第560話 不思議の国への入り口
ハルが扉の開錠を許可すると、その開かれた入口からこのホールへと入って来る団体の姿がすぐに確認できた。
いや、団体といっても人間は一人だ。他はすべて、<召喚魔法>によって呼び出されたモンスターだった。
それらはどれもこれも小さな個体で、およそ戦闘に向いているとは思えない。
しかしながら、それだけの数を従えているという事実は、その人物が高レベルの召喚士であるか、または高額課金をものともしない猛者であるのか、そのどちらかである。
「わーっ、広いねぇー。よかったねーみんな! みんなで一緒に入れなかったら、どうしよっかって言ってたもんね」
そのお供たちにしきりに話しかけながら、きょろきょろと室内を見渡しながらハルたちの方へと向かってくるのは少女タイプのプレイヤー。
服装は冒険に出るような装備ではなく、普通の町娘といったスタイルだ。
それでもファンタジー感のある服装だが、戦闘を重視していないことは一目で分かった。
「あっ、あなたが、ローズさんですねっ。すっご、近くで見ると、綺麗すぎぃ……」
「ゲームだからね。君だって綺麗じゃないか」
「いえいえいえっ! あたしなんか、オーラ不足で、むしろ芋臭が全開で」
「イモ……」
「あっ、自己紹介が遅れましたっ。あたし、コマチですっ!」
「よろしく、コマチさん」
《まーたローズお姉さまは女の子口説いてるー》
《今のはあっちが先だからセーフ》
《お嬢様と村娘》
《身分を越えた友情》
《しかし召喚獣多いな》
《かわいいのいっぱい》
《その筋では有名なプレイヤーだよ》
《ふわふわが沢山だ》
ハルとコマチが話している間にも、足元にはちょろちょろと小さなモンスターたちが駆け回る。
どれも現実に居る動物とは違うようだが、しかし一様に可愛らしいモンスターばっかりだ。全体的にもふもふと毛がふさふさした者が多いようで、小さなその姿と相まって保護欲をそそられる。
「こらーっ、みんなお行儀よくしなきゃだめーっ。ここは政府の建物なんだからねぇ」
コマチの号令にも小型のモンスターたちはどこ吹く風。広いホールを元気いっぱいに駆け回る。
この大所帯を予期して、テレサはこの部屋を指定してくれたのだろうか。だとすれば、有能極まりないと言わざるを得ない。
「まあ、この室内なら大丈夫だよきっと。さて、座って話そうか」
「あっ、はいっ。おじゃましまーす」
手ごろなテーブルを見繕って、ハルとコマチは席に着く。
常にハキハキと喋る彼女の印象は良く、人気が出るのも頷けるハルだった。なんとなく、ソフィーと同じ物を感じさせるところがある。
正統派の女性主人公というのはこんな感じであろうか。
そのテーブルの上が空では寂しいので、いつものノリでハルがお茶とお茶菓子を用意し始めると、コマチから慌てた様子で待ったが掛かった。
「あっ! お菓子はだめぇ。うちのみんなお菓子大好きなのっ。寄って来ちゃうから……」
「そうなんだ? まあ、いくらでもあるから、あげてもいいけどね」
「だめですっ! そんなお行儀の悪い。ただでさえ躾がなってなくて失礼しているのに……」
「気にしないよ」
まるで子猫がじゃれ合って取っ組み合いを始めるように、そこかしこでドタバタと騒がしい彼女の召喚獣だ。遊びたい盛りということなのだろう。
そんな彼らは大好きなおやつの匂いにつられ、何匹かがこちらへとやってきた。
コマチは、ハルの分のお菓子が奪い取られないように手でガードしている。自分の分は犠牲にする覚悟であった。
「ダメだぞーっ、って、あれ? 大人しいね? いつもなら飛びついてくるのに」
「ああ、僕のスキルに反応しちゃってるのかな。すまないね、人の家の子を」
「あっ、いえいえ。……うーんっ、なんだか負けた気分。なさけねぇ~」
《これが、トップブリーダーの器……》
《王宮調教師》
《気品を学んで帰ろう》
《高級品の味だけ学んで帰りそう》
《牧場のエンゲル係数が更にアップ!》
《またコマチ牧場が破産しちゃう!》
「……餌代、苦労してるの?」
「おうっ!? ばらされたー。そうなんですよぉ、こんだけ食べ盛りが居ると、食費も馬鹿にならなくて」
「大変だ」
「大変なんです~。幸い、ファンの方からの支援でかなり賄えてるんですけど、支援で召喚枠も増えちゃうから常にきつくなって!」
「うーん、遊ばれてる」
彼女の召喚枠だが、どうやら視聴者からの金銭支援によって増加したものらしい。
