第558話 それぞれの国の中枢
色とりどりの動物たちに見送られながら、ハルは木組みの螺旋階段を下りて行く。
高層ビルのようなこの建物だが、その内部は階層ごとの大きさが一定ではなく、広い階、狭い階と様々だ。
背丈は高いが細めの木(それでも人間の体よりはずっと太いが)をそのまま何本も柱として、一階層ごとに宙に浮いた形で構成されている。
その中の、中央近くの木。ひときわ大きな大黒柱。その周囲をぐるりと巻くように下りていく螺旋階段は不思議な感覚を初めてのハルたちに与えて来た。
「階の間が、たまに中空になって外に出るのが面白いね。景色も良いし」
「お褒めに預かり光栄ですけど、不便も多いんですよ、これも」
「確かに。雨の日なんかは濡れちゃうね」
「それくらいは、別に構わないんですけど。要人が通るには向かないでしょう、これは」
確かに襲撃者には狙い放題かもしれないが、そもそもここまで来れる者が居そうにない。居たとしても、逆に中からもバレバレである。
ここは中央庁舎らしく周囲で最も高い木々を使って作られた高層ビルで、この高さの周囲には他の木々は届いていない。
高さそのものが、セキュリティとなっていた。
「まあ、念のため僕自身も警戒しておくか」
「あら? その方が例の?」
「ん? ああ、うん。この子、というかこの子たちが僕の召喚獣だね。何でか、これしか呼び出せなくて」
ハルの手を伝って、ちちち、とさえずりながら飛び立つ数匹のカナリア。
それがこの木々の周囲を確認して回るも、特に不審な存在は見られなかった。何匹かの召喚獣がところどころに配置されているが、それはこの庁舎の警備だそうだ。
「きちんと戻しておいてくださいね。ずっと残しておかれると、問題になります」
「あ、やっぱり? あわよくばこの国に置いといて、近況とか知れたらと思ったんだけど」
「私が居るでしょう。そういうのは、それで我慢してください……」
《私がいるでしょう?》
《私が居るでしょう?》
《聞いた?》
《ロズテレか、いいね》
《尊い》
《すーぐそうやって発言の揚げ足取るー》
《シャールちゃんにライバル登場》
《カップリングのついでに国政が動く》
カップリングはともかく、これ以上の危険な発言は避けた方がよさそうだ。スパイ防止等の理由で逮捕されかねない。
防鳥、もとい防諜の対策もしっかりしているようで、ただの鳥のフリをして使い魔を忍ばせるのも難しそうだ。
テレサが一瞬で気付いたように、この国は<召喚魔法>のスキルが高い者が多い。
そして、人間はもちろん同族とも言える召喚獣たちは更に感覚が鋭敏そうだ。今も無害な小動物を装って飛行するカナリアを、監視役の獣はしっかりと視界に収めていた。
「これは、僕の国の首都も同等の警備が敷かれていると考えた方が良さそうかな」
「……不穏な発言が多いですねぇ。いつか、背後から刺されますわよ?」
「そうならない為の、用心だと思って」
「そういうことにしておきます。……そうですね。貴女のお国は、召喚は使っていないでしょうけど、魔法の警備は厳重そうですね」
各国の警備体制が横並びで同等というのは実際はあり得ないが、ゲーム的な理由としてそう裏読みすることは出来る。
犯罪ギルド方向のプレイヤーとして、最大級の獲物となる各国の中心の王宮等の施設。そこの警備が一国だけ手薄となるとゲームバランスに影響が出る。
よって、どの国も方向性は異なれど同等に厳重な体制であるはずだ。
「さて、この先そういった警備が特に厳重な区画となります。その方々も、どうかお手元に戻して留めてくださると嬉しいですわ?」
「ん、了解。妙な疑いを掛けられたくもない。一度帰還させておこう」
ハルは使い魔の小鳥たちの召喚を解除すると、大木のビルの高層階の中でも、特に広いフロアが連なるエリアに侵入して行くのだった。
*
そのエリアはこの木組みのビルの中でも目だって広い。先ほど使い魔で外から確認した見た目から判断するに、ビルの骨組みを構成している大木の群生幅よりも飛び出して広がっている。
例えるならば、串焼きの肉、その肉のブロックの一つだけが、目を引いて大きい肉が刺さっていると言ったところか。
