第559話 召喚魔法の至る先は
「みー」
「困ったね。お前、どっから入って来たの?」
「みぃー」
「……うん、アイテムだね。拾ってきてくれてありがとう」
人間の事情など知らぬとばかりに、猫の使い魔は拾ってきたアイテムを咥えて渡して来る。
そのあまりにも堂々とした態度に、この場の人間は何も言うことが出来ずにいた。
「ん、良いアイテムだ。……その、なんだか申し訳ない。不法侵入のようになって」
「いえ、害意が無いのは分かりますし。その方も、ローズさんの召喚された方ですか?」
「うん。というかこの子が最初だね。おっと、そのまま出て行こうとしないの。ちょっと待機してなさい」
「みー」
しれっと次のアイテム収集に出ようとする子猫の行動をキャンセルして、ハルは自分の傍に待機させる。
ちょこん、とすまし顔で座り込むその姿に、視聴者の目は釘付けだ。
《かわいいいいいいい》
《いっつも一瞬しか映らないからね》
《しかも登場時間ランダム》
《大人しくお座りしてる!》
《賢い子ですね♪ ママさんに似たのかな♪》
……これは飼い主のことを指していると分かってはいるが、ママ扱いは止めて欲しいハルであった。
そして、その姿に目を奪われているのは視聴者だけではない。
この場の代表者である、テレサもまたその一人となっているようだ。
「テレサさん? やっぱり、神獣は珍しい?」
「あ、はい、それはもちろん……、ただ、それよりも」
「ふむ?」
「同時に二種の神獣を使役しているのが前代未聞です。この方々は、どの神の使いなのですか?」
「あー……、すまない、呼んだら出てきただけで、その辺は分からないんだ」
「そうなのですね……?」
どの神、と聞かれればハルは明確な答えを持っているが、それをここで語る訳にもいくまい。
語ったとしても、この世界のNPCには通じないだろう。カナリーとメタ。ここから見て、外の世界の神様である。
「二種類ってすごいんだ? じゃあハルちゃん、こっちの国でも<貴族>になれそう?」
「ええ、間違いなく。……どうでしょう? 国を移ってもらえれば、すぐにでも席を用意しますけど」
「いや、誘惑しないで?」
ご丁寧に、『移籍イベントを開始しますか?』、という表示も飛び出してきた。丁寧にキャンセルする。危ない。
勢いで許可してしまったらどうするのだろうか? 一種の罠になっていた。連打注意である。
ミントの国も中々に面白そうな国ではあるが、今のところ、国を移るメリットはハルには無かった。
この国でどのような役職を貰ったとしても、今の、一都市を自由にできる領主という立場には到底、釣り合うまい。
「……話を戻すけど、この子、最初から神出鬼没でね。警備の目も掻い潜って来ちゃったのかな?」
「いえ、これは恐らくローズさんを基準として、世界の後ろ側を通ってこの部屋へ直接現れたのでしょう。それが神獣たる所以です」
「後ろ側……」
興味深い話だ。それは、あのバグを通った先にある空間のことだろうか?
あれは運営のためのシステムというだけではなく、世界設定として、NPCたちにも認知されている現象なのだろうか。
ただ、ここまで元の世界でいう<転移>のような現象は、全て神に関わる状況において発生している。
この猫も転移によって付いてきた、というのもあり得ないことではないように思われた。
「さて、話を戻しましょうか」
ハルとしてはもう少し掘り下げたいところだったが、真面目なテレサに紫水晶についての話に戻られてしまった。
猫の不法侵入についても不問にしてくれそうなので、ここは乗るしかないハルだ。
「さしあたっての対策として、この国でも流通について目を光らせましょう。ここは特に、隠し場所が多いですからね」
「全面、森だもんねえ」
「はい。私の立場としては、輸出入までの範囲が縄張りとなりますが、何とか国内流通についても頑張ってみたいと思います」
「……あまり、無理しないでね。勢いあまって深い闇にまで首を突っ込みそうで心配だよ」
「そこは、ローズさんも通った道じゃないですか」
「僕はいいんだよ」
プレイヤーだから、という言葉を飲み込むハルだ。
まあ確かに、ハルの活躍に触発されたと言われればなかなか反論しにくい。
しかも、使用できる権力の範囲は外務長官であるテレサの方が上だろう。地方役人であるハルよりも踏み込んだ調査ができる。
ここは私が、と思うのも自然なことだ。
「……とりあえず、何か危険を感じたらすぐに僕を頼ってね。僕の運んできた話だ、責任は取りたい」
「あら、意外と? もっと奔放な方かと思いましたわ」
「意外と何なのか……」
奔放ではあるのは間違いないが、それは自分の責任によって制御できる範囲内の話だ。
その外となると、こうして過保護なほどに手を出したがるか、逆に非常に消極的になるかの二択のハルだった。
自分が原因となって、他者の不幸を引き起こしたくないのだ。管理者ゆえの、思い上がりにも似た感情である。
そんなハルの感情をテレサに苦笑されつつも、どこかに潜んでいるであろう紫水晶に関わる者達、その捜索を強化するという結論で、話し合いは纏まっていった。
◇
「……こんなところでしょうか。お疲れさまでした」
「いや、非常にスムーズだったよ。ついでに小麦も買ってもらっちゃって」
「いくらでも欲しいものですから」
森の国であるが為に畑がほぼ作れないミントの国だ。アイリスで採れる小麦の需要は高い。
ハルもまた、領地の建築ラッシュでいくらでも欲しい木材を輸入することが出来た。両者にとって有意義な取引である。
《この後は?》
《二人でデート?》
《好感度高めてこ》