ハルは無視するが、『こういう用途に使ってください』、といった形で支援が送られることがある。それを、彼女は律儀に守って対応しているようだ。
そのせいで、逆に餌代が嵩んでしまっているようだが、その実直に頑張る姿がまた人気を呼んでいるのだろう。
「そうだね。それなら、報酬の一部前払いだ。確か<調合>に魔物用の餌があったから、おやつを作ってあげよう」
「そんな、悪いです……、って、うぉ! はやっ!」
《女の子の出しちゃいけない声した(笑)》
《ヴぉっ!》
《やめて(笑)》
《たまに田舎者が出る村娘》
《上京ひと月目》
《大都会に翻弄される》
《大都会(森)》
《そうなんだよね。一応首都だけど》
《ローズ様の<大量生産>えっぐ》
以前<召喚魔法>を覚える際に、副次効果的に覚えた召喚獣用の<調合>と<大量生産>。それらを十全に発揮して、ハルは小さな動物たちに甘いおやつを作ってやった。
その効果は覿面で、小さなもふもふ達は一斉にハルの元へと駆け寄ってくる。
その前におやつを並べてやると、まるでいつものメタのように、『がつ♪ がつ♪』、と勢いよく食べ始めるのだった。
「なんだか済みません。みんなー? お礼言いなさいよぉ?」
「いいよ、可愛い姿が視聴者にも人気だし。それに、さっきも言ったように報酬の一部だと考えて」
「あっ、そうでしたっ。その話しに来たんですよね」
彼女、コマチとは、互いの召喚獣を見せあうブリーダー交流として会いに来たのではない。
例のバグじみた謎の空間、そこへと彼女が迷い込んだということで、その情報を得るために来たハルだ。
もりもりとおやつを頬張る小型のモンスター達を横目に、ハルはコマチの話に耳を傾けるのだった。
◇
「それは、あたしがこの子らのごはんの調達のため、森の奥へと入って行った時のことでした」
「おっ? ホラー? ホラー始まるん?」
「ユキ? あなたは召喚獣に近づいて大丈夫なのかしら?」
「おお! そだった! 離れてるねー」
「あっ、大丈夫ですっ! むしろこの子たちの教育のため、近くで脅かしてやってくださいっ」
話が始まるのを察して、仲間たちも同じテーブルへと集まってきた。
その中でユキは、<召喚獣殺し>の性質が付いてしまっているため近くに居ると召喚モンスターを怯えさせてしまう懸念があるが、まあ大丈夫だろう。
ハルの<統制者>スキルにより打ち消せるのと、何より今はおやつに夢中だ。
「それでー、ホラーはどうなるんですかー?」
「あっ、今話しますねっ。ほんと、あの時はホラーだったんですよぉ。あの時はお金もカツカツで、初心者用のダンジョンで現地調達しようとしてたんです」
こちらもお菓子に釣られて目ざとくやってきた神タイプのモンスターに、ハルは人間用のお茶菓子を用意してやる。
このゲームでは、カナリーのゲームのように味覚が充実してはいないが、気分が重要だそうだ。ゲーム中でもよく食べているカナリーだった。
コマチの召喚獣たちは、数は多いがまだまだ弱い。しかしそれでも、一斉にかかれば初級ダンジョンのモンスターを各個撃破することくらいは可能だった。
そのようにして、地道にこつこつと敵モンスターを狩り、ドロップした肉をそのまま食事にあてる。そして草食の召喚獣は、豊富なダンジョンの実りを糧としてサバイバルのように食いつないでいたようである。
「大変だったね」
「そうなんですよ~。あたし、戦うゲーム得意じゃなくて、ほんと、普通の人が当たり前にできる戦闘もできないから、わたわた~ってしちゃってっ!」
「そういう人も居るよ」
《ここまで出来ない人はそうは居ない》
《コマっちゃんのセンスはマジで壊滅的》
《完全にお供頼り》
《ある意味で召喚士として正しい姿》
《いずれ一流になる姿が見れるのかなぁ?》
《配信時間だけは超一流》
《根性はあるよね》
「いいね。この手のゲームにおける最も重要な才能だ、根性」
「うれしくない~。もっとローズさんみたいに、華麗に決めたいですよぉ」
「ははっ」
「笑っちゃいやです~」
まあ、ハルは逆に最高峰の戦闘特化プレイヤーである。そこはあまり比べて見ない方が良いだろう。
この『ローズ』としてはあまり戦闘はしていないが、ふとした拍子に『ハル』としての片鱗が出てしまっている事は何度かあった。
「そんな感じで、6時間くらいダンジョン内で食材集めをしていた時でした」
「ふむ。6時間か」