「君らはお肉は食べるのかな?」
「はい、好きですよ? ああ、森の中に住んでいるので、草木ばかり口にしている印象がありますか?」
《わりとある》
《エルフは菜食主義》
《いや、エルフは狩りが得意》
《故に肉食》
《出たなエルフ観の違い》
《肉食系エルフ、良い!》
《うーん、おしとやかでいて欲しいかなぁ》
特にハルにそうした偏った印象は無かった。単に、このビルを串焼きになぞらえてイメージしたとは言い難いか。
「いや、一応確認したくてね。最近僕の領地で、大量に狩りの獲物が獲れてね。消費しきれないんで、よかったらお裾分け」
「あら? それは嬉しいですね。かく言う私も、お肉は大好きでして」
今日一番に表情を弾ませるテレサ女史は、肉食系らしい。草食派の人はご愁傷様である。
ハルがアイテム譲渡コマンドで最近手に入った肉類をたっぷり渡すと、彼女は端正な顔を上品に輝かせた。好感度アップである。
「して、今日はお土産を渡しに来てくれた、というだけではないのですよね?」
「……んー、別にそれでもいいんだけど。せっかくなら、実のある話でもしていくかい?」
「掴みどころのない方ですこと」
会議室のような、いや実際に会議室なのだろう大きな部屋へと入ると、そのままハルたちは着席を促される。
大所帯で押しかけてしまったハルたちだが、十分にくつろげる広さが確保されていた。立ったまま警備に加わろうとしていたメイドさんたちも同じように接待される。
「それでしたら、お土産ついでにお土産話も聞きたいですね。このお肉たち、ご領地で狩猟の祭りがあったという事ではないのでしょう? それについて、お教えくださいます?」
「詳しいね。もう話が届いてるんだ」
これも、あのイベントが配信のトップページを飾り続ける大盛り上がりを果たした結果だろうか。
その話を『国民の噂で耳にした』、という体で、テレサは既にあの事件のあらましを耳にしているようだ。
「そうだね、じゃあそれについて詳しく話そうか。まずは、僕がクリスタの街の領主になったとこから話そうかな」
「楽しみですね。さぞご活躍だったのでしょう」
「ハードル上げるのやめて?」
「どうぞ、お気になさらず」
そうしてハルはテレサに、神国会談の後の己の行動について語ってゆくのだった。
◇
「……なるほど。神国会談の折といい、貴女はよくよくその紫水晶に縁がおありのようで」
「全くだね。これは僕が引き寄せているのか。それとも、僕が最初から渦中に居たのか」
「お国の首都を調べようとなさっているのも、その為ですか」
頭の良い人だ。ハルの先ほどの不穏な発言、この中央庁舎やアイリスの王城をスパイしたいとも取られる発言の真意を、経緯から素早く理解している。
事件の深奥は、木っ端役人の野望で留まらず、それで利を得る何者かが存在する。
一連の事件を深読みすれば、そう思えてくるのが自然だ。
「もちろん、悪の秘密結社みたいのが存在して、そいつらが独自に暗躍して、平和を脅かしてるって可能性も無いではないけど」
「いえ、無いですよ。どう考えても……」
「あ、やっぱり?」
「そんな大規模が過ぎる計画、あらゆる国の調査網を逃れて完遂できると考える方が不自然です。資金の流れ、物の流れ、必ず内部の者が関わっているに決まっています」
「まあ、そうなるよねえ」
《秘密結社じゃなかったのか……》
《残念だ……》
《なんでそんなマジで落ち込んでんだ(笑)》
《だってさ、ねえ?》
《ああ、お約束でロマンだから》
《世界征服を企む、悪の組織!》
《ゲームなんだし、あってもよくね?》
《難しい内容のゲームなんだなぁ》
「……もしかしたら、僕の行動がこの複雑さを呼んだのかもね」
ハルは声を潜めて、コメント欄の流れに対して返答する。
これはハルが政治的な方向でイベントを起こし続けたために、イベント内容もまたそのような複雑な方向へと進んで行ったのかも知れない。
これでもしハルが座して動かぬ貴族プレイではなく、『悪を成敗して回る世直しの旅!』、とでもしていれば、敵はもしかしたら巨大な秘密結社となっていたかも知れないのだ。