《<召喚魔法>についてもっと聞きたい!》
《ローズ様、聞いて聞いてー》
《最上階に居た可愛い子はどうやって呼ぶのー?》
「この後は、ローズさんはどうされます? 何かご希望があれば、なんなりと」
コメント欄の声が聞こえた訳ではないだろうが、タイミングよくテレサからも今後の予定について尋ねられた。
確かにこのまま彼女との関係性を深めるのも、<召喚魔法>の知識を得ることも今後のためになりそうだが、この国に来たそもそもの目的を忘れる訳にはいかない。
「こっちで人を待たせていてね。可能なら、邪魔されずに会える場所なんか教えてもらえると助かるよ」
「そうですね……、この建物を、使っていただいても構いませんよ? ここではなく、下層となってしまいますが」
「ふむ? いいのかい? それは、願ってもない申し出だけど」
「ローズさん、気軽に出歩ける身ではないでしょう? こちらの立場としても、中で大人しくしてもらった方が助かるんですよ」
「違いないね」
ふらふらと外に遊びに行かれたら、警備などの観点から負担が大きいだろう。何かあったら責任問題だ。しかも国際の。
そんなテレサの厚意に甘え、ハルは階下のフロアを迎賓用に貸し切ってもらう。
この中央庁舎は、アイリスの王城と同じく限られたプレイヤーしか立ち入りが出来ない。外のカフェなどで落ち合うよりも、断然、落ち着いて情報交換ができるだろう。
ハルはその待ち人、今回の事の発端となった情報提供者のプレイヤーを対象に許可を発行し、テレサと一旦別れて階段を下へと下りて行く。
「そういえば、忘れるところでした! 今回の政治的なお話は、“ついで”でしたね!」
「テレサには悪いけどね。まあ、ついでにしては話が発展しちゃったけど」
「いいと思います! 多方面において同時に手を進める、ハルお姉さまらしいやり方かと!」
「欲張りすぎて手札が無くならないようにしないとね。……おチビたち、あっちは任せたよ」
「《らーじゃ、です》」
「《了解です。空木にお任せください》」
「《……にゃ!》」
ハルと別れて上層に残ったテレサの後を、<隠密>組の小さな忍者たちが追跡する。
実は、この国へと来る時点でずっと彼女らは<隠密>状態であり、未だにどんな警戒網にも引っかかっていなかった。
「無敵か、<隠密>? これは、アイリスの王城もおチビたちに任せれば楽勝なのでは」
「慢心は良くないですよー? ここと違って、侵入に言い訳が効きませんしー」
「いや、普通は他国こそ言い訳効かないっすけどねえ。まあ、『迷った』、って言えばなんとかなるっしょ、にしし!」
「ならないだろうなあ……、でも、テレサ自身が庇ってくれるだろうから、今回はそれ読みの無茶だね」
相性もあるだろう。この国の警備は、<召喚魔法>にほぼ頼っている。<隠密>が生体による探査に特別に強いとするならば、魔法による防護の組み合わさったアイリスは相性が悪いかも知れない。
今回は賓客として、ハルたちは招き入れられる立場だったという事情もある。警備の目は、むしろ外へと向いていただろう。
そんな成功例は過信できないと、カナリーとエメに窘められてしまった。確かにその通りだ。
《堂々とストーキングしてる(笑)》
《おチビちゃんの方にめっちゃ人流れた(笑)》
《美人の私生活が覗き見られるからなー》
《いや仕事場だが……》
《いやらしい……》
《猫ちゃんはストーキングに使えないんですか?》
「そうなんだよね。隠密性に関してはこの子が間違いなく最高峰なんだけど、いかんせん自由すぎてね」
「どうだー? おまえー、テレさんに貼り付けるかー?」
「みぃー?」
色々と自分の使い魔の情報を調べているハルだが、どうも上手くいきそうにない。
この猫は、外に離して自由にさせて、たまにアイテムを咥えて戻って来る。今のところその使い方しか無いようであった。
その成果もあって徐々にレベルが上がっているが、それ以外の行動が解禁される様子はない。
「まあいいか。今は他国のアイテムが取れるチャンスでもあるし、拾っておいで」
「みー」
ハルの手から放たれた猫は、元気に駆けだすとすぐに姿が見えなくなった。
どう見ても居候の自由な半飼い猫だが、これでいて神獣であるらしい。そのうち役立つ時が来るだろう。
ついでにハルは小鳥たちも再び召喚すると、窓の外に向けて飛び立たせる。
下層部へと下りてきて、この庁舎も警備は比較的薄くなり、その目を盗んでカナリアを放つ隙が生まれていた。
この鳥たちは内部ではなく、警備の外へと羽ばたいてゆく。
今のところ、猫よりも断然使い勝手が良いのがこちらの<召喚魔法>だ。
気軽に出歩けないハルの目として、自由に外の様子を観察できる。複数の思考を持つハルにとって、非常に相性の良い使い魔だった。
「これでー、この国もハルさんの監視下に置かれちゃいましたねー? いずれは、全世界が対象になるんですねー」
「いやそんな監視社会にしないから……」
「今は、数が足りないですね! もっともっと鍛えて、数を増やしませんと!」
「小鳥ちゃんを使って、戦闘はできないのハルちゃん?」
「それも、考えてはいるよ」
どうしても戦闘機会の薄いハルだ。このカナリアの群れを使って戦闘が可能になれば、更に経験値を稼ぐことが可能になるだろう。
雑魚モンスターの一匹でも倒せれば、<召喚魔法>の強化も加速して、そこから段階を踏んで相手をグレードアップしていける。
普通のRPGで通る王道ルートの、変則的な幕開けだ。
そんな今後の展望を話し合っていると、待っていたプレイヤーが、どうやら到着したようだった。