《ふむ、で済ましていい時間じゃない》
《反応薄いな!?》
《お嬢様がた誰も反応してない……》
《あれ、結構普通なのかな?》
《んなわきゃーない》
やろうと思えば二十四時間だって狩りに興じていられる者が多いハルたちだ。そのくらいで今更驚かない。
しかしながら、同じダンジョンにそのまま6時間、というのは、効率の観点から見てハルたちでは取ることのない選択ではあった。
「そんな時でした。もう何度も通ったお馴染みの道が、妙に歪んで見えたんです。最初は疲れ目かと思いましたが、これはゲームだから、そんな事はありません」
「どきどき……! ですね……!」
「いえ、一応フルダイブでも、疲れによって錯覚の起こる場合も存在しますよ。それって要するに、目の機能じゃなくて脳の機能が原因っすからね。まあ、このゲームはその辺しっかりしてますし、普通ならそこまで疲労する前に、エーテルネットが強制遮断かけるんすけど」
「エメー? 今はホラーのお話聞いてるんですよー? そーゆー空気読めない発言しないでくださいー」
……いや、別にホラーではなかったはずだ。
ただ、当のコマチ本人はその時非常に怖かったのは事実なようで、彼女にとってはホラーその物の体験だったらしい。
その歪みこそが、あの別空間への入り口。偶然にも彼女は、その条件を引き当ててしまったようだ。
今の話から推測すると、長時間のダンジョンへの滞在が原因だろうか?
いや、そう決めつけるのは早計だ。これだけの人数が参加していれば、それだけの時間レベル上げに勤しむ人間も、別に彼女だけに留まらない。
であれば、やはり召喚獣にヒントがあると考えるのが妥当であった。
「あたしは気味が悪かったんで、すぐに逃げ出そうとしたんです。でも、そんなときにミミちゃんが、その真っ黒な入口に飛び込んじゃって……」
「不思議の国のコマチの始まりだね」
コマチの視線を辿れば、『ミミちゃん』というのは今も必死におやつを食べている大型のウサギのようなモンスターらしい。
大切なお供を置き去りにはできず、彼女は意を決して自分もその穴へと飛び込んだらしい。
「怖かったですけど、あたしにはみんなが付いてましたからっ! それに、ここまで来ると、『あれ? これって隠しダンジョンなんじゃないっ?』、って冷静になった部分もあってですねっ」
「わかるなぁ。むしろ私なんか、最初からそう思っちゃう!」
「でも入って見たら何もない空間で……、『やっぱりホラーだったぁ!』、ってなっちゃったんですよぉ……」
「確かにアレは驚くだろうね」
宇宙空間のように果てもなく続く暗闇を、謎の紋章の星々が照らしている。
意味深ではあるが、ただそれだけの空間。奇妙な奇妙な世界での大冒険は始まらない。
「それで、中ではどうしたのかな。僕は最初の時は、足場も何も無くて身動きが取れなかったんだけど」
「あっ、いえっ、あたしのは足場がありました。ミミちゃんがそれに沿ってどんどん進んじゃうんで、あたしとみんなは『まってー』ってそれを追いかけて」
「ふむ」
「それで気付いたら、あたしは拠点の牧場に帰ってました」
「……ふむ?」
《確かにホラーだなぁ》
《狐につままれた、って感じ?》
《追い出された?》
《長時間滞在ペナルティ?》
《他では聞いたことないぞ?》
一応のところ、ハルたちはあのバグのような入口の発生条件をある程度は明確にしている。
まだ生成されて間もない不安定な空間に、大量のモンスターが発生して更に負荷が掛かると、それが空間の裂け目を引き起こす。
しかしこの条件に当てはめると、長時間コマチの滞在した空間は、しっかりとした安定度を確保した状態であるはずだ。
それとも、様々な部分で現代と逆行し、前時代的な計算方式の多用されてるこのゲームだ。そこにも何かエラーの元が潜んでいるのかも知れない。
例えば、長時間の滞在により、逆に場のデータ量が増えすぎて蓄積超過を起こしてしまっただとか。
何にせよ、今は推測するしかできなかった。これからハル自身による実証実験が必要となるだろう。
「それで慌てて色々調べたら、ローズさんの情報に行きついたんですっ!」
「なるほど、良く分かったよ。話してくれてありがとう」
コマチの話は以上のようだ。さて、この話を受けて、ハルはどのように動くべきだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2022/7/29)




