良いですよぉ実際にいやらしいことですしい。ほらほら、視聴者だってきっと興味ありますよ、純朴な牧場娘の、無防備な私生活をこーっそりと覗き見ちゃうこの瞬間がっ……! にし、にしし、ししししし」
「やかましい。そして笑い方がヤバい」
そう、コマチに小鳥の召喚獣を譲渡するという取引において、ハルの側が得られる破格のメリットがあった。それがあったからこそ、ハルは取引を飲んだとも言える。
それが、他者に譲渡した状態でも<存在同調>が使えるか否かの実験である。
普通ならば、他人へと渡った時点で固有のIDのようなものも新たな所有者のものに書き換えられる。
いかにハルが呼び出したモンスターといえど、ハルのスキルの影響下からは外れているだろう。
しかし、このゲームはエメの解析によると、各種オブジェクトはそれぞれ固有に独立した存在で、データベースによる一括管理は行われていないらしかった。
これはこのゲームが魔法により作られているが故の特殊性だ。
「……予想が当たっていれば、あの小鳥は譲渡しても、未だに僕のスキルの影響下に居るはずだ」
「間違いないっすよ! 契約者変更における状態変化は、いわばラベルが変わっただけのはずです。商品に、半額シールを張ってもその商品の本質的価値に変化はないのと同じですね。生産者は、変わらずハル様です」
「何なんだその例えは……」
イメージが出来てしまうのが悔しいハルだった。
エメの自信満々なその断言のとおり、<存在同調>スキルの選択肢の中には、ばっちりと受け渡し済みの使い魔も含まれていた。問題なく、実行可能だ。
「よっしゃー! いけーハル様! 着替えの瞬間を狙うっすよ! もしくは、うたた寝の瞬間、はたまた、動物との触れ合いの中で魅せるあどけない笑顔も良いっすねえ。とにかく人前では見せない気を抜いた少女の素顔を隠し撮りして、売りさばくっす!」
「黙ってろお前! ……普通に連絡入れて許可とるよー」
《ですよねぇ》
《安心したような、残念なような》
《しかし、恐ろしいこと思いつくな》
《これって今、召喚士業界が震撼してない?》
《悪用やばそう》
《好みの相手とトレードして……》
《気付かれずにストーキング……》
《大丈夫だろ》
《うん。悪用する<存在同調>が無い》
《ローズ様しか使えない》
今のところ、まだハル以外にこのスキルを習得できた者は居ない。いわゆる『ユニークスキル』であるのかは、今は何とも言えないのだが。
ただ、今後も絶対に無いとは言えない。その為にも、ここで先んじて対策までも考えておく必要があるとハルは考えている。
ハルが先ほど交換した連絡先に通信を入れると、当のコマチは快く許可を出してくれた。少しも嫌な顔をする様子はない。
疑うことを知らない、純朴な村娘といった印象が加速される。
なんだか、自分が非常に汚れているような錯覚を覚えるハルである。主にエメのせいで。
「《オーケーですっ! 凄いですねぇローズさん、そんなこと思いついちゃうなんて! これで、ローズさんと何時でもお話が出来ちゃうんでしょうかっ》」
「……お話は、こうして通信すれば何時でもできるね」
「《あっ! 確かに言われてみればっ》」
許可も得られたことで、ハルは早速<存在同調>を起動する。
すると、すぐにはスキルは実行されず、謎の数秒の間があった後、それでも問題なく牧場の視点がハルに追加されるのだった。
「《なんか、許可するボタンが出ました! それ押さないとダメみたいですよ》」
「なるほど、それは良いね。こっそりストーキングは出来ないってことだ」
「《あっ、ストーカーさんに使われちゃうのかっ。考えてなかったなぁ》」
「出来ないみたいだから、安心だよ」
「《ありがとうございますっ! やっぱり優しいです、ローズさん》」
打算の塊である。優しい訳ではないのである。
ただ、それはそれとして悪用できないのは良いことだ。悪用の可能性を運営へと指摘され、この連携技が潰されることもない。
「あ、分かった。これ本命はテレさんでしょハルちゃん? あのおねーさんを、ストーキングするんだ」
「うん。その通り。NPC相手だからね、がっつりストーキングする」
《結局するんかーい!》
《NPCには容赦ないローズお姉さま》
《でも命は取らない》
《じゃあ監禁ってこと?》
《どういう発想だ。怖いわ》
《いやストーカー、で命は取らないから》
《ヤンデレローズ様》
《狙った女は逃がさない》
「いや、テレサの安全確保の為なんだけどね……」
用事も済み、もう後はこの国を後にするのみのハルたちだ。その後彼女が、事件の真相に首を突っ込んで危険な状況にならないとは限らない。
そのフォローをするため、何らかの対策は必須だとハルは考えていた。
猫は自由に使えない、鳥は監視網に引っかかる、<隠密>組ならずっと張り付いていられるが、彼女らの負担が大きすぎる。
白銀たちがAIだと知らぬ一般の参加者や視聴者には、二十四時間ずっと張り付いている姿は見せられなかった。
そんなハルの頭を悩ませていた対策に、光明が射してきた。
あとは、テレサにどう小鳥の使い魔を譲渡するかを考えるのみである。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/29)
ルビの追加を行いました。(2023/5/21)