そういう可能性を感じるゲームである。
《だったら、そういうプレイヤーが居れば!》
《出て来るかも知れないな、悪の組織!》
《誰かやらないかなー、ちらっちらっ》
《お前がやるんだよ!》
「……あらら、僕の放送では満足できなくなったかな? 視聴者の中から、強力なライバル出現だね?」
慌てて弁明しハルを褒め称え始める視聴者たちに苦笑しつつ、ハルはテレサと向き直る。
彼女はハルの出会った紫水晶にまつわる事件について、真剣な表情で内容の吟味をしているようだった。
「ローズさん? 犯人の一味は、船で国外から追加の水晶を補充したとの話でしたよね」
「ああ、タイミング悪く必要数が揃ってしまったようで、難儀したよ。いや、僕が間に合ったから、タイミングは良かったのかな?」
「かも知れません。神のお導きに感謝ですね」
核心を突いた発言だ。『神のお導き』と書いて『ゲームシナリオの都合』と読む。
ハルの攻略が間に合うように、またハルが十分な準備をする時間が取れないように、絶妙にタイミングよく、または悪く運営に導かれている。
「……その船ですが、積み荷はどこから?」
「……残念だが、紫水晶の入った木箱については『誰も積んだ覚えがない』、というのが船員の証言だ」
「そうですか……」
受け取りを務めたアイリス側の作業員も、潜入工作員だった。きっと積み込む側もそうだったのだろう。
「そして、君の懸念の通り、このミントの国も積み込み候補地の一つだね」
「やはり……」
この国が犯人だと言うつもりは毛頭ないハルだが、残念ながら完全な白とは言い切れない。
交易船として各国を巡ってきたその船の、立ち寄った港の中にミントのものも含まれていた。
「今後、一層の警備強化をいたしましょう」
「慎重にね。もし君に何かあったら、巻き込んでしまった僕も寝付けなくなってしまうところだ」
「あら? それでしたら、寝ずに私を警護してくださいな」
「それもいいかもね」
《!!》
《やはり、ロズテレ……》
《時代が動いたな》
《政略ナントカ、来たか……》
《こねーよ(笑)》
《女の子同士ぞ》
《この国はオーケーかも知れないだろ!》
《OYOTUGI大事。それは日本と同じ》
《はいはいローマ字にしても危ないですよ》
ピンク色に染まるコメント欄は放置しつつ、実際にそれも良いかも知れないとハルは思う。
いや、政略何とかではない、彼女を二十四時間警護することである。
実際に寝ずの警護が可能であるハルならば、許可さえあればテレサに常時監視の目を付けることは可能だ。
それにより、事件の深部へと手を伸ばす彼女にもし危険が迫った時、すぐに救出が出来る。
危険、というのはゲーム的に言えば、『イベント』と言い換えられる。糸口の途絶えてしまった紫水晶関係のイベントについて、テレサを通した進展が見込めるかもしれなかった。
「……そういえば、犯人一行の尋問はどうなったんですか? そこから、何か情報は」
「何も得られなかったってさ、いや、驚きだねえ」
「……口封じした、と言っているようなものでしょう、それは」
「……きっと、プロとして頑なに口を割らなかったんだよ。きっとね」
民主的な国で政治に携わっている立場からか、中央の不正を示唆するその事実に、憤りを隠せない様子のテレサだ。
これは、本当に警護という名の監視が必要だろうか?
こうした義憤に駆られるキャラは、勢いあまって踏み込んではいけない範囲まで突っ込んでしまうのがお約束である。
ただ、警護を付けるのをどう了承させるかが問題だ。親しいとはいえハルは他国の人間である。
「みぃー」
「……っと? おや?」
「あら、その方は? ローズさんの?」
「ああ、すまない。意識してなかった。この中に侵入させるつもりじゃなかったんだけど」
そんな中に現れたのは、ハルがメインで契約している召喚獣の黒猫。お散歩ついでに、時おりアイテムを持ってきてくれる出来る猫である。
国に置いてきたと思っていたが、その『お散歩』が海を隔てた国外まで及ぶとは驚きだ。
明らかに不法侵入のこの猫を、どう釈明しようか。頭を悩ます事象の増えてしまったハルだった。




